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第二十四話 再起

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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 帝国南西部の要塞都市ファルファクス。男はその地に生まれ落ちた。

 度々大きな戦争を繰り返してきた歴史があり、帝国の主要都市の中で一番大きな墓地が広がっているのが特徴で、ギルドも、八雷神教会も無く、高位の邪神の影響が濃く、人々の心に影を落としているそんな土地である。


 とは言え、ファルファクスも帝国の主要都市の一つであることに変わりは無い。

 つまりは武を尊ぶ気質が些かも欠けること無く、浸透しているということだ。


 多くの者、特に権力者である程、邪教徒達に財や命を握られており、武の才覚を開花させても邪教徒に奪われることになる。

 だが、邪教徒の影響力が権力に比例するならば、孤児や貧民には殆ど影響しない。そもそも、見向きもされていないことを意味する。


 男はただ淡々と力を磨いた。ひっそりと磨き続けた。

 初めて人を殺したのは十五歳、成人年齢を迎えた直後のことだった。

 殺したのは商家の奉公人だ。金庫番を任られているのを良いことに帳簿を書き換え、小金を盗む小者だった。

 盗みも慣れると手口も大胆に、額も大きくなっていく。

 奉公人が魔術兵装を盗み出すのを男に見られた。


 男は、それを咎めることも、脅迫することもせず、ただ淡々と殺した。

 魔術兵装があれば力が得られると思った。ただそれだけの為に男は奉公人を殺した。


 力を得てからも殺しを続けた。寧ろ、殺す人数が加速度的に増えた。只管殺し続けた。

 悪人と呼ばれる者、邪教徒と呼ばれる者、殺しても後悔しない者を選び、ファルファクスの内外で殺した。

 男が殺す度に力が、物が、金が手に入ってくる。

 そんな生活を十年程続けていると、殺しも露見するし、芋づる式に他の殺しも明かされた。


 しかし、男は罪人として罰せられること無く、英雄と祭り上げられた。


 悪人を選んで殺した影響で治安が良くなったからか、邪教徒を選んで殺した影響で空気が明るくなったからか、彼の殺しがどのような影響を及ぼしたのか、それは定かでは無かった。

 ただ、恨みを抱く者より、感謝を述べる者の方が遥かに多く、貧相な殺人鬼はいつしか多くの者に慕われる英雄になっていた。


 貧者であった男は何もかもが欲しかった。人、物、金、力が欲しかった。

 だが、貧者であるが故に、その欲望には限りがあった。男の欲望は底が浅く、あっと言う間に満たされた。


 満足してしまったのだ。


 だが、彼を慕う者達が満足しなかった。

 男は立ち止まれなくなっていた。


 男は殺した。殺し続けた。


 悪人を。


 罪人を。


 邪教徒を。


 殺しても良い者が見当たらず、とうとう龍にまで手を出した。


 殺せてしまった。


 彼を信奉する者は増えたが、満足する者が増える事は無かった。


 誰も彼もが欲した。


 だから殺した。先帝ハルロンティ・アーリーバードを。


 貧相な殺人鬼が両手で作った小さな器は、既に得た物で溢れ返っている。

 新たに得た物は、己の物である筈なのに、どんなに手を伸ばして届かない。

 帝国は武を尊ぶ国だ。例え反逆者であろうとも先帝を討ったのならば、帝位に就く権利がある。


 だが、己にそのような器は無い。そう言って貧相な殺人鬼は帝位を蹴った。

 殺すだけ殺して、強大な帝国から、帝位から逃げ出した卑怯者。


 蔑みがあった。


 罵倒があった。


 それでも男の下に人が集まった。


 亜人が集まった。


 獣人が集まった。


 身の丈に合わない暴と権力が集い、帝国の敵と定められた瓦礫の王。


「それが卑劣の王オライオンの正体か」


「おー、ニーサンおかえりー」


 零の独白に女ドワーフのイオナが振り返る。


「打合せ通りじゃあるけど、本当に王様の姿で戻って来るなんて、分かっていても驚いたよ」


 殺した者の姿を奪い取ることが出来る零にとって外見など在って無いようなものだ。

 とは言え、体格に恵まれ、生命力と自信に満ち溢れたオライオンの顔はどうにも据わりが悪い。


「同感だ。此処まで相性が悪いとはな」


 零は頷き、襤褸を纏った貧者の姿を再構築する。

 こけた頬も、浮き出た骨も、へばり付いた汚れも、今となっては飢えや乾きを演出するだけの衣装でしかないが、初心を忘れないという意味では、この格好が零にとって一番気合いの入る勝負衣装と言えた。

