再会⑤
いくら昔の知り合いだとしても、
若く美しい女の子と他愛もない話を自然にできるほど、
俺は女に慣れているわけじゃない。
だから、彼女が楽しそうにスマホをいじっている姿を、
邪魔をしないように、ただ黙って見つめる事しか出来なかった。
「今って言われたって、それってさぁ、無理。
実家に帰ってるの。戻ったらスグに連絡するから、それまで待って!」
気がつけば、誰かとやり取りしていたらしい。
この三年間、俺の知らない時間を、彼女は誰かと共有していた。
(……こんなに、よく笑う子?よく話す子だっけ?)
記憶の中の彼女は、もっと物静かで、少し恥ずかしがり屋だった。
背が高いのも、大きな胸も気にしていて、
陸上部なのに、周囲を追い越すことすらためらっていたと聞いていた。
「そろそろ、家に着くぞ。準備しとけよ」「はぁ~い。また後でね~」
まだ少し距離はあるけれど、もうすぐ彼女と別れると思った瞬間、
不意に、自分だけ見てほしいという、ワガママな気持ちが胸を刺した。
「せっかくの帰郷なんだし、ゆっくりしていくのか?」
「どーかなぁ。祭りまではいるつもりだけど……」
ずいぶん変わった彼女を、
あの真面目なおじいちゃんが見たら、きっと怒るだろう。
(もしかしたら、部屋を追い出されるかもな……
いや、それより……うちに泊まってくれたら……なんて)
そんな良くない妄想が頭をかすめて、つい表情に出てしまったらしい。
「なに〜? 胸を見たいの?また見せてあげようか〜?」
「ち、違う! そうじゃなくて……
善治さんと初音さんが、お前を見たらびっくりするだろうなって」
「そぉお? いつもの格好だし、気にしてないと思うけど?」
「はぁ。いいから…まあ、何かあっても俺が一緒に謝ってやるよ。
さっき、“なんでもする”って、約束したしな」
「うぅ~……やっぱ田舎って、車が無いと不便すぎる~」
なぜだろう。
この、のどかで何も無い田舎に、その格好はどう見ても浮いているのに、
美琴は首を傾げて、まるでピンときていない様子だった。
――キィイイ。
ブレーキの音が響いて、目的の家に車が止まる。
「ほら、着いたぞ。荷物は持ってくから、お前は先に向かえ」
「送ってくれてありがとう。
ぜーったい、この夏でたっくんを、卒業させてあげるからね〜
それまで捨てずに待っててね、た〜っくん」
「だっ……だから……」
「アハハハ! ばあちゃ~ん! みこ〜、美琴が帰って来たよ~~!
ばあちゃーん、いるぅ~~?」
二階建ての、どこにでもあるような家へ向かって彼女は駆け出す。
その背中を見送りながら、
俺は両手で彼女のキャスターバッグを抱えて、ゆっくりと歩き出した。
「美琴、おかえりぃ~! 本当によく来たねぇ。
奥におじいちゃんがいるから、ちゃんと挨拶をするのよ。
あと、それが終わったら仏壇にも手を合わせなさい」
「じっちゃーん! みこ〜来たよー! げんきぃー?」
玄関から奥へ駆けていく姿も、大人しかった彼女が大声で話す事も――
その全てが、まるで別人のように思えた。
「初音さん。これ、荷物です」
「ありがとう。それより拓海くん、美琴、驚いたでしょ?
今回も、本当に可愛くなったわね。すごく綺麗でしょう?」
「……本当ですね。まるで、別人みたいです」
「拓海くんが気に入ったら、お嫁にもらってくれていいのよ?
美琴も好きなんだから、早く結婚しちゃいなさいよ」
「……」
「卒業したらこっちに連れ戻して、ひ孫の顔でも見せてちょうだいね。
もちろん、私たちは反対なんてしないし、応援しているからね」
「……えっと、それより、彼女の格好なんですけど?」
「そう? 前は怒ったけど、よく見たら可愛いのよ。
おじいちゃんなんて、“あの格好の美琴が好きだ”って言うくらいなの。
それでね。一緒に撮影した写真を喜んで毎日見ているのぉお。アハハ」
「……前って、まさか……」
「もしかして、あれから会ってなかった? あの子、毎年帰ってるのよ。
夏も、冬も。だから私たちは、もうすっかり、見慣れちゃって」
「毎年……?冬も?」
「……あれ? 会ってない? それで毎年帰っていたと思っていたのに…」
「…」
「違っていたのね。ごめんなさい。
さっきの話は、忘れて……美琴に知られたら怒られちゃうから」
「はぁ、ええ……そうですね、昔の話ですし…気にしないでください」
「拓海くん、今日は本当にありがとう。
いつもはおじいちゃんが迎えに行ってたけど、最近はもう歳でね」
「俺、いつでも暇してますから。
何かあったら、遠慮なく何でも声をかけてください」
「そぉお。本当にありがとう。
拓海くんも、元気でね。本当に、さっきの事はごめんね」
初音さんはそう言って、静かに家の中へ戻っていったが、
玄関先に取り残された俺は、しばらくその場から動けなかった。
(――知らなかった。
あいつが、大学の休みには、この町に帰ってきていたなんて……)
助手席で無邪気に笑っていた彼女の顔と、
家の中から響く明るい声が重なって、胸がじくじくと痛んだ。
(あの笑顔は……別に、俺だけに見せてたわけじゃなかったんだ)
「……俺のことなんて……」
初音さんの言葉が、心の中にずっしりと沈んでいく。
ひとつ、ひとつ、記憶の重みを増しながら――。
再会⑤




