第32話 商会 VS ボア 出立 今度は個人的に来ます!
「そもそもの疑問なんすけど、なんで親切にしてくれるんです?」
カスターは、マロウからの伝言に従って朝一に出られるように用意していた。
夕飯の残りをつまんで朝食の代わりにしつつお茶を飲んでいると水守が迎えに来る。
そしてやって来た守りの家の中庭に染色の道具と材料の棉の茎葉があり、それを煮出して布を浸けた。
材料を切るところからやったのでまあ妥当な時間がかかる。
ひと段落するころには辺りは陽の光に照らされてしばらく経っている。水守たちが水やり用の水を畑の各所に置き始めたり、森へ向かったり、集落との往復も。
出入りの頻度を数えると約三時間だ。
広場は草の煮汁の香りに満ちている。
カスターの問いに、ルゥワは手に持っていた紙を指ではじいて答えた。今回のレシピの記録だ。
「《迷いの森》の攻略情報が王都に知れる事態となったからだ。陸続きの土地で壁のない籠城はできん」
「いつの間にそこまでの話し合いを……だってルゥワさんは俺たちよりあとに帰ってきましたよね?」
関所から出たとき、ルゥワは野営地へ戻っていた。
ボアへ戻って来たのはそれから三日後だ。
カスターが糸紡ぎ体験を出来たのも、パルモルたちの質問に答えが返って来ていたのも、攻略情報ありきでの対応だったとしたら……。
カスターは神妙に考えてみた結果、我が考えながら的外れだと手を振った。
「変なこと言いました。忘れてください」
「帰って来てからのことはすり合わせたうえでのことだ。的外れでもない」
「いやいやいや……」
なぜこの人はこうも淡白なのか。周囲だけでなく、己にも。
カスターはルゥワの合図で、全工程を終えた布を引き上げた。
雑巾を絞るのと同じように水を落とし、振り広げる。干す。
そのあいだにヴィータが染液に近づこうと動いたのでルゥワに取り押さえられた。
「天気がいいから数時間もせず乾く」
「乾いたら終わりですか?」
「一度洗う」
「……空いた時間はなにします?」
ルゥワからカスターの手の中にヴィータが返ってくる。
抱えてよしよし撫でてやる。駄目なもんは駄目。
ルゥワが染液の入った容器に蓋を被せて言う。
「こちらは情報が欲しい」
「え、なんの?」
「対価が必要だが出せるものは多くない」
「はぁ、それで?」
ルゥワはカスターが来たときから置いてあった包みを開いた。
中身はそろそろ泥色になりそうだというほどの、くすみピンクの上衣。
カスターもよく着る型の、森の外のありふれたシャツだ。
「関所から新のものを持ってきた。色は、いま染めたのと同じものだ」
「棉? 濃いっすね」
「想定外だ。外の布は染まりやすい」
「あー……そういう」
そも素材から違うもんな、と思う。
「関所で確認できる範囲は読んできた。これについても同様に頼めるか」
「……ん?」
思考停止だ。
なにかを頼まれたことはわかる。
しかし、いきなり身内に対するように省いた文言で話されてもなんのことやらわからない。
「えっと? 『関所で確認できる範囲』って? なにを読んだんです?」
「玉手弾についてと、《迷いの森》の攻略情報だ」
「あー、あーね! 森育ちの染液で染めたただのシャツがこっちの服とどう違うか知りたいってこと? っすか?」
「違う。効果があるか否かだ」
「……」
カスターは上を見て考えた。
外産の布にボア産の染色。ボア産の布にボア産の染色。ボアの衣服が発揮する森への効果。
森の魔力への相殺の具合について言っているのか……
「俺、こっちの服着て出たことないんすけど」
「こちらと比べる必要はない」
このように言われると、カスターは断る理由を失くす。
シャツを受け取るとなぜかヴィータも角を上下させて喜んだ。
無防備で森へ入ったときの症状はすでに身をもって知っている。
しかしそれは拡大した森の影響下でのことだ。
カスターは森の縁にくすみピンクのシャツを置き、ヴィータに番をしてろと頼んで森に入った。
体内魔力を動かすことも均すことも固定することもなく、自然体で歩く。
視界の端には棉畑が入ることを維持したまま。それは魔力を使わない状態で迷わないためだ。
最初に現れた症状は頭の後ろの不快感だ。吐き気である。
すぐに熱に浮かされたようにぼんやりとしはじめた。その意識を繋ぎとめるのは腹痛だ。
「攻撃されてる感つよ……」
カスターは森を出た。
シャツを試すより先に休憩が必要だ。
せっかく持ってきたけれども回収して守りの家へ戻る。
新たに小さな布を染めているルゥワ、の先の椅子を目掛けて歩きながら苦情を言う。
「俺、まあまあ鈍感だと思ってました。俺でこれならボアの人たち強すぎっすよ」
「……その服は形無しか?」
「まだ試せてないです」
「そうか」
カスターは長い椅子を選んで横になった。
***
子どもの賑やかな声で意識が戻る。
寝ていたらしい。……気絶でもいい。
身体を起こすと、綿花をいじっていたマグノーが向かいにいた。
