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第七話 事後

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

『流石です! 倉澤先生!』


『いつもに増して、素晴らしい成果です。倉澤様』


『蒼一郎様は本当にすごいですよ! 人の身で、しかもたった一人で邪神を倒してしまうなんて!』


 邪神マルコバクドロスがくたばってから僅か半日。

 僅か半日と経たずにこの様だ。


 邪神を一撃で叩き伏せたのは自分では無く、上位の魔人メラーナの手によるものだ。

 しかし、再びソウブルーに魔人の侵入を許し、メラーナは邪神の肉を取り込むことで更なる力を得た――と公表することが出来なかった。

 そうこうしている内に、自分が邪神を調伏したという流れになり、どうやって異を唱えるか考えている内に称賛の声に包まれ、どうにもならない状況が出来上がっていた。

 周囲の期待が重い。胃がキリキリする。血反吐を吐いてしまいそうだ。


「うあー……胡桃さーん」


「ますたー、どうしたのー?」


 胃痛が酷いので自室で不貞寝していたが、それでは何の解決にもならない。

 胡桃さんを意味も無く呼んで、抱き上げてくるくると回ってみたり、「ほーら、高い高ーい」と掛け声と共に持ち上げてみたり、お腹に顔を当てて鼻先でくすぐって現実逃避と精神の安定化を図る。


 調子に乗っていると胡桃さんの「きゃー♪ ますたー、くすぐったい~!」という楽しげな悲鳴と共に、胡桃さんの爪先が無防備な鳩尾に突き刺さる。


「ぐほっ……!!」


 バランスを崩してベッドの上に押し倒される。

 すると追撃だと言わんばかりに胡桃さんが尻尾をばたばた振り回して、自分の顔やら耳やらを舐め回す。


「わはは……! く、胡桃さん、くすぐった……くすぐったい! こ、降参! 降参するからやめなさ……」


「あははははは♪ ますたー♪ ますたー♪」 


 胡桃さんに無理矢理笑わされる。

 そして、自分が笑い出すと胡桃さんの舐め回しも長くなる。と言うかしつこくなる。


 けど、可愛いからまあ良いやと胡桃さんとのじゃれ合っていると――


「何をしているのかしら?」


 カトリエルに冷水のような声を浴びせられた。


「は、ははは……」


 うん。少しは落ち着いた。


 ドラゴンや魔人を殺したことを評価されるのは良い。

 それ自体は事実だし、あまりにも過大評価が過ぎるようなら「武器の性能のお蔭です」とか何とか言っておけば良い。

 レーベインベルグがあれば大抵の敵なら斬り殺すなり、焼き殺すなり出来るのは事実だ。


 だが――――、


「本当に邪神マルコバクドロスを始末したのは貴方では無くて、魔人メラーナだった」


 良心の呵責と言うか、事実無根の過大評価に胃痛を感じて、一部始終をカトリエルに話して聞かせた。

 彼女は自分を笑うでも無く、軽蔑するでも無く、自分の言葉を要約して反復すると、無感情な声で「そう」と言った。

 こういう時、無邪気な胡桃さんや、泰然自若としたカトリエルの存在が非常にありがたい。


「その目的は邪神のコアを取り込むことで魔人グァルプと同種の能力を得て、力を手にして宿敵を打倒する事。それはライゼファーの敵討ちよりも優先される……思った以上に魔人は一枚岩では無いのね」


「この星を襲った地殻変動で魔人……ルカビアンはほぼ絶滅して残ったのは僅か十九人。生き残るために仕方無く手を取り合ったというだけで仲間意識は殆ど無いのかも知れない」


