第2章 『チーム』
1 シンクロニシティ
秋山氏の出版記念パーティーの数日前のこと。チームメンバーの資料に目を通した佳祐は息を飲んだ。なんと、数年前に亡くなった妻と愛美の誕生月日が同じであったのだ。だけでなく、眼鏡も髪の長さも背丈もお菓子が好きなところも共通していた。家族構成では、愛美が母二階堂百合を幼少期に交通事故で亡くしていて、愛美の父親二階堂慶一57歳は警察庁・警視正であった。佳祐も妻を事故で亡くしているため、あまりにも度重なる共通点の発覚に驚きを隠せなかった。その情報をインプットした数日後にあのパーティー会場で衝撃的な太ももと遠目からの対面となったのだ。そして今日は、至近距離で対面を果たす…………。
中下がメンバーに声を掛け、会議室へ呼んだ。
「えー、本日付でこのチームのリーダーとして配属されました神谷警部補です。では主任、挨拶を…………」
「どうも、神谷佳祐です。あー、堅苦しい感じとか好きじゃないんで……。何かあれば遠慮なく聞いてください。えー、宜しくお願いします。で、早速なんですが……」
次の事件が発生したため、佳祐は挨拶もそこそこにして会議を始めた。今回の事件は、銀座の会員制クラブで働く女子大生がホスト狂いの末、多額の借金を背負って最終的には自殺してしまったというものだ。遺書が見つかり、母親が事情を知って警察に相談して事件化。捜査を進めていたところ、亡くなった被害者の女子大生がハマっていたホストの本宮海斗29歳が“ドラッグ”を使用した犯罪に関与していることが判明した。本宮容疑者本人にも多額の借金があり、彼が借り入れた先は“闇金”だったために返済が苦しくなり、借入先の人間に入れ知恵を吹き込まれて道を踏み外した。女子大生は、本宮が雇った男たちに騙されて呼び出されて酒を飲み、そこで“デートレイプドラッグ”を使われ、性犯罪の被害に遭った。彼らはその際に動画を撮影していて、“推しのホストや家族にバレたくないのなら……”と脅され続けて彼らへの支払いも生じ、元々の借金の返済にも困り、悩んだ末に自殺してしまったのだ。同じように被害を受けていた女性の一人からも有力な情報提供があり、本宮を被疑者として断定。逮捕に繋げる為の張り込み作戦が立てられた。
本宮容疑者と交友がある人物の住居等を何ヶ所か手分けをして張込み、潜伏先の特定をする流れである。交友関係の一人が住むアパートを張り込むにあたり、主任の佳祐が愛美を指名してペアとなって向かうプランとなった。タッグを組んで初の現場となる。佳祐は、ずっと亡くなった妻と同じ誕生日である愛美のことが気になって仕方がなかった。当日に向けて佳祐が女性メンバーにパワハラとセクハラのギリギリな指示を出してきた。
「えー、くれぐれもマルタイには悟られないよう注意を。あー、女子はその……眼鏡と……あと……パンツスタイルは止めておこう。眼鏡は覚えられやすいからな。当日は、出来ればコンタクトで。で……服装はそうだな……白とかピンクのスカートとか、ワンピースとか……」
と若干個人的な好みでも織り交ぜたかのような指示に対して、西野が乗ってきた……。
「主任………………自分もそう思いますっ! あれなんすよね、眼鏡って、こう……縁が邪魔するっていうか。視界がズレただけで、見落とす可能性ありますよね~。あー、あと主任、あの~他にも。スカートだけじゃなくて……あの~トップスなんて、夏なんか、ぶっちゃけキャミソールとかノースリーブとか、その辺で普通に見かける服装とかも自分は全然OKなんじゃないか? って思うんっすよねぇ~。俺、前々から思ってたんすよ……。張込みで外回りの時、女子って毎回そんな感じの服装で良いと思うんすよね。かしこまってると……やっぱ、バレますって」
「……だよな、だよな!!! なんかさぁ、こうさ、いかにも警察! 公務員ですっ! って出ちゃってる感じがな! やっぱさ、張り込みはさぁ~、現場に溶け込んでなくちゃさ……」
「そうっすよ、刑事がまさか……ワンピースとか、そんな可愛い格好するわけないっ! みたいな!?」
「だよな! 髪とかもさ、こう……、なんつうの? 結んだり結ばないところあったり。編んだり、ねじったり? あと、ゆるフワでパーマ微妙にかかってる感じとかもいいよな~~!」
