海の魔物
フェイトフル・リアルムとザラスの国境から、僕たちは南下して港町シレトへ、やって参りました。
この町は活気に溢れています。
漁業が盛んで、海鮮料理店が数えきれないほど商売をしている町です。
「肉屋はないのかしら?」
「海の幸を食べ尽くすぞ!」
サーシャ様とシエルさんは食べることばかりです。
それよりもこの広大な海の絶景に感動とかしないのでしょうかね。
「はい、マイレディ。皆様のお越しを心よりお待ちしておりました。私、船長兼この船のプロモータを務めております、テトラと申します。もう一度言います、テトラと申します。船の準備は整っていますので、どうぞ、どうぞ!乗船してください。」
僕たちに声をかけてきたのは船の船長というより、どこかの貴族のような紳士でした。
それにしても若干くどいし面倒くさそうですね、この船長。
「えー、まだ何にも食べてないのに。」
シエルさん、駄々っ子ですか。
段取りが良くていいじゃないですか。
僕は一番乗りで船へと走りました。
「おー!私としたことが、食事の説明をしていないとは情けない。豪華絢爛の、お食事は船内に用意してあります。」
「肉、肉は?」
「ハハハ、勿論ご用意してありますよ、マイレディ。」
僕に続いてサーシャ様も走りこんできました。
その後にシエルさんが、渋々と乗り込んできます。
「さあ、それでは出港しますよ。ミュージックスタート!」
テトラ船長の号令に音楽隊が軽やかなミュージックを演奏し始めました。
この演出は嫌いではないです。まさに旅立ちにぴったりです。
ふと見ると船長は音楽隊の前で意気揚々と指揮棒を振っています。この人、本当に船長なのでしょうか。
「変な人ですね。」
船長は変人っぽいですが、船はなかなか立派です。
中規模なこの船ですが、どうやら僕たちの貸し切りの様です。
気分的には豪華客船に負けず劣らず快適ですね。
「ねえ、船長。この船はギアン大陸の何処に向かっているの?」
「マイレディ、この船はギアン大陸のアトラスへと向かっているのでーす。」
出港の儀式を終えたテトラ船長は額の汗を拭いながら、答えました。
「アトラスってどんな国?」
サーシャ様は珍しく好奇心旺盛の様子です。
まあ、実を言うと僕も同じ気持ちです。
レト大陸で産まれてこのかた、一度もギアン大陸には足を踏み入れたことがありません。
これぞ冒険の醍醐味です。
「オーケー、マイレディ。私がギアン大陸の解説を務めましょう。少々長くなりますが、お付き合いください。」
この人の話は本当に長くなりそうで怖いです。船長の仕事をきちんとやって欲しいですよね。
「アトラスはギアン大陸において二番目に大きな国です。近年までは、隣国の大国レガリアと、いざこざがありましたが、最近はめっきり平和になりました。そもそも――。」
船長が話しを始めた、その瞬間でした。
バキッ!と突然大きな音が鳴り、ものすごい振動がしました。
「何が起こったのだ、クルー達よ!」
「せ、船長!あれはレッドデビルだ!」
レッドデビル、魔物でしょうか。
「レッドデビルだと!奴は数年前に死んだはずだぞ、クルーよ。」
「だって、ほら。」
船員が指差したのは、船のマストだ。
そこには、赤く太いものが絡まるようにして巻きついています。
「あれは、蛸の足?」
サーシャ様、そんなはずありませんよ。あんな巨大な蛸がいるはず――!