 前々から思っていたことだったが、改めて口に出してみると納得が出来たような気がする。

 ヴァリーにしても自分が散々魔人と敵対したにも関わらず、友達になりたいと言い出した程だ。

 ヴィヴィアナもヴァリー、ハーティア、ガラベル以外の魔人のことはどうでも良いと言い放った。


 同族意識はあっても仲間意識は無い。

 驚くべき言動ではあるが、自分自身に置き換えて考えると不思議なことでは無いのかも知れない。

 胡桃さんに好意的な魔人と、敵対的な人間がいるとして、そのどちらに与するかと問われたら、答えるまでも無い。


 だが、この考え方は異端に過ぎる。

 これまでの味方が敵になり、その上、新たな敵を招き入れる羽目になる。

 社会という枠組み抜きにして家族を守っていける程、自分は強靭な人間では無い。

 だが、連中にはそれが出来る。出来るからこそ、ルカビアンの十九魔人ということなのだろう。


「まずはアーベルトに報告しておきなさい。私達が魔人や邪神と通じていると思われるのも面白くないわ」


 無表情、無感情だが躊躇うことなく『()()』と言って、立場を自分の側に置いてくれる彼女に感動を覚えた。

 カトリエルに手を伸ばし抱き寄せると彼女は身動き一つせずに、眼を閉じた。


 そして――、


「倉澤ッ!!」


 申し合わせたかのようなタイミングで、階下から自分の名を呼ぶアーベルトさんの声が聞こえた。


「君が呼んだのか?」


「いいえ」


 自分の問いかけに対する反応は底冷えする極寒の如く寒々しい。

 今夜は添い寝くらいはした方が良い、かも知れない。


「気配は一つで隠形の術を使った形跡もない。こんな夜更けに余程、聞きにくいことなのかしらね」


 言外に、彼はある程度、気付いていると言っているかのような物言いだった。

 自分を呼びに来たリディリアさんに胡桃さんを預けて工房に下りる。


 カトリエルから「念のために持っておきなさい」とレーベインベルグを持たされそうになるが、圧力交渉じみたことをして余計に話がこじれても面倒だ。

 丸腰でアーベルトさんを迎えると彼女の刺すような目線を背中に感じた。心配性め。


「地下迷宮の件だが調査の結果、地下十一階の存在が確認出来た。更に下の階層もだ」


「我々冒険者は地下の調査を?」


「その通りだ。貴様達、冒険者には最下層を目指し、対魔人要塞ソウブルーの全容を解明することにある」


「魔術兵装、武具、記録、ソウブルーが対魔人要塞たる所以、その全てを、ということですか」


「その通りだ。上位の魔人を相手取るために、封印指定級の魔術兵装で身を包んだ一個師団を使い潰すなど、そのような前時代的なやり方では無駄に人材と資産を失うだけだ」


 この世界の一個師団は約二千名の兵士によって構成される。

 魔人グァルプ戦時の自分の装備総額が金貨一千万枚に相当するとすれば、装備費用だけで金貨二百億枚。

 その他諸々の費用も含めば勝敗に関わらず、帝国の経済は大打撃を蒙ることになる。

 だからといって魔人を放置すれば都市が崩壊して物理的に大打撃を受けることになるが。


「どうしようもないな、あの連中」


 考えれば考える程、ろくでもない。

 奴等が人類種をヒトモドキと侮り、積極的な行動をしていない事が唯一の救いか。


「それで本題は邪神を手にかけた本当の人物を探りに来た、ですか?」


「フン。矢張り、気付いていたか」


「ええ。でなければ、こんな時間に、こんな用件でバーグリフの偉大な右腕が来るとも思えませんし?」


 彼とはライゼファーとの戦いで共闘している。

 あれから加護と度重なる格上との戦いで力を付けたとは言え、大体の実力はほぼ正確に把握されていると考えて良い。

 だとすれば、自分が邪神を捩じ伏せたことを疑って当然だ。


「貴様が邪神を殺しただけなら気付けなかっただろうがな。だが、貴様の剣が封印指定級の魔術兵装の攻撃力に匹敵するとは言え、一太刀で四方の壁ごと邪神を断裂出来る術式は組み込まれていない。絶対的な力を持つ者の介入を受けたと考えるのが自然だ。貴様は身の丈に合わぬ栄誉を良しとせずに避けようとする男だ。貴様に助力した第三者がいるなら公表している筈だが、それをしないということは、大多数の前で公表出来ない存在というわけだ。貴様が言い淀み、生かして帰した時点で上位の魔人しか有り得まい。太刀筋からすると剣聖ヴァレイグラルフ、剣鬼メラーナといったところか」


