7 水面下 軍の動き
見えるわけでもないのにその雰囲気を察したのか、桐珂は少し微笑んだ。彼女は先程からなんら言葉を発せず、静かに聞き手にまわっている。
「彼、生きてたんだ……」
「精神障害を負いながら、浮浪者施設に入っていたんだ。俺も今年に入ってから知った。もっとも、以前から顔は知っていたがな。で、奴を拉致したのが、軍の関係者だという情報が入った。情報元は俺の知り合いの退役軍人だ。彼は俺が元クレッフェの人間だということは知らない。ただの工事夫だと思ってる。実際、俺の今の仕事は工事夫だ。彼は今、天下りして国の諜報機関の下請け会社の会長をしている。それで分かったんだ」
「拉致……したのか?」
「そうだ。おかしいだろ?」
夜気が窓のすき間から入り込んで、部屋はかなり寒かった。空夜は自分のベッドの毛布を桐珂のひざにかけた。彼女はそれに気付いてゆっくりと笑った。
「クレッフェの試験部隊の人間を殺さなかった。あるいは拉致して違う場所で殺したのかも知れないけれど、そういう情報は入ってはこない。第一、発見したら口封じのために抹殺が原則なのに、これはおかしい」
「一週間前のことなんだろ? ……リンはそんな情報僕に持ってはきていない。ガセをつかまされたんじゃないのか? それとも、何かの罠の情報だとか」
「軍が秘密裏に動いてる。そうは考えられないか?」
「まさか。戦争が終わって二年だ。今さらなぜ動く?」
空夜は温くなったお茶を飲みほした。枯れ草の味が口の中に残って、鼻孔を芳しい風が通る。
しかし、心臓はその香りに警戒を解いてはいなかった。