第三話 エルベダ要塞
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サマーダム大学行きの馬車に乗って最初の夜が訪れた。
最初の夜。
まだ初日だ。
兎に角、時間が経つのが遅い。ただただ遅い。
原因は言うまでも無く、ラーフェン家とトリエンナ家による馬車の中の冷戦だ。
牧歌的な馬車の小旅行は、犯罪者を移送するバスに似た、独特な空気に支配されている。
先日のオライオンのソウブルー襲撃から始まり、溜め息が五月蝿いだのとみみっちい理由に加えて、更には『三百年前の金融危機の窮地を救ってやった恩を忘れたのか』等々、付き合いも歴史も長いとだけあって口論のネタは尽きないらしい。
それだけなら『やーいやーい! バカ貴族ぅー!』で済む話だが、武装は貴族のたしなみだ。
トーヴァーさんと初めて会ったとき、自分が貴族では無いと判断した理由が非武装だったからと言った訳が納得出来る程、彼等は重武装だ。
一見すると宝飾品にしか見えない悪趣味な巨大な宝石のアレコレ。それは漏れ無く、魔術兵装の魔石で、時折、相手を威嚇するかのように魔力光が輝きを放つ。
彼等が身に付けている魔術兵装にどんな魔術が組み込まれているかは定かでないが、魔石のサイズから察するに狭い馬車の中でぶっ放そうものなら、巻き添えになって死傷者が出てもおかしくはない。
どうにかこうにか揉め事を仲裁しつつ、奇跡的に流血沙汰が起きること無く日は沈み、馬車は要塞と見紛う程の堅固な壁に囲まれた山村で足を止めた。
「貴殿はエルベダ要塞は初めてかね?」
自分が田舎者丸出しの表情で茫然と眺めていると、それまで仏頂面を浮かべて不機嫌そうにしていたアドルフ・ラーフェンが気を良くしたかのように声を張った。
微妙に見下した眼をしている。無知な若者に知識を披露するのが楽しくて仕方が無いといった様子だ。
「ええ、以前にサマーダム大学に訪れたのは隊商護衛を兼ねていました。道中も野宿ばかりでしたので要塞があること自体存じておりませんでした。不勉強で情けない話ですが」
エルベダ要塞――、確か千年前に帝国がソウブルー地方一帯を平定する際、土着のオーク族を撃退するために建設した七つの要塞。その一つがエルベダ要塞だったはずだ。
サマーダム大学の文献を読んで知ったことだが、魔人との関わりは特に無かったので、斜め読みして知った程度の知識しか無く、ご機嫌取りも兼ねて全く知らないという体裁を取っておく。
「ほう……そうであったか」
アドルフ・ラーフェンは上機嫌にニィと笑って、エルベダ要塞の成り立ちについて語り出したが、目新しい情報は殆んど無かった。
千年前とは言え、帝国の建築技術は素晴らしいだとか、今はラーフェン家を中心としたソウブルーの大貴族の寄附金によって維持がなされているだとか、今は青い血のために存在しているも同然であり、要塞の住人達は貴族に尽くすのが義務だとか、面倒臭いことを言い出す有り様だった。
本当にどうでも良い話ばかりだったので、アドルフ・ラーフェンの言葉を右から左に聞き流しているとトリエンナ家の青年が「帝国まで足を伸ばしてごますりとは、外国の田舎貴族はプライドというものが無いらしい」と言い放った。
アドルフ・ラーフェン以上にどうでも良いので、聞き流しておく。
「貴殿には小蝿の言葉は難しかったかね?」
「なんだと……!?」
本来なら自分の態度は無礼極まり無く、場合によっては無礼討ちにされても不思議では無い。
しかし、この場に至っては自分の発言や態度、行動はこの二人の言い争いのダシにしかならない。
自分をそっちのけにしてヒートアップする二人を尻目に宿を見繕うことにする。
彼等が近付きそうに無い建物は無いだろうかと視線を巡らせると、外観が古く、簡素でありながら地元民らしき人達が集まっている建物を見つけた。
――あそこなんて良いかも知れない。
食事も出来そうだし、何より建物周辺の景観からして貴族が寄り付かなさそうな所が気に入った。
――後はこの場を離れるタイミングか。
無言で勝手に離れたら明日以降のアドルフ・ラーフェンの相手が面倒になる。
「行くぞ、小蝿の相手をしていては夜が明ける」
タイミングを見計らっていたら、何故か自分も同行する体になっていた。
俺はアンタの従者じゃねーですよー?
