第5話で名探偵になっちゃったり?
「おはよう、ケースケ!」
そう呼び掛ける声と共に体を揺すられる。
「んーいま何時ぃ」
「7時半!起きなきゃ遅刻しちゃうよ!」
7時半ならまだいいじゃないか、ていうか母さんじゃない……?
「わっえっ誰……ってルナリアか」
「起こしに行くって言ったじゃない。おばさんからもアンタを起こすの頼まれてるし」
そういう設定を望んだからか、いつの間にかそういう風になっているのか
「リナちゃーん、啓介起きた?」
「はーい、起きましたよー!」
「ありがとうねー、啓介も朝ごはん出来るから着替えて降りてきなさい」
あ、そうか。こいつの名前はリナって事になっているのか。
「もしかして幼なじみってことは影島呼びじゃまずいか?」
「そうね、リナって呼ぶのが自然じゃない?ケースケ」
確かにそうだ。そういえばマオはどうしたんだろう
「なぁ、マオは……」
「お兄ちゃん早く来ないとオレンジジュース貰っちゃうからねー!」
あいつ、すでに馴染んでやがる
「ダメだ!すぐ行くから!」
賑やかなこの生活も、悪くないな
「じゃあ私先に下行ってるから早く着替えてきてね」
そう言ってルナリア……いや、リナが部屋を出ていったので俺は急いで制服に着替えるとリビングへ向かった。
「お兄ちゃんおはよう、遅いからジュース飲んじゃう所だったよ」
「そうそう、遅いから代わりに食べてあげようかと思った」
二人はいつもこうだったかのようにとても自然に俺をからかってくる。
「あ、啓介。今日はリナちゃん家のお母さん遅くなるらしいから家で夕飯食べていくんだって、帰りに二人で夕飯の材料買ってきてくれる?」
「あ、そうなんだ。何買ってくれば良い?」
「買うものはリナちゃんに頼んでおいたから啓介は荷物持ち。よろしくね」
俺の扱いは何かひどい気もするけど、家族ぐるみの付き合いなんだろうな、いいな、これ。ずっとこの設定で行こう。
そして俺たちは揃って家を出て学校へ向かう。
「マオは小学校に通ってる事になってるんだな。大丈夫か?」
「大丈夫だよ、昨日夢で色々今の生活を見たの。マオはね、生き物係で教室のメダカのお世話してるんだよ!」
周りの人たちと違ってこの世界が変わった事は認識している上で順応できるようになっているのか。すごい世界だ。
「そうか、メダカちゃんとお世話してやらないとな。」
「うん!あ、私こっちだから、じゃあねー!」
途中の曲がり角で小学校と高校は別々の道に別れる、それでも近くにはあるからあまり心配はいらないだろう。
「いいな、この生活。このままの設定で楽しもう」
「いいよ、ケースケの望む世界で。平和で何よりだもの」
…………今はまだ
小さく呟いたルナリアの言葉は啓介には届かない。聞かせるつもりはないのだから。
「よっ今日も夫婦で登校か?相変わらず仲良いねー」
こちらに気付いたクラスメイトからそうからかわれる、俺からかわれるキャラなの?
「もう、そんなんじゃないってば!」
ヒロインが照れて言い返す、うん見たことあるやつだ。よくやったクラスメイトA。いや、名前くらいちゃんと呼んでやろう。主人公の男友達枠は大事だからな。
「俺達はただの幼なじみだよ、芹沢こそ彼女と登校すればいいだろ?」
「あいつは朝練で俺より早く登校してるんですー俺はそんな早く行っても暇だし帰りは一緒に帰るからいいんだよ」
さらっと惚気られたが許してやろう。ただのクラスメイトAから名前持ちに昇格したんだからな。あいつはそんな事知らないだろうけど。
幼なじみの女の子と登校してからかわれるのって、何処かの高校生探偵みたいだな。何て思っていたら
ーーーカチッーーー
「キャー」
また時計の音が聞こえてきた。それと同時に悲鳴も。
「リナ……これって……」
隣のルナリアに目線で訴える
「変わった……と思う。ミステリー路線なのかも」
ミステリー路線って人が死んだりするあれか……?高校生探偵とか思っちゃったから……
「どっちの高校生探偵の路線かによるけど、縮むのは嫌だし校内で連続殺人事件が起こるのも嫌だな」
孫の方じゃなくて、縮む方の作品の大阪の方の探偵とか、帰国子女の探偵とか、平和そうな探偵になりたい。
「嫌だって思ってるならそうはならないはず、大丈夫だから。」
とりあえず悲鳴の聞こえた方へ向かってみる事にした。俺のせいで事件が起きているとしたら悲鳴を聞いて素通りするわけにもいかない。
「大丈夫ですか?何があったんですか?」
「あ、冨樫君。あの、これ見てびっくりしちゃったんだけど」
良かった。殺人事件は起きていなかった。少し安心したが謎の落書きは残されている。
「何だこれ……もしかして暗号、とか?」
一見するとぐちゃぐちゃに引かれた線のようだが、よく見ると文字に見える部分もある。
「これはもしかして予告状か。」
怪盗の回は人が死なないやつだ。良いぞ。ライバル的なイケメンの怪盗が現れるんだな。
「この芸術的な予告の仕方、きっと怪盗アート、彼女に違いないわ。」
えっ彼女?怪盗アートって女の子なの…?ていうか有名なの?
