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第十四話 合流

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「突撃ッ!! 突撃ーーーーーッ!! 急げッ!! バーグリフは我等の集結を察知しているぞ!!」


 ソウブルー大正門から十キロ離れた地点――。


 其処にトリエンナ家が私有する狩猟用の大森林がある。

 だが、それは大規模な幻惑術式によって生み出された仮初めの姿に過ぎない。

 術式に隠された正体は氷の団の簡易要塞だ。


 アルキス・トリエンナからその情報を聞き出した倉澤蒼一郎によってもたらされた情報をバーグリフは一笑に臥す。

 先の襲撃の際、監視塔の一つを制圧し、襲撃の拠点として扱ったのは、この簡易要塞を隠すことにあった。


「愚かな事だ。そんな事は疾うに気付いている。我等が察知していることに気付いた上で、二重三重の策を敷いているかと思えば……! まさか、これが、こんな物が本命だとは。卑劣の王と言うよりも、愚劣の王だな、オライオンは」


 言葉を吐き捨てるバーグリフの声色は、心底、失望に染まっていた。


「魔導砲用意。この一撃を以って目を覚まさせてやれ」


 魔導砲――。


 大気に含まれる魔力を収束し、加速術式によって二百キログラムの弾丸を投射し、最大で十五キロメートル先を攻撃可能なソウブルー要塞に設置された()()である。

 玩具であるが故に、バーグリフは先の襲撃で魔導砲による迎撃を行わなかった。


 バーグリフは弾丸に解呪の刻印を即席で刻むと脈絡も無く、氷の団の簡易要塞に撃ち込ませた。

 氷の団どころか、ソウブルー衛兵団、騎士団、敵味方共に戦闘準備が整っていない状況での凶行であった。


『目を覚まさせてやれ』


 この言葉は敵味方関係無く、全ての兵に対する、バーグリフからのメッセージであった。


――全く……争乱となれば、この有様だ。


 魔導砲の指揮を執るアーベルトは顔に疲労感を滲ませ、内心で嘆息する。

 予期せぬタイミングで正体を暴かれた氷の団の簡易要塞から、狼狽の気が流れ込んでくる。

 約三万人が惑っている。風に乗って氷の団の将兵らの慌てふためく声が聞こえるような気がした。


 セオリーを無視、と言うよりも何の後先も考えない暴挙とも言うべき行いだ。

 だが、決して利点が無いわけでは無かった。


 今しがた簡易要塞に撃ち込んだ筈の魔導砲の弾丸が空気を引き裂く高音と共に、アーベルトの眼前に迫っていた。


「反射……いや、投擲術の類か。ならば、氷の団と行動を共にしているという魔人は……」


 何でも無いような口振りで、戻って来た弾丸を魔導砲の第二射で撃ち落とす。

 空中でぶつかり合った巨大な弾丸が落雷のような轟音と共に大気を震わせ、木っ端微塵に砕け散る。

 要塞を覆う砂塵を鬱陶しげに振り払う。


「氷の団に加わった魔人とやらはヴァルバラか。伝令、倉澤に伝えておけ。伝えずとも勝手に奴が対応するかも知れんが、下位の魔人と分かるだけでも幾分か気も楽になるだろう」


 こんな無作為な攻撃でも敵の正体を看破することは出来る。

 距離にして十キロ。十五分もあれば編成の完了とソウブルー要塞に取り付く程度のことはしてくるかも知れないが、その中に魔人が加わっていることが確定していると大声で聞こえるように言ってやれば、此方の将兵も動きがより迅速になるであろうことは想像に易い。馬に鞭を打つのと同じことだ。


