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第十四話 更なる乱入者

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「アレを見ろ! ソウブルー将校の装備だ!」


「援軍の話は聞いていないが一人だけなのか?」


「あの将校――いや、あの御仁は!!」


「知っている! 知っているぞ! アーベルト殿だ!」


『個人要塞!』


『一人師団!』


『バーグリフの偉大なる右腕!』


『帝国衛兵団ソウブルー地方統括軍団長!』


 個人でありながら、魔人同様、一勢力に相当する戦力の出現に、レーンベルグ軍が沸き立つ。

 単純な戦闘能力だけなら、稀代の大英雄倉澤蒼一郎にも勝るとも劣らないとも言われており、絶無軍に少なくない動揺が走った。


――面倒なタイミングで面倒な奴が現れた。


 そう思ったのは絶無軍総大将、絶無の零であった。

 倉澤蒼一郎、メアリ、バーグリフ、オライオン、本来ならば唯一無二とも言うべき英雄が、当たり前のように次から次へと現れる。

 人間(ルカビアン)からヒトモドキ(オウラノ)に身を落とした零もまた、ある意味で彼等と同様、英雄の一角を担っていると言っても過言では無かった。

 更に言えば、トレスドアの元支配者アルスディヤも、英雄足り得る器の持ち主だった。

 英雄が乱立する時代に、帝国最強と言われるレーンベルグ軍を熱狂させている。


――あのアーベルトという男が、倉澤蒼一郎に匹敵するという話も、あながち大袈裟では無い。


 第一次オライオン抗争では旧オライオン四天王の一人が、ほんの僅かな時間を稼ぐために命を引き換えにしたと言われているが、真相は別だ。

 戦争狂の主に、戦いの場を献上する為に、敢えて時間を稼がせてやっただけに過ぎず、その真相を知る者は決して少なくない。

 

 狂喜乱舞し戦意を高揚させるレーンベルグ軍の熱気に絶無軍に動揺が広がり、その動揺に感染したのがトレスドア亜人獣人連合であった。

 現れたのは、たった一人の人間だ。

 そのたった一人の人間が何かをするでも無く、ただその場に現れ、居るだけで戦場の空気を換え、支配した。

 アーベルトのことを全く知らないトレスドア亜人獣人連合でさえも察した。彼が常軌を逸したただならぬ存在であると。

 連合の者達は強い力で抑え付けられた過去がある。だからこそ理解した。


 力尽くで他人を押さえ付けるのに、一切の力を使わずにそれをやってのけ、ただ存在するだけで理解を強要させる埒外の存在がいることを。


「屑の中の一番が身の程も弁えず、調子に乗ってくれる」


 アーベルトの気配に唯一、何の影響も受けなかった唯一の存在――、魔人バエルだけが冷ややかに吐き捨てた。

 それもその筈で満を持して、とでも言わんばかりの大仰に現れたと思えば、さも当然であるかのように緩やかな足取りで進むアーベルトの意識は、バエルにのみ向けてられている。

 ヒトモドキが分を弁えずに単身でルカビアンに挑もうとする姿勢は、バエルに込み上げてくる吐瀉物にも似た不快感を与えた。


「アーベルト殿! 我々にも轡を共にする許可を頂きたい!」


「許可は出来ん。貴様等は絶無軍と亜人達の連合を叩くことに専念しろ」


「しかし!!」


 その他の大勢に、僅かたりとも意識を向ける価値は無い。そう言わんばかりの傲岸な態度だ。

 成る程、確かにヒトモドキ(オウラノ)に意識を向ける価値など塵芥にすら満たない。

 しかし、その塵芥未満の害虫に意識を向けられることの不快さは今更語るまでも無い。


 だが、あのアーベルト(ゴミ)ヒトモドキ(害虫)や裏切り者の心に大きく影響を及ぼす存在だとしたら、殺し方次第では、グァルプと己との間に存在する圧倒的な力の差を示すに、好都合だとバエルの貌がサディスティックに歪む。


