51 聖女の背中
夕日の名残が消えいるように山の端に吸い込まれる。街に明かりが灯りはじめた。娼館にはいつものけばけばしいネオンが闇を裂いていることだろう。
空夜は、桐珂のほんの少しの荷物を彼女の手にしっかりと持たせた。桐珂はもう一度空夜の方を見て、心配そうに言った。
「本当に無茶はしないで。危険なことはしないと約束してね」
「大丈夫よぉ。こいつは危険なことする度胸、ありませんから」
リンがよく分からない理屈でうけあうと、桐珂の肩をぽんと叩いた。空夜は憮然とした表情で、しかし、うんと返事をした。
桐珂が微笑む。そうして綺麗にうなづく。
夜中までに街の郊外まで出ていき、明日の朝山を越える。明後日の夕刻までには境界を出ていることだろう。何か問題が起きた時に桐珂を関わらせなくて済むように、空夜たちは明日の夜、街を出る。
「気を付けて、桐珂」
「空夜と秋比古も」
二人はうなづいた。そうして握っていた手を離す。
「いってきます」
桐珂はそう言って背を向けた。まるでこれから聖母が巡礼の旅にでるような、そんな厳かな空気をまとって。手を引かれながら歩く彼女の足取りはしっかりしていて、多分それは山を越えても変わらないだろう。
空夜はその後ろ姿を目で追いながら、まるで自分の方がここに取り残されてしまったような気がした。追いつけるのかどうか分からない、そんな不安があった。
細い路地を彼女が離れていくにつれて、夜闇がしっとりと地上に降り立ち、そうして彼女の背中の彩度を落としていった。




