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第六話 神戦

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 ソウブルー要塞地下十階――。


 犯罪者に収監された17,000人中、15,000人が邪神の肉として融解、合成させられた。

 何らかの理由で2,000人の囚人は邪神から吐き出され、命を繋ぎ止め、あるいは人として死ねた。

 同じような理由でエーヴィアも邪神に取り込まれることなく、邪神の領域と化した監獄から抜け出すことに成功していた。

 そして矢張り、何かの理由、何かの条件が働いたらしく、邪神は己に対峙する倉澤蒼一郎を取り込むこと無く、ただ殺そうと殺気を放った。


「来いよ、豚が」


 恐ろしき邪神を前にして蒼一郎は好戦的な笑みを浮かべる。

 力による生命の蹂躙。それは人や獣のやり方だ。


 邪神とは信仰者の望みを歪め、それを加護として植え付け自滅を促し、狂気と混乱をばら撒いて破滅する様を冷笑する存在だ。

 世界を容易く蹂躙する力を持っていてもそれを行使することは無い。彼等はただ後押しをするだけだ。

 邪神であろうともそれが神のやり方であり、神の矜持だ。

 過去に蒼一郎と遭遇した邪神ガエルも、ただ囁き誘惑するだけで、蒼一郎がガエルのメイスを破壊する様を止める事なく眺めていただけだった。


――直接的な力を行使する人臭い神。自らの在り方を忘れた神など、最早、神足り得ない。


 名も知らぬ邪神の目的が何なのか、倉澤蒼一郎が知る由も無い。

 自らの手で直接的な手段に訴え出た時点で対峙する神性の存在は、ただの獣でしかない。

 蒼一郎はそれを無自覚に断定し、口元を歪める。


 その感覚的な評価は何もかもが間違っているわけでは無かった。

 邪神マルコバクドロス――。倉澤蒼一郎の眼前でゲル状に広がっていく出来損ない肉塊である。

 かつて、複数の次元、複数の宇宙を股にかける巨大な神であった八雷神は、神性を得た人間の手により打ち滅ぼされ、心と身体を八つに引き裂かれた。

 力を失った八雷神は最上位神族の力により、この世界を治める主神に零落させられるという罰を受けることになった。

 そして、その割を食ったのがこの世界に元から存在していた神々であった。

 