 獄炎地獄(エクスコア)――、絶無軍が得意とする戦術級魔術で、魔人バエルの能力を人間(オウラノ)にも扱えるように簡略化させた軍用魔術である。

 その原典バエルの能力、その名を天を貫く地獄(キルラントコア)と言う。

 氷の都を一撃で、マグマの海に沈めた超広域核熱術式である。


 本来ならばルカビアン同士の戦争に用いられる能力であり、たった一人のヒトモドキ(オウラノ)相手に振りかざす能力では無い。

 核熱による絶対絶望殺戮領域の構築は、この場に他の魔人(ルカビアン)がいれば、『うわー、大人気ないわー』と漏らす程で、暴挙と言っても過言では無い程の過剰な一撃だった。


 だが、次の光景を目の当たりにした魔人(ルカビアン)は鼻で嗤うか、絶句するか、狂喜乱舞するかの三つに分かれることだろう。

 とは言え、アーベルトのしたことはそれ程出鱈目なことでは無い。


 そもそもの話として、つい数日前に氷の都を灰に帰し、マグマの海に沈めた能力を遠目とは言え、アーベルトは主と共に、その眼でしかと見ていたのだ。

 その上で主は一人で魔人バエルを討ち滅ぼして来いと命じ、幾つかの装備を解禁する許可を得た。

 実際に氷の都を訪れてその惨状を目の当たりにして残留する魔力も蒐集した。


 対策の一つや二つも取れていない時点で単身で、しかも真正面からバエルに近付いていく方が不自然な話で――


「自在事法の理よ、地獄を自称する火の粉を喰らえ」


 纏わり付くレーンベルグ軍を無視して、右腕で振るった自在事法の理が炎で出来た獣に姿を変え、天を貫く地獄(キルラントコア)をその顎で噛み砕き嚥下した。

 誰もが、バエルさえもが絶句しているが、この結果は当然のことでしかない。


 自在事法の理はアーベルトの魔力を対価にその形状や性質を意思に従って変化させることが出来る。

 とは言え、人間の魔力をどれだけ対価にしても魔人の能力に容易く対抗出来るものではない。

 そこで重要な役割を担うのが、新たな条件と新たな法則だ。


――氷の都を壊滅させた天を貫く地獄(キルラントコア)のみを防ぐ性質を持て。


 それだけで足りなければ更なる条件を足せば良い。


――天を貫く地獄(キルラントコア)以外の攻撃を受けた場合、爆散せよ。


――性質変化後、天を貫く地獄(キルラントコア)を受けるまで条件の変更は効かない。


――天を貫く地獄(キルラントコア)を無力化する性質を再度得るまで一月の待機期間が発生する。


 条件を複雑化し、汎用性を失う度に対価は大きく減少していく。

 一撃目の天を貫く地獄(キルラントコア)は完全に無力化した。二発目を防ぐことは出来ない。

 尤も、此処まで圧倒的な防御能力を示せば、二発目を発動させる愚を犯すことは無い筈だ。


「魔人バエルは核熱を象徴する魔人だ。生半可な軍用魔術や封印指定級魔術兵装で太刀打ち出来る相手では無い」


 レーンベルグ軍の本来の目的は獣人や亜人達に占拠されたトレスドア要塞を奪回することだ。

 武装蜂起した亜人達はアルスディヤの圧政に苦しみ、姿を隠していた者達だ。

 要は、練度の低いトレスドア衛兵団にすら劣り、それ程の重装を必要とするような敵では無かった。

 若い者が多く、内包する魔力も決して高くない。彼等がレーンベルグ軍の主力部隊では無いことが伺える。

 恐らく、新兵の演習に打って付けの相手だと判断の上で編成された部隊なのだろう。


「絶対的な力を持つ存在を前に小さな力を一万、一億、一兆と束ね合わせても、その戦力は一にも満たない。近接戦、近接術式による白兵戦でしか太刀打ち出来ない魔人を相手に、数による連携を得意とするレーンベルグ軍では、あの理不尽の権化には無力でしかない」


