第十三話 ベルカンタンプ鉱山の陰謀
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「貴方達、今日からここに住みなさい」
冒険者ギルドに依頼完了の報告を終えて、再びカトリエルの店に戻ると開口一番に彼女はそう言った。
「……達って?」
「あなたと胡桃ちゃん、リディリアの三人よ」
念のために尋ねると彼女はさも当然であるかのような口振りで言った。
「それはまたどういう理由で?」
「婚約者とは言え、夫に宿暮らしをさせる妻がどこにいるのかしら?」
何を当たり前のことを言っているのだと言わんばかりの彼女に『現実世界なら割と何処にでも』などと言えるはずも無く「成る程」とだけ返す。
「それとリディリアには住み込みで働いてもらうことにしたわ」
「分かりました」
「それから」
『まだ何かあるんかい』と思っていると、カトリエルが自分の唇に指を当てて呆れたように口を開く。
「いい加減、敬語をやめなさい」
「え? あ、ああ……はい。了解だ。カトリエル」
頭の中では何度も彼女のことを呼び捨てにし続けていた甲斐あって、どうにかスムーズに呼ぶことが出来た。
美人の前は緊張したり萎縮したりすると言うが、こうも幻想的な雰囲気を纏った美女が相手だと、どうにも恋愛に不慣れな中学生に戻ったような感覚になる。
そして、カトリエルの家で……もとい自分達の家で一晩を過ごした翌朝――。
「よう! 昨日はありがとうよ、龍殺しの旦那!」
「此方こそ。贔屓にして下さって、ありがとうございます」
「まったくよぉ! 龍殺しならそうと言ってくれりゃあ良いのに、人が悪いったらありゃしねぇぜ!」
冒険者ギルドに出勤早々、ロイドさんから指名を頂いたとローザリアさんから伝えられ、職人地区へとんぼ返りして現在に至る。
昨日のコイツ、アンタ呼ばわりから一変して旦那呼ばわりして、ロイドさんが大仰に笑った。龍殺しの二つ名がどれ程の影響を持つかまざまざと見せつけられた気分だ。
それはさて置き、今回の依頼は復旧作業では無い。
「旦那のお蔭で予定していたよりも再利用出来る建材が増えてな。ありがてぇことに復旧完了までの日数が大幅に短縮出来そうなんだ。しかも、建材費が大幅に削減出来たんでな、ここらでもう一欲張りすることにした」
「一欲張り、ですか?」
「お前、ヴァルカンの心臓って知っているか?」
「いえ、初耳、ですね」
「ヴァルカンの心臓ってのはな、溶鉱炉の中でだけ永劫に燃え続ける、鍛冶職人が鍛冶職人たる所以とも言うべきマジックアイテムだ。しかし、このヴァルカンの心臓はドワーフの自治区エボルヒッグの秘伝なもんでな、ソウブルーでは手に入れることが出来ねぇんだ。エボルヒッグに行くまで五日! 心臓の管理者に譲り受けるまでに五日! 戻るのに五日! つまり、溶鉱炉に火が灯るまで十五日かかるってわけだ! けどまあ、お前さんのお蔭でこっちの準備は十五日もからからねぇ!」
そこでロイドさんはソウブルーから馬車で一時間程の距離にあるベルカンタンプ鉱山で産出されるドーベルグ燃焼石を間に合わせの代替品に選んだ。
そして、そのドーベルグ燃焼石の回収を自分に依頼したいと言うことだ。
近場とは言え、自分がソウブルーを離れることにカトリエルが難色を示した。
だが、ロイドさんが――、
「龍殺しがそれらしい武器を持ってねぇってのもサマになんねぇ! 追加報酬として龍殺しに相応しい業物を叙勲式までに用意してやる!」
