第八話 折れた剣
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ルカビアンの十九魔人――、
この世界における本来の人間であった存在、ルカビアンの生き残り。
彼らは人間の座を自らが生み出した人工生命体オウラノに奪われ、魔人と呼ばれ、恐れられ、蔑まれるようになった。
魔人は現代の人間、オウラノを遥かに上回る生命力、身体能力、知識、知能を兼ね備えている。
それはオウラノが存在する前の、ルカビアンの文明社会があった頃から変わらない。
しかし、当然の事ながら、ルカビアンの社会にも優等生と劣等生がいた。
天才、秀才、凡人、愚人、超越種の社会にあっても明確な区切りが確実に存在していた。
それは文化、芸術、政治、経済、法律、ビジネス、娯楽、様々な分野で、ありとあらゆる場面でも変わらない。
持つ者と持たざる者。その狭間に、決して埋まることの無い明確な溝が深く刻まれていた。
そして、それはスポーツや格闘技の世界においても同じだ。
ルカビアンの中にも細くて貧弱で意志薄弱な者もいれば、マッチョでタフな者もいる。
現代でも上位の魔人、下位の魔人という区分けがなされているが、それと同じことだ。
下位の魔人は子供か、あるいは貧弱か。
上位の魔人は大人か、あるいは精強か。
そもそも、この区分や彼らに序列を付けたのは現代の人間。オウラノである為、あまり正確とは言い難い。
劣った存在から勝手に優劣を決め付けられ、憤慨する魔人も少なからずいて、それが小さな確執にもなっていた。
そんな彼らでもオウラノと意見を同じくする力を持つ魔人がいる。
その魔人はかつての文明社会で英雄、もしくは反逆者と呼ばれていた。
かつての文明社会でも優劣はあった。
しかし、人並み外れた鍛錬を積み重ね、投薬、整形、魔導実験、催眠学習――。
最早、鍛錬の域を越え、改造の域に足を踏み入れ、戻って来た。
そして男はスポーツの世界に足を踏み入れ、同年代のみならず、高齢世代さえも下す程の力を得ていた。
同年代よりも下の世代からは、下克上を成し遂げたヒーローと賞賛を受けた。
同年代よりも上の世代からは、社会秩序を脅かす反逆者と嘲罵を受けた。
それがルカビアンの総合格闘技元世界チャンピオンにして、地下格闘技の王者。
ルカビアンの十九魔人、序列一位オズヴェルド。前文明時代から純粋な戦闘能力に特化した魔人だ。
基本的に魔人の身体能力と魔力は元から備わっていた物だ。
尋常ならざる魔術の数々は研究や実験に使うための原始的な機材のような物で、実の所、攻撃兵器の類では無い。
地球で例えるなら彼らの、そして現帝国の魔術攻撃とは、地球人がツルハシやスコップで撲殺したり、青酸カリで毒殺したり、柳葉包丁で刺殺したり、ガソリンを浴びせ火を付けて焼殺したり、なんなら十トントラックで轢殺するような、本来とは異なる使い方をしているようなものだ。
だが、オズヴェルドの持つ能力は違う。
その全て能力、術式が戦闘用。純粋な戦闘能力に特化した魔人だ。
一色触発の蒼一郎とヴァレイグラルフの動きを止めた振動。
それはヴァルバラの防御結界が、力尽くで砕かれた際に生じる魔力震によるものだった。
下位とは言え、魔人が全力で展開した結界を破壊できる存在は決して多くはない。
それが力任せに引き起こされた現象であるならば尚更だ。
「行かなくて良いのかな? これ程の魔力震、震源地近くにいる人間が受ける悪影響は多い。拙者になど構っている場合ではないと思うがね?」
蒼一郎は無言でレーベインベルグを構え、その切っ先をヴァレイグラルフに突き付ける。
一見すると問答無用を体現するかの如くだが、その実、表情にはほんの僅かだが迷いが見え隠れしていた。
「重ねて言うが君には興味がないのだよ」
迷いを残した敵など剣士でなくても斬る価値がない。
試し切り用の藁人形でも斬っていた方が余程有意義だ。
ヴァレイグラルフは飄々と笑って距離を取り、跳躍するようにして一歩下がる。
