表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/127

第四話 続・ソウブルー殺人事件

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 夕食後、カトリエルの錬金工房では三メートル四方程の大きなテーブルを囲み、それぞれが思い思いに夜の時間を過ごす。


 胡桃さんは自分の隣で自分が出した課題に取り組んでいる。

 計算問題に関してはリディリアさんよりも得意で、日常生活に支障の無いレベルまで学習した。

 今は帝国文字の書き取りを中心に勉強中させている。


 胡桃さんの向かい側にはリディリアさんがカトリエルから出された錬金術の課題に挑戦中だ。

 だが、二人とも昼に遊び過ぎて疲れてしまったのか、課題を前にしてうつらうつらと居眠りをしている。


 自分はと言うと針子から届けられた布切れに糸を通して、胡桃さんのお昼寝用ベッドに入れるクッション作りの真っ最中だ。


 自分の向かい側ではカトリエルが錬金材料となる結晶化した樹液を削る音を響かせている。

 一定間隔のリズムで削られていくその音は一種の環境音楽のようで、自分の集中力を高めていく。

 その反面、胡桃さん達を更なる眠りに誘っていた。


 丁度良いタイミングだったので青のルスルプトとのやり取りをしたこと、自分の正体を彼女に語った。

 一応、胡桃さんの正体が柴犬ということはもう暫く伏せておくことにした。


「そうだったの。神の気紛れに振り回されて苦労するわね」


 自分の告白に彼女は驚いた様子も無く、淡々と返しただけだった。


「こんな荒唐無稽な話を信じてくれるのかい?」


「あら? 嘘だったのかしら?」


 カトリエルが手を止めて言った。

 まるで今の話が嘘だということの方が意外だと言わんばかりの顔をしている。


「君にそんな嘘を吐く理由が無い。本当のことさ」


「でしょうね」


「だけど、自分が逆の立場ならまず正気を疑うような話だ」


「あなたにも納得出来る言い方をするなら……」


 彼女は少しだけ考える素振りを見せて、樹液削りを再開した。

 そして、機械仕掛けの人形のようなテンポで樹液を削りながら口を開いた。


「あの気紛れな神々ならやりかねない、と言ったところかしら。それに召喚魔法だって異なる世界を繋げて力を借りているのだもの。貴方が異世界からやってきただなんて今更よ」


 自分が当初、召喚魔法に危機感を抱いたのはそれだ。異世界人なんて呼ぼうと思えばいつでも呼べる。

 今のこの状況が夢では無く現実なのだとしたら、犯人は遊び半分で自分をこの世界に召喚したということになる。

 もしかしたら元の世界に戻れないかも知れない。そんな危機感があった。


 真実は全然違ったが。


「これから貴方はどうするつもり?」


「これまで通り、此処で冒険者の真似事をしながら情報を集めて魔人を殺すなり、他の誰かに殺してもらうさ。何せ、この世界に自分を呼んだ、()()とやらが自分に何をさせたがっているのか、皆目見当も付かないからね」