 切り捨てるかのような物言いにレーンベルグ軍の士官たちは忸怩たる思いを表情に浮かべるが、アーベルトは更なる一歩を踏み出し、バエルに向かっていく。


「我が主は魔人バエルの討伐を私に命じた。貴様達が帝国に課せられた命令は何だ? 己に与えられた役割を真っ当しろ。己の責務と願望を履き違えるな。さもなくば、その代償を支払うのは己自身では無く、我等の帝国だ。己の無能で祖国と主の足かせとなることは家臣にあるまじき行為と知れ」


 言うべきことだけを言って、右腕に炎を喰らう魔獣を携えたままアーベルトは前進を続ける。

 アーベルト、バエル、両者の距離は約五百メートル。魔人の聴覚がアーベルトの言葉を一言一句漏らさず捉えていた。


 成る程、確かにレーンベルグの雑兵が一万、一億、一兆集まっでも、戦力が一にも満たぬ無力に等しいのは事実だ。

 だが、その身の程を弁えた言葉を放った虫けら同然のヒトモドキは、己なら勝ってるという顔をしている。


 バエルの後方四百メートルからは、それまでの均衡とは打って変わって零が足早に近付きつつある。

 まるでバエルがアーベルトに敗北し、その力を取り込めなくなることを懸念しているかのようだった。

 片や忠義の為、片や力を得る為、ある種の争奪戦の様相を呈している。

 彼等に共通しているのは、今日この日、この場でバエルが死ぬというこだ。


「雑魚共が身の程を弁えずに、このバエルの命が早い者勝ちなどと思い上がりも甚だしい!」


 三軍と三人が衝突する中、一番厄介な立ち位置にいるのが零であった。


――ルーフリードとドルガーノ、二体の魔人に変質することでバエルは始末出来る。横合いのレーンベルグ軍は絶無軍とトレスドア軍で抑え込めるだろうが……、トレスドア軍の内、我等に肯定的なのは約半数、残りの半数は否定的。しかも、人種や主義主張のせいか、我等に肯定的な勢力も一枚岩では無く、どう動くかが読み切れん。矢張り問題となるのは――。


 零はバエルを警戒しつつ、アーベルトに意識を向ける。

 今の所、あの男の狙いがバエルの命であることは、殺気の流れを読めば容易く理解出来た。

 しかし、それと同時に流水の如き静かな殺意が、僅かながらに此方にも向いていることを察知していた。


 優先順位こそ低いものの、あわよくば、まとめて始末してやろうという気配だった。

 アーベルトの所属や立場を考えれば、氷の団の残党である零を殺そうとするのは当然だ。

 最優先で叩くべき敵は共通しているが、バエルを殺した後のことを思えば警戒は不可欠だ。


 バエルにとっては、零とアーベルトは殺すべき敵だ。アーベルトにとってもバエルと零は殺すべき敵だ。

 だが零にとって確実に倒す必要のある敵はバエルただ一人だけで、アーベルトは降りかかる火の粉だ。


 その意識の違いは三つ巴、二対一にも戦況が転々と変わっていくことを意味する。

 問題は今の零の力ではその戦況を自在に操ることが出来ず、場合によっては一人で、バエルとアーベルトを相手取るという理不尽極まりない状況に陥ることを意味していた。


――兎に角、バエルだ。バエルを始末し、力を得る。この場ではドルガーノとルーフリードの力を持つ私が一番強い。その筈だ。まずは障害を排除し、レーンベルグ軍の打ち滅ぼしトレスドア連合を取り込み、トレスドア要塞を私がよって立つ地とする。


