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第三話 旅行デート

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 帝国南部、アバロン山脈。その麓に位置する深い森に囲まれた要塞都市、ファルファクス。

 かつての氷の団の領土を、帝国派貴族のメサルティム・アルブレヒトがその支配権を奪い取り、現在に至る。


 氷の団による占拠どころか、帝国に支配される以前から邪教徒、獣人種、亜人種、度々大きな戦争を繰り返してきた歴史があり、帝国の主要都市の中で一番大きな墓地を擁している。

 帝国の中心地から遠く離れている影響もあってか、高位の邪神の力による支配が強い。死に関わりが深く、井戸端会議では常に葬儀の話題が中核を担っている。


 街道から外れた場所にも小さな墓地が幾つかあり、埋葬方法が土葬であることから、日没と共に大抵の骨が覚醒めて生者を襲う。

 ファルファクスを拠点にする傭兵の依頼も、大半はアンデッド退治か、死者の遺灰を大聖堂の地下に運ぶことだ。


 要塞全体に辛気臭い雰囲気が漂っており、馬車の定期便も無く、素晴らしくアクセスが悪い。

 全体的に暗く、昼だからと油断していると凶悪な吸血鬼を屋内に招き入れてしまうことになる。

 上位吸血鬼に対しては並の冒険者や衛兵では歯が立たず、助けも期待出来ない。

 商売や金のニオイがしないらしく、闇商人すら立ち寄らない。


 魔人ライゼファーが復活した影響か、半年ほど前から雨の日になると高い確率でワイバーンなどの小さな龍にエンカウントする。

 数少ない街の商人達は排他的で猜疑心が強く、窃盗犯には指を落とし、価格交渉をしようとすると恫喝してくる。

 鍛冶職人は腕も無ければ仕事も無く、錬金術師は狂っている。


 八雷神教会が無く、邪教徒が跋扈し、犯罪組織も少なくない。

 こういった事情もあり、支配者メサルティムの心からは疾うにやる気が無くなっていた。

 寧ろ、心の片隅で『このままではいけない』という良心の囁きに苛まれながら、汚職を繰り返していた。


 と言っても、帝国で平穏な都市はソウブルーか、レーンベルグくらいのもので、ファルファクスが特別酷いというわけでもない。

 崩壊寸前のアンドウンやホライムーン、恐怖政治の敷かれていたトレスドアに比べればまだマシだという下を見て安堵する後ろ向きな自負すらあった。


 主な産業は農業、林業、畜産業で特に林業は好調で人手の募集も行っている。

 やたらとワイバーンが来襲するが、ソウブルーに比べて要塞の大きさの割に衛兵の数が多いこともあり、撃退能力自体はかなり高い。

 ろくでなしの住む地方だが、衛兵の質だけは良い。

 質の悪い衛兵はワイバーンの餌になるだけだし、戦闘訓練は日没後のアンデッドが付き合ってくれる。

 なので質が良いのも当然と言えば当然のことだ。


 何にせよ、それ以外に関しては矢張りろくでもない地方で、ティアメスが人間としての身分をこの地で手に入れ、潜伏先であるにも関わらず、それなりの地位に収まっているのもある意味で当然のことだと言えた。


 話はティアメスとアーベルトがソウブルーに帰還する八日前に遡る。

 二人はソウブルーから一日かけてファルファクス地方に入ると不眠不休でファルファクス要塞を目指す。

 魔人のティアメスにとって数ヶ月程度なら食事も睡眠も無いなら無いで問題は無い。


――流石にハーティアみたいに十年以上も呑まず食わずの不眠不休は()だけど。


 アーベルトもまた数ヶ月は無理にしても四、五日程度なら不眠不休でもフルパフォーマンスを発揮することが出来る。


「酷い酷いと聞いていたが此処までとはな」


 日没と同時に要塞に辿り着いたアーベルトは呆れたように溜息を吐く。

 ファルファクス要塞が上空から七体のワイバーンから襲撃され、地上ではワイルドハントが生者を蹂躙するかの如き大行進。

 進路上にある全てを尽く薙ぎ倒していく様が眼前に飛び込んで来たのだ。

 休憩出来ると思った矢先のこれだ。四、五日不眠不休で支障なく活動出来るとは言え、疲労が蓄積しないわけでは無い。

 