それだけで両者の間に五十メートル程の空白が生まれる。
驚嘆すべき能力だが、普段の蒼一郎なら間隙を見せることなく追撃し、距離を取らせることはしなかった筈だ。
ほんの一度だけ刃を噛み合わせただけの関係だが、本来は鋭く迷いの無い殺意の持ち主であることをヴァレイグラルフは理解していた。
迷いの理由は恐れ――、しかし、傲慢極まりないことにこの男、オズヴェルドや、ヴァレイグラルフと殺し会う事自体は微塵にも恐怖していないのだ。
「そんなに人が、自分以外の誰かが死ぬのが怖いかね?」
「魔人らしい傲岸な物言いだ」
蒼一郎の恐怖の根源を探り当てたヴァレイグラルフは問いかける。
半分は挑発だが、残りの半分は純粋な興味からくるものだった。
「死を持たない貴様らには理解出来る筈がない」
弱味を素直に受け入れるどころか、それを理解出来ないことに対する批難めいた発言すら飛び出した。
そんな言い草に拍子抜けしたかのように目を丸くする。
これが人工生命の言葉なら一笑に附していたところだ。
しかし、この男は純粋な生命体で、ある種、魔人と対等な異種族だ。
その発言を肯定することは出来ずとも、即座に否定し、笑い飛ばすこともまた出来なかった。
「俺は身内が不幸な目に遭うのが嫌いだ。嘆いているのも、泣いているのも同じくらい嫌いだ。それでも生きていれば手を差し伸べ、寄り添うことが出来る。だが、死んでしまったら何も出来やしない。残された者にあるのは、後悔と悲しみで引き裂かれた心だけだ。死を知らず、そんなことすら理解出来ない貴様は、無自覚に多くの死と不幸を撒き散らす。ただの害悪だ」
「ふ……」
――君とてこれまでに多くの死を振り撒いてきただろう。
指摘をしようと思えば幾らでも出来る。矛盾と欺瞞に満ちた、実に純粋種らしい傲慢な思考だ。
何のかんのと理屈や感情をこねくりまわしているが、結局のところ自らの思想にそぐわないから、気に食わないから敵対して殺すと言っているだけだ。
だが、ヴァレイグラルフが鼻で笑ったのは、蒼一郎の幼稚な意地が理由ではない。
もっと利己的な理由だ。
死を知らず、失う怖さを知らない――。
恐らく、ルカビアンには思いも寄らない新たな価値観だ。
「だったら尚更、拙者などに構っている暇はない筈だ」
新たに知った価値観の真意に何かを掴みかけ、含み笑いを浮かべるヴァレイグラルフに、何か不吉なものを感じ、警戒を露にして蒼一郎は今にも飛び掛かろうと身を沈める。
「君の言葉に天啓を得、オズヴェルドを斬る算段も付いた。拙者は帰らせてもらうことにしよう。君のお陰で実に満足のいく成果を得られた。倉澤蒼一郎、君に興味はないと言ったがその言葉を取り消させてもらうよ。流石は純粋種だ。魔人の同胞諸君以外の純粋種と話をするのは実に七千年ぶりだが実に有意義だった」
ヴァレイグラルフは剣を納め、柄と鞘から手を離し、降参するように両手を頭の上に挙げて戦意が無いことを示す。
彼我の距離はおよそ五十メートル。ヴァレイグラルフが無防備を曝しているのに対して、既に蒼一郎は剣だけでは無く、走り抜けるための構えも取っており、地を蹴るだけで肉薄出来る状態だ。
間合いを詰める最中に刻印装甲を展開すれば、奴が反撃に転じるまでに狙いを付けなければ二度は斬れる。
恐らく、三度目の斬撃よりも奴の方が早いだろうが、身体機能の幾つかを犠牲にする覚悟さえあれば、刻印装甲の力を得て出力を大幅に増強した原初の火改め、原初の業火、これで痛み分け程度には持ち込める筈だ。
――見逃す……いや、見逃してもらうしかないのか。
目の前の魔人は驚異だが、まだ理性的だ。満足したから帰る。
業腹だが今はその傲慢さにすがる他なかった。
――死ぬ気で戦って痛み分け程度では駄目だ。無意味だ。そんなものは自己満足でしかない。
此処でこの魔人を見逃せば後々の禍根になりそうな不吉な気配があったが、今すぐ問題のある驚異ではない。
今すぐ問題のある脅威とは訳の分からぬ道理で乱入してきたオズヴェルドだ。理屈の上では分かっている。
