第5章 『恋の嵐接近中・レインボーブリッジを警らせよ』
愛美は、タクシー運転手に
自宅の少し手前で
停めるようお願いした。
そして、佳祐にそこで待つように伝えると
自宅の門を開けて入りながら
スマホで響子に連絡をした。
「あっ、響子さん?」
「はいはい、上司さんとのお食事はもう終わったの?」
「うん、今ね……家の前まで送ってもらって。
自宅と逆方向なのにわざわざ回ってもらって
申し訳ないから送ってくる。
ねぇ、お父さんって、もう帰ってる?」
「大丈夫よ、今日は次長と朝からゴルフで今は熱海!
帰りは明日だから」
「分かった! 本当に送ってくるだけだから」
「ウフフ、了解! 上司さんに宜しく伝えてね♪
安全運転で気を付けてね」
「うん、ありがとっ。行ってきます」
ガレージに向かい、愛美は
愛車のロードスターに乗り込んだ。
そして、オープンにして低回転で静かに発進し、
自宅の門から少し離れたところに待たせている
佳祐の元へと向かった。
車内には、寒さ対策のために
日頃から防寒用のマフラーや大判ストールを置いてあり、
佳祐を助手席に乗せると、
愛美は首にマフラーを巻いてあげた。
「ありがとう! なぁ、いつも何時に寝てる?」
「ん~ん、1~2時ですかね…………。
疲れている時はもっと早く寝落ちしますが」
「じゃ、少しだけ寄り道してくれないか?
麴町、直ぐ着いちゃうからさ」
「いいですよ! 父は今日熱海なので」
「出張?」
「はい、次長と朝からゴルフなんですって。
帰宅も明日だそうで。
なんか、熱海とかゴルフとか聞くと妙に腹が立ちますねっ!
こうなったらレインボーブリッジ警らしちゃいますか?」
「おぉっ、いいね!
では、少しだけお台場海浜公園とか巡回しますか?
地域の安全にこれっぽっちも興味が無いとおっしゃっていた
二階堂巡査部長、いかがですか?」
「いいですね! 巡回しながら地域を愛する心を養います。
お台場、了解ですっ、では行きますよぉ~!」
「お願いしまぁ~す!」
自宅を出て麴町へ真っ直ぐ佳祐を送り届けるつもりだった愛美だが
佳祐の要望に応えて寄り道プラン変更に付き合うことにした。
レインボーブリッジ経由で
深夜のお台場海浜公園を少しだけ散策することになった。
「主任、お酒飲まなければ良かったですね。
そうしたら運転出来ましたね」
「ん~ん、でも今日は飲みたかったからなぁ。
二階堂のはじめてのおつかい、
無事に帰ってきただけでなくて
“予定外の買い物”までしてきてくれたからさ」
「嬉しいお酒ってことで良いですか?」
「うん。他の皆も嬉しかったと思うよ」
「そうなんですか? でも私、公開処刑されて
苺娘とかミス・ストロベリーとかあだ名まで付けられましたけど」
「あれ、最高だったな! 」
「あっ(頬を膨らませる)」
「あ~、すまん。でもさ、
あれで会議室めちゃくちゃ和んだんだよなぁ」
「私は、そんなつもりでメモとったわけじゃないので」
「そんな好きなんだね、スイーツ」
「あぁ~、実は私、この仕事に就いてなかったら
パティスリーかカフェ経営してたはずなので」
「そうなの? 本気のヤツじゃん」
「はい。だから、フルーツや生地の珍しい組み合わせとか
デコレーションとか、色々気になったことを
メモしたくなっちゃうんです」
「おぉ、ただのスイーツ好きじゃなかったわけね」
「ですね。退職したら……やりたいと思ってます」
「ほう、で……、作りながら食べちゃうんだろ!?」
「もちろん!」
「フフフ、いいねぇ~、自営業」
「いいですよね! 毎日好きなお菓子に囲まれて生きるって、
こんな幸せなことないです! あ、海浜公園見えてきました」
「おう、奥に駐車場あったな。そこ停めよう」
「はい」
お台場海浜公園中央駐車場に駐車して
展望デッキを歩き出した2人。
海風を感じながら
レインボーブリッジをバックに
会話を弾ませた。
「主任は、1杯目は生ビールで2杯目からは日本酒ですね?」
「あぁ~、まぁ、だいたいそんな感じかな。
でも、そんな滅多に飲まないけどね」
「あまり好きではないってことですか?」
「いや、そうじゃなくて。
何かあれば、いつ呼ばれてもいいように!って
この仕事就いてからずっとそう過ごしてきてるから」
「誠実ですね! 主任になられた意味が分かります。
じゃ、お酒がダメとか弱いとか、
そういうわけではないんですね」
「うん。俺、結構飲むよ、本当は。
でも仕事も好きだし、大事だからなぁ」
「では、覚えておきます」
「あっっ、そうそう、二階堂も酒豪なんだろ?」
「えっっ?」
「ん、あれ? 資料に……」
「あぁぁぁ――、分かりましたっ!!!