 青のルスルプトが言うには、それが明日かも知れないし、一年後、果てには死ぬ間際。

 この世界で起こった出来事は夢として頭の中から消化され、眼を覚ます頃にはその殆どを忘れているという。

 だったら、この世界に骨を埋めるくらいの覚悟を持っても良いかも知れない。


「そう……今の所、私達の目的は一致していることだし、その時が来るまで此処に居れば良いわ」


「ああ、暫く甘えるよ。ところで話は変わるんだが」


 そう言って懐から文字のような模様が刻まれた鉄板をテーブルの上に置いて、彼女に見せる。


「ベルカンタンプ鉱山に召喚されたエレメントが落とした物だ。これに何か心当たりはないかい?」


 今の今まで叙勲式だの、魔人だのとごたごたが続いていたせいで彼女に見せることが出来なかった。

 これが何か分かれば、ドワーフ達が抱えている事態を根本から解決することが出来るかも知れない。

 しかし、彼女の答えは別の事件を思い起こさせることになった。


「エルフが信奉する邪教のシンボルね。確か彼等の司祭がこれを持っていたはずよ。でも、何故、ベルカンタンプ鉱山にこれが?」


「ちょっと出かけてくる」


「何処に行くのかしら?」


「アーベルトさんに会いに行ってくる。八雷神教会司祭殺しの犯人、邪教徒のエルフって話だろう?」


「一連の事件に関連があるとでも?」


「あるかも知れないし、無いかも知れない。でも、情報交換くらいは出来るんじゃないかな?」


 カトリエルの錬金工房を出て商業地区へ降りる。

 自分の生活は大抵、職人地区とギルド地区だけで事足りるため、商業地区にはあまり関りがない。

 だからと言うわけでは無いかも知れないが、妙に久しぶりな気がする。


 陽が沈み、星々に埋め尽くされた夜空に、今にも落ちてきそうな程近くに迫った巨大な月が浮かんでいる。

 賑やかな夜空とは裏腹に、大地の方は閑散としたものだった。

 ソウブルーのような大都市でさえ、日が沈めば往来は殆どなく、見回りをしている衛兵たちの松明ばかりが目立つ。

 自分が声をかけるよりも先に、三人組の衛兵が自分の姿を見つけて怪訝そうな表情で近付いてきた。


「おい、こんな時間に何を……ってお前、龍殺しじゃないか!」


 衛兵たちは厳めしい形相を緩め、友好的に態度を緩めた。

 自分のあずかり知らぬ所で勝手に有名になっていっている。

 いや、彼等と友好的な関係を築いて困る事は一つも無いが。


「覚えているか? 式典会場でライゼファーと一緒に戦った!」


「あの時の!!」


 大袈裟に驚いて見せるが社交辞令だ。彼等には申し訳ないが全く覚えていない。

 と言うか、あの時は必死でそれどころじゃなかった。


「それよりどうしたんだ? こんな時間に? いくらアンタが強いって言ったって夜は物騒だ。アンタの顔を知らん衛兵が問答無用で監獄送りにしかねんぞ」


「数日前の八雷神教会の司祭が殺害された件で、アーベルトさんに報告と確認を取りたいのです」


「分かった。着いてきてくれ」


 彼等はすぐさま表情を引き締め、案内を買って出てくれた。


「団長を詰所にお呼びしてくる。お前たちは龍殺しを詰所に案内してくれ」


 そして、一人が駆け出し、残りの二人が着いて来るように促した。

 風化する程時間は経っていない。まだまだ情報を欲している様子だった。

 それにしても彼等は随分と仕事熱心に見える。感心な事だ。

 商業地区にはトーヴァーさんが宿暮らしをしていることだし、彼等のような真面目な人達が治安維持に携わっているというのは実に安心だ。

 そして、連れて行かれたのは殺人現場近くの詰所だった。


「此処で暫く待っていてくれ」


 そう言われ、五分か十分程待つと隣室からアーベルトさんが現れた。

 隣室からは人の気配が感じられなかったし、外から見た感じではあまり大きな建物のようには見えなかった。

 まるで五分か十分くらい隣室で息を殺していたかのようだった。


「此処の詰所は地下を通じて幾つかの詰所と繋がっているのだ。特に往来の多い昼間などは地下を使った方が早いからな」


 余程、自分は分かりやすい顔をしていたらしく、アーベルトさんが苦笑いを浮かべた。


「良いんですか? 部外者の自分にそんな事を喋って」


「今更、敵対するのか?」


「いいえ?」


「なら別に構わんだろう。それよりも事件と関わりのある情報があるそうだな?」


「数日前、鍛冶職人組合の依頼でベルカンタンプ鉱山を訪れたのですが、現地は召喚術師の手により坑道内がエレメントで溢れ返っていました。そこで倒したエレメントから手に入れたのがこれです」


 カトリエルがエルフの邪教のシンボルと言った鉄板をアーベルトさんに差し出す。

 すると、彼は目を丸くして自分の顔を見た。


「邪教徒達がソウブルーで司祭殺しをしただけでは無く、ベルカンタンプ鉱山でエレメントの召喚をしていた? それで? ベルカンタンプ鉱山の被害状況は?」


「エレメントを使ってドワーフ達に嫌がらせをしていいただけですよ。勿論、自分の素人判断ですが」


「どういうことだ……?」


 アーベルトさんは腕を組んで唸り声をあげる。

 邪教徒が八雷神の司祭を殺した理由は、自分達の神に正当性があると妄信しているから。

 だから、神の名の下に裁きを下した。そこまでは理解出来る。

 馬鹿みたいな理屈だが、宗教戦争なんて得てしてそんなものだ。


――確かに、ベルカンタンプ鉱山のドワーフを殺すでもなく、嫌がらせでエレメントを召喚したというのは意味が分からないな。


 若いドワーフ達は随分、気が立っているようだったが大人のドワーフ達は特に気にした様子も無く、冒険者や戦士に依頼を出すことも無く、事態の収拾を見守っている様子だった。

 つまり、被害は極めて小さいと言える。


「倉澤。お前、拷問の心得はあるか?」


 考えても答えが出てこないと思った矢先に、アーベルトさんの口からとんでもない言葉が飛び出した。


「ありませんよ。そんなもの。と言うか何でそんな話に?」


「考えても分からんからな。だったら、知っている者に、例の殺人犯に吐かせるまでだ。しかし、尋問が進んでいなくてな。外国人ならではの方法があればと思ったがどうだ?」


 拷問なんてかけたことも、かけられたことも無い。精々テレビや映画のワンシーンで軽く流される程度。

 しかも、この手の映像作品は拷問が主体では無く、物語のアクセント付け程度のものだ。

 テレビの向こう側の世界を真似たところで、どれ程の効果が出るものか非常に怪しいところだ。


「相手を殺さないように苦痛を与えつつ自白を迫るわけでしょう? 医者のように人体を熟知していなければ、効果的な拷問は出来ないと思いますよ。自分じゃ自白させる前に殺してしまいそうです。自分よりも医者を同伴させればギリギリまで責められるのでは?」


