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第四話 報告完了

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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「そして、邪神シャルセアを信奉する邪教徒を根絶やし、ファルファクス地方で暗躍する吸血鬼組織を壊滅か。流石だな、アーベルトよ、八面六臂の働きとは正にお前の働きのためにある言葉と言っても過言では無いな」


 移動時間三日、実働七日に及ぶファルファクスの旅行デートを終えたアーベルトは、ソウブルー要塞の王座でファルファクス地方の現状の一部始終を語った。

 報告を聞き終えたバーグリフは満足気に二度、三度と頷いた。

 当然、アーベルトの隣に控えるティナ・ハルモンドの正体は伏せたままだが。


「恐悦至極に存じます」


「しかし、気に食わんな」


 それまで満足気に垂れていた目尻が鋭く吊り上がる。


「その結果がファルファクス地方での爵位と次期支配者筆頭候補として要請。彼等にとってはこれ以上に無い最大限の評価かも知れんが、我が従僕たる右腕が治めるに相応しい器では無い」


 そう言ってバーグリフはアーベルトの隣、ファルファクス貴族ティナ・ハルモンド――、魔人ティアメスに視線を移し、表情を緩める。


「ああ、気を悪くしないでくれハルモンド卿。ファルファクスを乏しめる意図は無いのだ。我が従僕の働きを間近で見た卿になら理解出来よう。これ程得難い忠臣は帝国広しと言えど比肩し得る者は存在しない。いずれはソウブルーの支配者、或いはレーンベルグの筆頭行政官。いや帝国の次期皇帝こそが我が従僕に相応しい。それが我が右腕に適正な評価であると余は確信している。次期皇帝などと身内贔屓が過ぎると思うかね?」


「いいえ、ご尤もなお言葉ですわ。返す言葉も御座いませんもの」


 女の反応にバーグリフは怪訝そうに眉根を僅かに顰める。

 ファルファクスを貶める発言に憤るどころか、バーグリフがアーベルトを評価し、称える度に女はまるで我が事のように嬉しそうに笑みを浮かべているのだ。

 これで相手がアドルフ・ラーフェンならばお家取り潰しも覚悟の上、いや、そんなリスクなど無視して後先考えること無く一戦交える程度には怒りを示す。それが貴族という生き物だ。


――ティナ・ハルモンド、か。厄介だな。

 

 バーグリフには、ハルモンドという姓に心当たりがあった。

 当主は百数十世代に渡ってティナ・ハルモンドの名を襲名する――半ば、不老不死である為にそういう体裁にしているだけだが――、帝国としては唯一無二の伝統的に女が当主を担うファルファクスの一族だ。

 明らかに血脈と名前、土地に誇りを持つ類の貴族である筈なのに、交渉の取っ掛かりとなる感情の揺らぎを見出すことが出来ず、バーグリフは内心で舌を巻く。


「それで一体どのようなご用向きかね?」


 相手が分からなければ取り敢えず、殴らせてみる。

 バーグリフは、攻撃手段からティナ・ハルモンドを見定めることにした。


「実は、ソウブルーで興行を開催させて頂きたく、アーベルト様とのご縁を頼らせて頂きましたの。危機を救い出して頂いたにも関わらず、要求してばかりで恥知らずなこととは存じますが、どうかお聞き届けください」


 恭しく頭を垂れる女の口から紡ぎ出される帝国最強決定戦の概要。

 それを内心で吟味した上でバーグリフは首を傾げる。


――素晴らしく富を得られる話だ。それに立場も忘れて出場したくなる程に心も踊る。


 バーグリフは戦争狂でもあり、戦闘狂でもある。

 武を尊び、力を貴ぶ帝国の武威を基準に考えても、闘争に愉悦を見出す手合いだ。

 同じく力を己の軸とする者ならば、誰もが狂乱する程の一大興行だ。

 この話を耳にすれば、大陸の端からでも狂乱して馳せ参じることが目に見えていた。


 だからこそ思う。しかし――と。


――それならばソウブルーを開催地に選ぶ理由が不明だ。


 ソウブルー地方は流通の要として確固たる地位を築いていた。

 しかし、ホライムーン地方の壊滅によりその価値を落としつつある。


 首都レーンベルグで開催し、倉澤蒼一郎、アーベルト、メアリの三人を注目選手とする。

 それは相当の苦労と困難を極めるが、肉を斬られ、骨を折られる以上の見返りがあることは余程の馬鹿でも分かることだ。


 アーベルトの手腕により、ソウブルーはファルファクスに対し、強い発言力を得た。

 だが、その発言力がソウブルーに富をもたらすのは最低でも数年の時を要する。


 それに引き換え、レーンベルグは鉱山資源が豊富なトレスドアを安定化し、息のかかった行政官を新たに据えた。

 これによりトレスドアは事実上の資源採掘場としてレーンベルグに搾取される構造になった。

 ソウブルー側にとって面白くないことに、トレスドアが所有する通商路は立地上、レーンベルグと火の海に沈んだアンドウンの二地方のみで、通商路仲介による利権に噛むことすら出来ないのだ。

