妖精の魔法使い
僕は殺される。
目を瞑ると、サーシャ様との思い出が脳裏を過りました。
さようなら……ん?痛みがありません。
僕は恐る恐る目を開きました。
すると、目の前にサーシャ様が倒れているではありませんか。
いったい何が起きたというのでしょう?
「ふぅ、危ない危ない。この子が暴走しちゃったら、この村は跡形もなく吹き飛んじゃってたわね、ハハハ。」
僕は、その聞き慣れない無邪気な声の主を見ました。
そ、そこには、何とも美しい女性が一人立っていました。
僕は、もう一度辺りを見回しました。
「何?どうしたの、キョロキョロしちゃって。不審者か、お前は、キャハハハ。」
僕が驚いたのは、その美しい大人の女性であり、少女の様な声でした。ギャップ有りすぎです。
「あの、あなたがサーシャ様を止めてくれたのですか?」
「そだよー。」
「あ、ありがとうございました。ところで、どちら様でしょうか?」
「おっ!お主無礼者じゃな。人に名を訊ねる時は?」
僕は慌てて、「ピートと申します。そちらのサーシャ様の従者をしております。」と、お辞儀をしました。
「うん、知ってる。黒い刃だよね。」
この女は僕を、からかっているのでしょうか。
段々腹がたってきました。
「私はね、シエルっていいます。ちなみにエルフだよ。」
シエル!?
三魔人のシエル?
妖精さんのシエル?
「あ、あなたがシエルさんでしたか。」
――待てよ。これは僕の昔からの夢が叶った瞬間ではありませんか。以前にも申していたとおり、僕は死ぬまでに一度だけでもエルフの美しい女性にお会いしたかった。
そして今、僕の目の前にいる女性は想像通り――想像以上に美しいエルフの女性です。
ふわりとした綺麗で長い金髪。
白くて綺麗な太ももが、ちらちら見える短いスカート。
長い美脚を包み込むニーハイのブーツ。
完璧です。
「にやにや、しちゃって。やっぱりお前は不審者だ。ハハハ。」
見た限りではクールビューティなのですが、中身はちょっとお馬鹿さんです。
そのギャップに僕のハートは射抜かれました。
「どうでもいいけどさ、この子起こしたほうがいいよね。」
シエルは倒れていたサーシャ様の頭をパチパチ叩きながら言いました。
「そうですね、起こしてもらっていいですか。あなたが気絶させたんですし……あの、頭叩かないでください。」
シエルはサーシャ様に何か呪文のようなものを唱えました。
するとサーシャ様は、むくりと起きあがりました。
「――ピート、お腹空いた。」
いや、第一声がそれですか!?
僕はサーシャ様に、事の成り行きを説明致しました。
「へー、あなたがシエルなの。凄い魔法使いだって聞いていたから、お婆さんみたいな人だって思ってた。」
「ハハハ、何寝ぼけたこと言っちゃってるの。私はまだ百歳ちょっとよ。」
その衝撃的な発言に僕とサーシャ様は顔を見合せ沈黙しました。
そういえば、エルフ族は人間の何倍も生きる種族だと聞いたことがありますね。
僕より随分と年上ですけど、関係ありません。恋に年齢なんて、あってないようなものですからね。
「それより、村の人が生きているって本当なの?」
「ええ。感じませんか、人の気配が。」
サーシャ様は集中して気配を伺いました。
「いる!大勢の人がいる。これは……地下ね。」
僕たちは人の気配がする方へ急ぎました。
村の一軒の家に地下へと下りる隠し階段を見つけ降りていきました。
薄暗く冷たい石造りの地下へと行くと、大きな鉄格子がありました。
その中には人が監禁されていました。
薄暗く中の人の顔は、はっきりとは見えません。
すると、シエルが掌に明るい光の球体を出現させました。
明るくなって中にいる方々がようやく人間だと認識できました。そして、中にいる人々の中から女の人の声がしました。
「誰?……も、もしかしてサーシャ!?」
僕らは鉄格子に寄ってきた一人の女性を見て驚きました。
それは、僕らがこの村に来て最初に出会ったシャロンさんでした。
正確にいえばあの、フォックスが姿を変えていたのがシャロンさんだったということですね。
「そ、そうよ。」
「良かった無事だったのね、サーシャ。」
サーシャ様は、少し恐れるようにして頷きました。
最初に偽物とはいえ、あれだけ責められたので無理はないでしょう。
その後、村人全員を監獄から救出して地上へと戻りました。
その村人たちを見ると大半は老人で、数名の子供がおりました。
サーシャ様と同じ年くらいの人はシャロンだけです。
シャロンはサーシャ様に抱きつき、
「本当に生きててよかった、サーシャ。」と、涙を流しました。
すると、他の村人たちも口々にサーシャ様へ、良かった良かったと言いました。
どうやらサーシャ様は、この村で愛されていた様ですね。
僕も少しホッとしました。
しかし一体どうして、こんなことになってしまったのでしょう。
その経緯については、村の長みたいな老人が説明してくれました。
「ある日突然、平和だったこの村に魔物が襲いかかってきたんじゃ。この村でこんなことが起きたことは、これまで殆んどなかった。過去に数回ほど魔物が現れたこともあったのだが、その時はディミトリ様が退治してくれておった。」
サーシャ様の父上ですね。村の守り人でもあったのでしょう。
「だが今回はディミトリ様は、もうおらんのでな、どうしようもなかった。じゃが、かつて戦ってくれたディミトリ様の意思を継いでサーシャが儂らを守ってくれたんじゃ。村の者を全員地下へと避難させ、自らは魔物と戦いに村へと戻った。」
少女一人に戦わせる村の皆さんも、どうかと僕は思いました。
それが偉大な父の子に産まれた宿命なのでしょうか。
「それから暫くして、外へと様子を見に行ったのじゃが、そこにあったのは魔物達の骸だけじゃった。サーシャの姿はどこを探しても見つけられなかった。だが、こうして元気に村へと戻ってきてくれて本当に良かった。」
なるほど、それでは僕が出会ったのは、その事件の直後だったのですね。すると、あの返り血は魔物のものでしたか。
「それで、どうしておったのじゃサーシャよ。お前さんに何かあったらディミトリ様に申し訳がたたん。」
それから、サーシャ様はありのままを村人たちへ伝えました。
「サーシャ……本当に私のことも覚えていないのね。」
シャロンは恐らくサーシャ様の友人だったのでしょう。
それは、やはりショックですよね。
きっと仲が良かったのでしょうからね。僕だったら立ち直れませんね。
「いいのよ。そのうち思い出すわよ――いいえ、なんなら思い出せなくても私たちきっと一からやり直せるわ。ああ、またサーシャとの思い出が始まるのね、素敵。」
さすがはサーシャ様のお友達ですね。
なんとも逞しい限りです。
「それで、さっきの魔物は、いつこの村に?」
シエルが核心に迫る質問を投げかけました。
「つい、二日ほど前じゃ。もうすぐ、ここにサーシャが帰ってくると知っておった口振りじゃった。」
やはりサーシャ様のストーカーでしたか。
だいたい、あの手の輩はサーシャ様の瞳を狙ってくるのが相場。
それに命も奪わなかったところをみると、ストーカーと考えるのが妥当です。
僕は、もっと強くなっていかなければなりません。
サーシャ様をお守りするのが従者の役目ですから。
でも修行は苦手です。
どこかに簡単に強くなる薬とか売っていないかな、と僕は考えてみたりしました。




