パラドール・ジグマ
グラノールさんから飛び出した名前に僕たち三人は驚愕しました。
「パラドール・ジグマ」といえば、このレト大陸では小さな子供から老人まで、誰もが知る名前です。
どんな書物にも登場する歴史の偉人ですね。
近年では魔法学校だけにとどまらず普通の学校の教科書にさえ出てきます。
僕もよく学生時代に「ここは試験に出るから覚えておくように」と、教えられたものです。
あのサーシャ様ですら知っている模様でしたからね。彼が、いかに有名な人か伺えるでしょう。
「師匠、それはあの三魔人と呼ばれているパラドール・ジグマのことですか!?」
「そうよ。っていうかサーシャも知っていたことに私は驚いちゃったわ。私のことは知らなかったくせに。」
三魔人といえばレト大陸における三人の大魔法使いのことを指しているのですが、まさかサーシャ様がご存知だとは、少々感心しました。
「そこまで知っているなんてサーシャにしては上出来ね。」
「私だって、やれば出来る子なんですよ――それで師匠、三魔人ってなんですか?」
サーシャ様の、その発言に一同は固まってしまいました。まるで突然の凍てつく吹雪にさらされた様でした。
開いた口が塞がらないとはこのことですね。
「……私はちょっと頭痛と目眩がしているから、代わりにローラスちゃん説明してあげてちょうだい。」
「は、はい。」
突然振られたローラスは我を取り戻したように話し始めました。
「三魔人とはレト大陸に存在した偉大な三人の魔法使いのことで、その筆頭がパラドール・ジグマなんだ。彼が活躍したのが、およそ80年ほど前。だからレト大陸での内戦が終結して、しばらくたった頃だな。彼には色々な逸話が残っている。例えば海の水を干からびさせたとか、空と海をひっくり返したなど、常識では考えられないことをやってのけた魔法使いだったと。しかし、パラドール・ジグマは、ある日を境に世間から消え去った。だから、もうこの世には存在しないっていうのが通説だったんだが、まさか今もなお生きておられるとは。俺たちは運がいいな、サーシャ。」
ローラスの説明に僕は不覚にも感心致しました。
彼はレト大陸の人間ではありません。ギアン大陸の彼がパラドール・ジグマについて知っていたことに驚きを隠せませんでした。
それに比べてサーシャ様といったら……嘆かわしい。
「あら、ローラスちゃん。レト大陸の歴史について随分詳しいのね。」
「ハハハ。ギアン大陸では常識ですよ。」
「確かに、ギアン大陸の人々は勉強熱心よね。それに比べるとレト大陸の連中は、いつも内戦ばかり。外に目を向けるってことを知らないのよね。」
グラノールさんの仰るとおりですね。
僕も含めレトの人間は外の世界に関心が無さすぎる気がします。
これは今後の教訓として僕は真摯に受け止めましょう。
「それでローラス、あと二人は?」
「一人は、数年前病気で他界されてしまったエクシュリオン。彼は上級魔法の使い手で、主に無償で人助けに尽力されていた人なんだ。彼が亡くなってしまった日はレト大陸全土の民たちが悲しみに暮れたと聞いた事がある。大魔導師である前に人として愛されていたんだろうな。」
「エクシュリオンちゃんね。本当に良い子だったわ。イケメンだったしね。」
さすが年の功。グラノールさんは顔が広いですね。
「そして現存する最後の魔法使いとして有名なのが、シエル……残念ながら情報は女であるということだけ。すまん。」
女!ということに異常な反応を示したのは恐らく僕だけですね。
「彼女は表に出たがらないのよ。たぶん自分の里に籠ってるんだと思うわ。」
「師匠、知っているんですか?」
「ええ。彼女はエルフ族なの。とても綺麗で素直で良い子だったわよ。」
エルフ!つまりフェアリー、妖精さんですね!
僕はこれまでエルフに出会ったことがありません。聞いた話によるとエルフ族の女性は、この世のものとは思えないほど美しいとか。これは是非とも死ぬまでに叶えておきたいリストに加えておかなければなりませんね。
「シェルちゃんは、しばらくこの里に居たのよ。」
なんてことだ!タイミングが良ければ僕の夢が一つ叶うチャンスがあったなんて。
僕は肩を地面まで落としそうでした。
「彼女は、シェルちゃんは、パラドール・ジグマの弟子だったの。」
「グラノール様、本当ですか。これは良い話を聞けた。土産話にはもってこいだ。」
ローラスはペンを片手にメモを録り始めました。
確かに表に出てきていないリアルな実話なので貴重です。
「でもね、シェルちゃんは逃げだしたのよ。あいつ――パラドール・ジグマのせいで。」
今のグラノールさんの話し方には二人の間に何かが起きたのでしょう。これは是非とも当事者に話を聞きたいものですね。
「まあ話しは本人に聞いてちょうだい。じゃあそろそろ行くわよ。」
地面の上をカラカラと乾いた音を立てながら枯れ葉が転がっていきました。
いつの間にか季節は秋へと変わっていました。