ヴァレイグラルフを見逃し、ヴァレイグラルフに見逃してもらう他無い。だからこそ迷う。
「そうだな、お前のお陰で拙者は一つの理を得た。だから、一つ助言を授けてやろう」
「あ?」
「如何に拙者と言えども、剣だけではオズヴェルドには決して敵わん。勝ちたければありとあらゆる手段を講じなくてはならない。恐るべき強敵だ」
「役立たずが」
「おや?」
「オズヴェルドだろうがライゼファーだろうが、ありとあらゆる手段を講じなくてはならないのはどちらも同じだ。大して変わらん」
辛辣な言葉を吐き、蒼一郎は落胆を顔に貼り付け、失望の溜め息を吐く。
折角の金言を無下に扱われ、ヴァレイグラルフは出来の悪い生徒を見守るような苦笑の中に、聞き分けのない子供に対する苛立ちを滲ませる。
「特別だ。拙者が勝てない理由を見せてやろう」
此処で素直に引き下がるのも癪に障るとヴァレイグラルフは抜刀する。
少しでも妙な動きをすれば反応出来るように構えていたにも関わらず、視覚、思考の間隔を突いたのか、あまりにも自然過ぎる動作に、蒼一郎は反応することが出来なかった。
既に、いや、元よりヴァレイグラルフに攻撃の意思は無い。
今の目的はただ根気よく語る。ただそれだけだった。
「剣士に限らず、武器を使う者には必ず限界というものが存在する。我々の肉体と魔力は鍛えれば鍛える程、限りなく高められていく。剣という奴はな使い手の成長にいつまでも着いてきてくれるかのように思えるかも知れないが」
言葉を句切り、ヴァレイグラルフから不可視のエネルギーが放たれる。今までに感じたことのない気配だ。
殺気や殺意のような精神的な気配にも似ているが、魔力や神域といった不可視のエネルギーに共通する部分もあるが、どちらとも似て非なる力だ。
「これが進歩の通過点に存在する現実の壁だ」
嘆くような声色の次に訪れたのは、彼の持つ曲刀の破砕であった。
「今のは拙者が持つ力の七割程度。拙者は剣士でありながら剣では全力を出すことが出来ない。これが拙者がオズヴェルドに勝てぬ理由だ。よく覚えておくことだ。肉体さえ鍛えておけば無尽蔵に強くなれる輩とは違い、剣士には多くの枷が存在することを」
「矢張り、役に立たないな。生憎、俺は貴様たちとは違ってか弱いんだ。勝ち方に拘れる程酔狂でもなければ、傲慢でもない」
「だが、それは正道ではない。稀代の大英雄と呼ばれる者の言動ではない」
「その他大勢の評価など好きにさせておけば良い。道は道だ。身内の生命と心、日常を守るためなら冥府魔道だろうが、邪道だろうが俺の知ったことか。そんな執着はな、家族の前では毛ほどの価値もない」
同じ純粋種で、人間と呼ばれている種族であっても倉澤蒼一郎はホモサピエンスであり、ヴァレイグラルフはルカビアン。歴史、文化、価値観が違って当然だ。
それはヴァレイグラルフも承知していることだが、世代間対立が激しく家族ですら世代が違えば憎悪の対象となる。
その一般的価値観にヴァレイグラルフも囚われている。
それだけに己を蔑ろに、いや、自分本意の一要因に多くの他者が組み込まれている有り様が、とても奇異に映った。
「実に興味深い意見だ。お前が剣士で無いのが悔やまれる。剣士とは剣を交え、血を浴びれば言葉なくとも本質を理解出来るものだが、お前の剣には言葉が無い。全く惜しいことだ」
言葉と共にヴァレイグラルフが姿を消した。
存在感が加速度的に遠く離れていくのを感じ、蒼一郎は深々と溜め息を吐く。
「戦う前から心労で死ぬかと思った……」
肩を落としてげんなりと呟いて元来た道を引き返す。
一刻も早くオズヴェルドを殺すなり追い返すなり対応する必要がある。
しかし、その前にカトリエル達を避難させる方を優先することにした。
何より闘技場にはアーベルトとメアリがいる。アーベルトが戦うとなればティアメスも動く。
連鎖的にヴァルバラ、ヴィヴィアナ、ガラベルも巻き込まれる形で参戦する筈だ。
