生活
記憶が、夢の世界で踊っていた。
笑うほどに泣いたのは、いつの事だったのか解らない。
悲しいほどに笑っていたのは、昔の自分。
今では狂ってしまい。
見ている夢が現実で、昔から見ているのは夢だと願っていた。
--目を開ければ……
(変わらない…)
嫌な気持ちを押しのけて、希望を胸に目を開ける。
だが見えてきたのは、整えられた赤い布切れ、汚れの薄まった桶。
「お金…お金…」
レイナは周りに向けた言葉では無く、自分へ向けた声が出ていた。
だが、すぐに現実が襲ってくる。
壁から聞こえる声。揺れる壁。食べ物の混じった臭い。
窓は夜から開いたまま、
強い日差しが差し込み、舞台は明るく照らされていた。
レイナは、ベットから跳ね起きて立ち上がる。
「さぁ~。朝よ。頑張っていきしょぉ!」
寝ている時にも着けていた銀色の仮面を外す。
--肌と同じく真っ白い肌に、生々しい血の雫。
--強い力で鼻をもがれ、見えるのは鼻骨と肉片に皮。
--口角が裂けて歯茎が見え、もれ出るのは唾液。
男達のどよめき。逃げ出す足音。悲鳴まで聞こえる。
ただ……目の周りだけは、元の美しさ。
レイナは、そこから昨夜と同じ行為を演じていく。
身体じゅうに着いた汗と臭いを、濡れた布で拭いていく。
首筋。肩。乳房。背中。お腹。脚……お尻。
そして、あの場所を入念に拭いていた。
その姿を見ている男達。
顔が見えない場所から、見てしまった場所からのどよめき。
お互いが交互に起こり、また観客が増えていく。
レイナは、綺麗に畳まれていたボトムを手に取って広げる。
前後など解らないほどの形だが、見ただけで解ってしまう。
右の紐を軽く縛り、出来た穴に脚を入れていく……
脚を上げるだけで、男達の視線が痛いほどに突き刺さり、
顔が見えないように扉に背を向ける。
左右の壁から横顔、扉からはお尻や背中。
腰骨辺りまで持ち上げると、
反対側も紐を縛り、位置を調整していった。
「最近……太っちゃったかなぁ……」
レイナは、お腹の贅肉を摘むように掴み、
軽くお尻をつき出しながら、腰から身体を左右に捻る。
--身体に贅肉など無い、産毛でさえ生えていない肌。
--軽く垂れている胸が、身体に遅れて揺れる。
観客達は、顔など見ていない。
首から下を見つめながら、目を凝らして身体を揺らす。
レイナは、床に置かれたままのトップを膝を曲げずに受け取る。
美しい脚が揃えられ、
豪華で小さなボトムが、お尻の魅力的を咲かせていく。
--胸が自重に負け、垂れ下がりながら揺れる。
--綺麗な首筋が浮かび上がり、顎のラインが気持ちを誘う。
レイナは肩紐を手に取り、″うなじ″に持っていくと縛る。
吊られて持ち上がるのは胸、見えるのは毛穴さえ見えない脇。
感じるのは、首筋や脇腹からの芳しい匂い。
「そろそろ。終わっちゃうから、見たい人。じっくり見てねっ!」
残った紐を脇の下に通し、胸が軽く潰れる程に引いていく。
(これが日常……これが普通……)
レイナは、自分の醜さをさらけ出し、
残った魅力を使って男達を誘い、手に入れた″日常″を生きていた。
--柔らかそうに歪む肉と、擦り切れていく心。
見せてはいけな場所を、手を使って布切れに押し込む。
--男達が喜ぶように。世界が祝福するように……生きるため。
レイナは、肩紐、腰紐、背中の紐。
それを調整して、男達の気持ちを全身に散らしていく。
最後に、仮面を持ち上げて顔に触れさせる。
吸い付くような違和感が顔に広がり、
目の前が鮮明に映ると、呼吸でさえ落ち着いてきた。
