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第九話 裏取引

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 胡桃さんと手を繋いで職人地区をぶらぶら歩いて回る。当てはない。目的も無い。

 ただの散歩だ。胡桃さんの興味の引かれるまま、気の向くままに、あちら、こちら、そちらと足を運ぶ。


 迷宮で問題を起こしていたA級冒険者のダドリアルに条件付きで裏取引を容認してから数日。

 風通しを良くするために迷宮に蔓延っていた不良冒険者も、粗方の始末が終わり、我々風紀委員会も迷宮の調査に専念する時間が増えてきた。


「~♪」


 鼻唄混じりに、胡桃さんの手を握る力を込める。


「~♪」


 胡桃さんが調子っぱずれな鼻唄を歌いながら、握る力を込めて返事をして、くすぐったそうにはにかんだ笑顔を向けて来る。

 ウチの子、本当、最高に可愛いな。


「おーい、龍殺しの兄さん!」


 声をかけられて振り返るとドワーフの職人達が手を振っていた。ロイドさんの弟子の人たちだ。


「お疲れ様です!」


 手を振りながら声を返すと、風呂敷包みを投げ渡してもらった。

 中身はこんがりと焼かれた骨付き肉だった。


「ますたー! 食べても良い!?」


 胡桃さんが目を輝かせて詰め寄って来る。

 大好物が目の前にあっても、家族以外から貰った物には許可を取りに来るのは、犬の身体の時から変わらずだ。


――伺いの立て方はもう少しクールだったような気がするが……


「今朝、カミさんに絞めてもらったばかりだ! 新鮮な内に食ってくれ!」


「有難うございます! 近い内にレーベインベルグのメンテをお願いに伺います! さ、胡桃さん。食べる前に皆さんにお礼を言うんだよ」


「みんなー! ありがとー!」


 胡桃さんが尻尾を振り回しながら咲いたひまわりのような大きな笑顔で勢いよく頭を下げると、ドワーフの職人さん達から朗らかな笑い声があがる。


「ウチの娘やカミさんよかずっと可愛いや」


 当たり前だ。倉澤家のアイドル様だぞ。

 口にも顔にも出さず、愛想笑いを浮かべ、胡桃さんと並んで骨付き肉を齧りながら、まだまだ歩き回る。


「倉澤」


 商業地区に降り、ハーピーの吟遊詩人と胡桃さんの合唱を手拍子しながら聴いていると、巡回中のアーベルトさんに声をかけられた。


「どうも」


「貴様が企みを持って動けば、多くの者が貴様に注目する。それは我々、ソウブルー衛兵団として例外では無い」


「おやおや、そんなに目立つようなことをした覚えは無いのですがね?」


「貴様に与えられる猶予は決して長くないと知れ。機会を伺っているつもりかも知れんが、貴様が動く猶予は与えられない」


「ええ、重々承知いたしました」


 歌い終わった胡桃さんが不思議そうな顔をして首を傾げる。


「ますたー? なんでケンカするフリしてたの?」


「んー? 何でもないよー?」


 自分みたいな大根役者では、胡桃さんの目を誤魔化せないは分かり切っていたことだ。

 賢い胡桃さんの目を欺けなくても、此方を監視する馬鹿共の目は欺けていることだし、何の問題は無い。


「龍殺しの旦那ー、もう一曲どうー?」


 紫がかった銀髪のツインテールを揺らしながら、ハーピーの吟遊詩人が上機嫌に白い翼をはためかせる。


「ええ、ウチの子も喜んでいることですし、お願いします」


「んふふふ」


 何故か、ハーピーの吟遊詩人がワザとらしい笑い声を漏らし、人懐こそうな笑顔を浮かべた。


「どうしました?」


「ソウブルーは変わった街だと思ってねー。獣人の娘の面倒を見て、ハーピーにお願いしますなんて言う人間は初めてだよ」


「自分は外国人ですから、多少は変わったところがあるかも知れません。しかし、同じ帝国でも余所の地方は矢張り、人種差別が激しいのですか?」


「そうだねー……都市の中に入れてもらえないどころか、不審者扱いで殺されそうになったりは割とよくある感じ。なんて言うか、多少の暴言じゃ堪えなくなっちゃったよ。何て言うか殺されないだけマシみたいな?」