 何より――、


「倉澤に魔人を討たせ、我が主にはゆるりと闘争を楽しんでもらわねばな」


 早かれ遅かれ、バーグリフが闘争や争乱を引き起こすことは分かっていた。

 下手に諫めようものならへそを曲げて、氷の団に宗旨替えしかねないような男だ。

 どうせ避けられない闘争なら、安全を確保するのは従者として当然の行いだった。


「こうも相手が手緩いようではまた退屈をさせてしまうかも知れんがな」


 尤も、それに巻き込まれる側にとっては堪ったものでは無い。

 バーグリフ以外の、全ての者にとって唐突に切って落とされた火蓋に戸惑ったのは、オライオン等、氷の団だけでは無かった。


 ソウブルーは帝国全土の流通の要でもある。

 そのことから、帝国各地から常に馬車の発着がある。


 戦場のど真ん中で立ち往生するくらいならまだマシな方だ。

 氷の団に所属する亜人種や獣人種の中には、単純に帝国憎しで参加している者も少なくない。

 血の気の多い彼等を制御するために非常に厳格な軍規が敷かれている反面、略奪等は禁止されておらず、フラストレーションを大いに解放する条件も整ってた。


「食われる犯られる殺される~~~っ!!」


 それに巻き込まれて悲鳴をあげる旅行者集団の一つ。

 四頭引きの馬車に何処から見ても子供にしか見えないドワーフの成人女性と、年頃の人間の村娘が一人、同じ服装をした十代半ばの男女が一組。

 そして、先ほどからドワーフの成人女性が絹を裂くような声で悲鳴を上げていた。


 それに対し、アドレナリンの赴くまま馬車を追い、衝動に忠実な氷の団の亜人達は――、


「うるっせぇクソガキ! そんなほそっこい肉なんざ食えるか!!」


「最低でも百は年食って出直して来い!! 魅力皆無のバカガキが!!」


 御覧の有様で、種族差による美醜の差異もあり、そういった手合いはいない。


「ちょっと!?」


「も、良いから死ね!! 血を流せ!! 泣き叫べ!! 殺させろ!!」


 ドワーフの成人女性が抗議の声をあげようとするが、身の内に沸き上がる殺戮衝動に素直な亜人達の物騒極まりない咆哮にかき消される。


「ドワーフの嬢ちゃん! 挑発するのを止めてくれ! 直に追い付かれる! あんた等、悪いがその子を大人しくするように子守りしといてくれ!」


 馬車の御者が前から視線を離すこと無く、乗客達に怒鳴り付ける。

 その声に迫力は無いが、涙声が混ざっていて、どうしようも無い程の必死さを感じさせた。


「クソガキだの、百年早いだの、バカガキだの、子守りだの……」


 それはそれとして――、


「あたいは……、二十三、だあああああああああああああッ!!」


 ムカつくのはムカつくのだ。


「り、リリネット殿、落ち着いてください!」


 何処からどう見ても子供にしか見えないドワーフの成人女性リリネットは、同乗者達の静止を振り切り、外套の内に忍ばせた投擲斧を怒声と共に振り抜いた。

 その小さな身体の何処にそんな膂力が秘められていたのか、彼女の小さな手から放たれた手斧は不吉な物を感じずにはいられない程、不気味な風切り音を立てて亜人の首を、一つ、また一つと刎ね飛ばし、二つ、三つと首無しの死体をこしらえていく。