 とは言え、その左腕には似つかわしさの欠片も無い煌びやかな鎖が巻き付いていたが。


「それが例の?」


「そうだ。今から三千年前の帝国がルカビアンの十九魔人を壊滅に追い込んだ最凶最悪の魔術、洗脳(ベレス)の術式が刻印された魔術兵装だ」


 戦術級軍用魔術の運用や、洗脳(ベレス)の独自開発は物のついでだ。

 氷の団に接近したのは、オライオンの力を得ることにあった。オライオンの野心を利用し、ソウブルー再侵攻を決意させ、倉澤蒼一郎をオライオンの元へと誘導し、殺させる。


 本来であれば、もっと時間をかけて行われる予定であったが、オライオンが洗脳(ベレス)を復元し、ヴァルヴァラを操った時点で予定を大幅に前倒ししなくてはならなかった。

 それでも、ヴィヴィアナが参戦を許した時点で行動が遅過ぎたと言わざるを得ない。

 結果として、ヴァルバラを取り込むことが出来ず、他の魔人にも洗脳(ベレス)が復元されたことが伝わるのも時間の問題だ。


「それじゃあ、予定通り、大々的に王様の復活を世に知らしめる?」


「いや、予定変更だ。オライオンの力を手に入れることが出来たのは大きな成果だが、一番肝心なヴァルバラを得られなかった」


「あらま、それじゃ地下に隠れる感じ?」


「魔人ヴィヴィアナが洗脳(ベレス)を警戒している。今回の遭遇で私の死を疑っている可能性もゼロでは無い。よってこの世界の誰よりも先んじて、洗脳(ベレス)の存在を知らない魔人、ルーフリードと、ドルガーノを私が討つ」


「魔人が何処にいるか当ては有るの?」


「今回の作戦、完遂したとは言い難いが、オライオンの実力は本物だ。私が魂と合一させたヤンクロットの眼を再び起動させることが出来た。魔人である以上、私の捕捉から逃れる術は皆無だ」


「じゃあ、オライオンの復活宣言は魔人を討伐してからだね」


「そういうことだ」


「けど、零のニーサンもいよいよ王様か~。王様って呼んだ方が良い?」


「オライオンの皮を被り、氷の団の長として振舞うことも増えるだろう。だが、私は卑劣の王オライオンでは無い。絶無の零。それが私だ。私の望みは魔人トゥーダス・アザリン、破邪の龍殺し倉澤蒼一郎と決着を付けることだけだ。事が済めばオライオンの死を演出し、今度こそ氷の団は解体する」


――ヒトモドキの頭領など気持ちが悪い。


 そう言葉を続けようとして、口を閉ざした。

 最早、そのような感情など持ち合わせておらず、アルキス・トリエンナの簡易要塞でヴィヴィアナに語った言葉に微塵の嘘も無い。


「ふーん。でも、ちょっと勿体ない気もするけどね」


「かも知れんな。だが、後を継ぐよりも、一から氷の団のような巨大な組織をこの手で築いてみたい。反帝国組織にするかどうかは分からないが、な」


 一体でも多くの魔人を取り込み、力を手に入れる。

 その過程で倉澤蒼一郎と決着を付けるのか、それとも全ての魔人を討った後の決着になるのか、それは機会次第だ。


 その後は――


「それよりも今は魔人だ。ルーフリード、ドルガーノを討つ!!」


「おー! 絶無軍ドワーフ隊出撃ーっ!」


 オライオンの死が帝国全土に伝わると同時に残党が一斉に決起。

 帝国の内乱収束の兆しは未だ輪郭すら見えなかった。

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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


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