第三話 寄り道
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教会の広間の方へと戻ると司祭達が一斉に土下座する。
ドワーフ達もそうだが、最大級の謝罪が土下座という日本との共通点が少し面白い。
「倉澤蒼一郎様、倉澤胡桃様! 数々の無礼、誠に申し訳ありませんでした!」
それにしても、先程まであからさまな敵意を放っていたのが、神の仲間扱いされた途端にこれだ。
青のルスルプトについていく時はまだ不満気な様子だったが、時間を置いた事で神の仲間に対して途轍も無い無礼を働いたという自覚と後悔が現れたのかも知れない。
「うぇ……」
今一つ状況を理解していない胡桃さんがさっきとは別の意味で怯えたように後ずさる。ドン引きしているとも言う。
『多分、そーくんが自害しろって言ったら普通にやりかねんわ』
事前にコルネッタさんから言われたお陰で心構えは出来ていた。
それに冷静になった事で事の問題に気付いたのは彼等だけでは無い。自分も同じだ。
「お願いですから、どうか心を落ち着けて下さい。皆さんも顔を上げて下さい」
土下座をする司祭の一人の手を取り、顔を上げさせて平伏する司祭達にも声をかけた。
彼等が戸惑う様子で顔を上げたのを見計らって言葉を続ける。
「青のルスルプトが仰ったように私と彼女は半分は彼等寄りの存在です。しかし、残りの半分はあなた方同様、この世界に生きる人でもあるのです。あなた方は無礼があったと言いましたが、対等な者に対して其処までの事をして詫びねばならない程の無礼であったのでしょうか?」
いきなり神の威光を笠に着る格好となったが、それで彼等を害し、不当な利益を得ようとしているわけでは無いので、棚上げすることにした。
「あなた方の、帝国の法がそうあるべきだと定めているのであれば私もそれに倣いましょう。私にも無礼はあったのです。であれば皆さんと同じ、対等な人として詫びるのが道理というものです。私達が此処に来た本来のも目的は覚えておいでですか?」
「それは……青のルスルプトに加護を……?」
「そうです。御分かりですか? 私達は貴方達、人に加護を与えることが出来ません。寧ろ貴方達と同様に八雷神から加護を与えられるか弱き存在なのです。それでも私達を人では無く、神として扱いますか? 私は貴方達を対等な隣人だと思っています」
どちらにせよ彼等が自分達を神と定めた以上、それを覆すことは出来ないかも知れない。
だから、神として遠回しに命じる。『神の命令だ。我々を人として扱え』と。
司祭の男が立ち上がり、人が人にするように謝意を示すように頭を垂れた。
「蒼一郎殿、胡桃殿、どうか我々の非礼をお許しください」
そして、自分も頭を垂れた。
「私も無礼がありました。どうかお許し願いたく」
彼の手を取り、友好の意を示すために握手を交わした。多分、これで何かが変わるわけでは無い。
これからも半獣や獣人に対する迫害や差別は、きっと続いていく。
凝り固まった固定観念が簡単に消えてなくなるなら差別なんてものは最初から起こらない。
青のルスルプトの友神という立場を使えば無くすことが出来るかも知れない。
だが、今度は増長した獣人や半獣達が他の種族を迫害する側に回るだけで世界は何も変わらない。
寧ろ、恨みつらみの連鎖が加速するだけだ。
だったら貴族達に獣人や半獣の迫害や差別を止め、奴隷を即時解放するように要求するか?
――いいや、危険が過ぎるな。
地球の奴隷解放でも相当な紆余曲折があり、内乱を避けるために慎重に慎重を重ねたらしい。
そして、この世界でも同じことが言える。
既に卑劣の王と呼ばれるオライオンが先帝を殺し、内乱は起こっている。
奴隷解放の要求が強硬になれば、貴族達をオライオンの賛同者に変えてしまう恐れがある。
かつて地球で奴隷解放という偉業を志した男は、奴隷解放に反発した勢力に暗殺された。
それは自分にも同じことが当てはまる。
――神やそれに類する存在が絶対の力を持っているわけじゃない。信奉される証明も無い。
それは既にエルフが信仰する神が邪神扱いされているという世情が証明している。
しかも、自分達はあくまで神寄りなだけであって殺されたら死ぬ、普通の生命体だ。
邪神扱いされて命を狙われては大事だ。
何より彼等が信仰する八雷神は全ての生命を平等と見做しているが、だからと言って奴隷を持つことを禁じているわけでは無いのだ。
賛同もしておらず、勝手にしろというスタンスだが。
精々、青のルスルプトの茶飲み友達程度でしかない自分の威光では、彼等の意志を変えることは出来ない。
「あなた方の立場もおありなことは重々承知しているつもりです。ですが、出来るだけ獣人や半獣達を差別、迫害しないでやって下さい。今すぐには無理だということは分かっています。だから、頭の片隅にだけでも置いておいて下さい」
結局、世界を変えるためには、時間をかけて人が変わらなくては意味が無い。
だから、せめて意識を変える種だけを蒔いていくことにした。
「それにしても堅苦しい喋り方をしていたせいか妙に疲れた」
八雷神教会を後にして人目が無くなったことを良いことに「あ゛~~~~っ!」と大きく伸びをする。
