第五話 帝国最強決定戦開催
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帝国史上最大級の興行、帝国最強決定戦の開催が決定してから、約四十日が経過した。
これは帝国全土に通達し、そして腕自慢達がソウブルーに辿り着くまでに要した日数である。
最後の参加者がソウブルーに到着する頃、既にこの一大興行の準備は完了済みで、ギルド地区の一区画には二十万人の収容を可能とするコロシアムが建造された。
更に約三千ヶ所の商業施設には試合をリアルタイムで中継する立体映像装置が設置され、コロシアムに入りきれなかった者でも、職人地区、商業地区、場所を選ぶ事無く観光と観戦を同時に楽しむことができる。
尚、立体映像装置は帝国に普及している一般技術では無い。
立体映像装置の内部は巧妙にブラックボックス化された魔力受信器で、ハーティアの情報通信魔術により三千箇所での同時発信を可能としている。
ハーティアが魔人最弱と言われているとは言え、魔人は魔人だ。
通信魔術の行使を隠蔽し、三千箇所での同時中継程度、片手間で出来る芸当だ。
帝国では念話などの通信魔術、更に言えば軍事用語としてインターネットの存在は、戦争の在り方を根底から覆す物としてその扱いには慎重を重ねている。
情報の利便性を認めていながら、適切に管理運用が出来ないという自覚があるからだ。
そんな中、たった一人の術者がリアルタイムで三千ヶ所に情報を送り込めることが露見すれば、魔人であることを隠し通せたとしても、良くて飼い殺し、悪くすれば世界の敵扱いだ。
結果としてティアメスは、数は多いが不出来な発掘兵器という設定を用意した。
その根拠をでっち上げる為にヴァルバラは態々ファルファクスまで赴き、空間制御術式を応用して発掘兵器が多数埋まる古代の地層を人工的に作り出すという荒業を披露することになった。
何はともあれルカビアンの出鱈目な能力を駆使して、帝国最強決定戦を今日この日、無事に迎えることが出来たというわけである。
「自分の得手は殺し合いであって、こういった試合はあまり得意では無いのですが……」
蒼一郎はぼやきながら己を包囲する男達を尻目に深々と溜息を吐く。
既に最強決定戦は開催されたが、予想を遥かに越える参加希望者が現れた為、急遽予選を行うことになった。
とは言え、半分以上は出来レースのようなものだ。
各ブロックに有力な選手を一人ずつ配置し、参加するに値しない者達が百人ずつ分配されている。
コロシアムの各所に配置された立体映像にはメアリや、アーベルト等、有力な選手が雑多な参加者たちを言葉通りの意味で、全員纏めて吹き飛ばしている映像が流れていた。
それは宛ら一騎当千の強者たちの見本市だ。
観客の中に紛れ込む諸外国の諜報員たちが意気消沈して「帝国に手を出すのは時期尚早」と報告する程だった。
繊維が喪失するのも無理は無い。それほどまで出鱈目を極める光景が当然であるかのように繰り広げられていた。
これで参加に値しない参加者の九割くらいは自動的に吹き飛んでいくことになる。
「へ、へへへ……悪く思うなよ。単独でドラゴン、邪神、魔人を討ち取ったアンタでもこの人数が相手じゃ敵わないだろ?」
蒼一郎のブロックも他のブロックと同様、バトルロイヤル形式の筈が一対百の様相を呈していた。
「ええ、まあ、そうかも知れませんね」
包囲し、勝機を確信すると同時に怯えた様子を見せる選手達の言葉に対し、投げやり気味の口調で同意する。
本来、この男は戦う者では無い。故に得意とするのは殺し合いだ。
戦う者では無いからこそ、命の危機に晒され、危機感を覚えなくては実力を発揮することが出来ない。
嘗て、ソウブルーを襲ったスケイルドラゴンとの戦いが、蒼一郎の武人としての在り方を歪にしていた。
