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第十五話 人間と、魔人と、

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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


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 ヴァルバラ流投擲術――、その名前を聞いた時から頭の中を漂っていた靄が晴れる。迂闊にも程がある。

 下位の魔人ヴァルバラは人類種の怨念や、怨念が篭もる物品を触媒にした鏃を投擲する能力を持ち、その力は怨念が渦巻く場所では無類の力を発揮する。サマーダム大学の資料に記録されていた情報だ。

 キャスタードラゴンに壊滅させられたトルトーネ街は魔人ヴァルバラ――いや、ヴァリーにとって絶好のフィールドというわけだ。


「ふむ……」


 わざとらしく呟いてみせる。彼女にでは無く、自分自身に対してだ。

 右腕を不可視の魔力で拘束されている割に恐怖は無いらしく、声に震えは無かった。

 攻撃的な口調でも無く、自分で思っているよりも平静さを保てていた。


――今まで潜り抜けて来た修羅場のお蔭で、それなりに豪胆にはなれたか?


 魔人は一人残さず殺す。二度と復活出来ないように核を破壊して消滅させる。

 胡桃さんやカトリエルと過ごす平和な日々の為にも、その行動方針を違えるつもりは無い。


 だが、ヴァリーの告白に敵意や殺意は、不思議と生まれなかった。

 共同でキャスタードラゴンという脅威に立ち向かい、友好的に言葉を交わした事による共感によるものか。

 それとも彼女の外見が歳若い少女だからか。


――自分は躊躇っているのか? いや、間違いなく躊躇っている。


 彼女の告白に殺意を向けずに平静でいられた事実に心から安堵していることがその証拠だ。

 とてもでは無いが魔人に向ける感情では無い。


「友達になりたい。だから、人類種を進歩させ、魔人との差を埋め、対等な立場にしようと?」


 人間と魔人の間で友誼を結ぶことは出来ない――。


 言葉にせずとも自分の返答を理解しているのだろう。ヴァリーは力無く頷いた。


「種族としての差が障害になるなら、それを取り除くしかないと思うの」


 まるで悪さを咎められて泣き出しそうになっている子供のような顔をして言う。

 だから口にはしなかった……出来なかったが――。


――酷く甘い考えだ。


 単体で要塞規模の戦力を遥かに凌駕し、圧倒的な暴威を身に宿す十九体の魔人。

 古今東西に関係無く、この世界を代表する理不尽と絶対暴力の化身も、人類種と力の差が無くなった瞬間、彼等は圧倒的小数勢力の弱者と成り下がる。

 力の差が埋まっても、それらの恐れと恨みが消えることはない。対等な関係には決してならない。


 それで魔人が滅ぶだけなら別に構わないが、話は、世界は、そんなに単純に出来ていない。

 彼女の研究が実現したとして、その成果を人類種の誰に渡すのか、という問題がある。


 帝国? 論外だ。


 帝国ならその技術を独占し、全世界を手中に収め、絶対的な権力を確固たるものとする。


 帝国以外の諸外国でも同様だ。


 卑劣の王オライオン率いる氷の団という巨大な不穏分子を領内に抱え、皇帝ハルロンティ・アーリーバードを討ち取られるという体たらくで、両脇を支える貴族達も内部はガタガタだ。

