第七話 迷探偵・倉澤蒼一郎
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「兄弟、巨人の足跡を追うって本気か?」
「ええ、基本的に巨人は自分の縄張りから出たり、群れて行動することは無いと言われています。自発的に人里に襲撃するなんて異常でしかありませんが、例外的に縄張りの外に出るケースがあります」
サマーダム大学行きの馬車が次に来るのは二日後。
特にやる事も無い。はっきり言えば暇なので、巨人の生態調査の一つでもやってみる事にした。
此処でネフェルトさんやエルベダ要塞に住む人々の安全の為に――。
なんて言えれば恰好着くかも知れないが、半分は暇潰し、半分は実益のためだ。
思ってもいない台詞を吐くのは憚られる。
「縄張りの外……、動物なんかだと余所から来た強い動物に追い出されたりなんてよくある話だな」
そこまで言って、ヴァレントさんがハッとしたように表情を凍り付かせる。
「お察しの通りです。より強い生物に追い出されて新たな縄張りを探したり、奪い取ろうとするのは巨人も同じということです。だから、巨人は亜人じゃなくて魔物だとか、獣だなんて言われているんですけどね
「倉澤蒼一郎様!」
サマーダム大学で聞きかじった知識で講釈を垂れていると、あまり好ましくない呼ばれ方をされた。
可憐な声のする方へと振り向くと、息を切らして緊迫した面持ちをしたネフェルトさんがいた。
「そ、そう言えば貴族達から敬称で……、それに家名も!!」
エルベダ要塞から脱出する直前、アドルフ・ラーフェンから大声で逃げるように言われた。
あの時点で既に彼女の意識は失われていたかのように感じたが、どうやら聞こえていたらしい。
ヴァレントさんは今の今まで忘れていたようだが。出来ればそのまま忘れていて欲しかった。
「数々のご無礼、大変失礼致しました!」
自分が言い訳をするよりも早く、ネフェルトさんが土下座した。本気で勘弁して欲しい。
「誤解です! 誤解ですから土下座なんて止めて下さい!」
彼女に駆け寄り、肩を抱き、手を取り土下座を止めさせる。
「自分の出身国は帝国と違って平民にも姓があります! 倉澤の姓だって皇室、公家、摂家に何の関わりも無い普通の平民の名前です! 帝国では貴族と勘違いされることも少なくありませんし、貴族と平民、都合の良いように使い分けることもありますが……」
「ですが……」
「良いですか? ネフェルトさん。貴女は自分に無礼なことは何一つとしていません。それに昨晩はネフェルトさんの給仕のお蔭で楽しく過ごすことが出来ました。サマーダム大学に預けている家族と合流したら、ソウブルーに帰る前に、貴女のいる店にもう一度、立ち寄りたいと思えるくらいに楽しい時間でした」
――矢張り、貴族の真似事なんてやっても、平民に萎縮されるばかりで碌な事になりやしない。
外国の貴族という体裁を取っておけば、帝国の王族や貴族からの余計な介入を未然に防ぎ、寧ろ、協力を要請することが出来る――。
それがカトリエルの言い分だったが、今の所、利点らしい利点は得られていない気がする。
「さ、ネフェルト、もう良いだろ? 兄弟だって問題無いって言っているんだ。大体、お前が無礼だったら、俺なんかどうなるんだ? 珍しい同性の同年代で酒が好きそうな雰囲気してるってだけで兄弟呼ばわりだぞ? 兄弟が貴族だったら昨晩の時点で赤い血の分際でってぶった斬られてる」
ヴァレントさんが悪びれる素振りを見せること無く肩を竦める。一応、馴れ馴れしいという自覚はあるらしい。
「そういうことです。お二人が自分を温かく出迎えてくれて嬉しかったですよ。さ、大丈夫ですから立って」
彼女の腰に手を回して抱き上げるようにして立たせる。セクハラっぽいが役得ということにしておく。
「では、自分は巨人の縄張りを探って来ます」
役得を楽しんだ分、仕事に励むことにする。
仮に巨人が縄張りを追われるようなことがあるとしたら、巨人以上の脅威が潜んでいることを意味する。
自分でもすぐに思い付く脅威は四つ。
ドラゴン、魔人、邪神。
ドラゴンなら原初の火が使えなくても問題は無い。
レーベインベルグなら龍の鱗にも対抗出来る。何なら精霊兵器の直接召喚でぶち殺せる。
魔人が相手なら仕方が無い。
ソウブルーに逃げ帰り、メイス移送の報酬で魔力を充填してから出直すしかない。