――と豪語したこともあって最終的には承諾してくれた。
「叙勲式は明日の昼過ぎだから、どんなに遅くなっても必ず昼前までには戻ること。良いわね?」
胡桃さんと共に見送りに来たカトリエルが念を押すように言った。
本物の夫婦のようなやり取りに背中がむず痒くなりながら、鍛冶職人組合が用意した四頭立ての荷馬車に乗り込む。
話に聞くところによると今日の昼過ぎ頃には戻ることが出来そうだ。
自分に与えられた依頼はロイドさんの名代と馬車の護衛だ。
ベルカンタンプ鉱山の主、ヴィクトルに荷馬車の中に積めるだけのドーベルグ燃焼石を譲ってもらう。
たったそれだけの簡単な仕事だ。
※ ※ ※
「ここまでは問題無し、か」
「いやいや、これだけ死体の山作っておいて問題無しは無いんじゃないですかい、龍殺しの旦那ぁ」
「命を奪いに来たとは言え、二束三文の有象無象。別に良いじゃないですか」
「良いんかな……」
そう言いつつ、馬車の御者は、全身に矢弾を浴びて穴だらけになった野盗達の遺体から身ぐるみ這いで金目の物を漁り出す。全部集めて漸く二束三文。今晩の食事が少しばかり豪勢になる程度のあぶく銭だ。
ソウブルーを出発して一時間。
ベルカンダンプ鉱山の麓で軽い小遣い稼ぎを済ませてヴィクトルが管理する坑道施設に続く、林道を進む。
程無くすると木々が激しく揺らぎ始め、馬車を引く馬達が落ち着かない様子で嘶き出す。
「敵襲……? さっきの雑魚共とは違う」
全身が総毛立ち、眉間に先端物を突き付けられたような酷い不快感を覚える。
自分には、超人じみた能力など備わっていない。それに関わらずだ。
龍の血を飲んだからか。それとも夢だからか。
理由は分からないが、これは良くない気配だと本能が警告するように皮膚をチリチリと焼いた。
「数は十、統制が取れている」
刹那、視界の深奥が人影の動きを捉えた。いずれもフードを被り獣の毛皮を身に纏っている。
この不快感の正体が意思を持つ者による殺気なのだとしたら話は早い。
その源を殺すなり撃退するなりして取り除けば良い。
此方に向かって一際強い殺気の持ち主に照準と言う名の意識を集中させる。
小柄だが他の奴等よりも格段に動きが良く、一言も口を開く事無く、その身体能力だけで集団を率いている。
なんとも分かりやすい弱点があったものだ。
「召喚術師だ! 殺せ!」
先程、皆殺しにした野盗の仲間だろうか?
無理矢理低い声を引き出したような聞き取り辛い声だったが「もう一人は放っておけ」そう言っているのが聞こえた。
これは運が良い。どうやら襲撃者の狙いは自分一人らしい。
自分には誰かを守りながら戦うなどと上等なこと、出来やしない。
それを考えると連中の意図は却って好都合だった。
「先に向かって下さい。自分は連中を始末してから後を追います」
「旦那っ!?」
帰りの足を失うのは御免蒙る。それに議論をさせてくれる程、悠長な敵でも無いだろう。
走行中の馬車から身を翻し、林道の奥へと飛び込むと奴等は馬車を放置して馬鹿正直に此方を追い始めた。
「良かった。全員、此方を追ってきているな」
まずは連携を崩す。酔っ払い相手なら五人だろうが十人だろうが関係無い。
精々タイマンが数セット続くだけで、半分も沈めない内に戦意を喪失して残りはサンドバッグになるか逃げ出すかだ。
だが、この襲撃者達は酒場の酔っ払いや、貧民盗賊とは格が違うようだ。
真っ当に一対五、一対十が成立するように連携が取れる手合いのように見える。
そういう奴等を真正面からどうにか出来る程、自分は強く出来てはいない。