「いえ、自分は要塞の中を散策しようと思います」
「何ぃ?」
案の定、アドルフ・ラーフェンが眉間に皺を寄せて怒りを露にしたので、彼の言葉を遮り、先程の説明が非常に素晴らしく、ラーフェン家によって今尚続く、エルベダ要塞に刻まれた伝統と歴史をこの目で触れ、要塞に住む人々と触れ合うことで、その素晴らしさを直に体験したいと回りくどく大袈裟に伝える。
すると彼の機嫌は怒りから、やや不機嫌程度に収まった。
「逃げる気か、貴様!」
トリエンナ家の青年が怒鳴る。逃げる気では無い。既にその時は過ぎ去った。
誰から何を言われようとも自分は逃げるのだ。今すぐに。
「人を動かしたければ人の言葉を喋るのだな。トリエンナの小蝿よ」
言い争いを始める二人に黙礼して踵を返す。
明日の朝、二人揃って死体で発見されてしまえば良いのに。
――いっそのこと寝静まったタイミングで二人まとめて暗殺してしまおうか。
取り合えず、馬鹿貴族二人のことは頭の片隅に押しやり、目星を付けていた建物に足を運んでみる。
開放的なオープンテラスは夕飯時ということもあり、中々の賑わいを見せている。
客の身なりもソウブルーの居住区と大差無く、正に普通の人といった様相だった。
「あの……」
頭巾とエプロンを身に付けた栗毛の少女に声をかけられた。少し戸惑っている様子だった。
恐らく、礼服と背中に差した装飾華美な魔術兵装のせいで貴族と勘違いしているのだろう。
周囲の客もどことなく気まずそうに声を潜めて目配せをしている。
流石はドワーフが信仰する神の剣の名を冠するだけの事はある。実用性は当然のこと、芸術品としても一級品らしく、所有者である自分を貴族と勘違いさせる程の威光を放っている。
――あの馬鹿貴族達と同道しているだけで貴族扱いされた挙句、腫物扱いされるのは業腹だが。
「どうも、こんばんは。食事と宿泊が出来る場所を探しているのですが、此方で宜しいでしょうか?」
「あ、はい……だ、大丈夫です」
極めて友好的な笑顔を向けたつもりだったが、返って来た反応は、困惑と戸惑い。
あまり良いリアクションとは言えなかった。
『蒼一郎さんが凄く丁寧にしていたから、あの人たち緊張しちゃってましたよ!
多分、蒼一郎さんのことを何処かの貴族だって勘違いしたんじゃないんですか?』
ソウブルーに辿り着いたばかりの頃、リディリアさんにそう言われたことをふと思い出した。
生憎と丁寧な言葉遣いをする貴族と出会ったことは無いが、この口調が貴族と勘違いされてるなら、こう言えば良いのだ。
「馬車でラーフェン家のご当主様や、トリエンナ家の御曹司と一緒になりましてね。一介の冒険者にとってはドラゴンと戦う以上の予期せぬ大冒険という奴でして!」
「冒険者の方、ですか?」
少女が安堵したように溜息を吐いた。だが、微妙に失望の色が混じっている気がする。
「ええ、少しでも多く依頼を受けられるようにとマナーを身に付けてみたのですが、付け焼刃では本物の貴族様のようにはいきませんね!」
気まずそうな作り笑顔を浮かべるとナイスなタイミングで腹の虫が鳴った。
「腹も減ったので、こうして伺った次第ですが、お店で、良いんですよね?」
「あ、えっと、大丈夫です。お店です」
「それは良かった! 違うって言われたら顔を真っ赤にして逃げ出さなきゃいけないところだった!」
「あはは……お客さまを逃げられなくって良かったです」
少女が口元を抑えて柔らかく微笑みを浮かべた。
まるで絵に描いたような素朴な田舎の少女の雰囲気に心が癒される。
「はい、こちらにどうぞ。ご注文はお決まりですか?」
「折角の知らない土地ですから、この土地の食事と酒を頂けますか?」
「かしこまりました。すぐに美味しいの用意しますね!」