 それぞれの思惑が、緊張が、苛立ちが張り詰め、頂点に達した瞬間、均衡が崩れた。

 アーベルトと零が同時に地を蹴り、破裂するかの如く隆起した地面が五メートル程の高さにまで達し、灰混じりの黒い土煙となって彼等の背後を漂う。

 それぞれに狙うはバエルの首だ。三つ巴はまず二対一の形となった。

 真正面から飛翔するアーベルトの斬撃を右腕の大鎌で受け止め、大地が揺れる程の踏み込みと共に放った左腕の掌底で背後の零の打撃を受け流す。


「無様だなグァルプ。命惜しさに脆弱で無知なオウラノの肉体に逃げ込んだばかりに、ヒトモドキなどと共同戦線を張らねば生きることさえ満足に出来ない。そうまでして生き延びてお前は何を望んでいる」


「知りたいか? ならばお前も失うと良い。存外、望みという奴は失くさねば生まれてこないものなのだ」


 零の口元が嘲笑で吊り上がる。アーベルトと向き合ったバエルにその姿を見ることは適わない。

 右足でアーベルトを蹴り上げる。普通の人間なら上半身が粉々に吹き飛ぶ程の膂力を孕んでいたが、交差した両腕にガードされ、中空に打ち上げる以上の効果は無かった。

 本来ならば追撃に打って出る場面だが、背後で嘲笑を浮かべる零の存在が許し難く、腰の回転と共に軸となった左足を捩じって背後に向き直る。

 すぐさま蹴り上げた右足を踵落としの要領で、憎たらしい面で笑みを浮かべる零の頭蓋の上に振り落とす。


「何を憤慨している。まさかルカビアンが築いた文明が喪われた程度で全てを失ったとでも言うつもりか?」


 一歩後退してバエルの踵落としを避け、「そんな物はルカビアンが、老害が造り出した物であって我等のルカビアンの十九魔人の本質足り得るものではないのだよ」と出来の悪い子どもに言い聞かせる様な口調で言葉を吐き捨てた。

 地面を穿つ踵を軸に爪先で地を抉るように踏み込み、全身の回転から放たれた回し蹴りは草木を薙ぐが如くの鋭さであったが、本命はそれと共に繰り出される大鎌の斬撃だ。


「だが、これだけの力があり、満たされているのであれば、腐るのも当然だな」


 零の肉体の一部がルーフリードの物へと変質していく。

 混濁する意識の中から神学研究によって得られた成果の一つ、信仰の簒奪の力を得る。

 絶無軍には千人以上のドワーフが所属している。彼等の信仰と零への忠誠を応用し、炎と鍛冶の神ヴァルカンの力の一部を発露させ、バエル同様に炎を纏う。

 肉体の一部と千数百人の信仰程度では原初(フォルメス)の火を召喚するには至らなかったが、バエルの斬撃を真正面から受け止め、拮抗するだけの力を得るには十分過ぎた。


「バエルよ、お前の目的は何だ」


「知れた事をグァルプ、お前を殺す。裏切り者、いや、オウラノに堕ちた貴様を見るに忍びない」


 それはかつて友であった男に対する、ある種の憐憫であった。

 下らぬ好奇心に負けて裏切りを、よりにもよって血を分けた弟を手にかけたことは到底許せることでは無かった。

 それでもグァルプとバエルは友であった。ガエルも数百年後には復活する。

 刑もこの手で執行し、ある程度の溜飲が下がったところでバエルは思う。

 果たしてこの男は此処までの責を受けねばならぬ罪を犯したのか、と。


 つい先ほどまで堪え難い怒りに身を焦がしていたのは事実だ。

 グァルプが一度ならず三度も仲間に手をかけたと思っていたからだ。

 だが、言葉を交わし、力を交わしてバエルは思い至った。


――弱過ぎる。目の前にいるこの、コレは元グァルプであって、グァルプでは無い。


 ルカビアンとしての生命力、知性、能力、その全てを失い、脆弱なオウラノの身体に魂を写した結果、無知蒙昧なオウラノの欲に汚染され、意味の分からぬ脆弱な生き物に成り果ててしまった。