邪神の類が相手なら顕現するための媒介を探し出して破壊すれば良い。要は邪神ガエルの時と同じやり方だ。
巨人の並外れた生命力は生半可な攻撃では殺し切ることは出来ない。
死にさえしなければどんな重症でも一夜で完治する程の自己再生能力を持っている。
だが、受けた傷を瞬時に再生し、灰になるまで戦闘を続行出来る程、出鱈目な能力はしてないらしい。
ましてや全身から魔力光を放ち、手足などの斬り落とされた器官を武器に変異させるような力も無い。
と言うか、巨人は魔力との相性が絶望的に悪い。
聞きかじりの知識でしか無く、生態を熟知出来る程、巨人との戦闘経験が無いのも事実だ。
しかし、巨人自体の討伐事例自体は非常に多く、それらの経験は知識としてサマーダム大学の蔵書に蓄積されている。
自分の巨人知識はそれらの資料が由来となっている。
その上で、あの巨人の群れが真っ当な巨人で無いと自分は断言する。
恐らく、間違っていない筈だ。
其処で思い当たるのが第四の脅威――、人間だ。
まず、この世界には日本で言う様な基本的人権というものが存在しない。
例えば、隊商を襲う野盗といった犯罪者は殺害、私刑が推奨されている。
更に虐待される亜人、獣人、収監された異教徒が拷問にかけられ獄中死することも珍しくない。
頭の螺子を母親の子宮の中に落として来たような輩が、巨人という適正生物に情けをかける筈が無い。
体の良いモルモットだと狂喜乱舞して、妙な生体実験に没頭する頭の良い馬鹿共がいても不思議では無い。
この世界にそれ程の技術力があるのかという疑問が無いわけでは無いが、足りない部分は神の奇跡やら、魔術的な手法で解決している可能性がある。
だが、問題の根本原因が人間なら話は簡単だ。殺せば仕舞いだ。しかも殺すのが一番簡単ときている。
権威のある人間なら恐ろしく業腹だが、バーグリフに密告して合法的に始末してもらえば良い。
巨人の変異からしてドラゴン・魔人の力に依る淘汰は、まずあり得ない。
邪神の干渉か、人間の狂気の二つに一つ。どちらにせよ魔人で無ければ対処は簡単だ。
それに今回の一件に魔人が関わっているなんて事は流石に無いだろう。
根拠は無いが、自分の行く先々の殆どに魔人が関わっているなんて流石に出来過ぎだ。
呪われていると言うより、最早、コントだ。
バーグリフ曰く、自分はそういう星の元に生まれたなど口走っていたが、そんなジョークは御免蒙る。普通に考えて有り得ない。
「あ、あの、倉澤の旦那様……?」
巨人の足跡を伝い山奥を目指して歩を進めようとすると、ネフェルトさんが遠慮がちに声をかけてきた。
「外国の方なら、辺りの山は慣れていないですよね? 私なら案内できます。一緒に連れて行ってもらえませんか?」
どうしたものだろうか? 土地勘が無いのは事実だ。
それに山歩きに慣れているというわけでは無いし、巨人の足跡だけが道標というのは軽率かも知れない。
だが、危険が無いというわけでは無い。
伺いを立てるようにヴァレントさんに目を向けると「コイツなら山菜採りで山に登り慣れているし、案内役には丁度良いかもな」と得意気に言った。
「そういう事でしたらお言葉に甘えましょう……か?」
それに巨人の足跡を辿ったところで見つかるのは無人化した縄張り程度の筈だ。
運が良ければ巨人を改造した人間の痕跡が見つかるかも知れない程度だ。
権威的な人間の手である可能性も考えてたがが、ラーフェン家の当主と、トリエンナ家の御曹司を襲って尚、権力で押し潰せるだけのマッドサイエンティストがいるとは考え辛い。
バーグリフはソウブルーの復興に貴族達から金を毟り取る気でいる。
少なくとも現段階では、バーグリフがこんなことを命じるとは思えない。
バーグリフが損失を受けて喜ぶとすればオライオンの関係者だ。
リディリアさんに聞いた話ではトリエンナ家はオライオンのシンパだ。となるとオライオンの関係者という線も外れる。
バーグリフとオライオンの両方を敵に回すことが出来る人間、つまり気違いである。
しかし、気違いとは言え、知性のある人間だ。現場に証拠なんて残す程、迂闊なことはしないだろう。
つまりだ。今からやる事は可愛い女の子を連れて山の中を宝探しというわけである。
運良く事件に繋がる物証が見つかったら、サマーダム大学に投げる。
もしくは錬金材料としてカトリエルに引き渡してしまおう。適当なノリで決めたことだが、存外悪く無さそうだ。