「あ、兄やん起きた!」
マグノーがルゥワに知らせる。
マグノーの顔の向きを辿ると、壁沿いのベンチで読書をするルゥワの姿があった。
暇そうだな……
仕事はいいのかと思う。
森に行ったりなんかいろいろあるんじゃないのか。
ルゥワはマグノーの声に反応する素振りなくキリの良い所まで文を追うと、やっとこちらを見た。
本を閉じて、干してある布に視線を転じ、立ち上がる。
カスターも立って、仮設の物干しへ行った。
「服の続きは洗ったあとだ」
カスターの読みどおりだ。些細なことだが嬉しくなる。
子どもの活発な声も相まって気分が上向きになる。
今日は臥せっていた子どもも出て来ていた。
布を洗い終えるとカスターはシャツを替えて守りの家を出る。
森に入る前に立ち止まり、ヴィータを足元に置いた。
さて、摩訶不思議な森の棉のシャツ、その効果のほどは!?
心の中でひとり実況しながら、一回目と同じく森を歩いてみた。
吐き気ではなく喉の渇き、熱っぽさではなく頭痛、腹痛はない。
カスターはあらかた確認すると森を出た。
畑に落ちた棉の落葉を拾い食いしているヴィータを回収してからルゥワの下へ戻る。
「ちょっと軽減されるかなって感じでした。フル装備になったらもっと楽になりそうなんでズボンとか帽子とかもあったらいいかも?」
そう報告するとルゥワは顔を顰めた。
「量が増えるのは難しい」
「これどうするんすか?」
カスターは借りたシャツを脱いで畳んだ。
ルゥワは受け取ったそれを先ほど使った洗濯桶に落とし入れる。即洗濯ですか。
「玉手弾は、いまは作られていないと書いてあった。先手を打つつもりだ」
「ふーん……パルモルさんたちに言ってもいいやつですか?」
「次の話し合いで言うことだ。構わない」
ルゥワは両手でカスターの、くすみピンクに染まった手拭いの乾き具合を確かめると、畳んで渡してくれた。
◇◇◇
「でぇ、先手を打つって言ってました」
今日の昼食はナッツを甘く煮たものを小麦粉と芋を混ぜた生地で包んで平たく焼いたもの。おやき的な。歯ごたえがゴロゴロしていておいしさはある。
あと、葛の葉のチップス。そしてメオに蜜を入れて酸味をマシにした汁もの。
パルモルが蜜を山ほど入れてメオを飲む。
「棉で染めたっていうシャツを交渉材料に持ってくるということですね。ふぅむ……単純な売買の取引ではなくなってきたな」
パルモルは言いながらメオにお湯を追加した。
カスターはチップスを中央の皿から取ってヴィータの前に置く。
ヴィータがチップスを取り込むと、空いたスペースに拾い食いしていた棉の葉をぽろぽろと出してきた。
メンダーのお茶がその上に揺れる。
「淹れろってか。そこまでして飲みたいってちょっとおかしいぞ?」
言いつつもコップに葉を入れてお湯を注いでやる。
ヴィータはコップの周りをぐるぐる回った。
「皆さん、午後からはなにをしますか?」
コンラートが手を止めて皆に聞いた。
ティダが隙ありとおやきから中身のナッツを掠め取る。
いや、よく見るとコンラートが、ティダがおやきの中まで入らないように手でナッツを押し出している。
経験値が違うなぁ
カスターは変なところに感心してしまった。
セリアが最初に予定を述べる。
「長の奥さんと黄色が取れる材料収集に行く予定です。結構仲良くなったんですよ」
いつの間に。意外な交友関係だ。
全然うろついてない人なのにどうやって、と思う。
セリアに便乗するように今度はシーラが言う。
「子どもたちが馬に興味があるようです。家でパルモルさんとマロウさんが乗り回しているのが格好いいと話題にするようで。ですのでマージットを連れ出したいのですが、レンタル料など必要ですか?」
「いえいえ、馬と子どもたち双方が怪我なく戻れば十分です!」
パルモルが言う。
シーラはほっとした様子でお礼を返した。
次にパルモルとマロウ。この二人は長の家へ行く。
そしてカスターは
「広場に行こうかと」
が予定だ。
コンラートが「おっ」と目を開いて訊いてくる。
「織っていた布についてですか?」
「はい。袋ものにしてくれるって言ってくれたので預けてるんですよね」
「それは楽しみですね。私も一緒に行っても良いですか? そろそろ触れあってもらっても良いころかと思うんです」
「老人会みたいな感じですか? いいですよ、一緒に行きましょ」
昼食を終えた一行はそれぞれ宿を出ていった。
◇◇◇
カスターたちが広場へ着いたとき、東屋にはまだ人が集まりきっていなかった。
多くの東屋組は昼食時には家へ帰る。
待っていれば集まるのでカスターは東屋の上がり框に腰を下ろした。
靴を半分脱ぐ。
「袋取り来たか」
「はい。こっちはコンラートさんです」
「よう見とるわ。朝は草抜きしよったが」
「えっ」
話ながら糸車を回し続けるのはエス爺の隣人ユートという婆さんだ。家族と住んでいて、だからか服もカラフルなのが多い。布の融通がそれだけあるということだ。
それにしても草抜きとは。どこを?