 衛兵が交戦に出撃しているが、好き勝手に逃げ出す住民の波が邪魔で迎撃に支障をきたしている有様だった。

 ファルファクスには冒険者、盗賊、魔術師、戦士のギルドが存在せず、強力な単一戦力も存在しない。

 衛兵団の指揮官が職務放棄をすればあっさりと瓦解する烏合の衆で、そろそろ苛立った衛兵達が住民ごとアンデッドを切り捨てようとするような剣呑な空気さえ漂っているようにも見えた。


「本当にいつ見ても酷い有様。アー君、怪我の調子はどうかな?」


「ふむ……七割弱といったところか」


 身体の調子を確かめながらアーベルトは本調子でないことを正直に申告する。


「じゃあ、普通にいける感じかな?」


 怪我人にかける言葉としては無慈悲極まりないが――、


「ワイルドハントが十万に、ワイバーンが七か。問題はあるまい」


 当人が些かも気負うことなく出来て当然という顔をする。余人に口を挟むゆとりすらない。


「混乱に乗じて邪教徒を皆殺しに……、いや、矢張り民間人の生存者を一人でも多く確保する方が先か」


 視界の隅々に時折視界に映る者を意識しつつも、今の調子では許容範囲を超えると判断した。

 邪教徒の存在を敢えて捨て置くことにして、自在事法の理を抜刀する。


 つい数日前に魔人のみを斬るという特性を与えた代償で、ワイバーンはおろかアンデッドすら斬ることが出来ない状態だ。

 ただの荷物にしかならないガラクタであるにも関わらず、肩で背負うようにして構えて空を睥睨し、大地を蹴った。

 魔力による身体増幅能力と、素の時点で人並み外れ過ぎた脚力によって繰り出された瞬足の踏み込みに、大地が荒波の如く揺れ狂。

 闇夜を切り裂く一条の閃光を描いてアーベルトが宙を疾駆する。


 己の存在を隠す気が微塵にも存在しない圧倒的な傲岸さに、空を支配するワイバーンが一斉にアーベルトに意識を向ける。

 次の瞬間、一体のワイバーンが首を引き千切られるかのように捻じ曲げられ、流星の如く地面に叩き落される。

 全身の骨という骨が砕け散り、軟体生物のように変貌した躯を晒した。

 口腔にブレスを構築しつつあった体内の魔術器官が暴走状態に陥る。その制御が可能な存在は既に絶命済みだ。

 制御を失った魔力の暴発は人間の犠牲者を一人も出すことなく、二千体以上のワイルドハントを巻き込んで霧散した。


「何だ……? 何が起こったんだ!? 増援か!?」


「空だ! あの魔力の残光を、その先端を見ろ!!」


「ソウブルー衛兵団幹部の装備だと!? 何故、ソウブルーの衛兵団幹部が一人で!?」


「そんなことはどうでも良い!! 空の衛兵は単騎でもワイバーンを落とせる! 我々はワイルドハントを叩くんだ!」


「まさに天の助けだ! 我々も奮起するぞ! 緊急事態だ! 邪魔になる住民は殴り倒して寝かせておけ!」


 アーベルトの雷名はファルファクスにまで届いていないものの、翼の無い人間が有翼種に空中戦を仕掛けて圧倒するという光景は人々が希望を持つには十分過ぎた。

 次から次へと首のへしゃげたワイバーンが地面へと墜落し、魔力を暴走させて数千体ものワイルドハントを巻き込んで消えて行った。


「魔人しか斬れずとも最低限の質量、硬度、速度があれば撲殺出来るのは至極当然だな」


 自在事法の理を鈍器のように扱いながらアーベルトは勝ち誇る事無く淡々と呟く。


 七体目のワイバーンが地面に叩き落される頃にもなると空には魔力の残光で『地上の敵を蹂躙せよ』とシンプルな命令が刻まれ、ファルファクス衛兵団の士気が一層盛り上がる。