 今まで潜り抜けて来た修羅場の数々を思い出したのだろうか、ハーピーの吟遊詩人は芝居がかった疲労感を顔に浮かべて肩を竦めた。


 ソウブルーにも亜人種を差別、排斥しようとする態度や言動が無いわけでは無い。

 だが、鍛冶職人として優秀なドワーフや、優れた魔術師としてエルフが活躍している。

 今更、亜人抜きでソウブルーは成り立たない程に浸透している。

 そして、その矛先が獣人に向くこともあるらしい。


 らしい、というのは自分の身近な獣人が胡桃さんと、SSランク冒険者のメアリの二人だけだからだ。


 胡桃さんを排斥しようとするのなら自分が殺すし、メアリを排斥しようとするのなら彼女は喜び勇んで殺戮を繰り広げるだろう。

 そんな蛮勇の持ち主と遭遇した事は、今のところ一度も無い。


 それはさて置き、思っていた以上に、自分には監視の目に晒されているようだ。

 今のところ監視に気付いていないように振舞えている筈だ。

 監視者達が動き易いように、地下迷宮の調査は程々にして、日中は胡桃さんと共に商業地区と職人地区を漫然と練り歩く。


 そんな日々を暫く過ごしているとダドリアルから呼び出しを受けた。

 此方に敵対する意思も、後ろめたいことも無いという意思表示のつもりだろうか、彼が面会の場所に選んだのは冒険者ギルドの会議室だった。


「さて、自分を呼び出したと言うことは裏取引用の魔術兵装が見つかった、という認識で宜しいですか?」


「倉澤様も随分と思い切ったことをなさるのですね」


 ローザリアさんが冷めた視線をダドリアルに向けながら言った。

 ギルドの職員が同席することになるとは予想していなかったのか、ダドリアルは落ち着かない様子で冷や汗を流している。


「自分のスタンスは以前、ローザリアさんに申し上げた時から変わっていません」


「魔人の排除と、目的を同じくする個人、組織への支援。そして、ソウブルーの治安維持ですね」

 

「そして、自分のスタンスに真っ向から対立する存在を認識して、放置していられる程呑気では無いつもりです」


「倉澤様は今回の首謀者を看破されたという認識でよろしいのでしょうか?」


 自分の予測に疑いをかけていると言うよりは、敵の規模によっては、管轄が衛兵団や騎士団に移るということが言いたいのだろう。

 彼女の口調は何処と無く自分の身を案ずるような不安げなものだった。


「バーグリフ様に兵を動かしていただけるだけの確証がありません。状況証拠が半分と、経験から来る決め付けが半分といったところでしょうか。勿体ぶる程のことではありませんので、続きは戻ってから報告します」


「そうですか……では、この場では何も聞かなかったことにしておきましょう。ですが、地下迷宮から発見された貴重な魔術兵装の裏取引を認めることの意味を重々ご理解ください。倉澤様には今更申し上げることではありませんが」


 ローザリアさんに睨まれたダドリアルが背中に氷柱を突っ込まれたような顔を自分に視線を向けて来る。

 仲間でも身内でも無い輩。しかも、自分の仕事の邪魔をした事もある。庇ってやる理由は無い。


 無いが――、どういう状況に身を置いているのか躾けてやる必要はあるかも知れない。


「貴方に取引を持ち掛けた者を擁する組織を完全に殲滅せよ。ギルドはそう言っているのです。逃亡者や目撃を出すのは論外。苦戦することすら許されません。お互いAランクだ。不可能では無いでしょう」


 ダドリアルが能面ような表情を浮かべて硬直する。

 正直者は馬鹿を見る――なんて言うが、この世界は逆であるケースが非常に多い。

 ほんの些細な小遣い稼ぎのつもりが事実上の死刑宣告になるようなことも決して珍しいことでは無い、らしい。


 背信者に人権は無い。自分も一歩間違えれば彼の側だ。

 精々そうならないように気張らねばと、裏取引の現場に同行する。


 取引所に使われたのは、ギルド地区にある公園だった。

 胡桃さんとカトリエルを連れて憩いの場として使うことも少なくない。

 日常的に使っている憩いの場が穢されたみたいで気分が悪い。


 自分の苛立ちはさて置き、此処に出入りが出来るのは冒険者ギルド、戦士ギルド、ソウブルー要塞、八雷神教会の四施設の関係者。

 見た目が粗野なら冒険者か戦士。そうで無ければ、司祭か貴族。華やかで無ければ衛兵か魔術師だ。


 路地裏で息を潜めて取引をするよりも、このような場所の方が却って目くらましになる、ということだろうか。

 事実、取引に現れた者も、この地区に出入りしていることが自然体に見える好青年風の男だった。


「これはこれは、まさか破邪の龍殺しがお見えになるとは。今代の龍殺しは膨大な借金を抱えているという噂を聞いていたが、どうやら事実らしい。しかし、稀代の大英雄がこの様な場に現れようとはな。理由を伺っても?」