 この状況でありながら諸外国が静観を保っていることから帝国が一筋縄ではいかない国である事を示しているが、切欠一つで全面戦争の火蓋が切って落とされることになる。

 全面戦争自体は勝手にやってろという話だが、それで身内が巻き込まれるのは断固拒否したい。


――矢張り、殺すべきだ。


 彼女の研究は魔人が持つ戦闘能力以上の脅威だ。理屈では分かっている。

 だと言うのにヴァリーが恐ろしい魔人では無く、ただ寂しくて今にも泣き出しそうな子供にしか見えず、どうしても殺意と戦意が湧いてこない。


 そんな時に決断しても碌なことにならない。

 神出鬼没の魔人を取り逃がすのは勿体ないが、どちらにせよ原初(フォルメス)の火も、今日一日に召喚出来る上限に到達している。

 自分の戦意に関わらず、今の自分には彼女を殺す手立てが無い。


 だからと言うわけでは無いが、彼女が魔人であるという事を認識した上で対話を試みることにした。

 折角、真っ当に言葉を交わすことが出来る魔人と遭遇したのだ。情報を引き出せるだけ引き出すべきだ。

 此処で得た情報はいずれ魔人を殲滅する時に役立てることが出来る筈。


――謂わば、情報戦だ。決して自分は意志を揺るがせたわけでは無い。


「しかし何故、人類種の友達になりたいと?」


「だってみんな変わっちゃったんだもん」


「変わった……?」


「トゥーダスは皆が幸せになる方法を探してた。グァルプは人がより良い方向に進むために何をすれば良いかを、いつも考えてた。ライゼファーは動物と妹のハーティアが好きな優しい男の子だった。ヴィヴィアナは厳しいけど優しい先生だった。ガラベルはちょっと乱暴だけど私達のために玩具を作って遊んでくれる皆のおにーちゃんだった。みんな仲良しで大切な友達だった。だけどね、みんな変わっちゃった」


 彼女の口から自分が殺した者、自分が恐れている者、名前しか知らない者、次から次に魔人の名前が飛び出した。耳を疑う形容詞のおまけ付きで。

 とても信じられない話だった。特にグァルプとライゼファー。他は知らないので判断のしようが無いが、あの二人に関してはろくでも無い外道だった。


 それにしても表情と声に出ていたのだろうか、ヴァリーは拗ねたように口を尖らせて、礼服の裾を握り締めて駄々を捏ねるように引っ張るが、すぐに気まずそうに表情を変えた。


「今みたいに遊び半分で人類種を襲ったりなんてことは…………してた、けどぉ……」


――してたんかい。


「けど、変わったように感じる?」


 やっぱり、極悪非道の化け物じゃないか――と、喉まで出かかった言葉を呑み込み、ヴァリーに話の続きを促す。


「う、ん――。最初は人類種に対する嫌悪感みたいな……そんな意味合いでの攻撃って言うか、排斥って言うか……って、おにーちゃん達からしたら迷惑なことに変わりないよね。ごめんなさい」


 問題は其処だ。不老不死の魔人達は何を思って人類種に攻撃を仕掛けるのか。

 口にするのは業腹だが、彼等にとって人類種なんて取るに足らない下等生物じゃないのだろうか?

 まだまだ聞くべき事、彼女に語ってもらうべき事は多い。


「いえ、続きを聞かせて下さい。それにヴァリーが自分のことをルカビアンだと思ったのかも気になります」


「うん……知ってる? 今から六千年前までこの星は、ルカビアンが支配していたんだよ」


「帝国の歴史が約四千五百年。その千五百年の間に支配者が交替するような出来事が起こったということでしょうか?」


「そうだよ。今から六千年前にね、ある実験中に偶然、この星が崩壊する兆候が見つかったの」


「崩壊の兆候……? 邪神が実体化したとか?」


 だから異教徒達は帝国の支配や、八雷神信仰を破壊する為に邪神を復活させようと躍起になって、邪神に弄ばれて破滅する。よく聞く話だ。

 邪神で無ければ魔王が現れたとか。魔人がいるなら魔王がいても良い筈だ。


「ううん。大規模な地殻変動だよ。これまでに築いてきたもの全てが無くなってしまうくらいの」


 意外と普通だ。いや、普通じゃないし、大惨事だ。

 しかし、如何にもファンタジーな世界の古代文明が滅びた原因が自然災害というのは浪漫に欠ける。


「崩壊するのが分かっていて何もしないなんてあり得ないでしょ? だから当時のルカビアンは三つの対策を提案したの。一つはスペースコロニーを建造して宇宙に避難。もう一つは次元転送装置を使った異次元への避難。そして、最後の一つが蘇生法による回避」


「スペースコロニーに、次元転移。まるでSFだ」


「おっどろいたぁ。ルカビアンの口以外でSFなんて言葉を聞くなんて思わなかったよ」


「それは自分も同じですよ。こんなファンタジックな世界が六千年前の時点でスペースコロニーを建造する技術を確立していたなんて。それに蘇生法ですか、これはコールドスリープのファンタジー版ですか?」


「ううん。ちゃんとした科学技術だよ。魂と遺伝子情報を組み込んだ外部ストレージを核に、ルカビアンの不老不死を補助するための技術だね。蘇生法のお蔭で死亡と蘇生もルカビアンの生命活動の一つになったってわけ!」


「不老不死を科学技術で実現する一方で、神が実体を持って存在する世界……。SFとファンタジーのごった煮みたいなだな……」 


「神や信仰が産まれたのにはビックリしたよ。地殻変動の発生から二千年後、今から四千年前に復活したんだけど、人類種が独自に文明を作って信仰を生み出してる上に、カミサマが本当に存在してるんだもん。いつから世界はおとぎ話になったんだーって思ったよ! おとぎ話と違って、ハッピーエンドにはならなくてルカビアンの大半が死んじゃったけどね」


 腕を組んで考え込む。右腕の拘束はいつの間にか解かれていた。


 自分の右腕はさて置き、今から四千年前だ――


「帝国歴450年、か」


 暦を実際に口にしてみると死因が何と無く理解出来た。

 第三者の自分にとっては世界がSFからファンタジーに切り替わったように感じるが、当事者にとってはどうだろうか?