「全く失礼な奴等なんだから!」


 襲撃を仕掛けてきた亜人達の首を全て刎ね飛ばした投擲斧を、手の中で弄びながらリリネットは不満を口にする。


 その一方で――、


――倉澤の旦那が助けに来てくれるかもー。なんて思ったけど、助けが来るまで大人しくしてるなんて、あたいの柄じゃあ無いねぇ。


 物語に出て来るヒロインに憧れてみたは良いものの、目の前に広がるのは赤黒い鮮血を噴き出す噴水のような死体の数々。

 とんだメルヘンもあったものである。


「ふ、振り切れたのか?」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした御者が涙目で尋ねる。


「大丈夫、そうですよ?」


 エルベダ要塞の村娘――、ネフェルトが気遣うように御者に優しく声をかける。

 その声に癒され、御者は安堵したかのように溜息を吐くが――、


 一抹の安堵すら許さないと言わんばかりに、傍らを槍のような矢が突風を伴い、馬車の進行を阻むように大地を貫いた。


「獣人の飛行兵です! 速度を落とさないでください!」


 同じ服装をしていた男女の片割れ、サマーダム大学のトーマ・カナリウムが鋭く言葉を放つ。


「畜生! 畜生畜生! 今日は厄日だ! 俺が何したってんだよ! 安い給料でも文句言わずに毎日、真面目に仕事してただけだろうがよ!」


 御者は自分の運の良さにはある種の自信があった。

 御者として十年以上のキャリアを積んで来たが、これまでにただの一度として襲われたことは無かった。

 氷の団にも、アンデッドにも、魔物にも、野盗にも、邪教徒にも、馬車の襲撃など非現実的に思える程だった。


 普通なら、馬車協会から支給された経費を使って、冒険者を馬車の護衛に付けるのが常だが、この男は与えられた経費を全て着服してきた。

 客に被害を出したことも、積み荷を奪われたことも無く、今まではそれで通用してきた。


「もうダメだ……! 俺の幸運はここまでなんだ!」


「ああもう! 男のくせに情けない!」


 男女の片割れ、女の方――、ブリジット・ヴァラスが甲高い声で怒鳴り、荷台から身を乗り出し、幌をよじ登り、放たれる矢を弾き返すリリネットに声をかける。


「リリネットさん、上の敵をどうにか出来ませんか?」


「ダメ。ここからじゃ届かないよ。アイツらも今は遊びで射かけてるだけだから何とかなってるけど、本気出されるとマズいかもね」


 事も無げに言うが、飛翔する弓を弾くのに両手に持った斧だけでは足りず、踊るようなステップで蹴り飛ばす。

 徐々に迎撃手段が足りなくなってきている証拠だ。


「矢張り、私も迎撃に……!」


「アンタ達は加速術に集中する! このままソウブルーに近付けば、倉澤の旦那が助けに来てくれる可能性だって高くなるんだから!」


「……っ。分かりました! 迎撃、お願いします!」


 ブリジットを馬車の中に戻しながら、リリネットは歯噛みする。


――ああ、もう歯がゆい! あたいに魔術兵装を使う力があれば、こんな奴等!


 荷台に戻ったブリジットも、トーマと共に忸怩たる思いで、馬車に加速術式と防御術式をかける。


――対抗する手段は、わたくし達の手の中にある……! なのに肝心な使い手足り得る者が一人もいない……!


 それでも出来ることがあるだけまだマシだった。

 ただの村娘でしかないネフェルトは、ブリジット達の邪魔にならないようにすることしか出来なかった。

 寧ろ、ネフェルトという無力な存在がいるからこそ、リリネット達は諦めてなるものかと奮起している。


――倉澤の旦那様……!


 そうだとしても、ただ祈ることしか出来ない無力なこの身が疎ましくて仕方が無かった。

 しかし、悔やむネフェルトとは裏腹に御者の目にはソウブルー要塞が大きく映りつつある。


 確実に近付いている。


 後少しだ。


 気を緩めようとした瞬間――、


「みんな、自分の身体を守りなさい!!」


 リリネットが鋭く声を発する。


 誰もが動けずにいるところをブリジットが荷台の中を駆け、トーマ、ネフェルト、御者に防御術式をかける。

 それと同時に馬車が横倒しになって街道に投げ出される。


――まずい……けど、トーマ・カナリウムとネフェルト、そして御者は守れた。


 ほんの僅か、魔人との戦いという絶対的な修羅場を潜ったことのあるブリジットは幌の中の誰よりも、思考する余裕が残されていた。


――リリネット殿は術式が無くても対応出来る。問題は私ね。


 術式の影響で加速していた馬車から放り出され、地面に叩き付けられて無事でいられるか?

 最悪、死ななければソウブルーに拠点を置く偉大な先達、カトリエル師に治してもらえば良い。


 平時なら――、


 この状況では中途半端に重症を負うよりも、死んだ方が同行者達の足を引っ張らずに済む。


 なら死ねるのか?


 死んで学友にして想い人であったフィリウス・アレクセンやオラツィオの元に逝くか?


 存外悪くはない。そう思った。


 しかし、それは成すべきことを成してからの話だ。


 地面に叩き付けられるまでの間に防御術式を展開できるだけの時間的猶予は無く、このような状況で対応出来る程の精度も持ち合わせていない。


――どうする!?


 加速する思考が次から次へと対抗策をあげては『今のお前には無理だ』と否定を突き付けてくる。

 どうすることも出来ないと諦めかけた瞬間――、一陣の風が吹き抜け、地面に叩き付けられる瞬間のブリジットを浚う。

 風に掬われたのではない。何者かに抱きかかえられているのだとすぐに気付いた。


「倉澤蒼一郎殿!? まさか、本当に!?」


「君は……先生の知り合いなのか?」


 返って来た声は今代の龍殺しの声では無く、同年代の少年の声だった。


 目を開けて自分を抱きかかえる声の主を改めて見つめる。

 日に焼けた肌に紅い髪をした碧眼の少年だ。

 何処となくオラツィオを思い出させるような雰囲気をしていて、ブリジットは顔を朱に染める。


 だが、それ以上に気になることがあった。


「先生……? 貴方は倉澤蒼一郎殿の生徒、なの?」


「僕……いや、自分は倉澤蒼一郎先生の一番弟子、冒険者のヴィルストだ!」


 蒼一郎の一人称を真似て喋るヴィルストは何処と無く得意気だ。

 一番弟子などと勝手に名乗ってみたものの、これが思っていた以上に誇り高い気分にさせた。


「撤退を支援する! みんなを集めて要塞に逃げて。すぐに衛兵団、戦士も駆けつける。後少しだけ、頑張れるね?」


 ブリジットは一瞬だけ逡巡する素振りを見せて、首を横に振る。


「トーマ・カナリウム! ネフェルトと、御者の方をお連れして逃げなさい!」


「逃げろだって? 君はどうするつもりだ、ブリジット・ヴァラス!」


「翼人相手にいつまでも逃げ回れるわけがないでしょう? リリネット殿は魔術抜きなら倉澤蒼一郎殿にも匹敵する猛者。ヴィルスト殿はあの倉澤蒼一郎殿の一番弟子。ここで後顧の憂いを断ってしまいます!」