 こうなればアーベルトどころか、真っ当に訓練をした衛兵団の勢いを止められる脅威は一つとして存在しない。

 アーベルトは日の出まで粘ることさえ覚悟していたが、勢いに乗ったファルファクス衛兵団の尽力により月が最接近し、日付が変わる前に騒動を収束させることに成功した。


「これがファルファクスの現状か」


「今日は特別悪かったけどね」


 戦いもしなければ邪魔するでもない。

 文字通りアーベルトを応援していただけのティアメスが呆れたように言う。


「雨が降ってるわけでも無いのにワイバーンが七体も現れて、十万体クラスのワイルドハントが列を作るなんてすごく作為的」


「念のために確認しておくが、ハルモンド、お前の仕込みでは無いのだな?」


「無い無い。だってアー君なら小細工しないでもファルファクスの英雄になれるんだもん。ほら、英雄様のお出迎えに人が集まってくるよ?」


 ティアメスの視線を追うアーベルト、其処には衛兵団たちが無邪気な少年の様な笑みを浮かべて駆け寄って来る姿があった。


「失礼! ソウブルー所属の帝国衛兵団の方と存じる! 此度の参戦に深く感謝申し上げたい!」


「構わん。所属は違えど共に帝国を守り治安を維持する衛兵団の同士として、この程度の助力は当然のことだ」


 そう言ってアーベルトはファルファクス衛兵団一人一人に視線を移していく。一通り流し見て再び口を開く。


「貴君等の指揮官は何処にいる? この地を訪れたのはプライペートなのだが、ワイバーンの群れにワイルドハントの大群が帝国が誇る主要要塞を攻め立てる様を目の当たりにして座視するわけにもいかん。伐根的な対策を早急に取る必要がある」


「指揮官なら疾うに逃亡した。その内、何食わぬ顔で戻って来るかも知れんが今いる指揮官らしい指揮官は貴官のみだ」


 顔に苦々しいものを浮かべて声を絞り出すようにして吐き捨てると、ファルファクスの衛兵達はティアメスに視線を集中させる。

 ファルファクスの貴族が余所の地方の衛兵団、それも幹部を連れ歩いている。

 期待のようなものが混ざっているのも不思議では無かった。


「申し訳ありませんが、この方は私の恩人です。故郷を見てもらいたく同道を願い出たに過ぎず、ソウブルーの総意として彼がこの地を訪れたわけではありません」


 外行の仮面を被るティアメスを余所に、アーベルトはファルファクス全体の空気を感じ取ることに努め、辟易とした表情を隠して溜息を吐く。


――チィッ……倉澤め、この状況を読んでいたわけでは無いだろうが、奴の仕立てたカバーストーリー通りに行動せざるを得ん。


 敵前逃亡する指揮官階級、貴族が指揮を執るわけでも無く、邪教徒をと思わしき妙な加護の気配を持つ監視者の存在。


「物のついでだ。ハルモンド、ファルファクスを犯す病巣を切除する」


「この身をお救い下さるだけでなく、この地さえもお救い頂けると言うのですか? 帝国最強の兵の誉れを持つ貴方が」


 ティアメスが衛兵達に見せ付けるように、芝居がかった仕草で歓喜に打ち震える。


――茶番だ。


 そう思わずにはいられなかったが戦時下において士気高揚のためによく行われる茶番で、戦争経験のあるアーベルトにとっては特に慣れた茶番だった。


「この身はソウブルーの偉大なる指導者バーグリフの右腕。我が主は帝国が揺らぐ様を望んではいない。ならば家臣たる己が、右腕たるこの身が帝国安寧の障害を全て打ち払うのが道理だ。諸君、眼を見開き、我が身を焼き付けよ。ファルファクスに寄生する悪意の尽くをこの手で粉砕してみせよう」