少女は笑みを絶やすこと無く、店の奥に小走りで駆けていった。
その背中を見送り、丸型のテーブル席に腰を下ろす。
一人だと何と無く手持ち無沙汰で、煙草とスマホが恋しくなる。
徐々に喧騒を取り戻す客達を眺めていると、地元民と思われる二十歳前後の青年が酒瓶を抱えて此方に向かってきた。
「よう、兄弟。ここは空いてるかい?」
「ええ、一人で退屈していたところです」
「そいつはいけないな。まずはやるかい?」
青年は大袈裟に肩を竦めて、朗らかな笑みと共に透明な酒瓶を突き出した。
瓶の中で琥珀色の液体が静かに揺らめいている。
「では遠慮なく」
受け取った酒瓶を煽り、喉を鳴らして琥珀色の液体を胃に流し込む。
喉と味覚を刺激する酸味とは裏腹に、バニラの芳醇な香りが鼻孔を抜けていく。
「面白い口当たりだけど、美味いですね」
「だろ? 兄弟が――」
「蒼一郎ですよ、相棒」
「蒼一郎。ああ、分かった。ヴァレントだ」
「承知しました。それで自分が?」
「ああ、ネフェルトに地酒注文しているのが聞こえたからよ、まずはこれを呑ませてやろうと思ってな」
「お心遣いに感謝します、ヴァレント。それでネフェルトというのは先程の可愛らしいお嬢さんの名前ですか?」
「可愛らしいお嬢さんと来たか。気に入ったかい?」
「仕事と婚約者がいなければ口説いていました。確実に」
ヴァレントは得意気に笑った。まるで自分が誉められたかのようだ。
悔やまれることだが、彼女を口説いていられる程の余裕は本当に無い。
『輿入れを求めてきた家の中に良さそうな娘がいれば娶って良いわよ?
外国人でも貴族なら妻が数人いるのが普通だし、ましてや龍殺しなら文句も言われないわよ。
魔人殲滅の目途が立つまでは私のことは正妻として扱ってもらう必要があるけれど』
以前、カトリエルから言われた台詞だ。
尤も、その時は人避けが目的で婚約者という立場を選んでいたに過ぎない。
「ンだよ、誓約済みかよ?」
ヴァレントが至極残念そうに肩を落として溜め息を吐いたかと思うと、やけくそ気味に酒瓶を煽る。
彼にどういった思惑があったか知らないが、つい今朝方、カトリエルに『君は俺の側にいろ』なんて言ったばかりだ。
言った矢先に十日も家を留守にした挙句、外で女を作って来ました――、というのは不義理が過ぎる。
「どうしたんですか、相棒? あんなに可愛らしくて、清純そうな娘なら引く手数多でしょうに? ソウブルーを行き交う男の九割が求婚を申し出たって言われても納得出来る程ですよ」
そんなことを話しているとテーブルの上に大皿と酒瓶が乗せられる。話題の少女ネフェルトだった。
「お待たせしました! エルベダ盛りと、オークニクスの十二年です!」
どうやら自分達の話は彼女には聞こえていなかったようだ。
――別に聞こえていても問題なかったんだけど。
それは兎も角、素朴な木製の大皿には山菜と色鮮やかな野菜を下敷きに、芳ばしい香りの炙り肉が脂の弾ける音を立てる。
現代風に言えば、フォトジェニックな盛り付けだ。この場に胡桃さんがいないのが非常に悔やまれる。
「要塞の周辺で採れた旬の山菜と野菜、今朝加工したばかりの新鮮な地鶏をグリルして、三年熟成させたヤギチーズのミートソースで仕上げました! 濃厚なソースに合わせて香りと飲み口が濃厚な十二年をご用意させて頂きました!」
気恥ずかしさがあるのか、ネフェルトは朱に染めた顔に笑みを浮かべ、早口にまくし立てた。
はじめてのおてつだいみたいな雰囲気がして、とても可愛らしい。
「どういう風の吹き回しだ? いつもは、そんな事言ってないだろ?」
「お兄ちゃん、うるさい」
「お兄ちゃん、ですか。成る程、そういうことでしたか」
「あ、あの……兄が何か?」