 友であった男にバエルがしてやれることはこれ以上、生き恥を晒す前に終わらせてやることだけだった。


 零は嗤った。かつての友が示す憐憫の情があまりにも的外れであったことに嘲笑を貌に浮かべた。


「五百年後、千年後の話をしているのであって、私の処遇などと小さなことを問うているのではないのだがな。具体的に言い直させてもらおう。お前達は今でも夢を見ることが出来ているのかと聞いている」


「夢、だと?」


「そうだ。私もつい最近まで忘れていたのだがな、老害共は一人の例外も無く逝った。誰にも邪魔されること無く、永遠の楽園を築くことが出来るようになった。お前達は楽園を築く夢を今でも覚えているか。倉澤蒼一郎は別次元の宇宙から現れた純粋種だった。異星人も異世界人もフィクションの住人では無い。それに気付いた時からずっと考えていた。異星人や異世界人が個人では無く、組織としてこの星に立った時、この星を代表する存在は誰か。あの時、十九人で誓った永久の楽園、永遠王国の夢を忘れたままの我々はただの害獣では無いのかと」


「夢、夢なら……」


 バエルの心身に確かな揺らぎが生じ、拮抗する大鎌と炎の剣のバランスが崩れた。


「ルーフリードと、ドルガーノは忘れていたぞ」


 零の両肩が盛り上がり、ルーフリードとドルガーノの貌に変質する。お互いの能力は熟知している。

 彼等の記憶からそれを探り出したであろうことはすぐに察することが出来た。

 諦観したかのような口調は責められているようにも、嘆きを露わにした表情からは失望されているようにも思えた。


「夢は――――ッ!!」


 言葉は頭上から振り落とされた巨大な鉄の塊によって閉ざされた。

 中空に打ち上げられたアーベルトが自在事法の理を巨大化させ、重力と重量に加速系の術式を使って急降下からの一撃を見舞ったのだ。


 不意打ちを許したつもりは無かった。


 ルカビアンの能力を簡易化、単純化することによってオウラノでも使えるように作り変えられたのが魔術だ。

 謂わば、魔人こそが魔術の祖と言っても過言では無い。

 加速系術式が発動する際の爆発的な魔力の膨張、魔術兵装が稼働する際に発せられる微量な魔力振動、落下速度、その全てが聴覚と触覚だけで知覚出来ていた。

 目を向けるまでも無く、確実に迎撃出来る一撃の筈だった。


 見向きの一つもすること無く放った大鎌は、竹を割ったような景気の良い音と共に切り裂かれ、アーベルトの一撃はバエルの肉体を左肩から爪先にかけて真っ二つに切断した。

 自在事法の理に魔人だけを斬る力を与え、その代償として魔人以外は斬ることが出来ず、半年の間、別の形状、別の性質に変更させることが出来ないという制約を与えたが故の断裂であった。

 大質量を持つ鉄塊の落下は、身体の内側に響く巨大な振動となって大地がうねる程の衝撃波を発生させ、バエルと零を吹き飛ばす。

 ただの人間がした事と思えば快挙も快挙だ。

 しかし、吹き飛ばされる中、「外したか」と意図した通りの結果にならなかった不満を漏らす声が、バエルの耳朶を叩いた。

 魔人にある程度のダメージを与えたことなど、この男にとって何の価値も無く、一撃で決着を付ける必殺の意思が込められていたことに、バエルは不快感を顔に貼り付ける。


「グァルプ、話は後だ。まずはヒトモドキ共を皆殺しにする」


「莫迦が」


 切断面から触手を生やし、再生しながらアーベルトに肉迫するバエルの背後から、零の嘲笑が聞こえ、それと同時に、冷たく鋭い感触に襲われた。

 背後から脳髄を貫かれ、額から炎の剣の切っ先を生やしたバエルは、信じ難いものを見るような眼を零に向けた。


「グァルプ……!?」


「我々は敵同士だ。違ったかね?」


 アーベルトの斬撃が生んだ衝撃によって吹き飛ばされた方向が、バエルと同じであったことは零にとって幸運であった。

 アーベルトとの位置関係を流し見て、零は飄々と笑みを浮かべたまま口を開いた。


――我を止められるか? アーベルト!