 見た目は好青年でも、瞳の奥は泥の様に澱み、性根が腐った類の人間に見える。


「え、ええと……」


 裏取引に現れた青年の慇懃そうな物言いにダドリアルが狼狽える。

 これでは後ろめたいものがあると公言しているようなものだ。こんな様で、よくAランクに昇格出来たな。


 それは兎も角――、


「理由を挙げるとすれば、借金を含めて全てですよ」


「ほう。全て」


 濁った眼をした青年がワザとらしく大仰に手を広げて見せる。

 借金と言っても、バーグリフが冒険者ギルドを通さずに自分を動かすための口実でしか無い。

 借用書の類があるわけでは無く、この話は自分と、バーグリフ、アーベルトさんの三人の間で交わされた口約束でしか無い。

 借金をしているという響きが嫌でカトリエルにすら聞かせていないことだ。


 つまり、自分に借金があることを知っている時点で、それなり以上の諜報能力があると自白しているようなものだ。

 それだけの力を持ち、皇帝空位の帝国の現体制に反抗的。

 魔術兵装の裏取引を手引きしている存在の姿が確信へと近付いていく。


「ええ、借金に困っているのも事実です。しかし、地下迷宮で風紀委員長などと揶揄される程、真面目に働いていても高が知れています。ならばいっそ金の巡りを良くしてくれる支配者に変わってしまえば良いのに、なんて思っても、ねぇ?」


「ははははは、随分と過激な物言いだ。それで鬼の風紀委員長とまで言われた龍殺しの英雄にお目こぼしを頂いたと?」


 あからさまな態度でまるで此方を信用していない。

 ま、裏取引という特殊な環境で、移住して数か月程度にしかならない外国人の言うことを鵜呑みにする程、馬鹿でも無いか。

 青年が自分に向けていた視線をダドリアルに移す。


「あ、ああ。裏取引を黙認するから顔繋ぎに協力しろって」


 あからさまに狼狽してみせるダドリアル。いよいよ、本当にAランクかどうか怪しくなって来た。

 ヴィルストを筆頭に十五歳にもならない自分の生徒達の方が、余程、堂々とした立ち振る舞いをする。

 青年が値踏みするかのような遠慮のない不躾な視線を向けて来る。不快な眼だ。


「私では判断出来ないな」


 だが青年はあっさりと諸手を挙げて降参し、ダドリアルから魔術兵装を受け取り、金貨二百万枚の小切手を手渡すと、彼に迷宮へ戻るように命じた。

 ダドリアルはあっさりと応じるが、ソウブルー要塞に向かう最中、未練がましそうに何度も此方を振り返った。


 青年が判断を保留するのも無理は無い。

 自分とダドリアルの間で何かしらの密約が取り交わされたのは傍から見ても想像に易い。

 確実に何かある。だが、ダドリアルの態度があからさま過ぎる。何かあると見せかけて実は何も無いかも知れない。


 そう思ったとしても無理なからぬ無様さ。ダドリアルにはそれがあった。


「一応、我々との取引を望む者は拒まないようにと命じられているのだが、それはどのような小者でも構わないという意味でな。当代随一の大英雄、破邪の龍殺し、倉澤蒼一郎が現れるのは想定外中の想定外だ」


 ダドリアルの姿が完全に消えると同時に青年が言った。

 本気で言っているのだとしたら使い甲斐の無い下っ端だ。


「英雄の成り方をお教えしましょうか」


「……聞こうか」


「英雄足り得る話題性と、権力者が提供する対価で制御出来る安い心。それがあれば、英雄になんて誰にでもなれますよ。その心が無ければ、不穏分子として権力者によって排除されるだけです。卑劣の王と呼ばれた、かの英雄のように」