 力を失ったとは言え、主神として据えられた八雷神に敵う邪神は存在しない。

 邪神が存在維持のために力を向けた矛先は、同じく信仰心と共に力を失った邪神であった。

 信仰戦争に敗北したマルコバクドロスは信仰だけでは無く、名、畏れすら忘れられ、消滅の危機を迎えていた。


 マルコバクドロスは賭けに出る。

 極僅かな信者になけなしの力を与えて、ソウブルー要塞の地下に神域を作成し、封鎖することに成功する。

 手に入れたのは邪悪な魂を持つ一万七千人の囚人の身体と魂。

 囚人達を生贄とすることで邪神として最低限の力を取り戻すことが出来る筈だった。


 倉澤蒼一郎。この男が現れるまでは。


 我が身を切り離して作った神域を全て破壊された。

 生贄の魂を衰弱させて奪取する儀式も破壊された。

 ただでさえ消耗しているところに、残り僅かとなった信者も全て焼き殺された。

 信仰を存在の軸とする下級神にとって、信者の消失は神性の消失を意味する。


 信仰心が無くとも人から畏れを抱かれることで、存在を維持することが出来る。

 しかし、目の前の人間――、倉澤蒼一郎は既にマルコバクドロスを獣として扱っている。

 畏れから力を得ることが出来ず、肉体の崩壊が進んでいく。

 この世界に漂う邪神は怖ろしい存在であるという漠然とした畏れだけが、辛うじてマルコバクドロスの存在を維持していた。


 だが、マルコバクドロスにとって嬉しい誤算が二つあった。

 まず一つ、倉澤蒼一郎の肉体だ。

 本人ですら忘れていることだが、この世界の神によって構成された肉に精神を宿しており、半人半神の存在として決して低くない神性を宿している。

 現世に存在する神が受肉する肉体としては、これ以上の素材はない。

 正に楽園へと続く切符と言っても過言ではない。


 そして、もう一つ。消滅寸前の邪神とは言え、腐っても神だ。

 信仰されてもいない半人半神など神性のある人間と大差は無い。

 神は、たった一人の人間が滅ぼすことの出来る存在では無いのだ。


 マルコバクドロスは嗤った。既に理性は無く、嗤い方など覚えていない。だが、しかと嗤っていた。

 本能的に理解したのだ。倉澤蒼一郎を取り込むことが出来れば、本来の神格を取り戻すことが出来る。

 度重ねて我が身を覆い尽す原初の炎に焼かれながら、一歩、また一歩と倉澤蒼一郎を追い詰めていく。

 どんなにこの身を削り取られていこうとも、近付く度に力が手に戻って来る錯覚を覚えた。

 崩れていく我が身を顧みること無く、倉澤蒼一郎に近付いていく。


「後一発……ッ!!」


 迫り来る邪神の残骸を引き離すように飛び退り、一呼吸の内に五つ、閃光の如き斬撃を繰り出す。

 ついに蒼一郎の剣閃が、レーベインベルグの斬撃が邪神の肉体を引き裂いた。


 此処まで召喚してきた原初(フォルメス)の火は、最大効果を発揮することは無かったが、元より太陽さえも灰燼に帰す燃焼という概念の祖だ。

 炙られた程度の燃焼時間であったとしても、それが神であろうとも無傷で済むなどあり得ない事だ。


「装甲が剥がれ落ちたのなら、後は最後の一撃を繰り出すタイミングが重要、か」


 勝ちの目が出て来た。今頃、エーヴィアがアーベルトに増援を要請して、戦力をかき集めているに違いない。

 通常の斬撃が通用するになった今、無理に倒す必要も無くなった。

 後は遅滞戦闘に切り替えて絶好のタイミングで原初(フォルメス)の火を放ち、防御能力を完全に奪い取り、数の暴力で叩き潰せば良い。


 だが、その一方で単独で邪神を殺してやろうという野心も産まれつつあった。


『邪神なら自分が調伏しましたよ』と、ドヤ顔してみたい。

 そんな子どもみたいな悪戯心が湧き出てきたのも嘘ではない。

 だが、それ以上の懸念があった。それはこの世界の人々の神に対するスタンスだ。

 信仰の対象外の神であろうとも畏怖しなくてはならないという価値観を持つ彼等に、邪神であろうとも神を討つことが出来るのか、そんな懸念材料を蒼一郎に抱かせていた。


 大勢が死ぬのでは無いか。安心して背中を任せて良いのかという不安があった。