「そして、バエル。お前は私の糧だ」


 人当りの良ささえも感じさせる口調に不吉な物を感じ、離脱しようと身を沈めた瞬間、鋼鉄の身体を持つ蜘蛛に抑え込まれる。

 一匹や二匹では無い。バエルを取り囲むようにして殺到する蜘蛛たちは次から次へと零の影から這い出す。

 ドルガーノが発掘した蜘蛛型無人機動兵器群ネストリス。

 それを彼の記憶から呼び起こし、ルーフリードの信仰簒奪によって得た力の余剰分で実体化させたのだ。

 一体一体の力は決して脅威では無い。しかし現代では最早、珍しいを通り越して存在しなくなった機動兵器の出現は、混乱状態に陥っていたバエルの不意を突くのに十分過ぎる力を発揮した。

 ルーフリードの肉体に変質した身体を駆使して、バエルの心臓目がけて拳を叩き付け、再構築した炎の剣を振り上げ、零の眉間にアーベルトの踵が突き刺さり、爆ぜた額から鮮血を撒き散らしながら零が素早くバックステップを踏むが、アーベルトの追撃が鋼鉄と真空の刃となってその後退を阻む。


「クッ……どいつもこいつも簡単に人間の限界を越えおって……!!」


 壁代わりに構築したネストリスは実体化も儘ならぬ内に弾き飛ばされ、鉄屑と化した残骸が地面に降り注ぐ。

 能力の劣るオウラノの中でも人間を模したタイプ・ベーシックは基本性能が低い反面、全てのオウラノの雛型となっていることから、非常に高い拡張性を持ち成長限界という点では他のタイプよりも高い。

 それが八雷神の加護の影響でリミッターの類が全て外れ、純粋種に近い力を得ていた。


 それに加え――


「限界を越えた程度では到底太刀打ち出来ぬ化け物が、何の願望も思想も無く、思考を止めたまま人の世ににじり寄って来る。ならば限界の一つや二つ越えなくては話になるまい」


 皮肉でも無ければ、勝ち誇るでも無い。

 アーベルトは言葉通りの意味で魔人を脅威と見做し、己を、人間を弱者であると定義し、零とバエルを油断なく警戒している。

 力を持ちながらも増長すらしない敵が一番厄介だ。倉澤蒼一郎との度重なる戦いで零はそれを知った。


 魔人は圧倒的な力を持ち外敵と呼べる存在がいない。

 これまでにしてきた戦いも、その実、更に強大な力を持つ高齢世代に対しては目を逸らして地を睨み、オウラノに対してはただの蹂躙で、戦いらしい戦いをしたことがある者は限られている。

 恐らく、アーベルトも直感的にそれを理解したのだろう。

 最優先攻撃目標がバエルから己に切り替わったことを零は察した。

 それまで浮かべていたニヤケ面を引き締める。

 三人の中で己が一番弱いと、理解しておきながら魔人同士の戦いに乱入してくるような男だ。

 危険を正確に認識した上での決断と行動。身の程は理解しているが、決して弁えない。

 正気のまま、暴挙に打って出る出鱈目さは、倉澤蒼一郎を彷彿とさせる。


「厄介な男だよ、お前は。倉澤蒼一郎と同等にな」


「心外だな。私は倉澤程、力任せに事を運ぼうなどとは思っていない」


 バエルのように動きを止める様なことも無く、不満を漏らす言葉と同時に、打撃が流れるような動作で繰り出される。

 切っ先の無い鉄塊の刺突を炎の剣で受け流そうとして砕かれ、両肩から生やしたルーフリードとドルガーノの首を前面に伸ばし盾代わりにするも、喉仏を砕かれる感触に却って顔を顰める。