 ブリジットの宣言にリリネットは「それ旦那が新人冒険者だった頃の話だからねー」と指摘を入れた。

 そして、ヴィルストは聞いていないと言わんばかりに所在無げに「え?」と聞き返した。


 確かにヴィルストは、倉澤蒼一郎が手塩にかけた生徒であることは事実だ。

 一日二日置き程度のペースで蒼一郎直々に稽古も付けてもらっている。

 だが、ヴィルストに対人戦の経験は無く、蒼一郎からも緊急時を除いて原則的には禁じられている。


 ヴィルスト自身もおいそれと破るつもりは無く、ブリジット達が逃げるのを確認したら、衛兵団に後を任せるつもりでいた。

 倉澤蒼一郎の一番弟子を名乗ったのも、半分はカッコ付けだが、もう半分は助けた人を安心させるためだ。

 ぶっちゃけ、頼りにされても非常に困るのだ。


「それは駄目だ。ブリジット・ヴァラス。彼も連れて全員で逃げるんだ」


 勘当された身とは言え、貴族の子として生まれ、多くの人間を見て来たからこそだろうか。

 トーマ・カナリウムはヴィルストの心境をほぼ正確に理解していた。


「だ、大丈夫だ! 長距離から攻撃が出来るのは翼人だけじゃない!」


 トーマは助け舟を出したつもりだったが、ヴィルストは引くに引けず、無理矢理にでも己を奮起させて精霊弓を構え、迫り来る翼人の槍のような矢を撃ち抜き、翼を貫き、地面に叩き落した。


「さあ行って! ここは僕に任せてくれ!」


 一人称を偽る余裕も無い。余計なことを言ってしまったと、トーマは苦々しい表情を浮かべる。

 何と言葉をかけて彼等を逃がすべきか思考を巡らせるが、そんな余裕も無い。


「そうだ! 逃げよう! 早く逃げるんだ!」


 御者が血走った目をして、まくし立てるように言った。

 そこには恐怖に慄き、何を仕出かすか分からない必死さがあった。


「問答している暇は無さそうだね。ま、何とか、ここで連中を抑えてみようか。道中で衛兵団と会ったら人を回すように伝えといてよ」


 やれやれといった様子でリリネットが肩を竦める。


「分かりました……。ブリジット・ヴァラス、救援は必ず来る。だから、絶対に早まった真似はするなよ? ヴィルスト、君もだ」


 返事も待たず、トーマはネフェルトと御者を連れて、ソウブルーを目指す。

 その背をブリジットが立ちはだかるようにして守り、更に彼女の正面にリリネットと、ヴィルストが並び立って、氷の団の部隊に立ち向かう。


「そんじゃ、坊ちゃんに嬢ちゃん。そろそろ本気で()ろうか。アイツらも仲間を撃ち落とされて遊びを止めて本気になったみたいだしね」


「ここからが本気……? 今までは遊びだった? 僕が敵を本気にさせた……?」


 今更になって何故、師が対人戦を禁じ、可能な限り撤退するように言ってきたのかを理解する。


「狼狽えるな! 焦りは味方に伝染し、敵を有利にする! 倉澤の旦那なら何食わない顔して『じゃあちょっと行って殺してきます』なんて言うところだよ。ま、それを坊ちゃんに真似されても困るんだけどね」


 リリネットは再び、肩を竦めて撃ち込まれた矢を投擲斧で弾き返す。

 激しく揺れ動く馬車の幌とは段違いに安定した足場で繰り出す一撃に、破裂したと錯覚するほどに矢が爆散する。


「あいつ等の矢は全部、あたいが引き受ける。坊ちゃんはあいつ等を射落としてやりな。連中が接近戦に切り替えてくれれば、儲けものなんだけどねぇ」


――ここで倉澤の旦那が颯爽と駆け付けてくれりゃ良いんだけど、上手くいかないもんだ。


 有りもしないことも夢見て自嘲すると、それがスイッチになったのか、リリネットは翼をはためかせて睥睨する翼人達を睨み返すのであった。

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