「御名答。魔人メラーナの介入を受けました。厄介なことにメラーナは地下の邪神を標的にしてソウブルーに侵入していたようです」


 彼にもカトリエル同様に地下で起こった一部始終を聞かせると苦々しく表情を歪めた。


「奴等は何処から情報を得ている?」


 だが、その感想は当事者の自分やエーヴィア、近しい第三者のカトリエルと大きく異なるものだった。


「情報、ですか?」


「ライゼファーは要塞地下に封印されていた魔人の存在を、グァルプはオライオンのソウブルーの襲撃を、メラーナは要塞地下の邪神の存在を、我々の管理下にあるソウブルーに起こる出来事を全て知っているかのように先回りしていく。これがどれ程、恐ろしいことか分からんわけでは無いだろう?」


 ルカビアンがかつてはSFもどきの超文明を誇る支配者だった。

 だからこその情報を重要視し、収集能力の裏付けとなっている――いや、違う気がする。

 奴等は現在の人々と世界を蔑視している。その力があったとしても、発揮するというのは違和感を覚える。


「矢張り、バーグリフ様が仰る通り、貴様にはそういう運命に引き寄せられる力があるのかも知れんな」


――それはただの思考放棄だ。


 仮に自分が特異点であるとして、もっと平和的で都合の良い出来事が殺到すれば良いものを。

 自分が絶対的強者などと思い上がるつもりは無いが、そこそこの強者である自覚はある。

 しかし、こうも勝てない敵と立て続けに遭遇してばかりだと気が滅入る。

 まるで更なる力を得ることを強要されているみたいな気分だ。


「そんなまさか」


「そうか?」


「そうですよ。魔人なんて如何わしい連中を一日も早く皆殺しにして、家族と死ぬまで平和でのんびり気ままに暮らしたいだけだと言うのに、そんな平穏の無い運命なんて糞食らえですよ」


「だが、今の貴様はソウブルーを代表する英雄の一人だ。バーグリフの偉大な懐刀よ……なんだ? その苦虫を噛み潰したような面は」


――そういう顔の一つや二つもしたくなる。


「なんで面倒臭そうな二つ名が増えているのですか、というのは後で聞くとして」


「ああ、面倒だな。味方からは実力以上の成果を期待されると同時に常に嫉妬に晒され、敵からは必要以上に警戒され油断の一つもしてもらえなくなる」


 そんな二つ名、着払いで返送してやりたい。

 それともう一つ、指摘せずにはいられないことがある。


「随分、楽しそうですが他にも何か?」


 彼は随分と愉快そうな笑みを浮かべている。まるで友達を見つけた子どものような顔をしている。

 友よ、そんなに胃痛を共有出来るのが嬉しいか。


「冒険者のイメージアップ戦略というものをギルドから提案された」


「イメージアップ……そう言えば、ランクが上がるにつれて人間性や社会性が薄れていく傾向にあるとか、ギルド職員の方々に伺ったことがあります」


「大袈裟な物言いではあるがな。そこで素行に問題の無い冒険者をアイドル化しようと考えているらしい」


――クソッタレが。嫌な予感しかしない。


「我々に劇場のステージの上に出て衆人観衆の前で歌って踊ってサイン会や握手会でもやれと?」


「ふむ……すらすらと出てきたが貴様の故郷のアイドルはそうなのか?」


 しまった。余計なことを喋った。

 自分の口からやけくそ気味に飛び出した言葉に、アーベルトさんが真剣な顔付きで考え込む。


「冒険者の身体能力ならではの躍りか……」


 自分達にサーカスでもやれと言うのか。

 これ以上、彼に考える時間を与えてはならない。与えたらろくでも無いことになる。


「あー……あの、具体的にはどのようなことをやらされるのでしょうか?」


「ん? ああ、二つ名制度の拡大化だ」


「二つ名?」


「そうだ。これまでは二つ名というのは公的な称号として使われていた。龍殺しなら単独でドラゴンを殺し、その呼び名に相応しい能力を有していることを国や行政が証明している。この制度を冒険者ギルド向けに適応範囲を拡大する。二つ名を得られる条件は二つ。一つは相応の実力と実績があること。もう一つは依頼主からの覚えが良いこと」


