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第三話 朝飯前

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 扉を蹴り破った先には事前情報通り、アルキス・トリエンナがベッドに身を沈めていた。

 寝ぼけ眼のままで、状況は把握していないようだったが、騒々しい物音や召使たちの悲鳴で流石に目覚めたらしく、のろのろと上体を起こそうとしていた。


「許せとも、恨めとも言いません。ただ無意味に死になさい」


 彼の首にかかった自動発動式の魔術兵装が自分の殺気を感知したらしく、魔力光が輝きを放つ。


――自動展開式防御結界……!!


 並大抵の達人と武具ならば、突破は困難を極めた筈だ。

 だが、レーベインベルグの前では紙も同然だ。一太刀で結界ごと彼の首を斬り飛ばす。

 切断面から血の糸を引いてアルキス・トリエンナの首が舞い、彼の両手の中に納まり、上半身が横倒しになって倒れた。

 蘇生の魔術は無かったと思うが、独占している魔術の中に類似した力があるかも知れない。

 念のために心臓も貫いて刃を捻って、念入りに殺しておく。


「標的は殺った。後は中に入り込んだ暴漢を皆殺しにしてしまえば良い」


 人命よりも依頼を最優先にして多くの人を見殺しにした。

 道理だが、正道では無い。落とし前を付ける必要がある。


 窓の外にはトリエンナ家の私兵が血を流して倒れていた。

 その遺体はいずれも首が斬り落とされ、心臓が貫かれており、それを成した者の姿は既に無い。

 襲撃者の遺体らしき者は無く、襲撃者は相当な手練れであることが伺える。


 屋敷の中に響き渡る悲鳴は未だ途切れていない。

 少なからず生存者と襲撃者が屋敷の中に残っていることの証明だ。

 不慣れな隠密行動に固執する必要も無くなった。


 足音を立てて部屋の外に出、階段を飛び降り、悲鳴がする方へと駆け出す。

 二階部分の廊下や壁には血飛沫が飛び散り、床には使用人たちの遺体が転がっていた。


「ッ……!」


 使用人たちよりも綺麗な身なりの女性と子どもが抱き合ったまま息絶えている姿を見てしまった。


――アルキス・トリエンナの妻子か……!!


 彼の妻の背には長剣の刺突によるものと思われる長さ十五センチ程の縦長の貫通痕があり、彼女が庇うようにして守った子供にまで到達していた。

 アルキス・トリエンナの妻もそうだが、屋敷のメイド達も辱められた痕が無い。

 正門前を警備していた者達の殺され方と言い、ただの暴漢ではこうはいかない筈だ。

 子供すら躊躇なく殺している辺り、明らかな目的と意思を持った者達による犯行に思える。


――自分とは別口の暗部の線が濃くなってきた気がする。


 自分とて目撃者は全員殺せと命じられていたし、見つかれば実際そうするつもりでいた。

 だから余計な殺しをしなくても良いように、アルキス・トリエンナの首だけを狙ったのだ。


――別口の暗部だとしたら、とんだ素人だ……!!


 大方、下手を打って屋敷にいる者を皆殺しにせざるを得ない状況に陥ってしまったのだろう。

 十中八九、暗部の仕業だとは思うが、念には念を入れて確認しなければ。

 場合によっては、どさくさに紛れて殺しておくことも考えなくてはならない。

 食堂に続く廊下を駆け抜け、観音開きの扉を蹴り破って中に転がり込む。


「何者だ、貴様等ッ!!」


――どの口がほざくか。


 なんて内心でセルフ突っ込みしながら襲撃者に怒鳴り、レーベインベルグを突き付ける。

 襲撃者達は全身タイツのような黒装束に身を包み、上から襤褸切れを外套のように纏っている。

 能面のような木彫りの仮面を被っており、何処でも見かける様な物打ちの剣を得物にしていた。


 奴等の足元には事切れたコック、執事、メイド達の遺体が横たわっていた。

 生々しい血の滴る得物から察するに、この屋敷の戦力では無いことは明らかだ。


――いや、本当に何者だ……?


 黒装束と襤褸切れ、仮面もそうだが、全員が全員、中肉中背の同じような体格で、いかにも帝国の平凡な成人男性の体付きをしている。

 普通の格好をして人混みの中に紛れ込まれたら、恐らく二度と見つけることは出来ない。

 それ程までに特徴の無い背格好をしている。


 そして、平凡な武装にしてもそうだ。

 平凡過ぎるが故に入手ルートの特定が、コイツ等や、その関係者が何処から現れたかを推測することすら困難にしている。

 コイツ等が殺した人間の損傷もそうだ。まるで機械のような無感情で作業的な切り傷と刺し傷。

 しかも、その痕は精密な機械が成し遂げたかのように瓜二つだ。

 傷口から見える骨や肉の切断面から察するに凄まじい剣の使い手とは言い難いが、病的とも取れる程に類似性、再現性が高く、現場を見ていなければ、多くの者が一人の犯行だと断定していただろう。