如何にオズヴェルドが最強の魔人とは言え、人類の最強格が二人に魔人四体。
この豪華過ぎる戦力を鑑みれば「よくよく考えなくても無理に自分が戦わなくても良いのでは?」という当然の思考が蒼一郎に足を引き返させたのであった。
だが――、
「俺たちが参戦しなくて良いのかよ? 相手はあのオズヴェルドさんだぞ! ティアメス、お前の彼氏が死ぬぞ!」
力尽くで防御結界を破壊され、その際に生じる魔力震を防ぐためにガラベルとヴィヴィアナは結界の再展開に手を取られる羽目になった。
別にオウラノ――、人間がどうなろうと知ったことでは無かったが、この大会の運営者はティアメスだ。
問題が起これば彼女の評価を落とすことになる。そう思ったが故の反射的な防御行動だった。
『観客の避難が済むまで結界の維持をお願い!』
脳に直接埋め込まれた通信機がティアメスの声を響かせる。
彼等の通信機は単純な声だけでは無く、テレパシーのように思考を直接送り込むことも出来る。
それによると、ティアメスの超広域洗脳で混乱状態に陥った観客に平静を取り戻させ、ヴァルバラの空間制御術式でギルド地区から一斉に避難させるべく行動中で、オズヴェルドの遊び相手をするのはそれからだというものだった。
だが――、
「勝手に見物人を帰してもらっては困るなァ!! 小生はスポーツマンであるッ!! 我が雄姿、観衆に見せ付けずして何とするというのだ!!」
咆哮と共にヴァルバラが作ったワームホールが消え、元から存在していた筈の通路さえも白壁で埋め尽くされた。
「ふははははは!! 真の最強たる小生の武をその眼に焼き付ける好機に恵まれた己が幸運を誇るが良い!! その代償として我が闘気の巻き添えとなって死ぬかも知れんがなぁ!!」
自棄を起こす者はいなかった。
オウラノの遺伝子に組み込まれた安全装置がオズヴェルドの傲慢な言動に反抗することを許さなかった。
そして、人間に敵対的でない魔人達は総力をあげて結界の維持に全力を注ぎ込み、この狂乱が終わるのを待つことしか出来なかった。
「要は光の速さでテメェを潰しちまえば良いってことだろうが!」
真っ先に突っ込んだのはルトラールだった。
メアリに敗北した為、その肉体はアバターでは無く、生身の、彼本来のものだ。
三メートルの巨体からは、想像も付かない程の敏捷性から繰り出される凄まじい突進が、砂塵を巻き上げ、肉と肉がぶつかり合う鈍い音を響かせる。
「おうとも、それが真理だ。しかし、この程度で光の速さを謳うとは片腹痛いわ!!」
ルトラールの圧倒的な質量を伴う突進にも微動だにせず、掴む両手を外側に捻り上げ両の腕を粉砕。
無防備になった腹部にオズヴェルドの前蹴りが突き刺さった。
その威力たるや尋常なものでは無く、ルトラールの巨体が地面と水平に、砲弾の如く飛翔したのである。
貫かれた腹部からは臓腑が触手のようにまろび出て、大量の鮮血が地面を赤黒く濡らした。
彼の両腕は未だオズヴェルドの手で鷲掴みにされたままになっている。
「オメェら後は任すぜ」
打ち飛ばされる己の巨体を足場にして、飛翔するメアリとアーベルトの後ろ姿を満足気に眺め、壁面に叩きつけられてルトラールは意識を失った。
「勝算は?」
「そんな確証は冒険の邪魔ね」
――冒険者はそうかも知れんが、衛兵にとっては大問題だ。
それでも安全装置が壊れ、魔人と真っ向から立ち向かえる人間は極僅かだ。
そして壊れていてもオズヴェルドに対峙できる命知らずは更に限られる。
アーベルトは使命と責任から。
メアリは興味と愉悦から。
二人は思う。
――恐らく、今日が己の命日となるのだろう。
それを察したルトラールは自らを捨て石とした。
彼もまた安全装置が壊れており、魔人を恐れない心を備えているが、所詮は魔力の通わぬ身だ。
この戦いにはついては行けぬのだと先の試合を通じて自覚していた。
――許しは乞わない。
最強の魔人が伊達でないことが分かったくらいで、その覚悟と献身に応えられないかも知れないことを詫びつつ、オズヴェルドに肉薄する。