「対応が簡単とは言わないが……、まだ御しやすい類か」
精霊兵器を木々の内部に召喚して切り崩し、襲撃者達を分断する。
たたらを踏んでいる所に精霊弓を召喚して機関銃の如く矢弾をばら撒き、再行動の出鼻を挫きつつ林道の中を駆け抜ける。
さっきの野盗とは違い、距離がある上に装備も良いようで出血一つしていない。
あれではエアガンを撃ち込まれた程度にしか効いていないはずだ。
とは言え、決して命に関わることは無くとも、無視することの出来ない痛みは与えられるはずだ。
足止めと牽制には充分だ。
「立ち直りも、行動速度も個人差がある。期待した通りだ」
十分か十五分も引っかき回してやれば分断状態が出来上がりだろう。
案の定、突出してくる敵集団のリーダーと思わしき者と交戦に入る頃、奴の配下は豆粒にしか見えない程遥か後方まで引き離されていた。
――孤立していることに気付いてすらない間抜けが。
何はともあれ、一対一の状況を生み出すことに成功した。
後はこいつを惨たらしく殺してやれば残りは潰走するはずだ。
そこを追撃して背中から一人残らず撃ち殺すなり、斬り殺すなりして安全を確保すれば良い。
最悪でも、士気を挫くことくらいは出来る。
「やろうか……!!」
地面に右足を突き刺し、急反転。襲撃者のリーダーに向けて一気に肉薄する。
その胸元に掌底を叩き込むと同時に精霊兵器の召喚を実行。
スケイルドラゴン同様、体内への直接召喚で臓器の破壊と四肢の切断を試みる。
だが、襲撃者は驚異的な跳躍力で自分の頭上を跳び越え、背後に回る。
「…………ッ!!」
後頭部がぞわりと総毛立ち、振り返りざまに精霊剣を横薙ぎに振り抜く。
反射的に放った苦し紛れの斬撃は運良く襲撃者の剣を弾き返し、その体勢を打ち崩した。
奴が体勢を立て直すまでの時間をくれてやる気は無い。
精霊盾を召喚し体当たりを仕掛けるが、襲撃者は不安定な体勢にも関わらず、鋭い回し蹴りを繰り出し自分の突進を食い止め、その反動で体勢を立て直すなり、飛び膝蹴りで精霊盾を砕く。
がら空きになった自分の無防備な胴に奴の剣が迫るが、此方の体勢は崩れていない。
後退しつつ精霊盾を再召喚。十枚の精霊盾を束状に召喚し、その衝撃で奴の攻撃を弾き返す。
悔しいが身体能力は奴の方が上だ。近接戦闘では自分の方が不利で直接召喚の暇も無い。
後方に飛び退きつつ精霊弓を召喚し、至近距離から掃射する。
しかし、奴もさる者で地面に散らばった精霊盾を蹴りで浮かせて矢を防ぎ、幾つかの矢を掠めつつも致命傷を避けて木の影に飛び込んだ。
此処で自分の戦い下手が響く。
精霊盾を送還していればこの時点で決着は着いていたが、攻撃を途絶えさせ追撃の機を完全に逃してしまった。
此方の切り札は精霊兵器を体内に直接召喚し、元から存在する物質を押し退けることによって、ありとあらゆる物を切断する完全防御無視攻撃。
有効射程距離は極めて短く、切断する対象に掌で触れるなど密着しなくてはならないが、近接戦闘では奴の方が一段か二段程格上だ。
掌を撃ち込みつつ、召喚のプロセスを完了させるのは困難を極める。
「いたぞ!! あそこだ!!」
こうして攻めあぐねている間に後方から奴の配下が迫って来る。質、数共に自分の方が不利だ。
遠距離戦では攻撃力が不足し、近接戦では奴の方が上、奴の方が身体能力で勝っているということもあり逃走も不可能。
時間の経過は自分を不利な状況を更に悪化させていく。
――さて、どうする?