「ああ、いえ、とても妹想いのお兄さんだと思っただけですよ。ご心配されるようなことは何も」
「妹、想い?」
怪訝そうに首を傾げ、訝しげにヴァレントを半眼で睨むネフェルト。
その視線から逃れるようにして彼はわざとらしく「あっはっはっはっは!!」と笑い出す。
「ああ、まあ良いじゃないか。ほら蒼一郎さん、美味いぞ。呑めよ」
そう言って、彼はグラスに溢れ出さんばかりに注がれた瑠璃色のオークニクスを一滴もこぼすこと無く、器用に自分の前に差し出した。
酒を瓶でラッパ飲みするだけあって吞兵衛好みのサービスというものをよく分かっている。
胃の中に流し込むと濃厚な甘味が口の中に広がり、喉が焼かれるようなウイスキーにも似た熱が胃の中に流れ落ち、キャラメルのような香りが鼻孔をくすぐる。
「うん、これは美味いな」
と言うか、この世界は美味い酒が多い。反面、煙草の質は大変よろしくないが。
「あ、あの、兄に付き合って下品な飲み方をしなくても良いんですよ!?」
彼女はヴァレントから酒瓶を奪い取り、乾いたグラスの半分程オークニクスを注いだ。
赤面しているのは照れか、怒りか。どちらにしても彼女の可愛らしさを損なうものでは無かった。
「ありがとうございます。ですが、たまには地元住民に合わせて大雑把に呑むのも悪くありません」
第一、呑み方が下品で汚らしいのは素だ。
尤も、彼女のような可愛らしい少女に「酒瓶ごといきますから、グラスは要りませんよ」などと口走る勇気など持ち合わせてはいないが。
「そんな風習ありません。おおらかな人が多いのは見てのとおりですけど」
他の客席を眺めると申し合わせたかのように酒瓶を片手に乾杯をして、らっぱ飲みする男衆。
多分、聞き耳を立てていたんだろう。ノリの良さと連帯感の強さに感心する。
「ち、ちがうんです。本当に。いつもは、こんな感じじゃなくって……」
しどろもどろになりながら諸手を挙げる。ご立派な双丘が激しく揺れる。
まるで頭を鷲掴みにして無理矢理見せ付けられているかのように視線を釘付けにさせられる。
「おい、ネフェルトがデカパイで旅人を誘惑してるぞ!」
「あの娘も年頃じゃけぇ」
「ついにネフェルトも一人前の女の仲間入りか! 赤ん坊だった頃はおしめを替えてやったこともあるんだがなぁ」
店内のあちこちからセクハラ発言が飛び交う。
牧歌的と言うか、大衆居酒屋のおっさん客的な感じだ。
自分を貴族と勘違いして警戒心を露にしていたのが嘘みたいだ。
「ちがうんです。ちがうんです……本当なんです。外からお客さまが来ると、ついハメを外して「ハメハメしまっす!!」」
最低である。そういうノリは嫌いじゃないが。
「このノリについていくにはボトルを二本くらいは空けないと難しそうですね」
「ついていかなくて良いと思います」
頭を抱えていると彼女が心底申し訳なさそうに言った。
「ああ、そうだ。今日、泊まる所を決めてないのですが、空き部屋はありますか?」
「では、一部屋ご用意しますね! あの、お名前は?」
「えーと……ソウブルーの蒼一郎です」
フルネームでは貴族と勘違いされてしまいそうだ。
姓の無い下民や平民が出身地を姓代わりに使っているのを倣って、貴族扱いが不都合なときはこう名乗ることにした。
「わあ! 都会の人なんですね!」
ネフェルトが感心したかのように喜色を浮かべる。
元の世界の、東京に憧れるみたいな、そういう年頃なんだろうか。
「あ、いけない! すぐにお部屋を確保しますね!」
そう言って彼女は再び、店の奥へ駆けて行く。
その途中で「都会の男と熱い夜を過ごすのかい?」なんて中年の女性にからかわれていた。
――気風なのかも知れないが、少し……いや、かなり執拗だな……。そういうものか?
