第十三話 魔都
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力づくでもブリジット・ヴァラスを帰らせるべきだった。
校舎の中に入った瞬間、強烈な後悔に苛まれた。
「何これ……? 何なのこれ……! どういうことよ!?」
自分達を出迎えたのはオラツィオ、フィリウス・アウクセン。二人の少年の既に事切れた姿だった。
二人の背中に拳大の刺し傷があった。貫かれて尚、這って進んだのだろうか。十メートル程の長い血痕が続いている。
オラツィオがフィリウス・アウクセンの手首を握り締めていた形跡があった。
立ち上がることが出来ずとも、何がなんでも二人で逃げ出してやるのだという決意の残骸があった。
二人の表情に諦めは無く、生き延びようとする必死の形相が浮かんでいた。
「二人とも……、来るのが遅くなってすまない。苦しかっただろう……。辛かっただろう……」
帝国に来て初めて知人が命を落とす姿を目の当たりにした。
それも年端もいかない子供がこんなにも無残な殺され方をした。
沸と身体の奥底から怒りが――、耐え難く、抑え難い怒りが込み上げてくる。
「誰だ……! 誰がやりやがった!! 二人を殺したのは誰だ!? 居るんだろう!? 出て来やがれッ!!」
アンデッドの仕業では無い。アンデッドなら、もっと無感情に、機械的に人を殺す。
放っておいても死ぬような傷を受けていようと、生きているのなら確実なトドメを刺してから次の人間を襲う。アレ等はそういう習性を持っている。
確実に意思を――、生きる価値の無い程の悪意を持った者の仕業だ。
彼等に酷い傷を負わせ、這って逃げる様を嘲いながら見ていたのだ。
――見つけ出さなければ、こんな悪意を持った者は見つけ出して殺さなければ。
「だ、誰かいるのか……?」
瓦礫の奥からよろめきながら現れたのはゴドウェン・ゼリマノフ学長だった。
「ゴドウェン学長! この状況は一体、何なのです? サマーダム大学で何が起こったのですか?」
「緊急事態だ……」
彼はうわ言のように呟いて自分達に背を向けた。
「お待ちなさい!! この二人はこの大学の、貴方の教え子でしょう!? この二人の子供の傷ましい姿が貴方には見えていないのですか!?」
「二人とも此方に来なさい。これは異常事態だ……」
「行きましょう。倉澤蒼一郎殿。泣く事も悔やむ事も後からでも出来ます」
そう言ってブリジット・ヴァラスは、気丈にもゴドウェン学長の後を追った。
釈然としないが殺された生徒は彼等だけでは無いらしく、視界の端々に事切れた生徒や研究者の亡骸が映る。
校舎の中も破壊され、地震だけでは無く、魔術を伴う戦闘によって破壊された形跡もあった。
それに校舎の中心に浮かぶ光球。突如として大学の敷地内に現れたアンデッド。
言われるまでも無く異常事態であることは間違いない。
――何が起こったって言うんだ……!!
今は怒りと疑問を抑えて二人の後を追った。
ゴドウェン学長は地下へと続く階段を無言で下っていく。
「魔術兵装の保管エリア……?」
ブリジットは不審げに呟いた。保管された魔術兵装で敷地内の敵を一掃するつもりなのだろうか?
しかし、魔術兵装の保管エリアと言えば、邪神ガエルのメイスが封印されている場所でもある。
――嫌な、予感がする。
「倉澤蒼一郎殿にブリジット・ヴァラス! 二人とも無事だったのか!」
「本当か!? 良かった~! 何処に行ったか分からなくなるし心配していたんだぞ!」
保管庫で自分達を出迎えたのはフィリウス・アウクセンと、オラツィオだった。
サマーダム大学の正面玄関で死亡していた筈の二人が元気そうな顔で自分達との再会を喜んだ。
「この状況は……?」
「正面玄関のアレは我が校の教え子の偽物だ」
「偽者……? 幻惑系の術式、ですか?」
「その通りだ」
死して尚、幻惑のままで残る程の術式なんて聞いたことが無い。
ましてやさっき見た、あの遺体が偽者?
――あの表情が?
――あの痕跡が?