 だが、自白という不慣れな言葉を使って思い出したことがある。


「ところで自白剤ってないんですか? もしくは錬金術で作れません?」


「自白剤か……」


 アーベルトさんが険しい表情を浮かべた。反応からすると自白剤自体は存在する。彼が渋る理由は幾つか想像出来る。


「自白剤から得た証言では信憑性に欠けますか?」


「ただでさえエルフは薬物や魔法の耐性が強い。あまり効果的とは言えないな」


 自白剤に掛かった振りをして虚偽の証言を、という可能性もあるのか。何とも面倒な。


「殺人犯の家族でも人質に取りますか? いればの話ですが」


 少なくとも自分なら家族を人質に取られるようなことがあれば、反帝国派に寝返ってソウブルーに攻め込んだり、魔人の手下になって人々に敵対するくらいのことは平然とやる。


 当然、人質の解放と同時に根絶やしにするが。


 それはさて置き、カルト宗教なんて異質な物に現を抜かすくらいだ。異端者同士の連帯感は強そうだ。

 恐らく、人質はかなり効果的だと思っても良いはずだ。 


「あれだけの事を仕出かすような輩だ。失うものは何も無いらしい」


――これだからカルト教の信者は……!


 面倒臭さからくる苛立ちとは裏腹に口は「でしょうね」と反射的に冷たく吐き捨てていた。どちらも本心だが。


「だったら邪教の司祭を拉致するとか」


「問題は何処にいるのか、と言うことだな」


 結局、八方塞がりで新たに分かったことと言えば、衛兵たちが尋問に手間取っているという事だけだった。

 まあ、この手のプロが手を焼いているのだ。素人の自分に思い付く程度のことは彼等にも思い付いていて当然だ。


「見かけるようなことがあれば殺さずに捕縛することにします」


「ああ、そうしてくれ。腕の一本くらいなら斬り落としても構わん。それと近くにベルカンタンプ鉱山へ行ってくれないか? 出来ればカトリエルと、倉澤胡桃を連れて」


 胡桃さんにはエルフの殺人犯を追跡した嗅覚があり、カトリエルにはライゼファーの擬態を見破った魔力探査がある。

 あの時、目で見て確認することしか出来なかった自分とは違った結果を導き出すことが出来るかも知れない。


「一両日中に冒険者ギルドへ倉澤に対する指名依頼という形で指示を出す。そのつもりでいてくれ」


「分かりました。ですが、出来るだけ早めに頼みますよ。寝床から風呂の用意に、炊事、洗濯、何から何までカトリエル任せなもので……。そろそろ生活費くらい入れておかないと気まずくて仕方が無い」


 当のカトリエル本人は気にしないかも知れないが自分が気になって仕方が無い。

 アーベルトさんから仕事を回してもらえるのなら少しは気が楽になる。

 何せ前回のエルフの追跡に協力しただけで報酬は、金貨二千五百枚。

 後から知ったが普通に生活するだけなら半年は食っていける額だ。

 今回みたいな本格的な仕事となると結構な額が期待出来る。

 

――兎に角、金が欲しい。即金で欲しい。


 何せスケイルドラゴンとライゼファー討伐の報酬は、次回の叙勲式までお預けを喰らっている状態で手持ちの金貨は五百枚満たず。


 生活費の足しに、せめてこれだけでもと思ったが――、


『足りなければ稼ぐから、貴方は気にしなくても良いわ』


 ――と事実上の戦力外通告。


 いや、彼女にそんなつもりは更々無く、言葉通りの意味で言ったのは分かっている。

 しかし、これでは自分がヒモ男にでもなったようではないか。


 独身でいることの面倒ごとから解放されるためだけの仮初めの婚約とは言え、全くアテにされないのは正直辛い。

 更に言えば、何の情報も得られていない状態で、今から帰るのがとても辛い。

 それどころか、自分の仕事にカトリエルを巻き込むことにまでなってしまった。

 カトリエルが工房を閉めることによって生まれる機会損失分を補填するだけの報酬が得られるのかも心配になってきた。


「では、また後日」と、アーベルトさんに言い残して詰所を後にしたは良いものの、成果無しで帰宅して、カトリエルにどんな顔して会えば良いのやら。


 そして――、


「カトリエルに何と言って仕事を手伝ってもらえば良いものやら……」


 職人地区へ続く坂道を進む足取りが、ただただ重くて仕方が無かった。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved. 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