……酒豪で暴れるとか迷惑かけるとか
危険らしき内容で書かれていたのでは?」
「んーん………………、うん!」
「父ですね、それは…………」
「なるほど…………と…………いうことは、本当は?」
「えぇー、お酒…………全くダメですっ!
飲むと直ぐ軽い発疹みたいなのが出ちゃって、
その後はぐてぇ~っとなって寝ちゃうんで…………。
恐らく心配症の父が
資料改ざんしたのではないか? と思いますw」
「抜かりない守備力だなぁ…………。
そんな状態になるなら妥当な改ざんだな。
まだ誰にも知られてないのか?」
「はい、今のところ……、あっっ、今、1人バレましたw」
「おぉ~、じゃ、そのまま隠しておけよ。
何かあるといけないから。
酒豪で暴れて器物損壊やらかす黒帯ってことで
警視正から飲酒禁止令規制中にしておくか」
「はい、それでお願い致します! ……もう直ぐ忘年会ですね」
「そうだな。一課の忘年会、俊作のとこ借りるか?
セキュリティ対策出来てるし」
「あぁ~、行きたいです!」
「…………ブリュレか?」
「はいっ!!!」
「あいつ、ケーキも作れるぞ! 忘年会用に作らせようか?」
「うわぁ~、食べたぁ~い! 」
「おぉっ、じゃぁ~、……………ロング・ドライブいいですか?」
「…………ビートルでっ!!!(2人で)」
「ハハハw まぁ、ビートルも好きだから、
どっちの車でも俺は全然光栄です」
「いえ、モノがモノですのでRF出させていただきます!
本当にケーキ頼んでくれるんでしたら、私、
早めに上がれたらですが
……御迷惑にならない範囲でお手伝い致します。
忘年会シーズンですし、大変じゃないですかね? 大将…………」
「おう。じゃ、
もし早上がり出来そうなら手伝ってあげて、味見をw
んじゃ、日程決めて俊作に伝えておくよ」
「ありがとうございます!
では、幹事やりましょうか? 毎回担当してますので」
「そうなんだ? じゃ、お願いしまぁ~す」
「はい、喜んで!」
「…………寒くないか?」
「はい、大丈夫です」
「久しぶりだな、ここを歩くのは…………」
「私は、実は初めてでして…………」
「そうなのか?」
「はい。仕事で付近まで来たことはあるんですけど。
箱入りインドア娘でしたのでw
社会人になってからは忙しくなってしまって、
友達もどんどん結婚しちゃうし。
遊びそびれた残念なアラサーです。
デートもほぼ潰されてきたので、
本当こうして歩いたこと無かったです」
「マジですげぇなw なんかもう同情超えるレベルだわ」
「でも、今日は人生のタスクを1つ、
“お台場・展望デッキ”ミッションクリアです!」
「タスクリスト、膨大なんだろうなぁ。
おぉ、そうだ、勤務割確認したけど…………
確か今週休み一緒だよな。なんか予定あるのか?」
「…………いえ」
「じゃ…………、横浜でも行く?」
「横浜…………ぱっ……」
「ぱ?」
「パブロフのパウンドケーキ!」
「…………スイーツがあるんだな、横浜にw」
「はいっ!」
「んじゃ、買いに行くか!? リフレッシュしようぜ。
年末の嵐の前の静けさは今しか無いからな」
「うっ、うぅぅ…………」
「う?」
「うっ、占い…………も…………」
「それも付き合うんで………………RF、俺も運転……いいですか?」
「はい、喜んで!」
「よし、今日はお手柄だったから疲れただろ、ボチボチ帰ろうぜ」
「はい」
レインボーブリッジのライトアップされた照明の灯りなのか、
はにかむ2人の頬が紅葉していた。
佳祐は思った……。
『……誘って……しまった…………』
2人は展望デッキから移動して駐車場に戻った。
愛美はエンジンをかけると助手席にいる佳祐に
Bluetoothオーディオで好きな曲を流すよう伝えた。
そして、佳祐が適当に選んで流し始めたところで
お台場から麴町に向かうルートを即座に考えた。
レインボーブリッジを通過して東京タワーやスカイツリーなど
東京港の夜景を一望できる道を選択して車を発進させ、走り始めた。
少しして次に佳祐がチョイスして流してきた曲は
Official髭男dismの『I LOVE...』であった。
もちろん……意味のある選曲だった。
“ストレートに気持ちを表現しすぎたか?”