「実力があって行儀の良い冒険者には二つ名が与えられ、依頼人達は実力も中身もまともな冒険者を選んだり、二つ名持ちには追加報酬を出すなりして、素行不良の冒険者を排除することが出来る。冒険者達は二つ名を得られるように、礼儀作法だのなんだのを大切にするようになるかも知れない、というわけですか」


 今までのようにバトルジャンキーでいるだけでは金が稼げなくなる。

 寧ろ、バトルジャンキー御用達の激戦区に行きたければお行儀良くしろという方針だろうか。 


「そういうことだ。いずれは貴様がやっている冒険者研修も一般化、受講年齢の拡大も有り得るかも知れんな」


「それは良い。専門の講師が増えれば自分も用済みになる。一日も早くお役御免になりたいものです」


「そう言ってくれるな。面倒な仕事ではあるのかも知れんが」


「面倒ではありませんよ。自分の生徒、それも子どもを死地に送り込むのは貴方が思っている以上に胃の荒れることなのですよ」


 比較的、安全な依頼を強く推奨し、それでも普通に食っていくことが出来るようになるとしつこいくらいに教え込んではいるが、いずれ生徒達、特に少年組は危険な依頼に手を出すようになる。

 自分に対する反発では無く、英雄視と英雄願望が原因だ。

 今は自分のことを英雄視していることもあり、反発されたことは一度も無いが、怖いのは自分の手を離れた後だ。

 そうならないように知識と力を付けさせているが、知れば知る程、力が付けば付くほど試したくなるのは当然の心理だ。

 適度なガス抜きをさせてやった方が良いかも知れないが、スケルトンナイト討伐の同伴ですら心労で倒れそうになる。

 野盗の討伐なんて無理だ。子供に人を殺させるなんてストレスで自分が死ぬ。

 将来的には、そういう依頼を受ける機会や、氷の団の襲撃等で人を殺さなくてはならない事態に陥るかも知れない。

 それを考えると自分の監督下で殺しの仕事をさせて心構えを促さなくてはならないかも知れない。


――子どもに殺しを推奨するなど真面な考えじゃない。


「矢張り、向いてませんよ。出来ることなら自分の生徒には堅気の仕事をさせたい。教育しているとそういう考えばかりが思い浮かんでしまう。親を失った彼等に、生きる力を与えているつもりで、死に追いやっているようなものですからね」


「だが、貴様がやらねば彼等は死ぬか、スラムに行くか二つに一つだ」


「だから手抜きもリタイアも出来んのでしょうが。何とか商会関係に渡りを付けて堅気の世界に戻さなくてはなりません。今日の一件で自分が帝国に翻意有りと疑いをお持ちになったかも知れませんが、御覧の通り、子供達の進路のことで一杯一杯です。翻意どころか上位の魔人の力を目の当たりにして、どうやって殺せば良いのか、そもそも殺せるのかなんて危機感を抱いているくらいですよ」


