生存
宿屋の店主が調理場から出てきた。
「これぐらいでいいか?」
店の客寄せ女としては、物足りない食事が置かれていく。
--湯気の立つスープ。
--硬いパン。
--濁った水とお酒。
「いいわよ。ありがとう。ザック。」
お酒を煽り、硬いパンにかじりつき、味など無いスープを流し込む。
--水など絶対に飲めない。飲んだ時に何が起こるのか……
この世界で女が一人になる事が、どれだけ危険なのか、
それを身を持って教えられてから……絶対に飲まない。
それよりも--特に人が……″善人ぶった″男が……いや、女でさえ……
(これが普通。日常。このままで終わりたくない!)
レイナは、生きる意味など無いが、自分から死ぬつもりもない。
だから、着たいものを着て、食べられる時に食べて、
飲める時に飲んで、寝られる時には寝ていた。
--この宿屋に依存し続けた。たとえ、女として危険だとしても。
ザックは、肉の乗った匂いの濃い料理を持ってきた。
「レイナ……これが、俺の愛情料理。いやっ。愛だ!」
「頼んでないわよ?」
レイナは、軽く頭を傾け。笑い返した。
--仮面越しで、忘れられない記憶の影響だったとしても。
ザックは、彼女の耳に唇を近づける。
「いいって、お前……少し痩せすぎだ!」
「……」
(仕方ないわよ……だって……)
レイナは、自分の身体が変わらないことに気付いている。
--傷が治る代償として、身体が成長していない。
「……客も、もっと……こう。こんな感じが興奮するんだって!」
「はぁ~?」
ザックが、自分の身体に手を当てて説明してくるが、
レイナは、呆れたように見ているだけ。
「その、″アーティファクト″で傷が治るし、
力が強いのも知っているん……だが、なぁ~」
ザックは、周りに聞こえないように、一部は声を抑える。
だが視線は、レイナの胸や腰に這い回る。
「アハハハ……はぁ~?」
ここの店で雇ってもらう為に、レイナは秘密を漏らしていた。
--着ている布切れは、アーティファクト。
--その効果で、力があり得ない程に強く、傷が再生していく。
--銀級冒険者だが、中身は普通の女。
だから、ザックに″絶対に秘密″だと、約束させていた。
だが、定期的に″ザック″が漏らしていき、
知っている人も多くなっていた。
レイナは、″黙れ″と言いたい。
だが、ここで大声を出して目立ちたくない。
ザックは、その気配に気づいたらしい。
「わかった……悪かった。だけどよぉ。
その仮面もセットで、″アレ″を持っているんだよな?」
「それ以上は、ダマレ!」
レイナは、大声でザックの言葉を遮った。
--ザックを利用しているとしても……
「悪かった……でも…勿体ねえだろ? あの顔……」
「もう無理!!……だって、呪……」
レイナは慌てて口を閉じ、冷たく凍った顔を周りに向ける。
--殺意を載せた視線を……
付き合いの長いザックは、そんな彼女が相手でも話を続ける。
「じゃあ…じゃっ……
この肉を食って、もっとデカくしてくれよ……」
ザックは、レイナの胸やお尻に、お腹まで見てくる。
(コレ以上、大きくしたって……)
レイナは、軽くため息をつき、呆れた顔で答えていた。
「わかったわ。タダで食べられるなら、何でもいい。
たぶん……食べたら、大きくなるわよ。」
前の世界では、今でも十分以上に大きい。
それなのに何故か、この店では、
もっと大きい方が魅力に見える……らしい。
「そうか……じゃあ、食べてくれ。
全部、一人で食べていいからな……残さないでくれよ。」
「ありがとう。ザック。」
ザックは、食い入るように見ている。
レイナは、香辛料がかかった味に興奮して食べ続けた。
だがザックは、途中から落ち着きが無くなる。
「美味しいか? 美味しいよな?」
「本当に、美味しいわ。」
レイナは、夢中で食べ続けた。
しかも、ソースをパンで吸い取ってまで口に入れていた。
「だっ……大丈夫なのか?」
ザックは、顔が真っ青に変わる。
レイナは、全てを食べ終わると、昔の常識を続けた。
「ふぅ~。ごちそうさま。ザック。」
--料理では無く、彼を見上げて、お礼を言った。
「本当に……大丈夫なのか?」
「んっ……ちょっと、胸とお腹が腫れたかもね。アハハハ。」
(男って単純ね……そういうのも、可愛いけど……)
レイナは、ザックが何を混ぜたのかは知らない。
だが、昔も混ぜられた物だろうと、最初から気づいていた。
(あの頃は……)
それは、この世界に夢を見ていた頃……
「おっ……そうか。じゃあ、今度のも楽しみにしてくれよ。」
ザックは、水以外を口に入れた彼女を、緩んだ顔で見る。
「ありがとう。また泊まる時には、よろしくね。」
「あっ……ああ、″アレ″は、振り込んだからな。」
レイナは、ギルドを思い出して笑う。
(これって……本当に便利よね。)
しかも、寝床と食事に、お金稼ぎまで出来る場所を見つけた。
--自分の身体で生きる……
この街に来て、″ザック″や″グライ″に出会えて、
本当に良かったと……
◇
店を出ると、空気が変わる。
さっきまでは、何かの魔道具でも使っていたのか、
外の空気は海が近いせいで暑く、全身を焼かれていく。
(今日も…)
海の側に有るので、日差しは強く、独特な香り、
色々な臭いが風に紛れる。
人の臭い、獣の臭い、焦げた臭い。
全てが混ざり合い、街の匂いに折り重なっていた。
そんな穏やかな街を、レイナは、ゆっくりと歩く。
土を固めた道のなかに、
小石や異物が混じり、足裏に感触が伝わる。
そんな通りに人が多く、荷物を運ぶ者、叫ぶ者、笑う者……
泣く者、求める者、終わった者。それさえも、生きていた。
その中で、レイナは浮いている。
(これは、普通……)
レイナは、記憶の常識という枷に、振り回されてしまう。
--昔は手を伸ばして、助けようとさえ……
そんな彼女に、周囲の視線が集まる。
--銀色の仮面を着けて、顔を隠した女。
--赤いビキニを着て、白い肌を見せて歩く女。
--視線が色々と動き、挙動不審な女。
そして、真っ直ぐ前を向いて歩く、強い足の運び。
(そりゃあね…)
通り過ぎる男達の手が伸び、何かをしようとしてくる。
--視線がつき刺さり、感情が漏れ出て、それを受け止める。
瞬時に身体をひねって避けるか、無視して通り過ぎるか、
相手に近づき受け入れるか、全てを拒絶して抵抗するか、
それを、いつも選択していた。
--自分さえ助けられないのに、他人など無理。
そんな彼女を嘲笑うように、
″善人″が、気になった″迷い人″に手を差し伸べていく……
レイナは、話している人達を見て、祈るだけしか出来ない。
(貴方は……)
昔の何も知らない女とは違う、レイナとして……
生存