 実際、ソウブルーから離れていられるのも精々十日。残された日数は八日、移動時間も含めば更に一日か二日を減らさなくてはならなくなる。

 状況の把握、戦術を練る猶予があまり無い。本調子とは言い難いコンディションでは力押し一辺倒というのも無理がある。


――人足が要る。


「志を同じくするならば我に続け。此処から先は一方的だ。帝国の敵となる全てを完全殲滅する」


 アーベルトには立場があり、自由に使える時間は僅か。

 かと言ってファルファクスの現状を目の当たりにした以上、対応を取らないわけにもいかなかった。

 ある程度の下地を作ってソウブルーに戻り、また時間が出来次第ファルファクスに戻るというのは面倒この上無い。

 出来れば限られた時間内に出来ること全てを片付けてしまたいという欲があった。

 大言は既に吐いた。アーベルトの宣言にファルファクス衛兵団は熱狂する。


 教会もギルドも無く、傭兵気取りの荒くれ者が幅を利かせ、命令系統は出鱈目で、時には邪教徒の姦計で命を落としかけたことさえもある。

 ありとあらゆることに不審を覚え、下を向くのが当然となりつつあるファルファクスにおいて、アーベルトの堂々たる姿は彼等にかつての志を取り戻させた。


 勢いに乗ったファルファクス衛兵団を率い、アーベルトはファルファクス要塞に入城する。

 其処ではメサルティムの血脈に関わりのない貴族達が、我が物顔で練り歩き、饗宴に興じていた。

 つい先ほどまでワイバーンとワイルドハントの襲撃を受けていたにも関わらず、この有様だ。

 下々の誰かがどうにかする。それは当然のことであり、高貴なこの身が傷付くことは断じてあり得ないと言わんばかりだ。


「醜悪」


 アーベルトが入城してからの第一声がそれだった。

 乞食に貴族の格好をさせたような貴族らしからぬ輩が魔術兵装の一つすら身に付けず、文字通りに酒を浴び、肉を喰らい、女中に欲情して、立て続けに醜態を晒し続けていた。

 その中にはバーグリフと同じ格好を、主要都市の支配者の制服に身を包んだメサルティムと思わしき男が顔を青白くして俯き、酒をちびちびと舐め、かさついた唇を湿らせていた。


「こんな大勢でおしかけて何のつもりだ、貴様等!!」


 ファルファクス要塞の無様な有様を睥睨していると酒に酔った貴族の男がアーベルトに詰め寄る。

 確かにアーベルトの行いは礼を失するものだ。

 しかし、本来それを咎めるべき者は騒ぎを遠巻きにしてアーベルトと目が合うと気まずそうに視線を逸らした。


 アーベルトに詰め寄る貴族はティアメスの存在に気付くと表情を一変させた。


「これはこれはハルモンド卿。ついに御身も此方においでですか。実に宜しい!ファルファクス要塞は我等貴き血のために存在する。八雷神などと主神気取りの弱神よりも我々には享楽の神シャルセアの加護――」


 領地不法占有罪、主神侮辱罪、邪神崇拝罪、自らの口から三つも罪を告白してくれたのだ。これなら話は早い。

 態々裁判を行うまでも無く極刑に相応しい罪だ。

 帝国の貴族なら知らぬ筈が無い。知らなかったとしても情状酌量の余地などある筈も無い。


 刎ね飛ばされ、血の糸を撒き散らしながら飛翔する貴族の生首が広間の中央に音を立てて落ち、床を転がる。

 転がる首についた相貌が全ての者を睨み付けてから回転を止めて屹立する。

 偶然などでは無く、そうなるように狙って刎ね飛ばしたのだ。


 アーベルトが下らないと自負する曲芸の次にあるのは怒号と恐慌で――、


「ハルモンド」


「はい」


 ティアメスが視線を天井から吊り下げられた豪奢なシャンデリアに移し、視線のみでその基点を切断し床に落下させた。

 最初に首を刎ねた貴族の首とシャンデリアの落下地点にいた貴族が三人巻き添えになって押し潰された。

 彼等の唐突な死に方以上にシャンデリアの落下音の激しさと血の臭いが、貴族達の口から飛び出す悲鳴を無理矢理黙らせる。

 