 時間の経過はレーンベルグに更なる富をもたらし、ソウブルーに大差を付ける形になる。


 つい数十日前までは名誉を得るならレーンベルグ、利益を得るならソウブルーと呼ばれていたが、富も名声もレーンベルグに集中化しつつある。

 利益を目減りさせてまでソウブルーでの興行を開催する理由が皆目見当も付かなかった。


――それを自身で認めるのは業腹だが。


「単純な興行収入だけで言えば、お察しの通りレーンベルグで開催するのが妥当かと思いますが……、私が本当に欲しい物はこのソウブルーに御座いますので」


「ほう……、この地の何を欲する?」


「一つはソウブルーの爵位。しかし、これは本当に欲しい物を得るために必要な最低限の前提条件ですが」


「それで、そなたが真に望む物は?」


 それまで涼しい顔で作り笑いを浮かべていた女が口元を弧に描き、淫靡な笑みを浮かべて口を開いた。


「帝国衛兵団ソウブルー地方統括軍団長アーベルト様、ですわ」


「アーベルトが欲しいか」


「ええ、とても。窮地をお救い下さったこともそうですが、とても文化的で創造的。それでいながら戦いが始まれば勇猛にして苛烈。そんなお人柄に惹かれましたの。是が非でもアーベルト様の妻になりたく思っておりますわ」


「うむ?」


 これではアーベルトを欲しているのでは無く、アーベルトの物になることを欲しているような物言いだ。

 漸く底が見えて来たと思いきや、再び梯子を外されたみたいで、バーグリフは内心で首を傾げた。


「ですが、アーベルト様は忠義の士です。我が君がソウブルーからお離れしないのなら、私がソウブルーに移住するしかありません」


「ふむ」


「しかし、我がハルモンド家は帝国の貴族では無く、ファルファクスに根付く土着の貴族として認められているに過ぎません」


 元々、帝国が歴史的に占有している土地はレーンベルグと、ソウブルーだけだ。

 トレスドア、アンドウン、ホライムーン、ゴドラ、そして、ファルファクス。

 これらの地方は別の国で、今現在要塞化している都市は当時の首都にあたる。


 ティアメスは人気のないファルファクスを潜伏拠点にして、貴族という立場を得ていたが、ファルファクスが帝国に占領され、ハルモンド家はファルファクスの中でも屈指の伝統と歴史を持つ貴族から、帝国の新参貴族となったのである。

 

「ソウブルーに移住した場合、ただの女になってしまいます。アーベルト様をお慕いするその他大勢の女同様に。ソウブルーの偉大なる指導者バーグリフ様、御身は従僕たる右腕がただの女と結ばれることをお認めになりますか?」


「断じて不可能だな」


 ルカビアンの反応速度をもってしても即答ともいうべき速度に女は苦笑を浮かべる。

 建て前からくるポーズでは無く、アーベルトの伴侶となる者に相応の名、力、質、格を心の底から求めている。

 それを否応なしに理解させられたからだ。


「そう仰ると思いまして、まずはバーグリフ様に私の価値と有用性を見出して頂く所から始めようと伺った次第に御座います」


「周到だな。だが、気に入った」


「主?」


 意外にも前向きな主の態度に、アーベルトは渋面を浮かべて異論を唱える。

 これまでに婚姻を用いた引き抜き工作は幾度もあった。

 その度にバーグリフはいずれも相応しくないとして拒絶し、場合によっては武力行使も辞さないとする場面も少なからずあった。

 それが上機嫌に気に入ったなどと、アーベルトの想定には無い展開だった。


「アーベルト、我が至高の右腕よ。何故、私がお前を求める女達を拒絶したか分かるか? 何の覚悟も無く、下らぬ財貨如きで、何のリスクも背負う事無く、身の程を弁えずに、この私に右腕を斬り落とせと言ってきたからだ。だが、ハルモンド卿は違う。全てを捨て去り、覚悟を示した上で貴族が平民たるお前の物になると傅いたのだ。礼節を弁えられる者を気に入らんわけが無かろう? どちらにせよ優秀な貴族ならどれだけ増えても困らん」


「その割に倉澤の叙勲には随分と時間を稼がれているようですが?」


 悪足掻きにも似た従僕の辣言に『お前は何も分かっていない』とでも言わんばかりにバーグリフは溜息と共に首を横に振る。


「ハルモンド卿と倉澤蒼一郎を比較対象にするとはまだまだだな、アーベルト。アレは闘争を司る英雄であると同時に小市民だ。欲が無さ過ぎる。汚職や不正、大きな失態はまず犯さんだろうが、大きな戦争が起こらぬ限り小さくまとまり過ぎて大きな成功も見込めぬ。それに我が従僕よ、倉澤蒼一郎の事ばかり気にかけてもいられんぞ?」


「どういうことですか?」


「今まで我が後継として衛兵団団長の地位を与え、武力の使い方、人の使い方を学ばせてきた。だが、ハルモンド卿と結ばれるのならば、今のままでは足りぬ。領地の運営という次の段階に進む時が来たということだ。ハルモンド卿がお前の妻に相応しい能力を示すことが出来たのならば、お前もハルモンド卿の夫に相応しい力を示さねばならん」