その時、逡巡する思考を打ち消すように獣の咆哮が大空に鳴り響いた。
すると奴の配下達が戸惑った様子で動きを止め、木の影から漂う濃密な殺気が霧散する。
状況が読めない。更なる脅威の出現か、それとも第三勢力の登場か。
精霊弓を構えて後方の集団、前方の襲撃者の両方に備えた矢先、圧倒的な存在感の気配を感じる。
「双方! 戦いを止めよ! その者は我等が客人ぞ!」
新たな闖入者が咆哮にも似た大声を張り上げるが、この中の誰とも比較にもならない存在感の持ち主を前にして警戒心など解けるはずも無い。
「旦那! 龍殺しの旦那! 大丈夫です! この方達が俺っち達の尋ね人っすよ!」
馬車の御者が木々の間からわたわたと姿を現した。
「尋ね人……? 信用しても良いのですか?」
「勿論でさ! こちらロイドの親方の兄弟分でヴィクトルの旦那っす!」
現れたのはがっちりとした筋肉と毛むくじゃらの体毛と地面をこする程の長い髭を蓄え、角の生えた三角錐の鉄兜を被り、背中に巨大な鉄槌を背負ったドワーフだった。
「我がヴィクトルだ。我が方の手違いで迷惑をかけてすまない」
ヴィクトルと名乗ったドワーフがくぐもった声で頭を垂れると襲撃者達がフード付きのローブを脱ぎ捨て、土下座して、「すんませんっしたっ!!」と声を揃えた。
いずれも頭身の低い大男……いや、一人だけ違う格好をしている奴がいる。
あの小柄な襲撃者のリーダーだ。
――子供? いや、あの子もドワーフなのか?
他のドワーフと同じように背は低いが、手足が細く人間の子供のような身体つきをしている。
自分と目が合うと慌てて土下座を再開したが、少年とも少女ともつかない顔立ちの子供だった。
あんなに小さな身体の何処に精霊盾を蹴り砕く程の膂力が込められているのやら。
何はともあれだ――。
「そういう事なら構いません。それから根に持つつもりも無いので、土下座を止めてもらえませんか?」
向こう側としても精一杯の謝意を見せているつもりなんだろうが、ドワーフの集団――土下座するちっさいおっさん達に囲まれても居心地が悪いだけだ。ましてや子供を土下座させて喜ぶ趣味も無い。
「貴様達、喜べ! 友より許しを得た! 寛大な友の心に感謝せよ!」
ヴィクトルの一喝で漸く、土下座包囲網から解放される。
「蒸し返すつもりありませんが、召喚術師というだけで殺しにかかるとは些か物騒が過ぎると思うのですが、何かあったのですか?」
「それはだな……」
「余所者の召喚術師達があたい等を追い出そうとして坑道にエレメントを召喚したんだ!」
そう吠えるのは、あの小柄なドワーフの子供だった。
「止めないか、リリネット。客人の前だぞ」
自分の恥を晒したくなかったのか、ヴィクトルが表情を濁らせる。
それにしても余所者の召喚術師とは……、帝国人とは異なる顔立ちをした召喚術師の自分が狙われても無理は無いかも知れないが、それにしたって殺しにかかるとは随分過激な連中だ。
そのエレメントとやらが余程、余程彼等の怒りに触れたらしい。
「しかし、坑道の中にエレメントを召喚されたということはドーベルグ燃焼石をお譲り頂くのは難しそうですね」
「いや、それなら既に採掘済みの物がある。今、馬車に積み込みを急がせている故、今しばらく待たれよ」
ならば問題無し。後はゆるりと待つか……なんて冗談じゃない。
「その召喚されたエレメントとやらの始末は難しいのですか?」
「人族の友よ」
「倉澤です。倉澤蒼一郎」
「では、倉澤殿。其方は召喚術師であろう? エレメントを知らぬのか?」
厳密には自分は召喚術師では無い。
カトリエルからもらった精霊兵器の召喚術が付与された指輪をはめているだけだ。
追及されるのも面倒臭いので「ほんの数日前に召喚術を齧ったばかりの素人です」と応えておく。
「そうであったか。エレメントとは実体化させた魔力の塊のような物だ。力自体は大したことは無く、命令も簡単で単純な物しか実行出来ないが、魔力の塊だけあって物理的な攻撃は通用し辛い。我等ドワーフは魔力との親和性が低く、自力で魔術を行使出来る者は極僅か。魔術効果が付与された武器もあるにはあるが数が少ない上に、魔力の充填にも金がかかる。無論、魔術が使える冒険者を雇えば済むことだが、そこまで大事にする程のことでも無い」