「我が名は帝国衛兵団ソウブルー地方統括軍団長アーベルト。私が何故この場に現れたのか、貴様達の処断理由など今更説明するまでも無いな?」


「ふ、ふざけるな! 姓を持たぬ平民風情が我等貴族を処断するなど――」


 アーベルトの剣閃が走る。

 異を唱える貴族との距離は約三十メートル。

 対する得物は刃渡り一メートルのソウブルー将校の剣。

 身分証のような物で武器としての性能は決して高くは無い。

 しかし、無造作に放たれた一撃は、そよ風一つ起こすこと無く首を刎ね飛ばした。


「領地不法占有罪、主神侮辱罪、邪神崇拝罪、反逆罪により捕縛を開始する。総員、この場を封鎖せよ。一人たりとも逃すな。反抗する者には容赦は要らん。身分など関係ない。斬り捨て、一族郎党諸共根切りとせよ」


 アーベルトの宣告に貴族達の動きが三つに分かれた。

 反逆する者、諦める者、身内同士で意見が分かれ争いを始める者だ。


 尤も――、


「貴族たる者誇りを持って最後の一瞬まで貴く、この威光で世界を遍く照らさねばならぬ! 平民などに傅くなど誇りを捨てるくらいならば死を選ぶ!」


「ふざけるな! つまらん見栄のために一族郎党を根切りにされてたまるか!」


 言い争いが終わるよりも先に反逆した貴族達は皆殺しにされていた。


「い、いつの間に……」


「まだやるか?」


「当然だ! 貴族たる者この程度で引き下がれ――ッ!?」


 刃向かおうとした貴族が背後から刺された。

 刺したのは先程まで言い争いをしていた身内の者だ。


「何度も言わせるな……! お前の見栄に一族を巻き込むな! 私には子供が生まれたばかりなのだぞ……!」


 肉親の脇腹を貫く短剣を捻り、確実にトドメを刺す。


「は、反逆者はこの手で処した! 一族だけは助けてもらいたい!」


「良いだろう。しかし、貴様も反逆者には変わりあるまい?」


 そして、舞う首。


「一族郎党を根切りにするのは許してやる。それも貴様の一族次第だがな。手の空いている者は、この者達を縛に付け地下牢に押し込んでおけ。後で取り調べる」


「ソウブルーのアーベルト殿……」


 首を刎ねられ殺される貴族、乱暴に地面に抑え付けられ捕縛される中で一人だけ何もされずにいる者がいた。

 ファルファクスの支配者、メサルティム・アルブレヒトである。アーベルトの言い分を聞くなら彼もまた反逆者だ。


「わ、私の処遇はどうなるのだ?」


「ご心配なさらずとも私にはメサルティム様を処罰する権限はありません」


 アーベルトは溜息交じりに回答する。

 主要都市の支配者に与えられた権利は皇帝に次ぎ、帝位が空位となっている現代の帝国においては最高権力者の一人でもある。

 そして、帝国に支配者を罰する法は存在しない。

 アーベルトがメサルティムを殺して良いとされる条件はただ一つ、己が武力を以ってファルファクスの支配者となることを求めること。ただそれだけだ。


「見ての通り、私は情けない男だ。与えられた役目を全う出来ず、衛兵団長一人の手でファルファクスを食い物にする貴族達を瞬時に一掃出来たにも関わらず、私は目に見えないものに恐れて彼等の専横を許してしまった。お前が望むならファルファクスの支配権を与えても良いと思っている」


「支配者ともあろう者が命惜しさに支配地を譲り渡すとは随分と惰弱なことを仰られる」


「っ!!」


「生憎ですが、このような問題ばかりが蔓延る僻地など求めておりません。これからも貴方がこの地の支配者だ。しかし、もう少し支配者に相応しい振る舞いと精神性を持つべきかと愚考します。」


「は、ははは……、私の支配地は厄介な僻地、それがソウブルーを守護するそなたの感想か」


 惰弱呼ばわりされて強張っていた表情が弛緩する。

 同じ帝国の管理運営を担う主要人物である筈が、あまりにも格が、見ている物が違い過ぎる。

その差を見せ付けられて愕然とした。


 アーベルトにしてみれば此処で奮起出来ないからこその惰弱呼ばわりなのだが。


「しかし、既にそのような甘えた状況を看過出来なくなりました。ホライムーン、アンドウンは使い物にならない。トレスドアが正常に稼働するまで暫くの時間が要る。ファルファクスにも動いて頂かねばならない」


