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クロスオーバー  作者: 連鎖
祈り
118/118

生存

 宿屋の店主が調理場から出てきた。


「これぐらいでいいか?」


 店の客寄せ女としては、物足りない食事が置かれていく。


 --湯気の立つスープ。

 --硬いパン。

 --濁った水とお酒。


「いいわよ。ありがとう。ザック。」


 お酒を煽り、硬いパンにかじりつき、味など無いスープを流し込む。


 --水など絶対に飲めない。飲んだ時に何が起こるのか……


 この世界で女が一人になる事が、どれだけ危険なのか、

 それを身を持って教えられてから……絶対に飲まない。


 それよりも--特に人が……″善人ぶった″男が……いや、女でさえ……


(これが普通。日常。このままで終わりたくない!)


 レイナは、生きる意味など無いが、自分から死ぬつもりもない。


 だから、着たいものを着て、食べられる時に食べて、

 飲める時に飲んで、寝られる時には寝ていた。


 --この宿屋に依存し続けた。たとえ、女として危険だとしても。


 ザックは、肉の乗った匂いの濃い料理を持ってきた。


「レイナ……これが、俺の愛情料理。いやっ。愛だ!」

「頼んでないわよ?」


 レイナは、軽く頭を傾け。笑い返した。


 --仮面越しで、忘れられない記憶の影響だったとしても。


 ザックは、彼女の耳に唇を近づける。


「いいって、お前……少し痩せすぎだ!」

「……」


(仕方ないわよ……だって……)


 レイナは、自分の身体が変わらないことに気付いている。


 --傷が治る代償として、身体が成長していない。


「……客も、もっと……こう。こんな感じが興奮するんだって!」

「はぁ~?」


 ザックが、自分の身体に手を当てて説明してくるが、

 レイナは、呆れたように見ているだけ。


「その、″アーティファクト″で傷が治るし、

 力が強いのも知っているん……だが、なぁ~」


 ザックは、周りに聞こえないように、一部は声を抑える。


 だが視線は、レイナの胸や腰に這い回る。


「アハハハ……はぁ~?」


 ここの店で雇ってもらう為に、レイナは秘密を漏らしていた。


 --着ている布切れは、アーティファクト。

 --その効果で、力があり得ない程に強く、傷が再生していく。

 --銀級冒険者だが、中身は普通の女。


 だから、ザックに″絶対に秘密″だと、約束させていた。


 だが、定期的に″ザック″が漏らしていき、

 知っている人も多くなっていた。


 レイナは、″黙れ″と言いたい。


 だが、ここで大声を出して目立ちたくない。


 ザックは、その気配に気づいたらしい。


「わかった……悪かった。だけどよぉ。

 その仮面もセットで、″アレ″を持っているんだよな?」

「それ以上は、ダマレ!」


 レイナは、大声でザックの言葉を遮った。


 --ザックを利用しているとしても……


「悪かった……でも…勿体ねえだろ? あの顔……」

「もう無理!!……だって、呪……」


 レイナは慌てて口を閉じ、冷たく凍った顔を周りに向ける。


 --殺意を載せた視線を……


 付き合いの長いザックは、そんな彼女が相手でも話を続ける。


「じゃあ…じゃっ……

 この肉を食って、もっとデカくしてくれよ……」


 ザックは、レイナの胸やお尻に、お腹まで見てくる。


(コレ以上、大きくしたって……)


 レイナは、軽くため息をつき、呆れた顔で答えていた。


「わかったわ。タダで食べられるなら、何でもいい。

 たぶん……食べたら、大きくなるわよ。」


 前の世界では、今でも十分以上に大きい。


 それなのに何故か、この店では、

 もっと大きい方が魅力に見える……らしい。


「そうか……じゃあ、食べてくれ。

 全部、一人で食べていいからな……残さないでくれよ。」

「ありがとう。ザック。」


 ザックは、食い入るように見ている。

 レイナは、香辛料がかかった味に興奮して食べ続けた。


 だがザックは、途中から落ち着きが無くなる。


「美味しいか? 美味しいよな?」

「本当に、美味しいわ。」


 レイナは、夢中で食べ続けた。


 しかも、ソースをパンで吸い取ってまで口に入れていた。


「だっ……大丈夫なのか?」


 ザックは、顔が真っ青に変わる。


 レイナは、全てを食べ終わると、昔の常識を続けた。


「ふぅ~。ごちそうさま。ザック。」


 --料理では無く、彼を見上げて、お礼を言った。


「本当に……大丈夫なのか?」


「んっ……ちょっと、胸とお腹が腫れたかもね。アハハハ。」


(男って単純ね……そういうのも、可愛いけど……)


 レイナは、ザックが何を混ぜたのかは知らない。


 だが、昔も混ぜられた物だろうと、最初から気づいていた。


(あの頃は……)


 それは、この世界に夢を見ていた頃……


「おっ……そうか。じゃあ、今度のも楽しみにしてくれよ。」


 ザックは、水以外を口に入れた彼女を、緩んだ顔で見る。


「ありがとう。また泊まる時には、よろしくね。」

「あっ……ああ、″アレ″は、振り込んだからな。」


 レイナは、ギルドを思い出して笑う。


(これって……本当に便利よね。)


 しかも、寝床と食事に、お金稼ぎまで出来る場所を見つけた。


 --自分の身体で生きる……


 この街に来て、″ザック″や″グライ″に出会えて、


 本当に良かったと……


 ◇


 店を出ると、空気が変わる。


 さっきまでは、何かの魔道具でも使っていたのか、

 外の空気は海が近いせいで暑く、全身を焼かれていく。


(今日も…)


 海の側に有るので、日差しは強く、独特な香り、

 色々な臭いが風に紛れる。


 人の臭い、獣の臭い、焦げた臭い。


 全てが混ざり合い、街の匂いに折り重なっていた。


 そんな穏やかな街を、レイナは、ゆっくりと歩く。


 土を固めた道のなかに、

 小石や異物が混じり、足裏に感触が伝わる。


 そんな通りに人が多く、荷物を運ぶ者、叫ぶ者、笑う者……

 泣く者、求める者、終わった者。それさえも、生きていた。


 その中で、レイナは浮いている。


(これは、普通……)


 レイナは、記憶の常識という枷に、振り回されてしまう。


 --昔は手を伸ばして、助けようとさえ……


 そんな彼女に、周囲の視線が集まる。


 --銀色の仮面を着けて、顔を隠した女。

 --赤いビキニを着て、白い肌を見せて歩く女。

 --視線が色々と動き、挙動不審な女。


 そして、真っ直ぐ前を向いて歩く、強い足の運び。


(そりゃあね…)


 通り過ぎる男達の手が伸び、何かをしようとしてくる。


 --視線がつき刺さり、感情が漏れ出て、それを受け止める。


 瞬時に身体をひねって避けるか、無視して通り過ぎるか、

 相手に近づき受け入れるか、全てを拒絶して抵抗するか、


 それを、いつも選択していた。


 --自分さえ助けられないのに、他人など無理。


 そんな彼女を嘲笑うように、

 ″善人″が、気になった″迷い人″に手を差し伸べていく……


 レイナは、話している人達を見て、祈るだけしか出来ない。


(貴方は……)


 昔の何も知らない女とは違う、レイナとして……



 生存

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