「………………………………………………………………」


 興が乗ったのと此方の情報を与えてやるち青年から負の感情が放たれる。

 疑念、怒気、殺気、嫌悪――――――、といったところだろうか。


 これでこの男が何処の下っ端かは確定出来た。これで此処での用件は済んだ。


「では、決心が付いたら、あのダドリアルという男を使いにしてください。今すぐ自分を高額の報酬で雇え、なんてことは言いませんよ」


 慇懃さを努める青年に対する皮肉というわけでは無いが、愛想笑いを顔に貼り付ける。


「そうしてもらえると助かる。私も手柄は欲しい。破邪の龍殺し倉澤蒼一郎を我が方に取り込んだという手柄がな。だが、何故、今の立場を捨てるようなことをしようと思った?」


 借金と全て、という理由では納得が出来ないのか、それとも興味本位で聞いているのだろうか。

 少しばかり脅して、からかってやろうかなんて気分になる。


「このままでは自分が魔人に殺されるからですよ」


「魔人二人に邪神二柱を滅したお前が?」


 青年の値踏みするような視線が変わった。

 まるで自分自身がこれまで培ってきた常識の全てが否定されたかのような、そんな信じられない物を見る様な眼だ。

 観察者のような冷酷な眼をしていたくせに、随分と感情的で人間らしい反応だった。


――所詮は蜥蜴の尻尾か。


「自分が始末した魔人は所詮、下位の魔人です。それで調子に乗っていたら上位の魔人メラーナに宣戦布告を受けましてね。はっきり言って、勝率は万に一つもありません。完全に皆無です」


「では、破邪の龍殺しが求める物とは……金、というよりも力。金は力を得る手段か」


「そういうことです。身の安全が確保されるなら帝国に拘る必要はありません。魔人を殲滅する力を得られるなら邪神を信仰しても構わないのですから」


「その言葉は、聞かなかったことにしておこう」


 つまり、邪教徒の集団では無く、八雷神を信仰する帝国の一般的な宗教観の持ち主と言うわけか。

 裏取引に関わっている組織や個人に見当は付いていたが、邪神との関係性が皆無か否かを判断する材料が此処に来るまで無かった。


 後は帝国の法律を再確認する必要がある。

 これから自分がやろうとすることに違法性や社会的に問題が無いかを、だ。


「構わん。殺れ。一切の禍根の残らぬよう一網打尽に殺し尽くせ」


 青年と別れ、ソウブルー要塞の図書室で出くわしたバーグリフの一言である。物騒極まりない。


「自分を快楽殺人鬼か何かと勘違いされてはいませんか?」


「だが、闘争は愉しい。違うか?」


「何が楽しくて自分の命を投げ打たねばならんのですか。心身共に平穏無事に家族と穏やかに過ごすことしか望んでいませんよ」


「面白い冗談だ。邪神と魔人を葬ったお前の望みが平穏無事とはな」


――心外だ。


 取り敢えず、後顧の憂いは全て断てた――そう考えて良い筈だ。


 そして――、


「アルキス・トリエンナだ」


 一日と経たずに獲物が網にかかった。


「久しぶりだな。倉澤蒼一郎殿」


 アルキス・トリエンナ――、オライオン派の巨頭トリエンナ家の御曹司。

 サマーダム大学に残した胡桃さん達を迎えに行く際、初日の馬車に同乗した貴族だ。

 ついでに巨人がエルベダ要塞に襲われるなり、ネフェルト達を見捨てて逃げた馬鹿貴族の一角でもある。


「ご無沙汰しております」


 オライオン派の貴族が魔術兵装の横流しをしていたのは想定通りだった。

 そして、最終的に流れ着くのがオライオンのお膝元、この件に関わる人間の大半がそう思っていたに違いない。


 だが、トリエンナ家の御曹司が出てくるとは、予測を遥かに大きく上回る大物だ。

 いや、予測していたからこそアーベルトさんは『猶予は与えられない』と言ったのかも知れない。

 そして、バーグリフは『殺し尽くせ』などと言ったのかも知れない。


「貴殿のことで面白い噂を聞き付け、改めて話をしてみたいと思ったのだ」


「面白い噂、とは?」


「この地の支配者が変わっても良い。帝国に拘る必要は無い。他にも過激な発言があったそうだな」


「ええ。事実ですよ」


 お坊ちゃんが探るような目と詰問に嗤って返答する。


「……………………」


 さあ、どう出る?