その二人の遺体が幻惑によって生み出された偽者だとしたら、それは随分と性質の悪い話だ。
「そんな事どうだって良い!」
ブリジットが涙と共に駆け寄りフィリウスとオラツィオを抱き締めた。
「二人さえ生きていればどうだって良い!!」
「どうしたんだよ、ブリジット。何か珍しい反応って言うか、少し照れるな」
「それだけ性質の悪い物を見たんだろう? 黙って慰めてやるのが紳士のマナーだ」
オラツィオはしどろもどろになりながら赤らめた頬をかいて、フィリウスは涼しい顔で肩を竦めた。
長年そうやって過ごして来たのがよく分かる。本当に仲の良い三人組だったのだなと改めて思う。
「ゴドウェン・ゼリマノフ学長」
涙声のブリジットにゴドウェン学長が優しげな表情で振り返る。
しかし、ブリジットの表情と声色は恐ろしく冷たかった。
「貴方も偽者なのですか?」
「何を言っているのだね? ブリジット・ヴァラス」
「そうだよ! 学長は俺達の親同然だろ? そんな言い方ないだろ!」
「倉澤蒼一郎殿。もう良いです。この人達は全員敵です。生きていれば何でも良かった。けれど……」
彼女はオラツィオとフィリウスの身体を押し退け、よろめきながら自分の隣に立った。
「そう、ですか……」
彼女は幸福な妄想から決別して、悲劇の現実に戻って来た。
彼女が望むならそのまま妄想の世界に浸らせてやることも考えていた。
だが、戻ってきてしまった。
「自らの手で殺した生命体に擬態する能力を持つ魔人はライゼファー、ガエル、グァルプ。ライゼファーは俺が殺した。貴様はどっちだ?」
俺の問いかけにゴドウェン学長の身体がカタカタと音を立て、身体を膨張させていく。
身体の真ん中に亀裂が走り、中から長く鋭い爪が飛び出した。
槍の穂先のような爪は拳大程の直径がある。アレがあの二人の少年の命を奪ったのだろう。
「何故、我が正体に気が付いた?」
「ここに来る途中、ゴドウェン・ゼリマノフ学長の死体があった」
「死体だと? 良い目をしているな。きっちりと埋めたはずなんだがな」
ブリジットの指摘に魔人が訝しむような声を漏らす。
「埋めた? あれが埋めたですって!? ゴドウェン・ゼリマノフ学長の死体の上に瓦礫を乗せただけじゃない! 人間を侮るな! 魔人!」
最初から偽のゴドウェン学長に疑いは持っていた。
此処に来る途中、瓦礫に押し潰されて絶命したゴドウェン学長を見つけてしまった。
その表情はあまりにも口惜し気な顔だった。
この部屋で少年二人の偽物を見る以前に、コイツ等は俺の敵だと確定していた。
それでも彼女が優しい妄想と共に死を選ぶならそうさせてやるつもりだった。
だが、この時点でコイツ等は俺の敵では無く、俺達の敵となった。
「人間を侮るな……だとぉぅ? 何故だ? 侮られて当然だろう。お前達の盲目を誤魔化すにはこの程度で十分だと思える程度には侮られて当然の間抜けでは無いか。五百年ぶりの現世だ。お前達のような出来損ないの生命体は我々に弄ばれて死ぬのが似合いだ」
「黙れぇぇぇぇっ!!」
ブリジットが懐から小さな錫杖を取り出し、魔人に向かって氷の槍を放つ。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!」
氷の槍に貫かれ、苦悶の表情で絶叫するのは魔人を庇い立ったフィリウスと、オラツィオの偽物だった。
正面玄関で見た死に顔と瓜二つの顔で苦痛にのた打ち回る。
「や、やめろ! 二人の顔で私に立ち向かってくるな!」
絶望を浮かべて震える声を絞り出すブリジットの前に立ち、レーベインベルグを構える。
「二人、いや三人か。この者ら元に戻したくはないか?」
魔人の言葉に爆炎を喚ぼうとした身体が硬直する。
「何故、私が生者では無く、この手で殺した者しか擬態を作れないか分かるか? 確かにこの者らの身体は私の手で作り出した偽者だ。身体はな。だが、その者等の根幹となる魂。これは本物だ。私に殺された者は例外無く魂を奪われる。私はその魂を使い、生前と同じ思考、同じ記憶を持つ完全なる複製を産むことが出来る。お前達二人がこのルカビアンの十九魔人の一人ガエルに従うというのならこの者等を元に戻してやろう。本来の肉体、記憶、感情、人間らしさを持った友人として復活、いや、我等に近い不滅の肉体を与えてやっても良い」
「そ、れは……」
ブリジットが動きを止めた。