 此処まで綱渡り的な戦いを繰り広げて一番美味しいところを第三者に持って行かれるのも癪だったが。

 最後の一撃を繰り出すタイミング――色々な意味で重要だった。


 それまで回避運動の中に消極的な攻撃を繰り出していた蒼一郎の動きが変わった。

 邪神が繰り出す攻撃の尽くを受け流し、逸らし、蒼一郎のカウンターが確実に邪神の肉体を破壊していく。


「受肉している以上、目の前の異形の何処かに中心核となる物質があるはずだ。その位置を特定し、最後の一撃を叩き込めば邪神でも殺せる。殺せなかったら逃げの一手だな」


 自嘲気味に吐き捨てるが、その眼は確実な勝利を確信していた。

 邪神の肉を斬り飛ばし、その力を確実に削ぎ落としていく。

 その瞬間の出来事だった。周囲から一斉に空気の抜ける音がした。


「ッ!?」


 未熟であるが故に音のする方へと反射的に目を向けた。今はその未熟さに救われた。

 空気の抜ける音の正体、それは蒼一郎が斬り飛ばした邪神の肉片から紅い霧――溶解毒が吹き出す音だった。

 四方八方から漂い広がる毒霧。今の蒼一郎に出来る対抗手段は一つだけ。


 原初(フォルメス)の火を召喚し、毒霧を焼き尽くす。


 蒼一郎に切り札を無駄撃ちさせる絶好の手札――、それを理解しているかどうかは定かでは無い。

 だが、残弾一発となった原初(フォルメス)の火を、切り札を攻撃では無く、防御手段として使わされた。

 それどころか、もう一度毒を放たれたら、蒼一郎に対抗する手段は無い。


「糞がッ!!」


 最も有効な攻撃手段が毒であることを本能的に察したのだろう。

 邪神はあらゆる器官、切断面から毒を吐き出していく。

 レーベインベルグの残留魔力は尽きたが、蒼一郎自身に残された魔力はそれなりにある。

 とは言え、魔術兵装が無ければ、魔術の行使が出来ず、それなりに残った魔力を活用することは出来ない。


「選手……交代」


 後退る蒼一郎の耳朶を冷ややかな声が叩き、一陣の疾風が吹き荒れ、毒霧が消滅した。

 霧散したのでは無い。0.000001ppmすら残さず完全に消えていた。


「毒という概念その物を切断した……!?」


 燃焼という概念を操るがゆえに、目の前で起こったことが魔術的、物理的な法則から逸脱した現象であると蒼一郎は看破した。

 それを成したのは女だ。武者鎧に似た意匠が施された陣羽織風のコートを羽織る女が蒼一郎を守るように立っていた。

 その右手には日本刀によく似た曲刀が握られている。


「そちらには抵抗手段が残されていないと判断した……。横取りのような形になるけど良い?」


「ええ。仰る通りです。後は任せます」


「任された……」


 そう言って女は刀を腰に差した鞘に納刀し、構える。


――抜刀術の構え。


 蒼一郎が判断した瞬間、視界に一筋の亀裂が走り、亀裂に沿って視界がずれた。

 ずれ落ちたのは視界だけでは無い。空間が、迷宮が、邪神が僅か一薙ぎで斬り落とされた。


「…………………………」


 文字通り次元が違い過ぎる。出鱈目過ぎる能力に蒼一郎は絶句する。

 身じろぎ一つ出来ずにいる蒼一郎に気を止めること無く、女は邪神の残骸に近付いていく。


――何をしているのですか?


 問いかける言葉すら出て来なかった。女が邪神の残骸に手を突っ込み、中をかき混ぜるように(まさぐ)った。

 土留色の体液を浴びた女の手にあったのは、不気味に蠢く巨大な芋虫のような臓器だった。


「マルコバクドロスの権能は吸収……。そのコアを取り込めば、同系統の力を得ることが出来る。殺した対象の能力や技術、知識を取り込む能力……。グァルプと同じだね」


 そう言って、女は自らの口腔にマルコバクドロスのコアを押し込み、嚥下すると蒼一郎に向き直り、血に汚れた口の端を得意気に吊り上げる。


「貴女は……いや、貴様は……!」


 蒼一郎は目の前の存在に心当たりがあった。

 反射的に警戒心を剥き出しにするが、女は気にした風でも無く蒼一郎に近付いていく。


「ルカビアンの十九魔人の一人、魔人メラーナ……。初めまして怨敵、倉澤蒼一郎」


――序列七位……!!