--顔の表面に銀色の膜。記憶に重い蓋をして……
レイナは、心を奥底に沈めていた。
「これで終わりです。よかったら、また楽しんでくださいね!!」
レイナは、覗いている観客に嬉しそうに手を振る。
そんな彼女が着ているのは……
--フルフェイスの目がくり抜かれた銀色の仮面。
--金糸が美しく、乳房を三角形の赤い布で隠すトップ。
--トップとセットの豪華なボトム。
その姿で、これからも冒険をしていく。
◇
準備が終わったレイナは、観客の視線を感じながら食堂へ向かう。
階段を降りる途中で、桶を運んでくれる店員に出会った。
レイナは、昔の常識が身体を動かす。
「ありがとう……グライ。これ……」
「あっ……ああ。」
いつものように、お金を″投げ″つけずに、
名前を呼び、手を取ってまで渡していく。
グライが、驚愕した顔で見た。
「お金が出来たら、″お客様″として見に来てね。」
レイナは、嬉しそうに笑う。
グライの顔が、驚きから、醜悪なオスに変わっていった。
「どうしたの?」「あっ。あぁ……」「それじゃ。」
レイナは、背を向けたまま手を振り。
グライの視線は……
◇
レイナは、這い回る視線をかいくぐり、いつのも席に座る。
「いつもの……」
店にいた男に、ただ言葉を伝える。
言われた店主の顔が変わり、ご機嫌な顔で近づいてきた。
店主は、醜悪な顔で欲望を話し出す。
「ああ、わかったわ……」
レイナは、″生活″の話をした。
「別に……いいけど。うん。ああ、それね。」
いつもの″日常″を演じた。
「いいから、さっさと出してもらえる?」
最後に欲望を返した。
それを聞いた店主は、一段と上機嫌になっていく。
「お前って、いい女だよな。」
店主は、嬉しそうに笑う。
「そう? そう思うなら、美味しい物で返して!」
レイナは、主人を見てもいない。
「おお、こえぇえ。あの時は、可愛いのにな……」
店主は、肩をすくめて笑う。
「もちろん。貴方がお客様なら、楽しませてあげるわよ?」
嬉しそう笑うレイナは、やっと店主に顔を向けた。
--欲望を素直に口にする男は、信じられた。
店主が、欲望の為に裏切る事も知っている。
だが、この世界に来てから″善人ぶったクズ″を見慣れたせいで、
こういう男の方が″マシ″だと気付いてしまう。
「おう、そうか……今度行くから、合図したら″特別″なのを頼むぞ!」
「いいわよ。貴方が満足して、足腰が立たなくなるまで、
タップり。濃厚に……全てを搾り取ってあげるわ。」
レイナは、仮面のなかで笑う。
店主は、銀仮面に醜い顔が映っている。
--だが、気にしていない。
「ヨシ……今日も稼がせてくれた″レイちゃん″に、
俺の愛情料理で、楽しませてやるよ。」
愉快そうに笑い、身ぶり手ぶりまで使って説明していく。
レイナは、楽しそうに頷き、定期的に口に手を当てていた。
◇
周りを無視して笑い合う二人を見て、他の客が騒ぎ出す。
「はぁ~。ザック……もういいわ。」
レイナは、さすがに不味いと声を抑えて話した。
「これからが、楽しいんだって…」
店主は、若い女と話しているだけで嬉しい。
「それは次……これ以上は、クエストが無くなっちゃうわ。」
「……ヨシ! わかった……すぐに作る。」
だが、何かを思い出したように走っていった。
レイナにとって、こういう会話だけが気持ちの拠り所。
昔の記憶が、心の奥底から浮き出て……
(はぁ、ザック~)
レイナは、厨房に戻っていく店主の背を、
憂いだ顔で見つめていた。
生活