魔力の使えぬアバターは疾うに棄てた。自在自法の理にオズヴェルドだけを斬るという法則を与える。代償も幾つか拵えた。
以降の法則変化機能を完全停止。
存在維持機構を放棄し、全機能を攻撃力に転換。
使用者の魔力、生命力を攻撃力に転換。
帝国から貸与された兵器を損壊させる等、忠臣にあるまじきことだが、恐らくは生還は不可能だ。
バーグリフには事後処理で迷惑をかけることになるだろうが、その気紛れに散々迷惑をかけられたのはアーベルトも同じだ。退職金代わりに迷惑をかけることにした。
しかしこれ程の代償を得ても、漸く勝率が一パーセントの大台に乗るかと言ったところだ。
あとは隣の女次第だが、最強の魔人を相手にすると思えば存外悪くない勝率だ。
「先手、もらうわよ」
「取れるなら持っていけ」
素っ気ない物言いにメアリは蠱惑的な笑みを浮かべる。
姿がかき消える程の出鱈目な機動力を持つアーベルトよりも先に、オズヴェルドを引き裂くのは難儀しそうだとメアリもまた姿をかき消す。
「小賢しい!!」
震脚にて大地を鳴動と共に砕き、その残骸を屹立させる。
やっていること自体はガラベルと同じだがその効果範囲は闘技場全体に及び、大地の残骸は重力を無視して宙に浮かび上がった高さから静止している。
日常的に宙に浮かぶ物を足場がわりにしているのだろう。二人は反射的に土塊に足を付けた。更なる加速と三次元的な機動力を得るために。
「――!?」
反射的に蹴った土塊は謂わば、リングロープのような物だった。
想定しない激しい反動と加速に驚愕の声をもらしたのがどちらか定かではないが、突然のことに動揺が走りはするものの、一瞬にも満たない内から当然のように対応してみせる。
「火事場の糞力と言うわけではないか。加重速度が感覚的に、しかも、機械染みて正確に演算出来ているとはなぁ!! 面白いじゃあないか、貴様らッ!! さあ!! どう攻めかかるか見せてみろ!!」
特にここ数百年程のことだが、オウラノ達の知能、身体能力が世代を重ねる度に加速度的な進歩を遂げている。
それをまざまざと見せつけられ、オズヴェルドは哄笑と雄たけびを上げる。
男は死角から、女は真正面から、性格的な違いからくるものかも知れないが、共通しているのは両者とも二の太刀を想定しない初手からの一撃必殺狙い。
最強の魔人を相手に、何処ぞの龍殺しみたく長々と斬り合い、殴り合いをするなど命知らずの馬鹿者だけだ。
大剣と化した自在自法の理が頭蓋を、メアリの扇状に束ねられた奇形剣が腹部を、それぞれに捉えた。
溢れ出る鮮血。金属同士が擦れ会う甲高い音が彼等の鼓膜をつんざき、迸る火花が彼等の目を焼いた。
更に力と引き換えに、自らに課していた代償がアーベルトの肉体を蝕む。
蚯蚓腫れのような亀裂が全身に浮かび上がる。
「これは――――――!?」
「悪いな、チャレンジャー!! 小生の骨は魔法金属の合金製なのだよ!!」
確かに自在自法の理はアーベルトによって与えられた法理に従いオズヴェルドのを切り裂いた。
オズヴェルドの強化改造された肉体。更に言えば、体内に広く混在する異物こそがアーベルトが繰り出した決死の一撃を受け止めた正体であった。
「合金を切断出来る技と剣は持っているかな!? それならば小生を殺せるかも知れんぞ!!」
代償によって身体が蝕まれようとも自在自法の理があともう一つあれば、此方を挑戦者と侮っている今ならば殺せる自信はあった。
いや、そもそもの話として――、
――骨と骨の隙間を貫き、心臓を潰せば、奴の骨が何で出来ていようと関係の無いことだ。
もしかしたら、アーベルトの知る構造通りの骨格をしておらず、骨と骨の隙間なんてものは無いかも知れない。
――眼球を貫き、薄い眼底骨ならば、合金製の骨とは言えども質量で破壊して脳髄を破壊出来る可能性もある。
兵士と死ぬだけでは無く、人としても死ぬかも知れないが、衛兵団に入団した時から覚悟の上だ。
寧ろ、己の命一つと引き換えにした程度で、最強の魔人を討ち取れるのならば、これ程得な話は無い。