と愛美の様子が気になってチラ見すると、
笑顔で小さく口ずさんでいるのが分かって安心した。
レインボーブリッジに差し掛かったその時だった。
「イレぇ――ギュラぁ――!」
ハモった2人。佳祐より張り切って叫んだ愛美をいつの間にか
“愛おしい”レベルまで感じている内側の熱い気持ちに気付いたが、
そんな自分を制御しようとする理性よりも
楽しさを受け入れたいほうの自分が上回っていた。
「おい、その『イレギュラー』俺のだぞっ!」
「大丈夫です! もう一回流せばいいんですから」
「どうせ、またイレギュラー泥棒するんだろ?」
「ん――――――ん、否定は出来ませんっ!」
「俺、駐車場から橋の通過までの距離も速度も
『イレギュラー』までの秒数も全部計算してたんだぜ!」
「凄いっ! じゃ、また横浜の時にお願いしますw」
「二度はしないっ!」
「あっ、主任、そんな感じなんですね! なんか可愛いです!
緻密な計算もさすがですね」
「え~、乙女座なんで」
「8月から9月ですね、いつなんですか?」
「8月26日」
「あっ、世界犬の日だっ!」
「えっ?」
「あ、スミマセン。日本だと11月1日なんですけど……」
「あ、シェパードいるって言ってたね」
「はい、父がわざわざドイツから引き取ったんですよ。
その繋がりから世界的な犬の日が8月26日だと聞いて。
なので、うちは毎年その日
シュチェル君をめちゃくちゃ可愛がる日って決まってまして
スペシャルデーなんですよ!
まぁ、その日だけでなく、いつも可愛がってますけどね」
「羨ましいですねぇ~w」
「ですね~」
夜の橋を彩る照明が何度も2人の頬を優しく暖かく塗り替えていった。
虹色のように幾つもの感情たちが頬を染めて、
照明はその騒ぎ出した恋心を程よく隠してあげるように
頬を撫でていったのかもしれない……。
愛美が最後に発した会話からどちらも示し合わせることなく黙り始めた。
その理由はきっと、もう直ぐ楽しかったひと時から
別れの時に切り替わることを窓から入ってくる景色から理解していたからなのだろう。
……着いてしまった、と互いに思った。
自宅マンション付近まで送ってもらった佳祐が愛美に言った。
「ありがとうなっ! 帰宅したら1本メールくれるか? 簡単でいいから」
「はい、分かりました。こちらこそ、今日はありがとうございました!」
「おう、じゃ……、お疲れ! 気をつけてなっ」
「はい、お疲れ様です、また明日……」
帰宅してシャワーを浴び終わった佳祐。
スマホを確認すると、約束通り
愛美からトークアプリでメッセージと画像が送られてきていた。
『お疲れ様です、二階堂です。無事に帰宅しました。
今日はお遣いさせてくれてありがとうございました。
そして、ご馳走さまでした! おやすみなさい』
添付された画像は愛美のベッドで眠る二階堂家の愛犬シュチェルだった。
プライベートな空間まで垣間見えて、
愛美が自分との距離を縮めてくれているのだろうか? と期待した佳祐だった。
そして明日また仕事で逢えること、
数日後の休みには一緒に横浜へ出掛ける約束までも漕ぎつけ
急展開を見せた自分の人生に久しぶりの幸福感で胸が熱くなってもいた。