そう思っているとヴァレントはおもむろに立ち上がり、わざとらしく咳払いをした。
するとテラス席にいた人達がしんと静まり返って注目した。
「みんな聞いてくれ。こちらの旦那。ソウブルーの蒼一郎さんには既に婚約者がいるそうだ。だから、後は普通にしていてくれ。せっかく協力してくれたのに、すまない」
ざわめく客席。失望が浮かんでいる人もいた。
特に彼女に執拗なセクハラをしていた中年連中は何が残念だったのか深々と溜め息を吐いて中年の女性に至っては「あの子が不憫でならないよ」と洩らす程だった。
「これは一体……どういう状況なのですか?」
「あ、ああ。悪いな蒼一郎さん。今説明する」
話を聞くとトリエンナ家の当主にネフェルトが見初められ、長男のアルキスに嫁ぐように命じられたらしい。
基本的に平民や下民は貴族の命には逆らう事は出来ない。社会がそういう風に出来ている。
「貴族様達に恨みがあるってわけじゃないんだ。安全な要塞の中で楽しく、気楽に生活をさせてもらっている。平民や下民が貴族に尽くすべきって主張も当然だと思っているし、納得もしている」
不本意な婚約ならラーフェン家の当主ルドルフを焚き付けて、ご破算にしてやろうかと提案すると彼は首を横に振って否定する。
とは言え、貴族を擁護しつつも、その表情は不満が見え隠れしていたが。
それを指摘するとヴァレントは苦々しげに口を開いた。
「ネフェルトに嫁入りの話が来たのは今から三年前、アイツが十四歳の時だ。青春を謳歌する年頃にそれだ。当然、要塞の中にいる若い男連中で、アイツに手を出せる勇気や度胸のある奴はいない。俺の妹は十七にもなって恋の一つも知らないのさ」
思わず「あの顔と身体で?」と聞き返してしまう。
彼は暗い表情を破顔させて「そうだ。あの顔と身体でだ」と言ってニヤリと笑った。
「四人目だか五人目の妻だからか知らんが、三年もほったらかしにされたんじゃ不憫にもなる。さっき、アンタが来たのもトリエンナ家の遣いだと思ったんだ」
「ああ、それで」
自分がただの冒険者だと知って彼女が微妙に寂しそうな表情を浮かべた理由が分かった。
一方的な婚約であっても不本意なことでは無く、寧ろ、三年放置されてもトリエンナの御曹司が、白馬の王子様が迎えに来る日を未だに心待ちにしているのだ。彼女は。
――確かに不憫な話だ。
「事情は分かりました。しかし、あのセクハラ紛いの言動の数々が協力とは一体?」
「不憫に思った大人たちがな、ネフェルトが好きな人と結婚するのは無理だけど、普通の恋愛を楽しむ権利くらいはあっても良いんじゃないかってな。それが流れ者と一日限りの恋だとしてもだ」
地域や世代が変われば、口説き方や引っ付け方も変わる。
しかし、セクハラ三昧に嫌気がさして、反抗期と合わせて周囲に反発するあまり、清純で純情な娘になってしまったということだろうか。
――逆効果にも程がある。
「エルベダ要塞の立地からして流れ者の大半はサマーダム大学の入学を目前に控えた、真面目な平民じゃないんですか? 勉強ばかりで女性慣れしていなかったり、女性に幻想を抱いているような感じの」
どうやら図星らしく、彼は押し黙ってしまう。
ネフェルトのような少女には朴訥としたタイプの男が似合うと思うが――。
煮え切らない男女の後押しと、セクハラの区別が付いていない中高年では上手くいくものも上手くいかない。
「彼女が普通の恋愛を楽しめないのはトリエンナ家の問題では無く、周囲の問題では?」
「みなまで言うな……薄々気付いちゃいたんだ……」
「彼女のあからさまな態度を見て、やっと薄々ですか」
全くもって不憫な話である。
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