「アンタのお蔭で手間が省けた……。けど、正直、期待外れ……。グァルプとライゼファーを倒したって言うからどんな奴かと思って来てみれば……、原初(フォルメス)の火が無ければ何も出来ない、ただの雑魚……」


 蒼一郎は自らが強者であるという自覚がある。自覚に比例した矜持もあった。

 上位の魔人の口からとは言え、雑魚呼ばわりに気焔が迸る。

 だが、蒼一郎は気当たりを受けるだけで身動き一つ取れなくなった。

 上位の魔人であるヴィヴィアナも相当に出鱈目な力を内包していたが、メラーナは格が違う。違い過ぎる。


 意識を向けられただけで呼吸が止まり、両足は地面に縫い留められ、両腕からは膂力が失われ、手足の延長とさえ評したレーベインベルグが鉛のように重くなる。

 仮に原初(フォルメス)の火を無制限で召喚出来るようになったとしても、幾つもの魔術兵装を身に付けようとも勝てるビジョンを見出すことが出来なかった。


「私には倒したい宿敵がいる……。それが片付いたらライゼファーの仇を討たせてもらう……。私が敵を倒すのが先か……、お前の寿命が尽きるのが先か……、精々神に祈っていれば良い……。どれだけ力を得ても……、お前では私に勝てない……」


 メラーナは蒼一郎を怨敵、仇としながらも、いつでも殺すことの出来る羊と見做した。

 憎しみが少ないわけでは無い。寧ろ、今すぐ引き返して殺してしまいたい程に後ろ髪を引かれている。


 だが、彼女には目的がある。

 

 ルカビアンの十九魔人序列三位、ヴァレイグラルフ。彼女の剣の師であり、想い人である。

 今から七千年前、地殻変動が起きる前の出来事だ。


『俺が欲しければ剣で奪い取って見せろ!!』


 想いを告げたメラーナに向かってヴァレイグラルフが言い放った言葉だ。

 ただでさえ絶大な力を誇る魔人が、更なる力を求める理由が色恋沙汰などと蒼一郎が予測出来るはずも無く、ただメラーナの気配が完全に消えるのを待つことしか出来なかった。


「倉澤!! 生きているか!?」


 緊張感から解放され地べたに座り込むと同時に重武装のアーベルトが手勢を率いて飛び込んで来た。

 来るのが遅過ぎる――とは思わなかった。帝国衛兵団の団長である彼が魔人を前にして退くことを選択出来るはずが無い。

 後もう少し来るのが早ければ被害が拡大していたところだ。


「ええ、無事です。邪神も完全に滅びました」


 蒼一郎は二重の意味で安堵の溜息を吐いた。


「蒼一郎様!!」 


 援軍の間をかき分け、エーヴィアが飛び出して来た。


「ああ、エーヴィア。援軍、助かりました。助けが来ると思っていたので邪神とも安心して戦えましたよ」


「すみません。来るのが遅くなってしまって……蒼一郎様、お怪我はありませんか? 痛いところは?」


「殆ど無傷ですから大丈夫ですよ。ただ少し疲れているだけですから。さ、凱旋しましょうか」


 エーヴィアに立たせてもらいながら、蒼一郎はにこやかに微笑んだ。

 その姿を増援に来た者達が『あの龍殺し、また大物食いか』『これで邪神と戦うのは二回目らしい』『外国の貴族らしいが何という流派なのだ?』『一度、手合わせを願いたいものだな』と口々に蒼一郎を誉めそやしながら好奇の視線に晒す。


「………………………………………………」


 だが、アーベルトの視線は邪神の切断面、そこから壁へと続く斬撃跡だった。

 倉澤蒼一郎の習得魔術、使用魔術兵装、装備、戦闘技術、そのいずれにも該当しない戦闘痕だと即座に見破った。


「此処までの安全は確保された。探索領域を地下十階まで拡大する。邪神の器を回収し、魔術師ギルドへに運び込め」


 そう指示を出して、アーベルトは地上に続く階段を登っていく。


――アレをやったのは倉澤では無い。恐らく、別種の存在か……何者かの助力を得たか。


――ならば、その何者かのことを報告しない? 奴は手柄の独り占めする手合いでは無い。


 其処まで考えて、アーベルトは暗澹とした表情を浮かべる。


――悪しき存在……別種の邪神か、それとも魔人の介入か。


「主は、あの男がそういう運命の持ち主だと仰っていたが……此処まで来ると信じたくなくなるものだ」


 そう呟くアーベルトの足取りはどこまでも重かった。

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