「殺し合いなら何千人が相手でも負けないつもりですが……」
蒼一郎は一人ごちる。この戦闘エリアはARとVRを魔術的な手法で再現した空間だ。
大会参加者は精神をVR空間内のアバターに憑依させているに過ぎず、どんな重症を負うことになろうとも決して命を落とすことはない。
しかし、当事者でありながら現実だと誤認する程の出来栄えと安全性の高さは、却って蒼一郎に実力の発揮を阻害する。
「此処で負けると、またメアリが駄々を捏ねかねないので、精々全力でやらせてもらうとしましょうか」
「何をごちゃごちゃと! ほざいてんじゃねぇぞ!」
蒼一郎を取り囲む者達が気焔を吐いて武器を振り上げ、四方八方から殺到する。
頭蓋、肩口、首筋、背、脚、心臓、肺、内臓――。
誰が何処を狙っているのか、それら全ての情報が直感的に把握出来た。
いつもと同じ通りにだ。
つまるところ――
「流石はルカビアンということですか。VR空間の中で安全が確保されていると分かっていても身の危険を感じるリアリティ。名称は同じでも、矢張り自分の知るVRとは別物だ」
それが錯覚だとしても、錯覚であるという自覚があって尚、蒼一郎の本能が認識する。
――殺らねば殺られる、と。
つまり、いつも通りだ。いつも通りの殺し合いだ。殺し合いが成立してしまったのだ。
倉澤蒼一郎は戦う者では無い。殺す者、殺戮者だ。
殺し合いという異様な条件に限れば、邪神ですら殺すのがこの男である。
要塞都市の外に位置する小さな町村の腕自慢がたったの百人程度。
この男に太刀打ち出来る道理は毛ほども無かった。
「すみません。殺し合いが成立するのであれば、貴方達に勝ち目は、万、億、兆、どれだけ回数を重ねても一つもありません」
刃渡り二メートルの二股に裂けた長剣が鋭い呼吸と、力強い踏み込みと共に繰り出される。
右足を軸にした急速旋回から放たれた横薙ぎの剣閃が、陽光の乱反射で増幅し、出鱈目な軌道を描いたかのように選手や観客たちを錯覚させた。
蒼一郎の間合いに入っていた者達の武器が全く同じタイミングで破壊され、破砕音が幾重にも重なり彼らの鼓膜に不吉な音色が入り込む。
そして十人が事切れたように地面に崩れ落ちた。
「勝利は諦め、どうぞソウブルーで観光を楽しんでいってください」
狼狽する選手達を余所に両手で長剣で持ち直し、摺り足で右足を前にして膝を軽く曲げる。
長剣を地面と水平にして身体を捻る。切っ先を後方へ向け、左足の踵を軽く上げると、蒼一郎を包囲する選手達が武器を構えたまま後退る。
『来る!!』
彼等がそう思った矢先のことだった。
蒼一郎の爪先が頑丈に舗装されている筈の床に、二センチ程沈み込んだ。
走る亀裂が彼等の足元にまで迫る。
そして自覚した。如何に場違いな場所に来てしまったかを。
彼らの不幸は二つ。
それに気付いたのがたった今であること。
そして、もう一つ。
相手に合わせて力を抑えられる程の技巧を、この男が持ち合わせていないことだ。
音の壁を容易に打ち崩す踏み込みから放たれた超高速の斬撃が、空間と視界を歪めて通り抜ける。
「は………………?」
選手の一人が間の抜けた声を漏らした。
蒼一郎が放った刃は間合いの一歩手前を通り抜け、斬られた者は一人もいない。
不発か、ただのこけおどしか、間抜けの類か、彼等の口元が嘲笑に歪みかけた瞬間のことだった。
空間を擦過する不穏な風切り音と共に、激しい衝撃波が彼等に襲いかかる。
巻き上げられた塵や埃が渦を巻き、参加者たちを悲鳴と共に巻き込んでいく。
「何とかスプラッターだけは避けられましたか」
反対側の壁面に叩き付けられた対戦相手が比較的綺麗な形――――、五体満足で派手な出血をすることなく骸を晒す様に安堵の表情を浮かべる。
そう言いつつも、万が一の生存者に備え、長剣を上段に構えて追撃の姿勢を取っていた。
