二つのキリエス
「お、お父さんなの!?」
「そうだよパパだ。サーシャよ、大きくなったな。しかも美人になっちゃって、パパは嬉しいよ。しかし、本当に久しぶりだよね、元気してたかい。」
この方がサーシャ様の父上のディミトリさん。
見た感じでは、どこにでもいそうな感じのよい、お父さんといった印象です。
ですが、その両の瞳は紛れもなくサーシャ様と同じパープルアイズです。
数年ぶりの親子の再会の割には、どことなく軽い感じでね。
僕は、もっと感動を与えてもらえると、ばかり思っていたのに拍子抜けです。
「おお、君がピート君か、娘が世話になっているらしいね。燃えるような恋、儚い青春、羨ましいな。これからも娘のことは頼んだよ。」
この人は一体なにを言っているのでしょうか。
呆気にとられるばかりです。
「君は……。」
「ロ、ローラスと申します。サーシャとは、共にグラノール様の元で修行をしていました。」
「そうか、グラノールか。懐かしいな。あいつも弟子をとるようになったんだな。」
そういえば、かつてディミトリさんはグラノールさんと戦ったと聞きましたね。
「おお!そこにいるのはシエルか!久しぶりだなー、相変わらず綺麗だ。」
「貴方は少し老けたわね、ディミトリ。」
「ハハハ、そうだよね。もう、おじさんになっちゃったよ。」
しかし、さっきから懐かしい話で盛り上がっているディミトリさんですが、もう少し娘のサーシャ様の相手をして頂けないものですかね。
これでは、サーシャ様が気の毒でなりません。
「ねえねえ、サーシャ。ディミトリって、あんな性格だったっけ?もっとクールだったような気がするんだけど。」
シエルさんは、耳打ちするようにサーシャ様に言いました。
「――変わってないわ。人前では、格好つける癖があるのよ。でも……お父さん、生きていてくれて、よかった――。」
サーシャ様は突然、泣き崩れるようにディミトリさんに寄り添いました。
「サーシャ。色々と済まなかった――。」
これです。
こういう感動のシーンを僕は待っていました。
涙に濡れるサーシャ様を見たかったのです。
ところが――。
「――なんて言うと思う!だいたい生きてるんなら、連絡くらいよこしなさいよ。そういう、だらしないところ全然変わってないんだから。私が一人でどれだけ大変だったか――。」
「――本当に悪かった。パパにも色々と事情があったのだが、サーシャには辛い思いをさせたな。」
ディミトリさんは、強くサーシャ様を抱きしめました。
そして悪態を見せていたサーシャ様も、その綺麗な顔は、涙で崩れていました。
結果的に、変則的ではありますが感動のシーンを目の前で見られて、僕はハンカチを濡らしたのでありました。
「ディミトリ様。積もる話しもあるとは思いますが、時間がありません。」
側にいた、フォックスは焦る表情でディミトリさんに言いました。
「うん、そうだね。それじゃあ皆、食事の用意をしているから、食べながら大事な話をしよう。 」
魔界と呼ばれた、この地の食事とは何とも興味深いですね。
どんな珍味に出逢えることか、楽しみです。
僕らは部屋を移動して、食卓につきました。
目の前に並んだ食事は豪華ですが、特に変なものはありません。
ありふれた食事ですね。
「さあ、食べてくれ。人間界と変わらないものを用意させたから、心配せずに胃袋へ放り込んでくれたまえ。」
「もう、もっと気の利くようなこと言えないのかしら。食欲なくすわ。」
「ハハハ。そう言うな、パパは品がないだけさ。」
「何の自慢よ。それから、自分でパパって言う癖もやめてよね。私はもう子供じゃないの。」
サーシャ様とディミトリさんの、会話のキャッチボールを、僕はとても新鮮な眼差しで眺めていました。
僕には、そんな経験がありませんからね。
唯一、似たような光景が過去にあったとすれば、それは僕がレジェスと過ごした短い期間です。
「さて、食べながらでいいから聞いてくれ。これから質問タイムを設ける。質問は、一人一つだ。私が話せることなら、何でも答えよう。時間が余りないから早急に質問を絞ってくれ。」
ディミトリさんやフォックスが言っている「時間がない」という発言は、一体何を意味しているのかが気になりますが、それを訊ねたら一人一つの質問枠を潰しかねない気がするので、ここは慎重にいきましょう。
「さあ、では何か聞きたいことがある者がいたら、遠慮せずに訊いてくれ。」
「じゃあ俺からいいですか。」
最初に手を上げたのはローラスでした。
頼みますから変な質問だけはやめてもらいたいです。
貴重な質問枠なのですから。
「この都市は、キリエスと仰いましたが、それは我々の世界にあるレト大陸に存在するキリエスという国と、どういう関係があるのでしょうか?偶然ということは、あまりにも考えにくいと思われるのですが。」
これは、最初にしてはなかなか良い質問ですね。
おそらくは、この名前に関して二つのキリエスの何らかの関係性が浮き彫りになることでしょう。
キリエスには昔から魔物との繋りを匂わせる、その類いの噂が絶えなかったですからね。
「うん。その疑問は君らからしたら当然だろうね。――少し昔話しになるんだけどね、答えよう。」
僕らは、ディミトリさんの答えを固唾を飲んで耳を傾けました。
「このフルガイアを訪れた人間というのは、君達を含めて本当に、ごく僅かなんだ。その稀少な人間の中にブラウン・ドレイクという男がいてね。そうだな、もう百年近く昔のことだ。」
ブラウン・ドレイクといえばキリエスの初代国王です。
その頃のキリエスは、まだ弱小国でした。
その時代、レト大陸の覇者は大国ソマールでした。その大国を、滅ぼし覇権を手にしたのが、ブラウン・ドレイクが率いたキリエスでした。
彼は、ドレイク一世として長いキリエスの政権の礎を築いたのです。
僕らは歴史上の偉人としてしか、彼の事は知りませんけどね。
その男がどうしてフルガイアを訪れたのか、僕は興味津々でした。