「私はどうしたら良い?」


 今までメサルティムなりに必死にやってきたつもりだった。覚悟も決めたつもりだった。

 しかし、それすらも甘えと言われ、恥も外聞も無くアーベルトに問う。

 それはバーグリフがするような意見の要求では無く、自分では何も考えられず、そもそも考え方すら分からない。

 どう判断を下して良いかも決断出来ず、意思の代行を要求するという支配者にあるまじきものだった。


「信頼のおける行政官にレーンベルグから各ギルド、八雷神教会の招致をご命じなさい。可能な限り早く人足を集め、墓地の整備を行いアンデッドの発生を食い止めるのです」


 何故、そんな当然のことさえ思い付かないのだとアーベルトは内心で憤りを昂らせるが、それを誰にも感じさせること無く言葉を続ける。


「その間に此方で邪教徒を皆殺しにします故、知っている限りの情報を頂きたい。メサルティム様、御身は邪神シャルセアと深い関りがあるのでしょう?」


 アーベルトの意思に従いメサルティムは語る。

 何もかもを語って楽になってしまいたいとでも言わんばかりだった。

 気弱な支配者の述懐は朝日が昇るまで続いた。

 彼は多くを語ったが、彼の苦悩や罪悪感からくる告白と価値の無い言葉が大半だった。

 罰せられたいのか、同情して欲しいか定かでは無い。


――最悪の場合、ファルファクスの支配者を変更するようレーンベルグ中央議会に陳情する必要がある。


 この意志薄弱さではファルファクスの病巣を取り除いたとしても、また同じことが起こるであろうことは想像に易い。

 メサルティムに躾けを施してやる程の情も恩も無い。

 これよりもマシな支配者候補ならいくらでもいると考えた故でのことであった。


「行くぞ、ハルモンド。情報は出揃った。後は邪教徒共を根絶やしにすればこの地の問題は片が付く」


「はい、旦那様」


 ティアメスが衛兵達に見せ付けるようにしてアーベルトの手を取る。


 拒絶するのも面倒臭い。好きなようにさせつつも――


「誰が旦那様だ。誰が」


 ……――きっちりと釘だけは刺しておく。


 何千、何万、何億、何兆の釘を刺したところで何の痛痒も感じないだろうが。


「アー君以外に誰が? それにしてもとんとん拍子で話が進んでいくね」


「この程度の問題を誰も解決しようとしなかったのか、それが私には甚だ疑問だがな」


「ん? もしかしてファルファクス貴族の私が何で今まで放置していたのかってこと?」


 頷くアーベルトにティアメスはくすくすと笑う。


「もーやだ、アー君ったら私は魔人だよ?」


 ティアメスは無邪気に笑って腕を抱き上目遣いに見つめて、そして魔人らしい冷酷な笑みを顔に貼り付ける。


「動く根拠になる情報はある。数日で問題を解決する力もある。でも動かなかった。それはアー君も同じだよね? 今回、アー君が動いた理由はアンドウン地方とホライムーン地方が帝国領としての価値が激減したから。距離や管轄の問題もあるけど、やろうと思えばいつでもやれるのに今までそれをしなかったのはなんで?」


「成る程、道理だ。」


――動くに足る理由がない。


 帝国は戦争によって大陸の約八割を掌握した武によって成り立ち、武を尊ぶ国だ。

 武力行使による問題の解決は帝国人の専売特許と言っても過言ではない。

 だが、彼等は戦闘狂では無い。武を行使する時と場所は多いに選ぶ。

 相応しくない場所で武力を振るうのは武を尊ぶのでは無く、武に依存しているだけだ。


 そういった意味で、ファルファクスという土地はアーベルトにとって此処までの前提条件が揃わなければ武を振るうに値しないのだ。

 そんな場所で、ただ潜伏しているだけの、それも魔人のティアメスに『お前がどうにかしろ』というのは、どの口が言うかという話だった。


 理解と納得を得たアーベルトは次の病巣に向かって歩みを開始するのであった。

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