本大会では魔術の行使、魔力の放出、魔術兵装の使用が禁じられている。
精霊の指輪、龍装甲を外しているのは勿論のこと、手持ちの長剣もこの日のために用意したレーベインベルグのレプリカだ。
柄に埋め込まれた六つの魔石も無い為、身体強化の術式もかけられておらず、素の身体能力でどこまで戦えるかが不明瞭だった。
その程度、事前に把握して然るべきことだが、それに気付いたのは、たった今。
剣圧のみで無力化出来る根拠は無く、『これで殲滅できれば儲けもの』くらいの直感と勢い任せによるものだった。
「今の自分でも、メアリやアーベルトさんと同じ舞台に立てる程度の、最低限の力はあるか」
壁に埋まって失神――、即死した九十人の惨状を目の当たりにしても勝ち誇る気にはなれなかった。
蒼一郎が恐る恐る己の力を確かめているのを尻目に、打撃の一発で百人の対戦相手を吹き飛ばして戦闘不能に追い込むメアリの姿を見せつけられたのだから当然だ。
――何はともあれ……、魔術兵装が使えないせいで予選落ち……なんて恥を晒さずに済んだ。
そのことに胸を撫で下ろして、蒼一郎は悠然とした足取りで控室に戻る。
道すがら立ち寄った救護室には数百、数千人もの予選落ちする予定の選手が寝かされている。
外様の参加者の中でも、特に力の劣った者達は、どうせ秒殺だろうと、精神をアバターに移した直後に救護室に運び込まれたのである。
「噛ませ犬にすらならない扱いをするくらいなら、最初から足切りしておけば良いものを」
「今まで使ったことの無い術式だよ? ヴァリーのサポートがあるって言っても、サンプルは一つでも多い方が安心ってね」
憐れみを滲ませて呟く蒼一郎の背中にティアメスが声を投げかけた。
アーベルトの恋人ということもあり――それを口にすると彼は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるが――顔を合わせる機会は決して少なくない。
だが、蒼一郎の記憶違いで無ければ、言葉を交わすのはこれが初めてのことだった。
「目が覚めない参加者でも現れましたか?」
「ぜーんぜん。その気になったら今すぐにでも覚醒できるけど? けど、大した時間も経ってない内に意識を取り戻した時に、無傷ってちょっとした混乱になりそうじゃない?」
「戦術級魔術並の回復術式使ったことにしておけば良いんじゃないですか? ついでに医療費も頂く方向で」
「んー、それも悪くないけど出来るだけソウブルーに直接お金を落としてもらいたいから今回はパス」
彼等が噛ませ犬では無いと知り、蒼一郎は溜息を吐く。
噛ませ犬兼、新術式のモルモット兼、興行収入実績作りの人足。
彼等に求められている事は彼等が思っているよりも遥かに多く重要だ。
しかし、その中に彼等が望む役割は一つとして無い。
それだけに意識の無い選手達を憐むように再び溜息を吐いた。
「それにしてもティアメスが自分に声をかけるとは珍しいですね。アーベルトさんの方に行かなくて良いのですか?」
「アー君は今から試合。手強い相手と戦うから集中したいんだって。それから君、一番最初の対戦相手はガラベルだよって報告。人間の見世物になるのが嫌だから、さっさと用件済ませて、さっさと帰りたいんだってさ」
三度目になる溜息を吐き、今度は自分自身を哀れんだ。
「刻印装甲も、魔術兵装も抜きで上位の魔人と一対一で戦うのか……。一応、メアリのご機嫌取りをする為の大会なのですがね」
半眼で睨み付け、『もしかしてテメェの利益だけでやってんじゃねぇだろうな?』という蒼一郎の無言の恫喝に晒され、ティアメスは諸手を挙げて後退り、苦笑を浮かべて口を開く。
「まあまあ、ガラベルも魔力強化、魔術抜きで条件は同じだし、半神の君の方が有利だと思うんだけどなー」