「では、お手を拝借。それじゃあ行きましょうか」
「あ、あの……! えっと……その……!」
ネフェルトさんの手を取り、先を促すと案の定、彼女は赤面して戸惑ったような表情を浮かべた。
自分の手をキュッと握り返して力を弛めないところを見ると嫌がってはいないようだ。
――初々しい反応が実に良い。
横目でヴァレントさんの方を盗み見ると、彼は満面の笑みで親指を立てた。ご家族からも許可を得られたようだ。
彼女は婚約を反故にされた挙句、巨人に襲われているところを見捨てられた。
男に付けられた傷は、男が癒せば良い――。
エルベダ要塞で彼女の自由恋愛を応援する人々は、地域性か、世代のせいか定かでないが、男女共にセクハラ発言が口説き文句として成立すると考えている節がある。
そして、ネフェルトさんは非常にそれを嫌がっている。
――と言うことはだ。
「こうしてみると何だかデートみたいですね」
「はひっ!?」
二十歳を過ぎた自分が言うには尋常じゃ無く青臭過ぎる台詞だが、彼女にとっては遅れてやってきた青春だ。
若い男女が普通にやっているようなことでも、彼女にとっては新鮮に感じるだろうし、気晴らしにもなる。
後は自分が彼女を楽しませてあげれば良いのだ。
手を繋いで歩くだけでも意外と楽しいのは胡桃さんとの散歩が証明している。
そう考えると巨人の縄張り跡はちょっとした刺激的なアトラクションとして役立ってくれるかも知れない。
初々しく驚く姿を見せてくれる彼女を見ていると、是が非でも楽しませてやろうという気にもなる。
「倉澤さんっていつもこうなんですか?」
「そうですね。何故か、行く先々で巨人だとか、ドラゴンだとか、謀略だとか……。ちょっと手に負えないことに巡り合わせることが多いかも知れません。近々、厄払いに行こうかと思っているのですが、何処か良い場所知りませんか?」
ネフェルトさんの視線が彼女の手を握る自分の腕に刺さる。まるで女たらしのように思われているようだ。
こういう事を否定するとますます女たらしのように思われそうなので、わざと論点のずれた返事をしておく。
後は彼女に回答を求めれば有耶無耶に出来るというわけだ。
「厄払いですか……」
案の定、ネフェルトさんは真面目に考え込む。
きっと頭の中では厄払いに最適なスピリチュアルスポットが駆け巡っていることだろう。
誤魔化すことが目的の質問だったが、神様が実際に存在する世界だ。意外と良い所があるかも知れない。
「ええ、良い場所があったらお礼に……そうですね。どんな依頼でも一度だけ無料で引き受けますよ! あ、ギルドには内緒ですけどね」
「あはは、悪い人見つけちゃった。大人の人なのに」
唇の前に人差し指を立ててお道化て見せると彼女が声をあげて笑った。一回笑えたならもう安心だ。
道化た甲斐もある。後は普通にしていればその内、元気も湧いて来ることだろう。
周囲に危険が無いか気配を探りながら、巨人の足跡を辿っていく。
時折、足跡の近くに収穫に適した山菜が見つかり、彼女は「巨人も悪いことばかりじゃないですね」と無邪気に破顔して目印を立てて行く。
後から山菜採りに来た要塞の人たちの負担を減らすための工夫と相互扶助という奴らしい。
それにしても彼女の体力は中々凄まじい。山中の獣道を歩き始めて、体感時間で一時間。
彼女は着かれた素振り一つ見せず、呼吸も落ち着いたままで汗一つかいていない。
自分と繋いだ手は弱るどころか、彼女のテンションに比例して力強くなっていく。
冒険者としてもやっていけそうな身体能力だ。
――山菜採りは要塞に住む女達の仕事の一つで、歩き慣れていると言うだけのことはある。
「ここって道になってたんだ……」
山道から外れて木々の奥を抜けていくと切り立った崖が聳え立つ場所に出る。
寒々しい壁面の随所には青々とした木の葉が申し訳程度に。
それまで規則的な歩幅で残していた足跡が途切れている。
「と言うことは……」
木の葉の向こうにある樹木を狙って斬撃を放つと、ひらひらと木の葉が舞い散り、裸になった細い木が軽い音を立てて倒れた。
倒れた木の先には短いトンネルがあった。地面には途切れていた巨人の足跡が続いていた。
「カムフラージュも兼ねた天然自然の扉ですか。行ってみましょう」
「はい。何だかワクワクしますね」
「恐ろしい巨人の縄張りの入り口を、そんな風に思えるなら冒険者に向いているかも知れませんね。その気があるならギルドの紹介状書きますよ」