「さあ、どうする? どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする!?」
壊れたテープのように連呼するガエルの声にブリジットが迷いを見せた。
――迷うまでも無い。
レーベインベルグを媒介にして爆炎を喚び、オラツィオとフィリウスを炎の渦の中に飲み込む。
「オラツィオ! フィリウス・アウクセン!」
ブリジットが叫んで手を伸ばすが、高熱の炎が二人の肉体を一瞬で焼き尽くし、激しい爆発の衝撃が灰となった二人を消滅させる方が圧倒的に早く、その衝撃はガエルの身体を壁面に埋め込んだ。
「何と興の削がれる……つまらん。つまらんつまらんつまらん! 迷いの無い人間など機械と変わらん!」
「辞世の句は終わったか? 貴様は此処で殺してやる」
「何が辞世の句だ! 何が殺してやるだ!」
魔人ガエルが癇癪を起こすが知った事じゃない。
だが、レーベインベルグを構えると奴は態度を一変させてくぐもった笑い声を漏らした。
「今の術式は原初の火の召喚術式か。太陽諸共、世界を焼き尽す根源の炎。これをまともに受けては魔人とて消滅は免れん。なるほどなるほど、ライゼファーが破れるのも当然だ。しかし、その威力も剣に満たされた膨大な魔力があるからこそ使える兵器だ」
ソウブルーに戻ったらロイドさんに死ぬほど感謝しなければならない事実が発覚した。
道理でただ爆炎にしては出鱈目な威力を威力をしているわけだ。
「私が焼け死ぬのが早いか、術式に食われて貴様が死ぬ方が早いか、どちらが先か、試してみるか?」
「そんな言葉で俺が惑うとでも思ったか? 俺は言ったぞ。貴様は此処で殺すとなァッ!!」
粉砕する勢いで床を蹴り、水平に構えたレーベインベルグを切り上げる。
怒りが熱となって身体を突き動かしたのは俺だけでは無い。俺の背後から飛び出したブリジットが雷を放つ。
「邪魔だあああああっ!!」
ガエルが巨大な腕を振り払い雷を払いのける。
相殺するというよりは視界を確保するための、反射的で無駄な動作だった。
――だから俺如きにさえも容易く距離を詰められる。
奴の傷口に左腕を突っ込み、精霊兵器を体内に直接召喚。
抵抗されるよりも先に、内部を完全に破砕し、レーベインベルグを突き入れる。
「ふはははは! 自殺行為だとまだ分からんか! 我が体内にどれだけの異物を詰め込もうと! 我が体内で根源の炎を呼ぼうとも! 私が滅ぶ前にお前が自らの炎に焼き殺されるのが先だと!!」
既にレーベインベルグの魔力は先程の一撃で完全に枯渇している。
此処から先は自分自身の魔力で原初の火を召喚するしかない。
魔人ガエルの体内で召喚された炎が荒れ狂うように渦を巻き、肉片を飛び散らせる。
最早、ゴドウェン学長の面影は残っていない。長く鋭い爪を生やした巨腕を生やす巨大な胎児。
それが魔人ガエルの本性だ。
「化けの皮が剥がれたな……二発目! 死に腐れ豚ァッ!!」
魔人ガエルの肉体が吹き飛び、火の粉となって周囲に火の手が上がる。
「二発目……!? 二発目だと!? 何故だ!? 何故人間の魔力で根源の炎が呼べた!?」
「舐めるなッ! 青のルスルプトの加護を受けて俺の魔力は上昇している! ライゼファーと戦った時の俺と同じだと思うなッ! 三発目行くぞ!」
レーベインベルグの切っ先から紅蓮の炎が迸り、ガエルの巨体を飲み込み、腐肉を焼き、胎内に吸い込まれた炎で増幅が爆ぜた。
何発放てども威力が落ちることは無く、その威力は俺の意思を反映するかの如く、ガエルを焼き喰らった。
「三発目!? 何故だ!? 何故撃てる!? 八雷神の加護があるとは言え……!」
「ブリジット! この魔人を殺すッ! 二人で仇を討つんだ!」
「はい!」
自前の魔力で三発目を撃ち込む術はない。二発撃ち込んで昏倒しないのが関の山だ。
だが、此処は魔術研究の総本山で彼女はその生徒。そして、此処は魔術兵装の保管所だ。
魔人ガエルが俺との戦いに気を取られている隙に、魔力を充填するための魔術兵装を探すことも出来る。
彼女自身も他者に自らの魔力を分け与える魔術も会得している。
「魔力の充填だとォォォォォッ!?」
「魔人如きが人間を舐めるなッ! 貴様等が超越種だろうが命を落として何度も復活しようが、貴様等の生涯の大半は封印されているばかりだろうが! 俺達人間は死ぬ生き物だ! 貴様等みたく気軽に死んで、やり直す事も出来ない! だから今を必死に生きているんだ!!」
