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戦争を語る仔  作者:
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32/80

32 彼女の響き 空気

 仕事から帰った時、秋比古はまだ帰ってはいなかった。

 桐珂だけがいつも通り静かに椅子に座って待っていた。

「お帰りなさい」

 空夜が室内に入ると、すぐに彼女が声をかけた。穏やかに小さな端末のキーボードを打っている。きっと、何かユーリ・エバに報告することがあるのだろう。

 目の見えない彼女が頼りにするのはキーボードの音だ。ひとつひとつ微妙に変えてあるキーの音を聞き分けて、彼女は自分の打っているキーが正しいものであるかどうかを確認する。

 彼女が立ち上がりかけたのを見て、空夜が言った。

「そのまま続けて。お茶は僕が入れるから」

 彼女はにっこりとうなづくと、また腰を落ち着けてキーボードを打ちだした。

 空夜は台所に入ると、秋比古の分も見込んで多めに湯を沸かした。

「秋比古は一度帰ってきたわ。夜中に」

 桐珂が静かに言った。

「そう」

「彼、何か分かったようなことを言っていたけど」

「なに?」

「分からない。言っていかなかったの。それからすぐにもう一度出て行ってしまったから」

 空夜は部屋に戻って、桐珂の膝に毛布をかけた。

 彼女はそれに気付いてにっこりとした。

「桐珂、ちゃんと寝た?」

 桐珂の顔をのぞき込んでその顔色を見ると、空夜は尋ねた。

 彼女は笑顔を残したまま、困ったような顔をして、

「ちょっと仕事があったものだから」

「ちゃんと眠らなくちゃだめだよ。もし、僕たちも秋比古のようにここから出ていくことになったら、体力をつけなくちゃ」

「連れて行ってくれるの?」

「もちろん」

 彼女はキーボードから手を離すと、空夜の手を求めてその手をさまよわせた。空夜はそれを認めて彼女の手を握った。


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