「ま、別に構いやしませんが。それで? アーベルトさん程の男が手強いなんて相手は誰なんです?」
「見に行ってみる?」
ティアメスの提案に一も二も無く頷き、舞台に向かう。
丁度メアリに蹴り飛ばされたルトラールが弧を描いて空を舞い、宙空で失神して受け身を取れずに首から地面に落下して死亡判定を受けているところだった。
「条件が対等なら冒険者には絶対に負けないなんて言うからハンデ付けてあげたのに……」
つまらなさそうに呟くメアリと目が合った。
「あら、委員長さん。応援に来てくれたのかしら?」
「敵情視察といったところですよ」
「それは残念。彼じゃ弱過ぎて実力を出す暇すらもらえなかったわ」
メアリは欲求不満を隠す事無くぼやく。ルトラールは決して弱い男ではない。
特にこの大会のルールならば多くの冒険者にとって相当な脅威となる筈だった。
ただ目の前の女がそれを遥かに凌ぐ脅威であったというだけで。
「あっちが羨ましいわねぇ」
メアリと入れ替わりで壇上に現れたのはアーベルト。そして――、
「バーグリフ……!?」
戸惑っているのは蒼一郎だけでは無い。観客もアーベルトも同じだ。
ソウブルー地方の支配者が何食わぬ顔で選手面している。
――何で其処に居る!?
多くの者が心の声を重ね合わせているのを尻目に、バーグリフは愉快そうに口の端を吊り上げる。
そして、「聞け!!」と大声を張り上げた。
「帝国最強を決める大一番! その主催者ティナ・ハルモンドは我が右腕たる従僕、アーベルトの妻になることを切望した!! だから私はアーベルトの妻に相応しい力を示せと言った!! そして、彼女は力を示した!! この帝国史上最大規模の興行を開催することによって!! 私の想定以上の力だ!! 故に我が従僕よ!! ティナ・ハルモンドの夫に相応しい力を我が身に示せ!!」
空を割らんが如く大声援に、アーベルトは絶句すると共に脱力する。
「なんか参加したかったんだってさ」
あっけらかんと言ってのけるティアメスに、蒼一郎は頭を抱える。
バーグリフの宣言が即興で作った口実に過ぎず、ティアメスの言が過不足なく的確であると理解したからだ。
「子供か!! しかし、アーベルトさんには同情する」
「なんでさ?」
「貴女の興行は大成功。それ自体は結構。問題はバーグリフの想定を越えてしまったとことです。ああ見えて均衡を好む男です。アーベルトさんにも貴女の結果に見合う力を要求せずにいられない。さもなくばあなた方夫婦は力関係の歪な「やだ~! 夫婦だなんて~!」黙って聞け。アーベルトさんは忠臣だ。主に力を示せと命じられれば、応えることを至上とする。この場におけるバーグリフの想定を超える力とは……」
「衛兵団長さんが、自分の手の内の全てを知る支配者様に勝利すること。それも圧倒的に」
蒼一郎の言葉をメアリが何かを求めるような蠱惑的な声色で引き継いだ。
背筋が凍るような錯覚を振り払い「何にせよアーベルトさんにとって最大の試練になる」と視線をアーベルト達の方に移す。
両者とも左手で柄尻を掴み、円を描くようにして足を運び、立ち位置を変えていく。
アーベルトが足を止め、右手を柄に添え、切っ先を地面に向けたまま両の手で握り締める。
その動きに呼応するかの如くバーグリフも足を止め、剣を両手で握り締める。
身体が沈み込ませ、先に地を蹴ったのはアーベルトだった。
一呼吸遅れて地を蹴るバーグリフ。しかし、先に二歩目を踏み込んだのは行動が遅れた筈のバーグリフであった。
アーベルトは構えの途中に撃ち込まれた高速の三連撃を辛うじて弾き返し、眩い火花を舞い散らせた。
浅い呼吸と共にアーベルトは間合いを外す。
不可解な加速に警戒の色を滲ませはするものの、そこに怯えや恐れはない。
剣を中段に構え迎撃の体勢を取る。
