49 生きるためにすれ違う世界たち
自分の中には世界がいくつもあって、それが皆、等価値で存在している。それなのに、多くの人間と共有できるという理由だけで、この世界がなぜこんなにも台頭しているのだろう。神様が造ったというだけで、なぜこの世界はこんなにも目の前にあって、私を不自由にするのだろう。
自分の世界を守りながら、ここから自由になることなどないのだろうか。
この世界を嫌悪しながらも、私を生かすこの力は何なのだろうか。
数人の男女が、和知の脇を通り抜ける。不格好な和知を指を指して笑う。はしゃいだ笑い声と甘ったるいささやきで、廊下は、人のいるこの不自由な現実で満たされる。
和知は我に返って歩き出す。
現実の空虚な容れ物の中を泳ぎ出す。身体という不自由な乗り物は、和知を動かさずにはいられない。片時の停止も望まない。思考の自由な飛躍には追いつくことなどないのに、それでも懸命に動こうとする。
生きるために。
私の自由を彼女にも味わわせたい、と和知は思う。この自由を、私の中の世界を。
生きていて、別々のままでは決して共有することはできないのだけれど。それでもどうにかして……。
廊下は大きな通りにつながっていて、そこからは人通りが激しくなる。
いくつものうつろな目が、酔ったように現実を見つめて空間をさまよっている。その奥にはたくさんの世界が潜んでいるのに、誰もがそれを隠そうとして閉じ込めたまま。
和知はたくさんの世界と肩をぶつけ合いながら、この世界で自分が行き着く場所へ向かっていった。