 あのバーグリフが現段階においては、ティアメスこそがアーベルトの妻に相応しいと判断している。

 それどころかほぼ決定事項のような物言いに作為的な物を感じずにはおれず、アーベルトは眉間に皺を寄せる。


 バーグリフにしてみれば、今までの口先だけの木っ端貴族の縁談とは訳が違うのは明白だ。

 身に付けた法衣や彼女自身が内包する魔力も申し分無い。バエルの討伐にも助力したことから覚悟の程も疑いようがない。

 後はアーベルトの妻としてどこまでソウブルーに貢献できるかを示すだけで良い。


 アーベルトにとっての最大の不幸は、バーグリフが評価した事項の全てが『魔人だから』の一言で片が付いてしまうことだった。


「では、示すことが出来ればアーベルト様の妻として、婚姻を認めて頂けるのですね?」


「ああ、認めよう。ハルモンド卿、其方の興行開催を認めよう。余に力を示してくれ」


「ご厚情に感謝致しますわ。ソウブルーの偉大なる指導者バーグリフ様」


「お待ちください。我が主。この身は既に主に捧げた身。主が妻子を持たぬ内から従僕たる己が……」


 本人の意思を無視して勝手に話が進んでいく。

 沈黙を保っていては状況はただ一方的に悪化していくばかりだ。

 焦燥感を露わにアーベルトは早口に異を唱える。


「妻はおらぬが、我が子、我が後継ならばアーベルト、お前に他ならない」


――今、私は従者の本懐を得た!!


 このような状況で無ければ腹の底から叫び、心の底から喜ぶことが出来ただろうにとアーベルトは内心で愕然と嘆く。


「ああそうだ、アーベルトよ。随分と多く血を流したようだが外の脅威はどうであった?」


 表面的な傷は全て塞いでいるが、魔人バエルとの戦いで多くの血を流し、強行軍で平定したファルファクスでは吸血鬼の一団には、相当な量の血を奪われた。

 平然と立って受け答えが出来ているのが不思議なくらいで、常人ならば既に失血死していてもおかしくない状態だ。

 主にそれを気取られたことを口惜しげに歪む顔を見せまいと頭を垂れる。


「御見苦しい姿を晒し、申し訳御座いません。上にも下にも想定通りとはなりませんでしたが、対応は恙無く完了しております。その後に起こるであろう問題も想定通り対処可能です」


「ご苦労。傷を癒し、失った血を取り戻すことに専念せよ。では下がれ」


 謁見の間から踵を返し、アーベルトは人気の無いサロンに座り込んだ。

 顔に浮かぶ徒労感は血が失われたことだけが原因では無い。


「これで下準備は整ったが、メアリの口を封じる為に此処まで大がかりな興行をやる羽目になるとは……」


 大方の問題はこれで殆ど解決したと言っても過言では無い。

 しかし、極めて個人的な問題が新たに浮上することとなった。


「その結果、漏れなく私がお嫁さんになるんだし、プラスになるんだからぼやかない! ぼやかない!」


「………………………………」


「え? 不満? でも、私かわいくない? 結構どころかじゃなくってすっごい美人な部類だと思うんだけど」


 新たに浮上した問題が『寧ろご褒美でしょ! さあ歓喜の涙を流して喜んで良いんだよ!』と的外れなことをほざいてアーベルトの頭を悩ませる。


「寿命の問題はどうする? 人生八十年。私に残された寿命は精々後五十数年程度しかないのだぞ?」


「もしかして気を遣ってくれてる? 心配? だったら安心して! アー君は死んでもクラビス・ヴァスカイルに行くだけでしょう? だったら、それに着いて行けば良いだけだし、クラビス・ヴァスカイルなら寿命なんか関係なく永遠に一緒だね!」


 不老不死の魔人とて核を破壊されれば永遠の死が訪れる。

 英雄や勇者に相応しいと判断されれば魔人でもクラビス・ヴァスカイルに招致されるのはライゼファーが証明している。


――アー君が死んじゃったら、魔人じゃなくて、魔王ティアメスとして帝国を半壊させて、適当に見繕った勇者に打ち倒されてあげたら、私もクラビス・ヴァスカイルに呼ばれるだろうし。


 口にこそしないが、クラビス・ヴァスカイルに招致されれば、アーベルトとの永遠が待っている。寿命のことなど些細な問題だった。


「楽しそうで羨ましい限りだ」


 アーベルトは辟易とした表情で溜息を吐く。

 農家の三男坊が今やソウブルーの支配者から後継者に相応しいと評価されるまでになった。

 それにも関わらず、ティナ・ハルモンドの正体を秘匿するという背信行為がアーベルトを苛む。


 もしも倉澤蒼一郎がこの場に居れば彼にこう声をかけただろう。


『知らぬが仏、ですよ』


 現にバーグリフも、ティアメスも満足のいく交渉となったのだ。

 後は腹の内に溜まった罪悪感という名の澱みを消化してしまえば、何もかもが全て丸く納まる話である。

 この日、アーベルトの心労と引き換えにソウブルーの一日は恙無く平和であった。

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