 行きずりの犯行では絶対に有り得ない。暗部か、プロの暗殺集団か。


「貴様等が魔人の配下か、邪教徒か、他所の都市の暗部か、氷の団の残党かは知らん。正直興味も無い。だがな、余計な人死にを出さないように気を遣っていたのが貴様等のせいで台無しだ」


 正体は死体にでも聞けば良い。斬って殺せば大体のことは解決する。


「敵か味方も分からんが、俺の目の前でこんなことを仕出かしたんだ。申し開きすらしないなら、取り敢えず殺すぞ」


 仮面集団は沈黙を保ち、此方の様子を伺っていた。


――埒が明かん、な。


 手近な一体に向かって斬り込み、頭蓋に斬撃を叩き落す。

 身動き一つ取らずに此方の斬撃を受け、頂頭部から股下にかけて両断され、真っ二つになって崩れ落ちた。

 龍装甲(ハールダロルヴェ)は起動していない。此方の攻撃が一切見えなかったというわけでは無かった筈だ。


 真っ二つに裂け、外れた仮面の下には――。


「改めて聞いてやる。何者だ、貴様等」


 ミイラ化した人間の顔があった。


 いや、人間がミイラ化したらどんな顔になるか分からないし、人間かどうかは、そもそもミイラなのかどうかも分からないが、取り敢えず、干物のように干上がった人類種の顔があった。

 斬り捨てた奴の頭には血液どころか、脳も、臓物も無かった。

 斬った手応えも肉や骨を断つと言うよりも、薪を割ったときの感触に似ていた。

 ミイラもどき達からの返答は無かった。


「生者ですら無い。アンデッドか……?」


 自分で口にしておきながらだが、有り得ない。

 アンデッドの見本市みたいな群体アンデッド(ワイルドハント)と何度かやり合ったが、ゾンビだのグールだのミイラだのはもっと分かり易い外見をしているし、何より放出される魔力と纏っている気配が「あ、化け物」と直観的に理解出来る程、怖気が走る異質さを湛えている。


 以前、リディリアさんが群体アンデッド(ワイルドハント)にガチビビりして自分にしがみ付いていたのだって、彼女が臆病だとか乙女だからとかでは無く――いや、彼女が乙女であることを否定はしないが――、奴等が本能的な不安を煽るような気配と魔力を持っているからだ。

 だが、コイツ等にはそれが無い。顔を見る瞬間まで人間だと思っていた程だ。

 アンデッドで無けりゃ何なんだ、という話になるが……。


――取り敢えずは殺そう。殺した後でエーヴィアを呼んで死霊術で聞き出せば良い。


「ッ!?」


 そう思った矢先に干物仮面たちが爆発し、肉片どころか塵一つ残さず消えた。

 他のエリアも同様らしく、屋敷のあちこちから同じような音が鳴り出した。


「証拠隠滅のつもりか? だが、そんなことに気を遣うということは、やっぱりアンデッドでは無い。人為的な事件だ。一体、何処のどいつがこんなふざけた真似をしたか知らんが……」


 何気無く窓の外に視線を見やると門前に衛兵達が集結していた。アーベルトさんの姿は無い。

 そして、屋敷の人間は全滅。アンデッドもどきの姿は塵一つ無く、生きた人間は自分一人だけ。

 何処から如何見ても、自分が朝一で大貴族の屋敷に押し入り、虐殺したようにしか見えない。


「本当に何処の誰だか知らんが、この落とし前は必ず付けてやる……!!」


 兎に角、撤退だ。行きは目撃者を殺せば良かったが、帰りの警戒対象は衛兵だ。

 面も割れているし、強行突破は無理だ。味方殺しも不味い。

 かと言って彼等に見つかったら監獄送りは免れない。


 アーベルトさんに気付いてもらえればすぐに出られると分かっていても、流石に二日連続で収監されるのは勘弁願いたいし、カトリエルの耳に醜聞が入るのも嫌過ぎる。


――何はともあれバックレるのが先決か……! 情けないったらありゃしない!!


 出来れば、衛兵団に先んじて資料類を押収してしまいたかったが、結局アーベルトさん経由で情報は此方に入って来る筈だ。焦る必要も無い。


「だが、脱出前に一つくらいは報酬を先渡ししてもらうか」


 そして向かったのはアルキス・トリエンナの私室だ。

 先程と変わらず、ベッドの上に己の生首を抱いたまま息絶えたアルキス・トリエンナの遺体があった。

 死臭が濃くなったこと以外、大した変化は無い。

 さっきは、あのアンデッドもどきのせいで物色する暇が無かったが、この部屋にも決して少なくない情報がある筈だ。

 物色する暇が無いのはさっきと同じなので、内容は確認していないが奴の手書きと思われる羊皮紙のスクロールとメモを手あたり次第に引っ掴み、ポケットの中に突っ込んでいく。大広間の扉が勢いよく開け放たれた音が響いた。


――潮時か!