「そうか。だが、勘違いをしてくれるな。貴様の逆鱗に触れぬ限りは翻意は無いと判断している。要は貴様の身内に害さなければ良い。ただそれだけのことだ。違うか?」


「いえ、その通りです。社会と秩序の無い世界では生きていけませんし、ソウブルーを追われるような真似はしませんよ」


「だろうな。私とて貴様を、破邪の龍殺しを失なうことの愚を理解しているつもりだ」


「破邪の龍殺し……って何ですか」


「冒険者ギルド内での貴様の二つ名だ」


「仰々し過ぎませんか?」


「邪神二柱に魔人二体。妥当なところだ。それにギルドは冒険者をアイドル化することを目的としているのだぞ? 仰々しいくらいで丁度良いとは思わんか?」


「自分より強い冒険者なんていくらでもいるでしょう? 妬まれた挙げ句、実力以上のことを期待されても困るのですがねぇ」


「最初に言った筈だが? それが評価されると言うことだとな」


 得意気な笑みを浮かべて去っていくアーベルトさんの背中を見送り、ソファの背もたれに身を投げ出す。

 深く溜め息を吐くと、見計らったタイミングでカトリエルがティーカップを差し出してくれた。


「ああ、ありがとう」


「お疲れ様」


「警戒しなくても敵対する意思は無いと言いたかったらしい……、カトリエル?」


 お茶を啜っていると視線を感じ、視線を持上げるとカトリエルに凝視されていた。


「あー……、カトリエル、どうかしたのかい?」


「別に」


 カトリエルの凝視するかのような視線は相変わらずだ。

 何と言うか、彼女の視線に晒され続けるのは照れる。

 芸術品であるかのように均整のとれ過ぎた美貌を前にして落ち着いていられる程、擦れてはいない。


「ええっと……?」


 二人掛けのソファの真ん中に身を投げ出したままにしていると彼女が自分の隣に腰を下ろした。

 隙間など殆ど無く、ソファで彼女と密着するような格好になる。


「子ども達のこと、あれは貴方の本心?」


 今日は甘えたい気分なのだろうかと思ったが、彼女の口から出て来た言葉は決して茶化せる内容では無かった。


「そうだな……あの子たちの教育は遣り甲斐のある仕事だと思っているよ。けれど、子ども達への愛着が増す度に冒険者稼業から足を洗わせたくなる。怖くて仕方が無いんだ」


 冒険者の死亡率は非常に高い。

 新人冒険者の九割が一年以内に死亡し、生き残った僅か一割の新人冒険者も五年以内にその半分が死ぬ。

 その中に自分の生徒が入ってしまうのでは無いかと思うと、酷く落ち着かない気分になる。


「そう」


 いつものように一言だけ返した彼女に抱き寄せられる。


「貴方の生徒の内、何人かはこの工房で雇うことは出来るわ。ロイドだって貴方に頼られたら二人か三人くらいなら面倒見てくれるはずよ」


「そう、なのか?」


「貴方が子供達の面倒を見るのが楽しそうだから何も言わなかったのだけれど……。そんなに心を痛めていたのなら言いなさい。私は貴方の妻なのだから。入籍も式も()()だけれど」


 平坦な喋り方の中に『まだ』をやたらと強調される。

 式を挙げるのは身の回りが落ち着いてからするとして、入籍だけは近日中に済ませた方が良いかも知れない。


「ああ……うん。ごめん。あまり君の前で情けない姿を見せるのが嫌だったと言うか、何と言うか」


「まあ別に良いけれど。それで? 子ども達の件はどうするつもりなのかしら?」


「真っ当な仕事について堅気の世界に戻って欲しいんだけど、これは自分の願望でしか無いからね。生徒達に話をしてみて希望者がいれば君の力を借りることにするよ。希望者がいれば……ね」


 そうだ。希望者がいれば良い。一番の問題は少年少女が冒険者を続けることに肯定的だということだ。

 しかも、市街地の復興を通じてソウブルーの商人、職人、貴族達は新たな人脈を築くことに成功しており、更なる商機が加熱傾向にある。冒険者の需要も高まり、全体的に報酬が高騰傾向にある。


 その上、邪神の干渉から取り除かれた地下迷宮の探索も、Aランクをはじめとする上位冒険者たちが駆り出されることになる。

 恐らく、冒険者の供給不足に陥ることになる。そうなれば、更なる報酬の高騰が起こるのは想像に易い。


「このタイミングで辞めるなんてあり得ないだろうけどね。上手くやれば子供でも一財を築くことが出来る。結局、自分に出来ることなんて最善を尽くすことだけだし、気にし過ぎても仕方が無い」


 こうやって自己解決するのも、もう何度目になるかも分からない。

 なるようにしかならないと、肩の力を抜いてカトリエルの膝枕を堪能することにした。


「蒸し返すつもりでは無いのだけれど、もう一つ聞いて良いかしら?」


 カトリエルが頬を撫でながら問いかけてきた。滑らかな指先に思わず、微睡そうになる。


「なんだい?」


「何故、抱えていた悩みを私には言えなくて、あの男には言えたのかしら? どう考えても其処が納得いかないのだけれど。ねぇ、どういうことなのかしら」


 彼女は坦々とした、どうでも良さそうな口調で自分の頬を引っ張った。

 カトリエルが此処までの執着を見せるのは珍しいようで、珍しくなくなってきたような気がする。


――さて、ウチの女神様をどうやって宥めすかしたら良いものだろうか……?

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