「じゃあ怪盗アートが狙っているのは一体……?」
そもそもここはごく普通の高校で、怪盗が狙うようなお宝があるとは思えないんだが。
「それは多分、この音楽室にある足踏みオルガンだと思うの。」
足踏みオルガン……?
「そんな古いもの、欲しがるのか?」
「えぇ。この学校にあるオルガン、結構古いのに状態は良いし、けっこう珍しいのよ。」
そんなものがあったなんて、知らなかったな。
「でもオルガンなんて一体どうやって盗み出すんだ。」
「オルガンを盗み出すんじゃないわ。怪盗アートは築いてきたアートを狙っているの。だから今回の予告は多分、このオルガンで奏でられる音楽を……」
「そうだ!昼休みの放送のBGM、たしかこのオルガンで演奏されたものを録音していたはずよ。」
「それだ!狙われているのは放送室にある音源テープだ!」
そうと分かれば早く暗号を解いて、予告の時間を確かめないと……その時、まだ昼休みではないのに、昼休みの放送の音楽が流れてきた。
「まずい!この放送、多分怪盗アートの仕業だ!予告の時間は今だったんだ!」
きっとこの予告は昨日には書かれていて、今日の朝まで気づかれずに残っていたんだ。俺たちは急いで放送室へ向かったが、その時にはもう放送室には誰もいなかった。
「くそっ遅かったか……」
「おい、富樫。今の放送は何だったんだ…」
「芹沢……ちょうどよかった、お前放送部だったよな。昼休みの放送のテープってどれだ」
「今放送されてたやつだよな、この放送デッキの中には……無いか。じゃあそっちの棚にあるはずだけど……昼休みの分だけ無くなってる。」
やられた……。
「予備とか、無いのか。」
「もしかしたら放送部の部室にあるかもしれない。探しに行くか?」
「急いで行くぞ。そっちはまだ無事かもしれない。」
クラスメイトAこと芹沢が放送部員で助かった。さすが俺の考えたラノベの世界。ちょうど良い人選になってるんだな。
「あれ、鍵が開いてる……」
部室の鍵が開いている、ってことは怪盗アートがここに来たんだ。
「怪盗アート!いるのか!?」
ドアを開けるとそこに怪盗アートは……いた。
「あれれ、見つかっちゃった。もうテープは頂いたから、今回はこれで失礼しようかと思ってたんだ。」
「そうはさせない、あのテープが無いと、昼休みの放送が寂しくなるだろう!」
怪盗アートはキョトンとしたあと笑い出した。
「あははは!そっか寂しくなるかぁ。それじゃあ、予備のテープは残しておいてあげるよ。久しぶりに私の芸術を見に来てくれた探偵くんが寂しいのは可哀そうだからね。」
そう言うと怪盗アートは窓からひらりと外へ出た。ってここ3階だぞ!?
「待て!怪盗アート!」
「またね、探偵くん。」
どこに用意していたのか、大きな風船に掴まって空へ逃げて行った。
「いや、風船じゃゆっくりだし、目立つし、逃げても追いかけられるじゃん。」
何なんだ怪盗アート……意外と若かったな……
「ケースケ、追いかける?」
「いいよ、予備のテープは無事だった訳だし、外に逃げたのを追いかけてたら授業に遅れるしな。」
教室に戻って授業の支度をしていると、遅刻ぎりぎりで1人の生徒が滑り込んできた。
「セーフ……危なかったぁ。」
走ってきたのか髪が乱れたその女子生徒と目が合うとわずかに微笑まれた。
「……まさか、な。」
俺のラノベだから、多分俺の考えた通りになるんだろう。だから怪盗アートの正体はきっと……
それでも、現場以外では捕まえないのが探偵ってやつだ。それにきっとこのラノベは女子ばっかり出てくるハーレムものな気がする。