 SFの世界観を、現代の現実世界と認識していたルカビアンにとっては。


「スペースコロニーや次元転送装置を建造出来るだけの技術を持つ文明で生まれ育ったルカビアンにとって、文明がリセットされたような原始的な、ポストアポカリプスの世界で生きていくことに耐えられなかった?」


「またまた正解。人類種は神の協力と、魔術の力でよく進歩したよ。でもね、四千年以上の時間をかけてコレだよ? 今から四千年前の帝国がどんなかだったって想像出来る?」


 何も言えずに首を横に振った。


 現代の帝国ですらルカビアンどころか自分にとっても、ネットも無ければスマホも無い原始的な世界だ。

 一週間程度なら異世界旅行なんて言って楽しめるかも知れないが、SF文明で生まれ育った不老不死のルカビアン達にとって、この埋めがたいギャップに心を病んだであろう事は想像に易い。


「復活までの期間を二千年後に設定したのはコロニーや、異次元に避難したルカビアンがある程度の復興を終えていることを期待してたんだけど……」


「いざ復活してみると世界は荒廃したままで、時代錯誤的な文明が生まれていた、と。宇宙や、異次元に行ったルカビアンはどうなったのです?」


 魔人が十九体いるだけでも手を焼いているのに、国家規模どころか、都市規模のルカビアンが出現するような事が起これば、そもそもの立ち振る舞いを根本から考え直す必要が出て来る。


 だが、彼女は「ダメだったよ……」と首を横に振った。


 彼女には悪いが自分にとっては朗報だ。


「まずコロニーが転移に巻き込まれて壊滅。更に異次元から通常空間に帰還しようとしたら、座標計算が狂ってたみたいで異次元への避難者達は、この星のコアに転移したって……」


「蘇生法を使ったヴァリー達以外は全滅、ですか」


「うん。グァルプは『我々は不老不死だ。時間だけは無限にある。またゼロからやり直せば良い』なんて言ってこの星のコアで死んだ人達を蘇生させるためにガエルやライゼファー達と魂に関連する研究を始めたりしてたけどね」


 あの腐れ外道達にもそんな時期があったのかと思うと……特に何も思い付かない。

 そもそも、あの連中の綺麗な姿がまず想像出来ない。

 

「でもね、不老不死のルカビアンでも心が持たなかったんだよ。魔人が絶対的な力を持つって言ってもそれは人類種を基準にしたらって話だもん。それに私たちは救出される側だと思ってたからね。色んなギャップが重なりに重なって心を壊して、一人、また一人自殺して、最終的に生き残ったのは十九人」


「それがルカビアンの十九魔人の由来ですか」


 過去に、この星を支配していたルカビアンという種族達に大変な不幸が、その身に降りかかったことは分かった。確かに壮絶な過去だったと思う。


――だが。


「しかし、人類種に対する理不尽な振る舞いは何の意図が? さっきのヴァリーの口ぶりだと自覚はあるようですが」


「さっき、人類種が文明を作っていた事におどろいたって言ったでしょ? ルカビアンの少子高齢化対策で人工的に生み出された奉仕種族オウラノ。それが人類種の正体。本当なら単独で社会を形成出来るようにデザインされていなかったんだよ」