成る程、地味な嫌がらせだ。彼の口ぶりから察するに、危険性も緊急性も微妙に低い。
危険が無いとは言えないが騒ぐまでもない。
ドワーフは自分の力に自信のような物を持っていると同時に、短気だが牧歌的な大らかさも兼ね備えている。
それが、彼等の対応を遅れさせているのだろう。
だが、リリネットのような短気な若者が業を煮やし、召喚術師を殺しにかかろうとしている。
それが先程の襲撃の原因というわけだ。
ふむ――。
「差し出がましいようですが、エレメントの対応を自分に任せてもらうことは出来ませんか?」
「倉澤殿に?」
勿論、善意や正義感で彼等を手伝うわけでは無い。
第一に、ヴィクトルはロイドさんの兄弟分だ。彼の世話をしてやればロイドさんからの覚えがより良くなる。
第二に、これだけの力を持つ連中とは敵対するよりも借りを作って味方に付けた方が得だ。
第三に、無差別に人を襲うようになって胡桃さんが怪我をしたら彼等と敵対せざるを得なくなる。その場合、ロイドさんとの関係も悪化する。
第四に、彼等は誤解で自分を襲ったという負い目がある。貸しを押し付けるには絶好のタイミングだ。
第五に、坑道内にエレメントを放った者の意図を知る必要がある。
――場合によっては魔人やクラビス・ヴァスカイルに繋がる何かが得られるかも知れない。
理由を挙げてみると何の事は無い。善意も正義感もゼロ。
完全に個人的な理由で首を突っ込んでいるだけだ。
だが、後ろめたさを感じていられる程の余裕は無い。
「ロイドさんの兄弟分が困っているなら手助けするのは吝かではありません。自分もロイドさんには良くしてもらっていますから」
半分くらいは事実だ。
遠慮するヴィクトルを半ば強引に押し切る形でエレメントの討伐を請け負うことにした。
但し、時間の猶予は決して長くはない。
「カトリエルには明日の昼までには戻れと言われていたな。ま、日を跨ぐつもりは無いけど」
今日は胡桃さんに、まだ何もしてやれていない。夕飯には間に合わせるし、食後の散歩だって怠るつもりは無い。
道案内を買って出てくれたリリネットと共に坑道の中へ進むと、半透明の繭のような物を幾重にも巻き付けて逆さになってぶら下がっている人間の姿があった。
ぐるりと首が回転し、繭人間と目が合った。
すると繭人間はその双眸をひん剥き、眼球を顔の半分ほどの大きさまで膨張させ、振り子のように身体を揺らし始めた。
「アレがエレメントだよ、倉澤の旦那!」
物理攻撃がどうこうとか、ドワーフに被害が出ているとか、それ以前にただただ不快だ。
繭人間、もといエレメントは自分に視線を合わせたまま身体を揺らすスピードを加速させ、自分の生理的嫌悪感を刺激する。
もしかしたら、召喚者は何の意図も無く、本当にただの嫌がらせでこんな物を召喚したのかも知れない。
不快極まりないので精霊弓を召喚し、執拗に掃射する。
精霊弓から放たれる矢は魔力の弾丸で、ある種の魔術攻撃だ。エレメントに近付くこと無く殺すには打って付けだ。
一発で駄目なら十発。十発で駄目なら百発。百発で駄目なら千発――、は流石に不要だった。
身体を揺らしながら反撃を企てていたようだが、反撃諸共、魔力の弾丸で無理矢理制圧する。
全身をズタズタに引き裂かれ、繭の中から出て来た粘性の人モドキが苦し気に表情を歪め、もがく様に虚空へと手を伸ばす。
そして、閃光を放ち爆発を起こした。
「チッ…………!!」
奴が閃光を放つ寸前に嫌な予感がした。直感的に、リリネットを背に隠して精霊盾を召喚したのは正解だった。
爆発をやり過ごすと「やるじゃん、倉澤の旦那!」とリリネットが飛び跳ねる。
「死ぬ間際の爆発さえどうにかすれば気持ちが悪いだけの雑魚ですね。さ、次に行きましょうか」
始末の仕方さえ分かれば後は簡単だ。
坑道内をひたすら練り歩き、エレメントの居場所を探り当て、矢玉を撃ち込む。それを繰り返すこと六十七回。
坑道の規模は精々二千平方メートル前後。
所々枝分かれしているとは言え、それ程巨大とは言えない地下施設に随分と徹底的に、そして変質的にエレメントを仕込んだものだ。術者の陰湿さの賜物だろうか。
だが、そろそろ真面目に考えるべきだ。
坑道の至る所にエレメントを配置した召喚術師は何を企んでいた?