 衛兵達をやり過ごし、職人地区に戻る頃には空も白み、早朝と言うには些か遅い時間帯になっていた。

 思ったよりも時間がかかってしまったが、みんなの起床には余裕で間に合う。

 朝食時に不在なんてことにならずに済みそうだ。


「ただいまー……まだ寝てますかー……?」


 音も無く寝室に忍び込む。まだ起きるには少し早い時間だ。

 みんなが起きるまで軽く二度寝でもしようと思い、胡桃さんを起こさないように、ゆっくりとシーツを捲る。

 中にはネグリジェ姿で胡桃さんと抱き合うカトリエルがいた。


 綺麗な光景に見とれていると、カトリエルの瞳が鋭く開いた。


「あら、思ったよりも早かったわね? また数日戻ってこないかと思ったわ」


 胸の谷間を強調したセクシーな格好とは裏腹に、痛烈な皮肉が耳に突き刺さる。


「朝飯前の簡単な仕事を片付けて来ただけだから勘弁してくれ」


 ベッドの中に滑り込み、胡桃さんごとカトリエルを抱き締めると、彼女は嘆息するように溜息を吐いた。


「別に構わないけれど」


 少し不貞腐れたように言って指を絡ませた。

 今の私は不機嫌だから構え、という無言の訴えだ。

 生憎とこの訴えを拒否する権利が自分には無い。


 そもそも、拒否する気など欠片も無かったが。


 彼女が浅く絡めた細く滑らかな指に沿うように、自分の指を這わせ深く絡み付かせると、彼女は満足気に控え目な笑みを浮かべた。

 ベッドの上とは言え、互いの指を這わせるだけの子供じみた情交だが、彼女の口から洩れる吐息に艶めかしいものを感じた。


 情動に突き動かされ彼女の頬に触れると、手の平に暖かい熱が戻って来た。

 それが却って欲望に火を灯した。飢えと乾き、飢餓にも似た根源的な欲求がカトリエルを求めた。


 頬を撫でる手を彼女の両手に包まれた。熱を帯びていたのは彼女か、それとも自分なのか。

 ただベッドに寝そべり、無邪気に熱量を交換するだけだったのが、気付けば互いに早い呼吸で求め合うかのように指を絡ませ、指をほどいては手を撫で、包み込み、再び指を絡ませ、それを何度も繰り返していた。


 先に距離を詰めたのはどっちだっただろうか。

 彼女の首筋から顎の下を撫でるように指を這わせ、親指でカトリエルの潤んだ唇をなぞる。


 独占したい。


 誰にも見せたくない。


 誰にも触れさせたくない。


 子供の我儘にも似た身勝手な愛欲が腹の底で渦を巻いている。


 もっと満たされたい。心を彼女で満たしたい。

 彼女の顎を持ち上げ、此方に向かせると彼女は妖艶な笑みを浮かべて瞳を閉じて唇を突き出した。

 彼女に覆い被さり、顔を近付け――


「おもいー……、あついー……」


 自分達に挟まれていた胡桃さんがもがくように身じろぎして、絞り出すような呻き声を漏らした。


「あ……」


「……忘れてた」


 我ながら酷いご主人様である。カトリエルから身を離し、開放された胡桃さんが深い溜息を吐きながら、ベッドに沈み込むようにうつ伏せで突っ伏し、仰向けに寝転がった。


「ふたりとも、おはよー!」


 寝ぼけ眼の胡桃さんが寝そべったまま挨拶をしたのを見て、再びカトリエルと顔を合わせる。

 情事を再開するような空気では無い。


 何とも間抜けな幕切れにどちらからともなく笑い声を漏らす。

 自分達が何故笑っているのか分からず、胡桃さんが不思議そうな顔で瞬きを繰り返したので、思いっ切り脇腹くすぐって無理矢理笑わせる。


「おはよう、胡桃さん。さあ、笑え笑え。何はともあれ笑ってしまえー」


「ひゃにゃあああっ……っはっはははは!! ますたー、やめ……あはは、にゃははははははっ!!」


「うんうん、胡桃さんが楽しそうで何よりだ」


 身悶えする胡桃さんの腕が振り子のように撓り、自分の右頬にクリーンヒットしたのも、まあご愛嬌だ。


「朝から賑やかで何よりなことね」


「ああ、全くだ。平和で大変結構」


 朝飯前に貴族を一人暗殺したり、妙な輩が暗躍するのを目の当たりにしてしまったが、自分の身内には何の関係も無いことだ。取り敢えずは平和ってことにしておくことにした。


「私達の間に子どもが出来てもこんな締まらないことが起きるのかしらね」


「そうだな。子どもだけじゃなくて嫁さんを五人も娶れば、普通の人よりも頻度は増えるだろうね。だから、複数と結婚するんじゃなくって俺と君だけが結婚すれば良いんじゃないかなと思うんだけど」


「別に構わないわよ。思ったよりも楽しかったから」


――俺の心は全く休まらんが。


 暗殺とは違って家内の平和も朝飯前とはいきそうにもない。

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