「興味はありますけど、ちょっと怖いですね」
「今日のところは自分がいますから安全ですよ。少しスリルは足りないかも知れませんが」
思い付きで言ってみたことだが、ある意味、彼女はソウブルーに引っ越して冒険者になった方が良いかも知れない。
恋人を探すなら人口が多いソウブルーの方が適しているし、今の下級冒険者の仕事はオライオンとグァルプに破壊された区画の復旧作業が大半だ。
安全で、しかも一般人よりも段違いに稼げる。
余計なお世話かも知れないが、ヴァレントさんに話すだけはしておいても良いかも知れない。
彼女の手を引き、通路の先から差し込む光を目指して先を進む。
時折、泥濘に足を取られてバランスを崩したネフェルトさんが自分の腕にしがみ付く。
柔らかい双丘に腕が挟まれて思わず、気が緩みそうになる。
――いかんいかん。跡地とは言え、一応は敵地だ。気を引き締めよう。今更な気がしなくも無いが。
トンネルを通り抜けると半径二百メートル程あるドーム状の窪地に出た。
窪地の中心には木材が小屋のように組まれている。所々が炭化していた。
自分の知る物とはスケールが違い過ぎるが、恐らく焚火の跡だ。
焚火を取り囲むように、長さ二メートル前後の骨がサークル状に敷かれている。
――何の骨だろうか?
ソウブルー要塞の入り口で見かけたサーペントドラゴンの骨並の大きさだ。
太さや見た目の頑強さはサーペントドラゴンに頭二つくらい劣りそうだが。
サークルの外には複数の骨と大きな皮を、植物の蔓で結び付けた原始的な収納ボックスが複数並んでいる。
中は生肉が詰め込まれていた。何の肉かは――地面には人骨が無造作に転がっている――考えないことにした。
「では、巨人の縄張り見学と洒落込むことにしましょうか!」
第一目標は巨人達が変異した原因、手がかりを掴むこと。
第二目標は巨人が本能的に蒐集した財宝を根こそぎ頂戴すること。
素人の自分には第一目標を達成するのは到底不可能だ。
何が手がかりに繋がるか分からないのだから仕方が無い。
怪しい物を片っ端から持っていくにしても骨も、焚火跡も、謎の生肉が収納されているボックスも、何もかもが怪しく見えてしまう。
「あの、倉澤の旦那様。これは何でしょう?」
だから、巨人の縄張りの中に明らかに人間が使うサイズのテーブルとチェアがあるなんてことは無い。
ましてや、テーブルの上を指差すネフェルトさんが見つけた物がメモリースティックであるはずが無い。
プラスチックの外装に金属端子。
流石に地球とは規格が違うようだが……これを造る技術がこの世界にあるとは思えない。
技術革新の方向性が地球と違い過ぎるからだ。
「一応、持って行きましょうか……。手がかりにはなるでしょうから」
現実逃避をしたいところだが、そうは問屋が卸さない。
地球のニュースで兵士の脳内にコンピューターと通信可能なチップを埋め込み、脳細胞の電気・科学信号の送受信を可能とする実験が進められているという記事を読んだことがある。
脳波だけでPCを操作したり、他者とテレパシーで意思の疎通を行うだけでは無く、脳内通信でドローンや戦車を制御することが出来るようになるらしい。
「……まさかね」
「どうしました?」
「いいえ、何でもありませんよ」
巨人に外科的手術を施し、メモリースティックを挿入し、中に記述されたプログラムによって肉体を変異させ、本来の生態とは大きく異なる行動をさせる――怖気が走る程、荒唐無稽だ。
邪神の気紛れで頭の中をかき回されたと言われた方がまだ信じられる。
「幸い、数は多いようですし、様々な分野の専門家に調査を任せられそうです。誰か一人くらいは真相に辿り着いてくれるでしょう」
――期待は出来そうにないが。
これを読み込むことが出来るPCやそれに近い機械がこの世界の何処かに存在するはずだ。
自分にそれを探す機会や、触れる機会があるかどうかは定かでは無いが……。
本当、厄ネタに事欠かない世界だと言わざるを得ない。
「さ、気を取り直して巨人の財宝を頂いていくとしましょうか!」
無理矢理、意気揚々とした声をあげて、それっぽい場所へと踵を返す。
せめて財宝だけでも良い感じの物がありますようにと。
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