初戦①
薄暗いというほど暗くはない。
近くには人の営みを感じさせる建物の灯りも見えるため、
いわゆるド田舎という場所でもない。
だが、深夜に女の子が一人で訪れるような場所でもなかった。
もう少し暖かい季節になれば、
何かしらの目的を持った男女が二人で訪れそうな、木々の多い公園。
その中を、主人公の理々杏が何かを探しながら歩いていた。
「理々杏。その近くにいるはずだ!
探してくれ。その辺にいるはずなんだ!」
「はい、博士。理々杏、そちらに向かいます」
(クロぉ。どこにいるか分からないのぉ? もぉぉ、面倒くさいぃぃ)
(右のほうじゃないか? あの木の影だ。さっさと倒して風呂に)
(分かったわよ。お風呂ね)
(最近寒いからなぁ。熱い湯を頼むぞ。たまには熱々の風呂だ)
(燃料代がさぁ……。でも、そういえば猫って水が嫌いじゃないの?)
(アハハ。俺はスーパーキャットだ。スーパーだから平気なんだよ)
(スーパーねぇ。本当にスーパーキャットなのぉ?)
(ハハハ)
頭の中で会話を交わすことに、もはや違和感はなかった。
主人公の理々杏と同居人のクロは、
寂しさや心細さを紛らわせるように、楽しそうなやり取りを続けた。
「すまない。リリアンにしか頼れないんだ。本当にすまない。
ゆっくりでいいから探してくれ。
もし相手が逃げたら、そのまま帰ってきていい」
二人の声が聞こえているなら、そこまで心配する必要はない。
だが、傍から見れば理々杏は一人で黙々と歩いているだけだ。
深夜の公園を女子高生一人に捜索させている状況に、
博士は普通の大人らしい罪悪感を抱いているようだった。
もし何かあったら。そんな最悪の事態も考えている。
バックアップは用意しているが近くにはいない。
遭遇した後に割り込める保証もない。
だからこそ犠牲が最小限で済むよう、
ドローンと監視カメラを多数配置している。
それが、この男にできる精一杯の大人の対応だった。
「ああ、大丈夫です。でも、お給料は楽しみにしていますね。えへへ」
膝丈のスカート。どこにでもありそうなブレザー姿。
肩まで伸びたセミロングの髪。
胸は控えめ。お腹は普通。お尻も普通。
顔だけは、未来の科学技術に感謝したくなる程度には整っている。
高校一年生。これから成長予定。もちろん、恋愛経験なし。
郊外から出てきて一人暮らし。
孤児院育ちの苦学生。
金はない。学校はアルバイト禁止。
そして正義の味方会社所属、
エージェント一号(仮)という肩書きを持つ特異人だった。
そんな少女が深夜一時過ぎに公園をうろついている。
もし常識的な大人に見つかれば即通報だろう。
その後はどこかへ連れていかれ、
ありがたい人生訓をたっぷり聞かされる未来まで見えていた。
「君の活躍次第では、基本給に加えてボーナスも出せるぞ」
「でも先輩とかいないんですかぁ? 他の仲間とかもですよぉ」
「ああ……まあ……アハハ。なぁ……その……あれはなぁ……」
バックアップ要員はいる。だがエージェントなど存在しない。
シックスがどこかで見ていると信じたいところだが、
いざという時に本当に助けてくれるかは不明だった。
だから仲間について聞かれても、博士は曖昧に笑うしかなかった。
「キャぁっ!? あ……あぁ!? な、なんですか!!」
(ほら、早くしろ。変身するんだよ、リリィ。早く!
早くぅぅぅ! 変身だ! 変身するんだよ!)
急かすクロの声が頭に響き、理々杏は飛び上がるほど驚いた。
だが、その胡散臭い声よりも先に、
彼女はまともそうな大人へ助けを求めた。
「いやぁぁぁ! 何よあれ! 博士!
あれって何ですか!? あれですよ!」
「やっぱり見えてしまうんだなぁ……。
はぁぁぁ。可哀想に。そうかぁ……」
(彼の言う通りだったのか。本当にこの子だったんだなぁ)
博士は理々杏をここへ向かわせた。
彼女も何か意味のある調査だと思っていた。
しかし話の流れからすると、
博士は最初から別のことを確かめていたらしい。
理々杏は戸惑うばかりだった。
「だから博士! あの虫は何なんですか!?
どうして……どうしてあんなものがいるんですかぁ!」
「不可解現象を視覚化できる人間がいるんだ」
「博士?」
理々杏はクロという超常現象を日常的に相手にしている。
だから驚きそのものは少ない。
しかし、まともだと思っていた博士まで、
平然とそんな話を始めたので、逆に焦っていた。
「と、とにかく変身だぁぁぁ! リリアン!
早く変身してくれ! 頼む! 早くあれを倒してくれぇぇぇ!」
まとも枠だと思っていた大人までおかしくなった。
理々杏は諦め半分で、まだ少しは信じたい同居人へ問いかける。
(クロ! あんた知ってるんでしょ!? あれ何よ!)
(UMAとか?)
(だからどうしているのよぉぉぉ!!)
(うぅぅん。僕と同じようなものかなぁ。
いや、この前もさぁ……アハハハ)
最後の希望だった同居人まで、まともな説明をする気はなかった。
魔法少女。戦隊ヒロイン。ウルトラなんとか。ライダーなんとか。
テレビを見ながら面白そうに語っていた連中と同じことを、
今まさに実行しろと言っている。
(はぁぁぁ……何よこれ……)
(だからぁぁぁぁぁ! 変身だってぇぇぇぇぇ! へーんしん!)
理々杏が諦めるのが先か。周囲の勢いに流されるのが先か。
不可解な光景と、意味不明な声援に囲まれながら。
この場で最後までまともでいようとしている少女は、
本気で思い悩んでいた。