「手入れされていない家があったので。ちょうど家の方も出てきてご挨拶しました」
「奥んとこな。家ん中はええ感じやが」
「そうなんですね。仲がよろしいんですか?」
「あん人は夏が嫌いなだけでもちっと日ぃ経つと出てくるわ」
「なるほど……相談なのですが」
「なん?」
コンラートはティダを掴んでユート婆の前に出した。
「この赤いのはティダと言います。生物名はスライムです。触るとひんやりするのですがあの方にどうでしょうか?」
「ええやろ」
「ありがとうございます。あとで行ってみます」
「ちぃと口利ぃとってやるわ」
コンラートは重ねて礼を言う。
カスターはその話術をはたから見ていて
どこまで計算なんだろう
と考えていた。
***
東屋に人が続々とやって来る。
若い大人や年かさの子どもが幼い子どもをつれて年寄りたちに預けていく。
そのときにおやつを持ってくる家庭がほとんどで、カスターたちもご相伴にあずかった。
少し時期の早い煎りどんぐりを手の中で転がす。
煎ったばかりなのかまだ暖かかった。
一粒口に入れてよく噛むと栗を思い出させる味がする。
え? もう秋?
カスターは時の流れの速さに薄ら寒さを感じながら、
パキッ――
ひび割れたどんぐりの殻をさらに割った。
「袋もんできたか?」
「お、そそ、あんが」
カスターの隣のエス爺の対角でひたすらどんぐりを割ってやっていた爺、クジギが服に真横幅広に縫い付けたポケットからカスターの布を出して寄越した。
カスターはエス爺からそれを受け取るとしげしげと眺めてみる。
経糸につかった緑の糸を編み合わせて紐にしたものが伸びている。
中央に木の飾りがついていて、紐はその飾りにぐるぐるに括りつけられていた。
中には裏布がつけてある。色は糸の緑より暗くくすんだ緑だ。
「おお~! 立派に見える!」
「やろが」
「うん! クジギさんありがとうございます! わ、なに入れよう!」
サイズは手のひらサイズ。袋の部分と蓋の部分で布全体を約三等分で蓋部分は本体より少し長さが短い……
久しぶりの新アイテムにテンションが上がる。
「素朴でめっちゃいい……」
カスターは満悦で表面を撫でまわした。
東屋の人たちにヴィータとティダを触らせたあと、宿へ戻る前にコンラートと一緒に奥の家へ行ってスライムを試してもらう。
帰るころにはなんだかんだ夕方だ。
今日もパルモルが待ち構えているだろう。
「今日の話し合いはどうなったかな、っと」
玄関扉を開けるとパルモルが上機嫌と神妙を交互に繰り広げていた。
「おかえりなさい」
マロウが座ったまま二人に声をかける。
ヴィータがカスターの腕から降りて台の籠に入った。
触られまくって疲れたらしい。籠の取っ手に角を引っ掛けて動かなくなった。
シーラとセリアは食事の準備中だ。
コンラートがどうだったかとマロウに聞く。
「どうでした?」
「良い面もあり、覚悟の必要な面もあり、ですかね」
「悪くはなかったんですね」
マロウが頷く。
「明日にもここを出て関所で一泊。聖都を目指せますよ」
「急っすね」
まじで
「出立のときには皆さん集まってくださるとか」
「お別れの時間があるならありがたいっすけど」
「今日はミーティングはないですか?」
コンラートがパルモルの様子を窺う。
パルモルは考え込みながら食卓に座った。
「しても良いですけどまだ考えがまとまらないので要領を得ないかもしれません!」
本人は嫌そうな感じだ。
「私から話しましょうか?」
マロウが伺いを立てるとパルモルは項垂れて「よろしく」と言う。
そこでマロウが要約を述べた。