それは実に面白い話だと、アーベルトの表情が愉悦に歪む。
「選手交代といきましょうか」
背後から襟首を掴まれたアーベルトが後方に投げ飛ばされ、地面を滑る。
この窮状にもかかわらず、意気を消沈させるどころか、戦意を高揚させるのは帝国兵らし過ぎる気質だが、味方とは言え、背後の気配に気を許すどころか、気付いてすらいないようでは戦闘不能どころか死んでいるようなものだ。
メアリが立ち位置を変え、奇形剣を手放す。それを合図に全身が茶色がかった金属質の鱗に覆われた。
変貌はそれだけに留まらず、全身が膨脹して小指と薬指が飲み込まれ、残った指先は骨張り、湾曲した槍の穂先のような爪が両手足から伸び、長く太い尾が生える。
肉体の膨脹は留まらず、頭部は頭髪ごと飲み込まれて鼻先が伸び、口腔に生え揃う牙は一本一本が、聖剣、魔剣の如き力を備えているのが分かった。
「珍しいな!! 貴様、アースドラゴンのライカンスロープか!!」
全高が五メートルを越えた辺りで膨脹が止まった。
この場に倉澤蒼一郎がいれば彼女の変身した姿をこう評しただろう。
――イカレたティラノサウルス、と。
「巻き添えにしたらごめんなさいね」
発声気管がどうなっているのか定かではないが、彼女の声はいつも通りの飄々としたハスキーなものだった。
巨大化しても彼女の機敏さに翳りは無い。寧ろ、疾風迅雷の化身と言っても過言では無い。
鋭い踏み込みから全身を捩じって繰り出す尾撃は、小規模の嵐を巻き起こしてオズヴェルドを激しく打ち据える。
合金製の骨が斬撃に強かろうと強烈な衝撃を受ければ中身はただでは済まない筈だ。
先程の腹部を引き裂いた一撃も骨を斬れずに食い止められたが、臓器自体を傷付けることが出来るのは、未だオズヴェルドの腹から流れ続ける鮮血が証明している。
人の姿で戦うのは彼女にとって遊びみたいなもので、今の姿こそが戦闘形態という奴だ。
遊び半分でやっても血を流させることが出来るなら、本領を発揮している今なら殺せるのが道理だ。
衝撃を通すようにして、一撃一撃を丁寧に打ち込み痺れて鈍くなった身体に刃の雨にも似た牙で挟み取る。
メアリの咬合力は大抵の魔物どころか、巨人でさえも一撃でバラバラに砕く破壊力を持つ。
だが、後僅かというところで牙が通らず、歯ぎしりをするような恰好になる。
「獣の姿を得ようとも所詮は女の力だなァ!! そんな甘噛みを続けたところで小生の身体を引き裂けるものか!!」
牙に貫かれたままの身体を横転するようにして、力任せに捩ると首を支点にメアリの巨体が宙に浮いて、首から地に落ちた。巨大生物の頸骨が砕ける凄まじく不吉な異音が轟いた。
「やれやれ、ドラゴンと言えども翼が無ければ、でかいだけの蜥蜴と変わらんなぁ!!」
だらりと垂れ下がった口から牙を砕いて脱出を果たしたオズヴェルドは首を鳴らして、威勢の良い声を放って構えを取る。
ただそれだけで全身を汚す鮮血や唾液が霧散する。それどころか傷口さえも吹き飛んだかのように修復されていた。
「女の影に隠れている間に策の一つや二つくらいは思い付いたかね? ご覧の通り、生半可な力や策では小生には届かないわけだがなぁ!!」
「隠れるまでも無く、二つ程度なら貴様を殺す策ならある。だが、それを披露する機会は無いようだ」
「ほう?」
一陣の風と共に閃光が走り抜ける。
刻印装甲を身に纏い、赤熱化させた神剣を操る英雄の一撃を魔人が拳で受け止める。
レーベインベルグの刀身がオズヴェルドの巨大な拳に埋没するが、矢張り骨を破砕するには至っていない。
「この感触はオレイカルコス……!?」
レーベインベルグの刀身にも使われている魔術合金だ。
その独特な感触は蒼一郎にとって特に馴染み深く、如何に脅威であるかを熟知している。
ドワーフの秘奥義を何故、魔人が運用しているかは疑問だったが、今考えることではない。
「ほう? 流石は純粋種、博識じゃあないか!!」
嵐の如き拳打に、雷のように鋭い蹴りを織り交ぜ、打撃の豪雨が降り注ぐ。