レーベインベルグに再び魔力が宿る。此処に来て奴は危機感を抱いたらしく、その剛腕を振り回す。
奴の体内から刃を引き抜き、爪撃を受け止め、至近距離から爆炎を呼ぶ。爆発の衝撃で奴を再び壁面に叩き付け、無防備を晒す懐へと猛追する。
「積み重ねて来た物の重みが違うんだ!! 貴様等とはッ!!」
レーベインベルグの魔力が尽きると同時に俺の身体にブリジットの魔力が注ぎ込まれ、刀身に閃光が迸る。
「馬鹿な……! 人間風情に!」
「その人間に殺されるんだ! 貴様は! これまでの歴史が繰り返して来たようにッ!!」
魔人ガエルが壁面に埋め込まれたまま出鱈目に腕を振り回す。
凄まじい勢いと剣圧に保管庫にある物がたちまちの内に破壊されていく。
火の手が上がる床や壁も崩落する天井によって消されていく。
奴の斬撃をどれだけ受け流そうとも、その激しい攻撃は真空波となって俺の皮膚を切り裂き、全身を赤く染めていく。
動きは出鱈目だが爪の一本一本の動きは剣の達人さながらで、奴に近付くのを困難にする。
だが、奴の余裕の無さは、奴が絶体絶命の危機に瀕していることを証明しているようなものだ。
困難だが奴も苦しんでいる。苦しみの先にあるのは死だ。俺がそれを与える。俺なら二度と復活させる事無く、魔人を殺す事ができる。
「死ね……! 死ね! 死ねええええええええええええッ!!」
奴と何合、何十合、何百合打ち合っただろうか。お互いの動きがパターン化、単純化されていく。
だが、そうこうしている内にレーベインベルグにも魔力が充填され、残弾数が増えていく。
此方も必死だが、奴もそれ以上に必死だ。完全に余裕を失っている。
だから、奴は気が付かない。俺が明らかに攻めあぐねていることに。
斬られていない箇所が無いくらいに切り傷を作っていることに。
「おのれぇぇぇぇっ! 嬲り殺しにする気か! 人間ッッッッッッ!!」
「さあなァッ!! だが、俺は言ったぞ魔人!! 貴様は此処で殺すとなァッ!!」
罵声と共に殺気を籠めて斬撃を振り落とす。ついに奴の爪が砕けた。返す刃で右腕を斬り落とした。
呆気に取られて思考と動きが一瞬硬直した隙を突いて剣閃を走らせ、左腕を刎ね飛ばした。
俺の身体を通して溢れ出る魔力が、レーベインベルグの刀身を赤熱化させて青い魔力を迸らせる。
奴の無防備な頭蓋に刃を振り落とし、半ば程まで食い破った所で柄を捻って刀身を食い込ませる。
「これで仕舞いだッ! 死ねよッ!!」
俺の体内に注ぎ込まれたブリジットの魔力がレーベインベルグを媒介にして原初の炎が顕現する。
魔人ガエルの身体を内側から炎で埋め尽くし、奴の耐魔防御を焼き尽くす。
悍ましく腐った肉に亀裂が走り、内側から溢れ出る炎が外殻を焦がす。
原初の火を鎮火させようともがき、流水を全身から放つがその勢いは留まるどころか増していく。
原初の火は我々の知る燃焼現象とは大きく異なる性質を持つ。魔術的な燃焼とも似ているようで違う。
奴の言葉が正しければ、神話の炎だ。科学や魔術では理解の出来ない理不尽な現象だ。
まともに喰らえば魔人とて消滅は免れない。それを口にしたのは他の誰でも無い奴自身だ。
それを証明するかの如く、身体の内と外、その全てを炎に包まれ、悶えながら死んでいった。
「倉澤蒼一郎殿!」
「取り敢えずは仇は取れましたが……、この被害では化け物の命一つでは割に合いませんね」
糸が切れたように自分の身体も地面に崩れ落ちる。
魔力の枯渇というよりも血を流しすぎたのが原因だろうか。
視界が明滅し、意識が飛びそうになる身体を片膝付いて立ち上がろうとするとブリジット・ヴァラスが自分を抱きかかえてくれた。
全身傷だらけで、斬られていない場所が無いと言っても過言では無い。
彼女がどんなに慎重な手付きで自分に触れようとも、その手は確実に傷口に触れる。
お蔭で飛び跳ねそうになる激痛が、落ちかけていた意識に鞭を打って再覚醒を促した。
「まずは脱出しましょう……。あの光の球も何とかしなくてはなりません」
「そんなに焦る事は無いだろう?」
そう声をかけるのは今し方、殺したはずの魔人ガエルだった。
無傷で泰然とした様子で現れた。奴の忌々しい姿に、失われていく力が再び湧いて来る。
流れ落ちた血液が、体内で急速に再構成を開始する。そんな錯覚すら覚えた。
「ブリジット・ヴァラス。下がっていなさい」