「カスターさんが以前報告した《迷いの森》の攻略情報によって《迷いの森》に挑戦しようと訪れる人間が増える可能性を示唆されました。もちろん、国が国土調査のための人材派遣を終えたあとの話であろうというのはこちらの皆さんも理解はしているようです。今回は玉手弾の製造メーカーも明記されていますし、国が既に発注をかけているかもしれませんが、ボアからは玉手弾に替わる攻略手段として染液加工品を提案されました。いまのボアが出せる特産品を兼ねた品とのことです。午前中にカスターさんが試した結果、効果ありだとおっしゃっていましたしそれは私たちも昼食の際に聞きましたね」
マロウは皆の理解度を図るように言葉を切り、皆を見回した。
「ボアはこの度の染液加工品をもって、ボアへ出入りする人間の種類と人数を限定したいと述べています。実現のためには関所と直接交渉する手段もありますが、世界の限られたいち地域で暮らしてきたものがまともにやりあえるかという点において不安を感じており、ボアからパルモル商会へ仲立ち、および交渉の見学をさせてもらえないだろうかと打診がありました。ひとつ目の収穫です。
次に、昨日こちらから提案しました留学について。新商品の共同開発と専売権を対価に次回以降一人連れて行ってもらいたいとのことです。あちらの言い方ですと次にパルモル商会が来るまでになにか作るということでしょう。まだ具体的な考えはないようでしたのでこちらの意見も聞きたいそうです」
マロウは息をついて声音を変えた。
情報共有の冷静な話し方からプライベートのものとなる。
「私はボアからの提案を、空回りするほど前のめりに外とボアの塩梅を良くしようとしているのだと感じました。パルモルさんの理想とする商会の姿を想うと、役所と関係が深まりすぎるなど、リスクが高すぎますが共同開発を持ち出して実際に知恵を得ようという姿勢も示してくださっているのでいい関係にはなることができると思います。利益の回収は二、三年から五年ですかね」
「良い話ではあるんだけど! 父さんに頼るしかないのか……っ!」
パルモルが頭を抱える。
なんか、大変そうだ。
カスターが心配しているとセリアが台所から小鉢を持ってくる。卓にお盆を置くと「はい!」と手を挙げた。
「ヴィータさんが二日酔いになったやつ! あれをモンスター用酒精とか言って売ったらどうですか? モンスター用の娯楽品ってあんまりないですよね!」
大丈夫かそれ
「下限の設定が不可欠ですね。カスターさん、自身のスライムが飲んだものですので私たちの知らないことがあると思います。共有していただけますか?」
「えっ、と……」
なんか怖いぞ。
「染液と同じだと思います。棉の茎と葉を煮出したものなので、配分はわかりません。昼にヴィータがお茶みたいに葉をお湯に浸したのを飲んでますが酔うほどではありませんでした」
「ありがとうございます。煎じ薬のようにする必要があるのですね」
「っす」
「ひとまず、提案してみましょう。ほかにありますか?」
「あー……」
カスターは迷った。考えがないでもない。
マロウがカスターを見る。
「いや、手をつけていい所かなって」
「言ってみてください。勝手に試みるようなことはしません」
「はい。えっと、マグノーと森に湧き水を取りに行きましたよね。その水が、舐めると身体が温かくなって元気になるような感じがしたんです。それって使えますかね」
「レポートにはなかった内容ですね」
「あんま言いふらすようなことじゃないと思って」
「ふむ、まあいいでしょう。他は……なさそうですね。シーラさんにはのちほどお聞きしますので、食事にしましょうか」
カスターたちの話し合いは終了した。
***
翌日。
朝から長の家を訪ねていったマロウが帰ると、パルモル商会は出立の用意をして、集落の入口へ向かった。
滑り込みでいろんなことが終わったんだな、と思うと同時に消化不良感が否めない。
はっきりした成果じゃないからだろうな……
パルモルは代表で皆に挨拶をした。
長に建国記を贈る。
そしてルゥワと共に《迷いの森》へ入った。