 ファンタジーな世界でSFな歴史を聞かされ、挙句の果てに現代日本が抱えている問題を魔人の口から耳を疑う単語が飛び出した。


 頭を抱えたくなる話だが、不老不死が標準化された社会ならある意味、当然の問題なのかも知れない。

 老化による引退が無いのだから、代替わりも起こらない。

 組織どころか社会全体が動脈硬化を起こしている状態になっていたであろう事は想像に易い。

 世代の格差が、そのまま貧富の格差に反映されている事も考えられる。

 若い世代の魔人達が数少ないパイを奪い合う。

 老人の世代が有利とは言え、皆が皆、優秀とは限らない。

 時には下克上を迫られ、若い世代にしてやられる事もあるだろう。

 こうなってくると親はいつまでも立ちはだかる障害で、子は自らの立場を脅かす驚異みたいなものだ。


――家族の情もあったものでは無いな。


 そうなれば態々、子供という敵を作る理由も無くなる。

 あくまで自分の想像だし、真相は定かでは無いし、興味も無いので魔人の少子高齢化はさて置き――


――人工生命体……いよいよ、SF感が極まって来た。


「おにーちゃんなら不老不死者による少子高齢化社会がどんな問題を抱えるかなんて想像つくでしょ? その対策で産まれた五十億体のオウラノは閉塞した社会を変える切欠になる筈だったんだよ」


「色々と不満が出たのではありませんか?」


「うん! 不満って言うか暴動になったよ!」


――当然だ。


 自分達と同じ姿をしているが明らかに劣った種族。無知蒙昧で脆弱な存在。

 奉仕種族というくらいだから忠誠心だけは立派なものだったのだろう。

 最初の内は虚栄心を満たすために見下して、その無能さも却って可愛く感じられたかも知れないが、余程の馬鹿でも無い限り、すぐに気付いた筈だ。

 小さなプライドを満たすために老人達から宛がわれた人形でしか無く、与えられた人形を使って権力者ゴッコをして遊んで満足していた事に。

 自分自身があまりにも惨めすぎる。それを自覚すれば自覚する程、怒りは募っていく。


 ――となると、ルカビアン(人間)人間(ヒトモドキ)を憎む理由とは。


「まさかとは思いますが、老人達に対するぶつけようの無い憎しみを人類種に八つ当たりしている……ということですか?」


 ヴァリーが顔を真っ赤にして頭を抱えて俯いた。ビンゴらしい。

 出来れば、この予想は外れていて欲しかった。


「ちっさ……」


「はうあ……っ」


 魔人の所業に対する感想を一言で述べると、可愛らしい悲鳴と共に蹲るヴァリー。

 言っておいてなんだが、気持ちは痛い程よく分かる。

 絶対的な暴力の化身である魔人のやっている事が、まさかの八つ当たりとは。

 こんな器の小さな奴等に自分達の生活が脅かされているなどとは知りたくなかった。


 はっきり言って、今すぐヴァリーに並んで蹲りたくなる。

 ヴァリーに対する精神攻撃になってしまうので、やらないが。


「あの……まさかですが、ルカビアンが人類種を滅ぼさないのって、本気で取り掛かって敗北したらメンタル面で取り返しが付かなくなるから、適当に襲撃したり、攻め方が大雑把というかおざなりになっている……んじゃないかなぁ……なんて、言ってみたりして……」


 答えは、聞くまでも無かった。彼女の羞恥心で震える瞳が答えを雄弁に語っていた。

 魔術、神の加護、魔術兵装次第だが、自分ですら下位の魔人とタイマン張って勝てるくらいだ。

 自分より優れた加護、魔術、魔術兵装を持ち、戦闘能力の優れた人類種だっているに違いない。


「これが……これが人類の仇敵……仇敵? いや、まあ、下位の魔人でも恐ろしいくらい脅威だけど……コレが人類の脅威、かぁ……釈然としないと言うか、何と言うか……」


 だが、友達にはなれる。そんな気がする。彼女に手を伸ばそうとした、その時だった。


「コラコラ、このヴィヴィアナ先生の可愛い生徒を虐めるんじゃないよ、ヒトモドキ風情が」


 クソ失礼なことを言われたが、犬の様に吼えて噛み付こうという気にはならなかった。


 その声の主が美女だったから――では無い。


 彼女は間違いなく美女と言って差し支えない美貌の持ち主だが、そんな事を理由に敵意を無くせる程、間抜けでは無いつもりだ。

 勿論、ボロボロになった真っ白なワンピースドレスを身に纏い、裸足を晒している異様な姿と、血の様に赤い長髪から覗く撫子色の瞳に気圧されたわけでも無い。


 魔人ヴィヴィアナ――、サマーダム大学で見た資料を信じるなら、上位の魔人だ。

 ふざけているとしか思えない程の出鱈目な魔力に、圧倒的な存在感。


 魔人とだって話せば友達になれる。そんな気がしただけで、やっぱり無理な気がした。

 そもそも、原初(フォルメス)の火が使えない、今の状態で上位との接触はヤバい気がする。いや、間違いなくヤバイ。


 さて、この状況、どうすれば生還出来るだろうか。

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