ブリジットの身体を軽く押し退け、再びレーベインベルグを構える。
すると奴は先程までの醜態を忘れたかのような態度で手をあげる。
「まあ、そう焦るな。これ以上、ここでお前と戦うつもりは無い。そんなに怒るなよ。偶々ライゼファーを殺したという人間を見かけたからちょっとからかってみただけだ」
奴が舐めた口を利くが、このエリアにあった魔術兵装のお蔭でレーベインベルグの魔力は回復済みだ。
それに一度は殺した相手だ。条件さえ整っていれば敗ける道理は無い。
「ふはははは。怖いなぁ。心地良い殺気を放つ。まるで一本の針のように濃縮された殺気だ。だが、今この世界で何が起こっているか知りたくはないか? 親切心で教えてやろうと言うのだ。聞いておけ」
奴の態度が気になり舌打ちしながら剣を下ろす。
「ふはははは。怖い怖い。この地に現れた光の球が気になると言っていたな。アレはヤンクロットの眼と言ってな。私の探し物を見つけ出すために必要な……、そうだな。お前達で言うところの魔術兵装だ。魔人の特性は特定の種族を召喚使役する事だ。魔人ガエルの使役種族はアンデッド。そのアンデッドが何故、この戦いで現れなかったと思う?」
「ヤンクロットの眼を手に入れるためにアンデッドを出すことが出来なかった。だが、それがどうした?」
「その通り、ヤンクロットの眼は霊体でしか触れることが出来ない。だから、魔人ガエルの支配下におかれた制御可能なアンデッドが、私には必要だった」
「まるで他人事のように言ってくれるな」
「まだ気付かんのか? 存外に鈍いなぁ倉澤蒼一郎。さっき自分で言っていたじゃあないか。自らの手で殺した知的生命体に擬態する能力を持つ魔人はライゼファー、ガエル、グァルプだと」
「つまり貴様がグァルプか。ガエルに擬態していたという事は貴様……、仲間を手にかけたのか?」
「何を怒っているんだ。ちょっと面白いと思ってやってみただけじゃないか」
「面白い……?」
「魔人にも序列がある。その中でも下位と上位の実力差は歴然だ。下位にいる私としてはそれがずっと面白くないと思っていた。其処で考えた。擬態能力を持つ魔人が他の魔人を殺したらどうなるのか、とな。実際にはただの思い付きだったが実験は成功。今や我が端末は下位の魔人に相当する程の能力を持つ。これだけ長く生きていながら自分の能力を正しく把握していなかったとは痛恨の極みだよ。後はヤンクロットの眼を使って封印された魔人たち探し出し、殺し、取り込んでいけば、いずれは私が最強というわけだ。何せ、私が使役支配するのはルカビアンの十九魔人その物になるのだからねぇ。今まで私を蔑んできた魔人たちが私に這い蹲るかも知れない。虐げられてきた者の大逆転劇だ。カタルシスを感じないか? 楽しいとは思わないか?」
「下らんな。貴様の劣等感で生まれたのがこの状況か。魔人という奴は思った以上に下らん存在だな。貴様が最強だろうが最弱だろうがどうでも良いが、貴様を放置するのが危険だということはよく分かった。世界に何が起こっているかは知らんが、矢張り貴様は此処で殺す」
「浅いな。倉澤蒼一郎。確かに貴様は強い。力と技はまだまだだが、意志、武器、加護、そのどれもが一級品だ。我が擬態の一つとして取り込んでやりたいくらいには魅力的だ。それと同時に危険な存在でもある。そこで私は貴様という存在に対する絶対的な対策を思い付いた。それは全力で貴様から逃げることだ」
奴は威風堂々と高圧的に情けない事を言い放った。
だが、考えようによってはその策は俺にとって絶大な嬉々をもたらす結果になる。
奴が魔人という超越種である以上、純粋な身体能力と魔術制御能力は人間よりも遥かに上だ。
その圧倒的な力のリソースを、全て逃亡に回されたら、阻止するのは不可能と言っても良い。
そんな奴が俺から逃げ回り、万全の態勢でもって攻めに来て、勝てそうになかったらまた逃げる。
此方が先に干上がり、やがて敗北するのは決定的だ。
――これ以上、奴の話を聞いている場合では無いな。今の内に殺すべきだ。
地面を蹴り、背にした爆炎を推進力代わりにしてグァルプに肉迫する。
奴はガエルの肉体を脱ぎ捨て大きく後方に飛び退き、壁を蹴って空へと逃げる。
「私は逃げると言ったぞ。倉澤蒼一郎。そして、お前は私を逃がさなくてはならない。いや、正確に言うなら私になど構っている場合ではない」
奴の言葉を無視して、炎を纏って飛翔する。
――命ァ取ったらぁっ!!