それを待っていたかのように手首で剣を振り回しながらバーグリフが踏み込む。
振り回す剣の重量と遠心力が加わっているとは言え、枯れ枝のような細い腕から繰り出されたとは到底思えぬ重い斬撃がアーベルトを襲った。
バーグリフは、剣を右へ左へと片手に持ち替え、変幻自在に飛び交う斬撃が火花を散らす。
斬撃の隙間を縫うようにして刺突を繰り出すも、バーグリフはアーベルトの手首を掴んで懐に潜り込み、鳩尾に肘鉄、額に柄尻、旋回する身体から放たれる横薙ぎの斬撃を脇腹に叩き付ける。
叩き込まれる打撃に堪えつつ、斬撃のみを捌くが、鋭く放たれた胴回し蹴りがアーベルトの側頭部を激しく揺らす。
「アーくん……!!」
「いえ、此処からです」
不安げに声を漏らすティアメスに対し、蒼一郎はアーベルトの眼が些かも揺らいでいないことに気付いた。
それどころか理不尽且つ、不可解な状況に若干の苛立ちすら感じ取れた。
そして、その苛立ちはアーベルトが自らに課した歯止めを一つ開放する。
立て続けに放たれた打撃に揺さ振られ、よろめきながら後退するアーベルトの身体が自然な流れで構えを取った。
それまでの防戦とは打って変わって、掻き消えるのような斬撃が立て続けに繰り出され、バーグリフは防御、回避、ついには後退を迫られる。
壁際に追い詰められたバーグリフは壁を蹴り、迫り来るアーベルトの頭上を飛び越え、無防備な後頭部に剣閃を走らせるが、その尽くが火花と共に飛び散る。
地面に着地すると同時にバーグリフの右足首から鮮血が溢れ、左の頬から痺れるような感覚が走った。
「ほう……」
痺れを感じる頬に指を這わせると、深さ五ミリの裂傷が走り、バーグリフの指先を血で滲ませた。
従僕に斬られた感想は、歓喜だった。
何と無く才能のような物を感じ、気紛れで拾った農家の三男坊が、ついにはバーグリフに血を流させた。
卑劣の王オライオンですら、戦闘能力に秀でる幹部、オライオン四天王と共に攻めかかって尚、血の一滴すら流させることすら出来なかったバーグリフが遂に血を流したのだ。
最後に血を流したのはいつだったか――、記憶の海から引き上げなくてはならない程だ。
如何なる強敵ですら成し得なかった事を、後継として見出した従僕が成し遂げた。
「おい見たかよ! あの上段からの強烈な振り落としをよ!!」
「何言ってんだお前? あの男は中段構えからの鋭い突きでバーグリフ様の頬を削ったんだぞ?」
「お前らちゃんと見てたかー? 下段から斬り上げが滞空中のバーグリフ様の足首を斬ったんだ」
観戦していた衛兵達が、口々に噛み合わない感想を言い合う。
それを横目にティアメスが深々と溜息を吐く。
「なんにも分かってない」
「あの出鱈目な剣速を一太刀見切れるだけでも大したものだと思いますよ。常人なら火花が散っているようにしか見えていない筈――」
「後頭部への一撃を振り向き様の唐竹割りで迎撃。一見無防備になった頭部への刺突はフェイントで、更に変則的な下段の構えからの逆袈裟斬り。バーグリフ様は足首を斬られることを覚悟の上で、刃を蹴って剣の軌道を逸らし、身体操作の意識を下へと向けたところに今度こそ本命の突きで眉間を。しかし、咄嗟に首を逸らされ、薄皮一枚を切り裂いた……合っていますか? 倉澤先生」
並の常人では部分的にしか知覚出来ない筈の応酬を、完全に見切っていたかのような口振りだった。
振り返ると、其処には蒼一郎の一番弟子を自称するヴィスルトの姿があった。
「凄いじゃないか、ヴィルスト。彼等の剣がほぼ完全に見えているなんて流石ですよ」
「と、とんでもありません! 神経を研ぎ澄ませてやっと一秒見れるか見れないです。実戦では到底使えるものではありません。流石とは言えるものでは……」
「その年齢なら十分大したものですよ。あの二人の戦いをよく見ておきなさい。腕一つで此処までのし上がった超実戦派の戦いを見られる機会は滅多にありません」