その時でした。
水面から激しい水しぶきを上げて蛸の頭らしきものが浮上してきたではありませんか。
「おのれ、レッドデビルめ。私がその忌ま忌ましい伝説に幕を下ろしてくれようぞ。へーい、クルー達よ攻撃準備にとりかかれ!」
船員達は一斉に銛をレッドデビルに打ち込みました。
ところが、レッドデビルは巨大な足の一本でそれらを全て凪ぎ払いました。
なんということでしょう、あれは意思を持っている動きです。
しかも相当に強いですよ。
「サーシャ様!」
「えー、あれとやる気なの。」
「やらなければ、この船と共に肉料理も海の底ですよ。」
「私が殺る!そして今夜は肉祭りだ!フレイムソード!」
サーシャ様はやる気満々で魔法剣を発動させました。
「……で、どうやって剣で倒すの?」
……知りません。
ですが確かに厄介です。何せ相手は海の上にいます。
やはり飛び道具的なものでないと勝負できませんね。
ここはシエルさんの出番でしょう。
「シエルさん、魔法であの蛸をやっちゃってください。」
「……無理。」
「え?」
「あんな気持ち悪いの無理。絶対無理!」
なんと!?
シエルさんは、そう言い残して客室へと逃げ出してしまいました。
大魔道士が敵前逃亡とは、情けない。
こうなったら僕が、とマストに巻きついていた蛸の足を物切りにしてやりました。
レッドデビルは、怯んでいる様子です。
「さあ、サーシャ様とどめを!」
「分かった。これで終わり、焼きつくせ、フェニックス!」
サーシャ様は不死鳥の形をした炎をレッドデビル目掛けて放ちました。
見事にヒットしたのですが、何とレッドデビルは動じません。
ほぼ無傷のようです。
「サーシャ様、早くとどめを!」
「……どうやって?」
僕が知る訳ありません。
水中に潜ってやるしかないのではないでしょうか。
「ここは何とか逃げるしかありませんね。船長、もっと飛ばしてください。」
「残念ですが、全速力なのでありまーす、ジェントルメン。」
テトラ船長の、その余裕っぷりは一体どこからくるのでしょうか。
「あいつに何か弱点はないんですか?」
「そんなものは、ありまーせん。戦うこともできない。逃げようにも、奴はすばしっこい。終わりでーす。――いや!一つだけ弱点がありまーす。」
「何です?」
「奴は体力が非常に少ない。持久戦にもちこめば、逃げることも可能……かもしれませーん。」
それは具体的にどうすれば良いのか、教えて欲しいものです。
「時間稼ぎか――よし、私に任せろ。」
サーシャ様は何やら、ぶつぶつと呟きながら何かのシュミレーションをしているようでした。
すると、レッドデビルの足がまた船へと襲いかかってきましま。
今度は絡みつくというよりも、船ごと叩き割るような攻撃です。
「そうは、させません。」
僕はレッドデビルの足を、もう一本切り落としました。
刺身にしたら美味しそうです。
「よし!できた!」
サーシャ様は何かを閃いた様子で叫びました。
「渦巻け、トルネード!」
すると、サーシャ様の剣の周りに渦巻く空気が確認出来ました。
「そして、これを水面にぶつける!」
サーシャ様の剣を離れた乱気流が蛸のいる海へと投げ込まれました。
すると、レッドデビルはその渦に見事に飲まれていきました。
もがくレッドデビル。
サーシャ様は、更に魔力を上げます。
レッドデビルは、段々と体力を消耗していき、遂には渦に飲み込まれてしまいました。
「うぉぉお!あの化け物を退治なされましたか、マイレディ。」
テトラ船長は歓喜に震えています。
確かに今回の戦いは、お見事でしたよ、サーシャ様。
「なるほど……私、魔法剣のコツを掴んだかもしれない。」
「どういうことですか?」
「魔法剣とは、すなわち想像力である、ということよ。」
それは、グラノールさんが仰っていたことですよ。
まあ、その本質に気づいたということでしょう。
これからの進化に期待していますよ、サーシャ様。
「ねえ、倒した?倒したの?」
客室の方からこっそりと覗きこむようにして、シエルさんが顔を出していました。
まったく、役に立たないエルフさんですよ。
しかし、今回はサーシャ様に任せて大正解でしたね。
大きな成長を遂げた……かもしれないですからね。
こうして難を乗り切った僕らは楽しいディナーを迎え、そして、いよいよギアン大陸へと上陸することになります。
ちなみにディナーは蛸料理が多く並んだことは、言うまでもありません。