奴の心臓に刃を突き入れるが寸での所で躱される。
「そして私は言った。世界で今何が起こっているか教えてやると。これを聞いたらソウブルーへ戻るしかない」
自分の背後に回った奴の口の端が悦楽に歪む。
「卑劣の王オライオンが決起したぞ」
奴の放った言葉に身体が凍てついたかのように硬直する。
それが事実だとしたらカトリエルや、エーヴィアが危機に晒されるという事だ。
だが――、
「だからと言って貴様を逃す理由にはならん。俺は言ったぞ、グァルプ!! 貴様は此処で殺すとな!!」
――どちらにしても一日二日でソウブルーには戻れん。だったら此処で殺すことに専念する。
空中ですれ違いざまに剣閃を走らせ奴の首筋に指をめり込ませ、空いた腹部を貫き爆炎を喚ぶ。
一度や二度では死なないことは分かっている。この身に宿る魔力が、この剣に宿る魔力が尽きるまで何度でも爆炎を放つ。
奴が体勢を崩し、もみ合って地面に叩き付けられても何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も刃を叩き落として肉片に変える。
そして、グァルプの残骸から光が溢れ、保管庫の中に大砲のような轟音と哄笑が響き渡る。
「私は言った!! 貴様から全力で逃げると!! さらばだ!! ソウブルーで会おう!!」
全力で殺したのも奴が放った擬態の一つでしかなかった。
「糞がッ!!」
階段を駆け上がり、地上階に行くが魔人特有の纏わり着くようなドス黒い気配が急速に遠ざかっていく。
正面玄関入り口の扉を蹴り飛ばして外に出ると、巨人の亡霊が待っていましたと言わんばかりに戦斧を繰り出す。
反射的に原初の火で迎撃し、戦斧ごと亡霊を消滅させる。
気配の残滓を追っていくが大学の屋上で紫電を放っていた光球、ヤンクロットの眼は影も形も無く、既に奴が逃げ切ることに成功したことを示していた。
――クソが……! だが、今は悔しがっている場合では無いか……!
ソウブルーに卑劣の王、オライオンが氷の団を率いて迫りつつある。
その混乱の中、魔人グァルプが暗躍している。
何故、グァルプがソウブルーで再戦を言い渡したのか。その理由はすぐに分かった。
奴の目的は他の魔人を取り込み、更なる力を得ることだ。
以前、ライゼファーがソウブルーに来たのは封じられた魔人を復活させるためだと言った。
――恐らく、ソウブルーに封じられていた魔人は、まだ要塞付近に潜伏している。
俺よりも先にソウブルーへと辿り着き、潜伏しているであろう魔人を殺し、力を得る。
そして、俺という存在を抹消しようという腹積もりなのだろう。
――忌々しいが……、俺がソウブルーに戻るより、奴が他の魔人の力を得る方が早い。今のはままでは勝てんか……!
怒りと憎しみ、焦りが心の内に生まれるが、改めてサマーダム大学の校舎へと踵を返した。
今の奴が俺を確実に殺す確証が無いのと同じように、今の俺も奴を殺すことが出来ない。力が要る。
地下の魔術兵装保管エリア。あそこになら魔人に対抗出来る物が遺っているかも知れない。
火事場泥棒みたいになってしまうが、事が片付いた暁には謝罪でもタダ働きでも何でもやって許してもらうことにしよう。
心の中でゴドウェン学長に詫びを入れながら再び地下を目指した。
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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
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