――いや、参考にさせない方が良いだろうか。
言った矢先、視線を戻した蒼一郎は若干の後悔を顔に滲ませる。
バーグリフは戦争の愉しさを最大限引き出すために仁君として全力で善政を敷いた。
尋常ならざる力を手にするものの、帝国は大陸の八割を支配下に納め、既に武力を向ける矛先は存在しない。
それ故にアーベルトの力を目の当たりにして、バーグリフは満足そうに歪んだ笑みを浮かべていた。
主君の豹変ぶりに、不吉な物を感じたアーベルトの身体が硬直する。
ほんの一瞬にも満たない僅かな時を刻んだ。
飛翔する剣閃に左耳を裂かれ、右へと身体を逸らし、素早く引き戻された刃はアーベルトの右肩を深く貫いた。
飛び散る鮮血が床と壁を赤く染める。
それにも関わらず――、
「ご無礼、お許しを」
アーベルトの目尻が鋭く吊り上がる。今し方斬られた者の口振りでは無い。
だが、バーグリフはその傲慢を許し、笑みを浮かべた。
次の瞬間、バーグリフの視界を埋めたのは鉄塊と見紛う程の剣圧を生じる刃の切っ先であった。
反射的に打ち払わんと剣を振るが、その手応えはあまりにも軽く、アーベルトの剣が弧を描いて宙を舞った。
――投擲。
剣を放り投げられたのだと悟った時、既にアーベルトの姿は視界に無い。
バーグリフの表情が苦悶に歪む。
剣を投擲すると同時に極限まで姿勢を低く下げ、地を滑るようにして距離を詰めたアーベルトが放った強烈なレバーブローが防御と意識の隙間を縫って突き刺さった。
激しく肉を打ち付ける音がその衝撃の強さを物語る。さしものバーグリフもよろめいた。
その顔面に追撃の右ストレートが炸裂する。ふらついた足取りで後退するバーグリフの右手首を掴み、再び肉弾戦の間合いに引き戻し、膝蹴りで宙に打ち上げ跳躍。
バーグリフの頭上で旋回し、頭頂部に鉄槌の如き踵落としで地面に叩き付ける。
人間が落下したとは思えぬ轟音と共に亀裂が走り、砂埃が舞い上がった。
「――――――――――――ッ!!」
一足遅れでアーベルトが地上に着地して舞い上がる砂埃を霧散させ、今更になって思い出したかのように荒く呼吸をする。
「決まった、のでしょうか」
ヴィルストの問いに蒼一郎は頷く。
「投擲直後に意識外からの打撃で悶絶していましたからね。あれでは防御どころではありません。そして、防御が緩んだ隙に繰り出された顔面への正拳突き。バーグリフ、様とは言え戦闘不能は免れないでしょう。それに剣で斬るのは従者として抵抗感が否めないところですが、打撃ならば遠慮せずに済みますからね」
何より溜まったストレスを無意識的に開放し易い。
バーグリフを空中に蹴り上げ、踵落としで地面に叩き落したのも、追撃と言うよりは日頃の恨みみたいなものだ。
兎にも角にも色んな意味での大番狂わせが此処に成立し、会場が激しく沸き立った。
「アーくん!!」
闘技場によじ登りティアメスが駆けていく。
呼吸を整えることに精一杯だったから、或いは魔人であるが故に、その足が速すぎたからか――。
ティアメスは荒く呼吸するアーベルトを食むようにして唇を重ねた。
会場が先程までとは違った毛色の歓声に包まれる。
抵抗する暇が無かったのか、それとも彼女の接近に気付いた上で抵抗する気が起きなかったのか。
それすらも分からず、頬を上気させるティアメスに見つめられ、アーベルトもまた呆然と見つめ返すことしか出来なかった。
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Copyright © 2017-2019 芥川一刀 All Rights Reserved.
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