馬鹿正直に真正面から対峙してやる理由は無い。剣閃を走らせると共に翼を羽搏かせ間合いの外へと飛び退く。
十メートル離れても当たり前のように鼻先を掠める拳に舌を巻きつつ、精霊弓を召喚。
魔弾を掃射して牽制するが回避に転じるどころか、防御する素振りすら無く距離を詰めてくる。
防御力に余程の自信があるのか、それとも此方の攻撃力不足を悟ったか。
定かでは無いが、手持ちの武装で対抗出来るのはレーベインベルグだけだと、蒼一郎は改めて思い知らされた。
肉迫し、間合いの内に捉えられる。繰り出された打撃を斬撃で迎撃――――、何とも意味不明な状況だ。
「剣ではオズヴェルドには勝てないとはよく言ったものだな!!」
「ならばどうするよ!! 遠い異界の兄弟よォ!!」
「人を殺すのにまどろっこしいこと考えてられるか!! 良いからさっさと死んでおけ!!」
斬撃が火花を散らしてオズヴェルドの打撃を打ち払う。
怒声と共に剣先から迸る業火が火柱となって蒼一郎ごとオズヴェルドを飲み込んだ。
斬殺するのが無理なら焼殺すれば良い。
原初の火改め、原初の業火の威力の程は――、
「楽しい愉しい戦いだ!! 簡単に終わらせてはつまらんだろうが、異界の兄弟よォ!!」
一切のダメージになっていない――――、ということは無いと思われるが、意気軒高。益々盛んといった調子であった。
刻印装甲の稼働時間は極めて短く、それを延長するために自らの魔力や、レーベインベルグの内包魔力を転用するという手も無いわけではないが、原初の火を呼び寄せるにも魔力が要る。
どちらにせよ、全力で戦える時間は五分にも満たない。
――付き合っていられるか。このクソボケが。
刻印装甲の下に隠れている龍装甲を起動。
戦闘稼働時間が更に一分減るが、クロスカウンター気味の一撃がオズヴェルドの顔面に突き刺さる。
「これがトリスガストを一撃で砕いた拳か!! だがしかし!! この程度の一撃では死んでやれんな!! それとも肉弾戦がお好みかな!?」
口腔から血を溢れさせながらも、高いテンションを維持したまま無駄に大きな声を張り上げる。
その間にオズヴェルドの拳が二発、蹴り一発が突き刺さる。刻印装甲様様とでも言うべきか、今すぐ死ぬような威力では無い。
防御に回していた思考を二段下げ、その分を攻撃思考に回す。
「人の趣味趣向を歪めてんじゃねぇッ!!」
「なら何故、オレイカルコスに守られた顔面を狙った!! あの女でさえも小生の内腑を執拗に狙ったのだぞ!! 戦いで敵の急所を狙わぬ奴はなァ!! 戦いを楽しむ破綻者でしかないのだよ!!」
「それは俺が素人だから……ウゼェッ!!」
言い訳をするのも面倒臭い。そもそも殺す相手と言葉を交わすことに意味など無い。
「良いからとっとと死にやがれ化けモンが!!」
レーベインベルグが乱雑に振るわれ、耳をつんざく擦過音が火花を吐き出し、火柱を吹き上げる。
炭化してい己のく肉体を気に止めることなく、拳と剣が交差する。
最早、吹き上がっているのが火の花なのか、血の花かさえも分からなかった。
「楽しいな!! 楽しいだろ!! 他者を寄せ付けぬ圧倒的なパワー!! それをぶつけられる敵!! 一歩踏み外しただけで訪れる死!! これを充実と言うのだよ!!」
「うるせぇッ!! ウゼェッ!! 知るかッ!!」
怒声の一つ一つに合わせてリズム良く繰り出される三連撃に合わせて、テンポ良く打撃の三連撃が放たれる。
「付き合ってられるか――――――――!?」
人聞きの悪い趣味趣向の押し付けが、蒼一郎のフラストレーションを蓄積させる。
その怒りが、この男を一つの境地に誘った。
斬撃と打撃がぶつかるよりも速く、二股に別れた刀身に亀裂が走り、縦に裂ける。
魔力とは別系統の力――――、自らの剣気による武装損壊、ヴァレイグラルフと同じ領域に到達してしまったのであった。
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