エレメントには単純で簡単な命令しかこなせないと言うが、具体的には何が出来るのだろうか?
ダメ元でリリネットに聞いてみるが「んー、そういうのは分かんないねぇ」と予想通りの返事が戻って来た。
ソウブルーに戻ったらカトリエルに聞いてみよう。連絡手段が無いのが悔やまれる。
通信魔術とか、そういう魔術があれば覚えておいた方が良いかも知れない。
「これで坑道内は一通り回ったかな?」
「では、最後にもう一回りしていきましょうか。もしかしたら、犯人の手がかりが見つかるかも知れません」
「おっけー! じゃ、迷子にならないように着いてきてね!」
見落としが無いか、特にエレメントがいた辺りを特に注視して歩いていると黒く焦げた免許証サイズの鉄板が落ちているのを発見した。
模様のような物が刻まれていて、明らかに人工物であることを示した。
「これは皆さんの私物ですか?」
拾い上げた鉄板をリリネットに見せるが、彼女は「違うよ。見たことがない」と首を横に振る。
「この模様……種族か何かを示すための模様だと思う」
自分の種族や身分を示すためのものだろうか?
彼女達が知らないのであれば、状況証拠的には犯人の遺失物ということになる。
もしやと思って中に魔力が残っていないか探ってみると案の定、かすかな残滓が残っている。
魔術効果が付与されたアイテムだ。
自分には魔力の充填が出来ないので、付与された魔術効果を調べることは出来ないが、カトリエルに見せれば情報を得られるはずだ
しかし、これだけ探しても収穫は一つだけ。残念だが素人の観察眼ではこの程度か。
ソウブルー外のドワーフに恩を売れただけでも得る物はあった。そう思うことにした。
坑道の外に出ると時間は夕暮れ前。夕飯前には戻れそうだ。
「此度の一件、迷惑のかけ通しであったな。礼と詫びはまたいずれ」
「いえ、お気になさらず。今回の件、色々調べたいので、また来ても良いですか?」
「当然だ。いつでも歓迎しよう」
幸い、彼は魔術効果が付与されていた形跡のある鉄板を快く譲ってくれた。
犯人が、ただの陰湿な連中で、坑道内にエレメントをばら撒いたのも嫌がらせで深い意味が無いなら、それで良い。
だが、何かしらの思惑があるとしたら?
陰湿さと、無計画さと無意味さの影に隠れて何かが蠢いている。
端的に言えばどうでも良いことの筈だが、自分の直感が囁きかける。
『お前が感じている気配はいずれお前"達"に害を為すものだ。殺せる内に殺すべきだ』
そして、この直感に逆らうつもりなど毛頭なかった。
得てして良い予感なんてものは当てにならないが、悪い予感は嫌という程当たる。
誰がそんな法則を組み込んだか知らないが、そういう風に出来ているのだ。
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