59 買収の計画
「情報部がこの情報をつかんでいるということは、カッセルももう知っているということだな」
「彼はすでに人を放った様子です。それもそのはず……」
サベンコは息をついた。
「手配した二通の偽造移動許可証の引渡しは、今夜だからです」
「む……」
呻きとも、呟きともとれぬほどの小さな声を洩らして、タナカは黙った。
サベンコはこれを告げに来たのだ。そして、カッセルをだし抜く実行力を手配することをタナカに期待している。
もちろん軍人ではないタナカが、もともとの軍関係者であるカッセルに機動力でかなうはずがない。つまり、
「カッセルの放った人間を買収できるだろうか」
金の力で。
サベンコはうなづいた。
「実際に行動する人間は明らかではありませんが、カッセル次官に放たれてクレッフェの連行を命じられた指揮官は判明しています。彼ならば、あるいは」
「早急に用意する。万が一散花の人間だったらば、私のところに連れてくるように。カッセルに対してはクレッフェの人間ではなかったと偽ってもらう。……勝てる賭けだと思うかね?」
「やってみます」
やんわりとタナカの質問に対する答えを避けて、サベンコは言った。
「私も今夜、現地へ向かいます。これからすぐに発てば、今夜には引渡し場所のモリスにつきます」
タナカがうなづくと同時に、誰かが部屋のドアを叩いた。サベンコは思わず肩を震わせたが、それはこの屋敷の使用人の女だった。食事ができている、と戸口で女は言った。
タナカはうなづいて応えた。
そう言えば、朝日は完全に大地を覆っていた。この部屋も南向きではあるが、かなり明るくなっていた。柔らかなじゅうたんを覆う光の粉はきらきらとざわめいていたし、空気は少しずつ昼の匂いを取り戻していた。
サベンコは顔を上げてそれを見た。世界はいつもと変わらぬ朝の、綺麗な形を保っていた。
女が出ていった扉から、香ばしくて平和な残り香が漂ってきた。
タナカは痛む足を持ちあげてのっそりと立ち上がると、サベンコを促した。
話の内容上、前かがみになっていたサベンコは肩を鳴らして立ち上がった。