「単身で魔人に挑むような男が力任せで無ければ何だと言うのだね?」


 回し蹴りで鉄塊を無理矢理退かし、無防備になった頭蓋に炎撃を叩き落すも、アーベルトは迷いも澱みも無く鉄塊から手を離して身を翻す。


「人間よりも遥かに強い力を持つ害獣を駆除するのは遥か太古より行われてきた営みだ」


「成る程」


 アーベルトの言動にバエルが顔を歪めたが、零は得心がいったかのように呆然とする。

 ルカビアンにとって己よりも強くすぐれた存在とは上の世代のことを言う。

 種族的にはルカビアンを凌駕する生命体は存在しない。


 だが、オウラノは人間は違う。


 魔人、邪神、巨人、ドラゴン、魔物、アンデッド、更に言えば熊や狼などの猛獣。

 人間にとって世界は脅威に満ち溢れている。

 傲慢であるが故の無理解を、自覚させられるような思いだった。


――恐れを自覚し、踏破する。出来て当然なのだ。人間は。


 無手となったアーベルトが斬撃を繰り出すような姿勢で突進する。

 振り抜かれようとする腕は矢張り無手のままで、身体は五メートルも手前にある。

 術式の行使を警戒するが、魔力の反応は微細なもので大仰な魔術では無いように思えた。


――不発か?


 不審に思ったのは、ほんの一瞬だった。


――流石にそれは奴を甘く見過ぎだ。都合の良過ぎる妄想だと断定しても良い。


 生存本能のような何かが脳裏で冷たく呟いた。

 訳も分からないまま直感に従って斜め後方へと飛び退く。

 右頬の肉を浅く裂かれ、血の糸が弧を描いてアーベルトの背後へと回り込むように飛び散った。

 

「不可視の剣。矢張り、厄介な存在だよ。お前、いや、お前達は」


 高透過素材を透明度の高さを維持したまま剣の形に鋳造し、常時発動型の硬化と隠形の術式によってコーティングされた暗殺用封印指定級魔術兵装、硝子の剣。零が言う不可視の剣の正体である。


「魔人に言われる程では無い」


 距離を詰めようとする両者の上体が沈み込み、蓄えた力が足先へと伝達していく。

 互いの気焔が現実世界を浸食し、周囲に熱が加わり、燃焼し、立ち込める土煙が発火する。

 アーベルトと零のみならず、レーンベルグ軍、絶無軍、獣人・亜人連合軍、トレスドア要塞さえも包み込んだ。


「調子に乗るなよ、貴様等ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 地を貫き、天を薙ぎ落す程の大音響が、この地にいる全ての者の耳朶を叩いた。