「貴殿は半獣人を飼って――」


――挽肉にして殺すぞ、この糞豚。


「――非礼であったな。詫びよう」


「……いえ」


 顔と態度に出ていたようだ。

 殺す許可は既に出ているが、まだ殺すべきタイミングでは無い。

 心を落ち着けて、態度を改める。嗚呼、殺してやりたい。


「半獣人の家族がいるのみならず、亜人とも良好な付き合いをしていると聞く」


 ソウブルーの中を胡桃さんと出歩き、亜人や獣人と親しげに言葉を交わす姿を監視者に見せ付けておいたのは、矢張り正解だった。


「ええ、その通りです」


「フム……貴殿にとって今の帝国は居心地が悪いとは思わんか? ソウブルーは……いや、帝国は人間だけでは無く、獣人や亜人の力もあって成り立っている。それにも関わらず、帝国では獣人と亜人は排斥されている。まともに暮らしていけるのは精々ソウブルーか、レーンベルグ、サマーダム大学くらいのものだ。商業都市ホライムーンでは獣人は盗人と同じ扱いを受け、立ち入りを禁じられ、侵入した獣人は処刑されるという。大陸の北西端に位置する鉱山都市トレスドアも極一部のドワーフを除いた非人間族にとって苛酷な地域性を持つ」


 決して感じていないわけでは無い。

 尤も、主な活動拠点がソウブルー地方である自分にとって、あまり感じたことの無い窮屈さだ。

 否定する場面では無い為、一応は首肯して見せる。


「この愚かな状況を共に変えたいとは思わないか?」


「変える?」


 あからさまになり過ぎないように呆けた表情を作ると、愚かなお坊ちゃんが得意気に口の端を吊り上げる。


「そうだ。先帝ハルロンティ・アーリーバードがお隠れになって半年が過ぎた。それにも関わらず、皇帝の席は未だ空位のまま。これはチャンスだ」


「トリエンナ家が空位となった皇帝の座に着くと?」


「それにはもっと相応しい男がいる。帝国は武によって発展し、歴史を築いてきた」


「先帝を討ったオライオンこそが次代の皇帝に相応しいと?」


「その通りだ」


「しかし……」


「何だ?」


「何故、皇帝の座が空位のまま半年も? 支配者もいないまま安定している帝国は流石と言わざるを得ませんが」


「残念だが帝国が優れているのでは無く、バーグリフが優れていると言わざるを得んな。ソウブルー。レーンベルグ。ホライムーン。トレスドア。ゴドラ。ファルハクス。そして、氷の都。これが帝国の主要都市だ。まともに機能しているのは首都のレーンベルグと、ソウブルーの二つ。ホライムーンもマシな部類か」


「オライオンに支配された氷の都は?」


「オライオンは優れた武人だが、優れた施政者では無いということだ」


「そのような男を皇帝の座に着けると?」


「皇帝は帝国の象徴として君臨し、家臣に命じる存在であれば良い。血、肉、骨として帝国を支えて来た家臣団に欠落は無く、オライオン以上に帝国の象徴として相応しい者はいない。だから、レーンベルグでも新たな皇帝を立てることなく半年もの間、空位のままという状況を座視しているのだ。彼等もまた、待っているのだ。皇帝に相応しき者が立ち上がる日を」


 成る程。帝国首都の家臣団は非常に優秀な人材が揃っているらしい。

 だから皇帝は象徴として相応しい存在ならば誰でも――凡愚でも良い。


 このボンボンのクソガキの言うことを全て真に受ければ――、だが。

 ああ、成る程。だから、貴族をはじめとする権力者達は帝国派とオライオン派に別れたのか。

 反乱分子とも言うべき存在が駆除されること無く、放置されている理由も同じか。


 帝国派も、オライオン派も、両派閥に大義は無く、大差も無いこともよく理解出来た。

 だが、今ある社会を乱されるのは自分にとって極めて都合が悪い。


 取り敢えず、反逆者のお仲間になりに行くことにしよう。


 横流しされた魔術兵装の強奪に、反逆組織の解体。

 上手くやれば更なる力を手に入れ、胡桃さんの平穏を乱す塵屑共を灰に出来る。


「その日が一日も早く来るように全力を尽くしましょう。帝国の未来のために」


 我ながら失笑が漏れそうになる白々しい台詞と共にアルキス・トリエンナの手を取った。

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