我ながらオヤジ臭い声を漏らしていると胡桃さんが自分の腰に手を回して抱き着いてきた。
「んー? 胡桃さん、どうしたのかな? 今日は甘えん坊かな?」
「あのね、ますたー。いっぱい頑張って胡桃さんのこと守ってくれてありがとうね」
もうその一言と胡桃さんの無邪気な笑顔だけで疲労の全てが、微妙に残るわだかまりさえも、綺麗に完璧に粉微塵に吹き飛んだ。
思わず抱き締めて胡桃さんの頭や背中を乱暴に撫でまわす。
「あー! もー! ほんっとーに胡桃さんは可愛いなぁっ!」
「きゃっきゃ!」言いながら喜ぶ胡桃さんを抱っこして職人地区へと踵を返す。
魔人だの内乱だのまだまだ面倒ごとは山ほどあるが、今日は何も考えないことにした。
「さーて、胡桃さん。お花でも見に行こっか」
「うん!」
来る途中に見つけた石造りの花壇で作られた迷路みたいな庭園を目指して歩く。
勿論、胡桃さんが花が好きで花が似合う子だからというのもあるが、地元じゃあまりにお目に掛かれないから自分が個人的に行ってみたいというのもあった。
坂道を降りていってみると花の迷路の手前にあるテラス席でリディリアさんが一人でケーキを突いていた。
「蒼一郎さんと胡桃さん、今お帰りですか?」
「ええ、上から見てて見事だったものですから、ちょっと寄り道して行こうかと思いまして」
彼女は特に気にした様子では無いが、デートでテーマパークに遊びに来たら女友達が一人で遊んでいる姿を発見してしまったような微妙な気まずさを感じた。
いや、おひとり様に過剰反応を示すのは日本人の悪い癖だ。割と一人で軽食を摂っている人の姿も少なくない。
と言うか、テーマパークのように感じているのは自分だけで、ソウブルーの人たちにとっては特に珍しくとも何ともない日常的な光景のようだ。
「私も配達帰りの寄り道です」
そう言ってにこやかな笑みを浮かべて「胡桃さんおいでー」と声をかける彼女の姿を見て思った。
――やっぱり、日本人ってせかせか働き過ぎだ。
配達帰り、優雅にティータイムを楽しむなんて日本では不可能と言っても過言ではない芸当だ。
「よし、胡桃さん。ちょっとおやつ食べよっか。何食べたい?」
「はい、あーん」
胡桃さんに声をかけると、なんか既にリディリアさんが胡桃さんにケーキを食べさせていた。
「前々から思っていたのですが、二人ともいつからそんなに仲良くなっていたのですか?」
現実の方の近所のおっさんなんか、もうかれこれ十年以上、胡桃さんを餌付けしようと躍起になっているにも関わらず、未だに成果が表れていないというのに。
「時間と根気と忍耐です! 後、どんなに無視されても折れない心!」
リディリアさんが胸を張って言う。
まだ出会ってから十日程しか経っていないと言うのに……哀れ近所のおっさん。
「いや、お見逸れしました。本当に。自分も胡桃さんに懐いてもらうまで時間はかかりましたから、その苦労はよく分かります」
最初は顔を見たら逃げ出す。大きな音がしたらベッドの下に逃げ込む。
餌を用意しても自分達の姿がいなくならないと食べない。母が強引に抱き上げて撫でようとすると怯える。
子供心ながら『動物って面倒臭い』と思ったものだ。
それが時間をかけて行く内に、こうなのだから人間変われば変わるものだ。
「あれ? もしかして蒼一郎さん私に妬いてます?」
「いえ、そんなまさか。胡桃さんと仲良くなれる人はあまり多くはありませんので、寧ろ安心です。リディリアさんが胡桃さんと仲良くしてくれて嬉しく思ってます。ちょっと注文してきますので胡桃さんのことお願いしますね」
無言で二人の様子を見ていたせいで妙な誤解を受けてしまった。
――胡桃さんが自分から離れて別の人にいったくらいで妬むだなんて、何を馬鹿な……
大体、こんな事で妬んでいたら自分は母や祖母、特に祖母を妬まなくてはいけなくなってしまうじゃないか。
それに第一、自分は胡桃さんが他の犬や人とも、もっと仲良くなれたら良いのにと常日頃から思っている。
寧ろ、胡桃さんと仲良くしてくれるリディリアさんには感謝こそすれど妬む道理など何一つとしてない。
――全くもって心外にも程がある。
そう思いながら二人の待つテーブルにケーキをワンホール、ベーコンやソーセージ、卵サンドを置く。
すると胡桃さんがリディリアさんの膝の上から飛び降り、自分の方へと駆け寄って来る。実に可愛らしい。
「ますたー、これどうしたの!? たべていいの!?」
「ああ、勿論だよ。みんなで食べようねー。さ、リディリアさんも遠慮なさらず」
「やっぱり、妬いてます?」
リディリアさんが必死に笑いを堪えたような表情を浮かべて、顔を赤くしている。
顔が赤くなるくらい必死になって堪えるくらいならいっそ笑えよ。
「いえ……そんな事は……いや、まあ……多少は……」
素直に白状するとリディリアさんが「ぶふっ」と噴き出したのを皮切りに決壊したダムのように爆笑する。
いやいや、お嬢さん。仕方がねーだろうが。この世界には母がいない。何より祖母がいない。
これを期に胡桃さんの好感度ランキングTOPに躍り出てやろうという魂胆があって何が悪い?
――いや、何も悪くない。これは当然の行いのはずだ!!
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