「ついに本気になったかバエル」


 構えを解き、零は声の主、バエルに視線を移す。

 アーベルトもまた零を警戒したまま視線だけを動かした。


 そこには無差別に燃焼を振り撒く、大蛇の尾を持つ炎の獣がいた。

 口先が蜥蜴のように鋭く伸び、側頭部から伸びる螺旋模様の捻じ曲がった角は赤熱化して、細く括れのある節々に対して手先や足先はアンバランスなまでに巨大だ。

 表皮は古い樹皮のような鱗に包まれ、背からは炎を噴き出している。


 魔人の中には醜く巨大な姿を持つ者がいる。ライゼファー、ガエル、グァルプもその類だ。


 本体、本性、正体、本気モード、呼び方は様々だが姿を変えただけで、要塞全域に影響を及ぼす程の神話にも似た理不尽な力を秘めていることだけは確実であった。


「それでこそだ! 今のお前の姿こそ私が取り込む価値があるというものだ!」


 獣化したバエルに真っ先に対応してみせたのは零だった。

 炎の剣を両手で構え、全身に炎を纏う零が脇目も振らずに駆け出し、それに半歩遅れる形でアーベルトが疾駆する。

 あの悍ましい姿にも関わらず、喜々として迫る意思の正体は勝算があってのことだとアーベルトは判断し、背後から零を貫かんと迫撃する。


 刹那――、


 零の表情が享楽に歪む。

 この場で最も弱く、最も脅威となる存在。この期に及んで零の殺意はアーベルトに向けられていた。

 零の身体がドルガーノの肉体へと徐々に変質していく。


 グァルプであった頃なら変質した者達の姿に変質しても、その記憶や意識に影響を受けること無く『やかましい』『気持ち悪い』の一言で済ますことが出来た。


 今の零は、ただの人間の思考にさえ影響を受けようとする程に意志薄弱だ。

 完全に魔人の身体へと変質を遂げようとしようものなら意識が混ざり合い、零としての意識が完全に失われる危険性があった。

 混濁する意識を繋ぎ止め、限界まで変質させていく。

 ルーフリードの能力を経由して変質した劣化ヴァルカンは剣戟戦闘を主体とし、劣化した神格ではアーベルトに、炎ではバエルには対抗出来ない。

 それに対し、ドルガーノの能力は特定座標の空間圧殺。

 その攻撃力は下位の魔人には防御も回避も許さぬ一撃必殺の威力を誇る。

 火虐神ヴァルカン同様、劣化した能力ではあるがバエルに有効なダメージを与えることは可能だ。


――最悪でもアーベルトは確実に殺せる。


空間圧殺(ストレイブ)


 アーベルトの視界が捻じ曲がる。錯覚では無い。

 影響が及ぶ速度は緩やかだが、確実に世界が有り得ない形にねじ曲がり、硝子の剣が音を立てて砕け散り、バエルの巨体が歪み、全身から鮮血を滲ませながら抵抗の雄叫びをあげる。

 辛うじて抵抗する姿からそういった類の術式だと判断し、防御結界を展開しようとするが判断の僅かな遅れがアーベルトの右腕を捻じ曲げた。

 筋線維が音を立てて千切れ、砕けた骨が皮膚を貫いていく。

 一時離脱を図るが既に両足の損壊が始まっていた。


「アーベルト、お前もバエル諸共に私の力として取り込んでくれる」


 絶体絶命の危機にも関わらず、アーベルトは些かも戦意を衰えさせること無く、零から視線を逸らさずに睨み付けた。

 嘲笑は無かった。身体とは裏腹に折れず、歪むこと無く戦意を漲らせる双眸は寧ろ、警戒心を強く煽った。


「矢張り、厄介な存在だよ、お前は!」


 翳した掌をアーベルトに向ける。アーベルトは動かない。それとも動けないのか。普通に考えれば動けない筈だ。

 空間圧殺(ストレイブ)の影響は既に体内にまで及んでいるらしく、口腔から鮮血の飛沫を噴き出す。

 それでも視線は変わらない。恐れも怒りも無く、ただ頭蓋を貫かんとする意思だけが露わになっていた。


――反撃される前に殺し尽くしてくれるわ!


 殺意を込めた掌が宙を舞った。


 それを成したのはアーベルトでは無い。当然、バエルでも無い。


 新たな乱入者――

 

「ハルモンド……?」


 肉体が破壊されていく圧迫感が霧散し、糸が切れたように崩れ落ちるアーベルトを抱きかかえる女、ティナ・ハルモンドだった。

 有力な魔術師であることは察しがついていたが、魔人化した零の腕を斬り落とすことまでをやってのけるのは完全に想定外だった。


――何者だ。


 内心で湧き上がる疑問に答えたのは、獣化したバエルだった。


「何故、ヒトモドキを助けたのだ。ティアメス!!」


 ルカビアンの十九魔人の一人、魔人ティアメス。

 ティナはアーベルトとバエルの間で視線を往復させると、観念したかのような溜息と共にその言葉を肯定した。

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