「ゆるフワ!? 最高っす! で、こう……少しだけ後ろで束ねて……何かキラキラしたヤツで留めちゃったりなんかして!?」
「そう! しかもさ、それ、あれだよな。途中でやるのもいいんだよな~! なっ! 映画とか見終わってさぁ、飯とか行ってさ。最初こう……下ろしててさ、店員がパスタとか持って来てさ~、『お皿に入っちゃうといけないから!』みたいな感じで、急に、こうササっと髪をさ……」
「はい、はい、はい、はい! でぇ~、留め終わってフォーク持ってニコってしながらこっち見て『食べるぞっ!』みたいな」
「そうっ! それっっ!!! で、その『食べるぞっ!』の時に、少し、こう肩をさ……『ぞっ!』って上げちゃったりとかしてさぁ~」
「うぇ~~い!(ハイタッチ)」
二人だけが意気投合していた。あくまでも捜査上の要求とは言いながらも、完全に私感が目立っていた。しかも、“女子”とは言ったものの、メンバーの残りの女子である西田明日香33歳は、子どもが熱を出したとのことで欠勤の為、この会議室内にいる女子は“愛美”一人なので、出された服装などの条件が愛美に限定されていることは明らかであった。そして、佳祐と西野のどうでもいいやり取りを見届けると、愛美は谷原と目を合わせてあきれ顔で睨みをきかせながらも仕方なくメモをとってみた。
――コンタクト・白orピンク・ワンピ・フレア・ゆるフワ・編んだり、ねじったり・キラキラしたヤツ・肩を……ぞっ!?――
2 恋泥棒はA地点?
本宮容疑者逮捕のための張込み作戦決行当日の朝。愛美は既に出勤していたが、更衣室で準備をしていた。整えてチームのメンバーのもとへ向かうと、佳祐と西野の二人は息を飲んで、口が開いたまま立ち尽くしていた。それもそのはず、先日の会議で二人が要求してきた服装や髪形を完璧に仕上げてきた愛美が更衣室の扉を開けて登場してきたからであった。
佳祐と張り込みでペアとなった愛美は、部下ということもあり捜査車両の鍵を中下から受け取って駐車場へ向かった。佳祐のいるところまで車を手配した。だが、今回二人の張り込みは本宮の潜伏先と思われる住居付近の路肩に車両を停めて『デートを終えて彼氏が彼女を自宅へ送り届けたところで帰宅前に車内で少し話し込む二人』という設定のため、佳祐は愛美へ車両から降りて助手席に乗るように指示すると、自分が運転席へ乗り込んで運転して現場へ向かった。
愛美は思った……。
『私服、こんな感じなんだ…………!?』
佳祐は思った……。
『………………仕事かぁ………………』
今回の張り込みポイントは、計3ヶ所。A班の西野と谷原は、タレコミで本宮がたまに訪れるという居酒屋へ“男同士の飲み”の設定で客として店内に潜入、次に店外で数名が待機。数日間の休暇を取っていた西田明日香33歳は、中下と合流してB班として本宮の自宅付近にて待機。その自宅裏に数名が待機。C班の配置場所は、本宮容疑者の交友関係の一人が住むアパートであった。そこが一番有力な潜伏先と思われるため、配置人数を増やしてA・B・C地点の3ヶ所からの監視体制となった。A地点を担当する佳祐と愛美は、そのアパート付近で停車させた車両内に待機。そして、B・C地点のメンバーも既に待機中であった。各班メンバーがそれぞれ配置につき、張り込み開始の報告と確認をする。
「こちら本部、各班応答せよ」
「こちらA班、大衆酒場“恋泥棒”店内にて警戒中。どうぞ」
「こちらB班、容疑者自宅付近にて監視中。異常なし。どうぞ」
「こちらC班・A地点、アパート3時方向にて警戒中。どうぞ」
「こちらC班・B地点、アパート6時方向にて警戒中。どうぞ」
「こちらC班・C地点、アパート9時方向にて警戒中。どうぞ」
「各班、了解。引き続き警戒を頼む。以上」
開始から大した動きもなく時間だけが容赦なく過ぎていった。A班では
「西さん、こういう店……好きそうですね!」
「うーん、名前からして女子が来そうな店でいいっすねw」
「ですねw」
「……恋泥棒かぁ…………、出逢いたいっすねぇ~~~~!」
「近くにいるじゃないですかw ダブル西! お似合いだと思いますけどね、僕は」
「でも、相手にしてくれないんですわ……。頼りないのかなぁ?」
「んーん、……育ち盛りのお子さんがいますからね。恋するのにも一苦労なのかも」
同僚のシングルマザー・明日香のことであった。そんな明日香は、B班・容疑者自宅付近にて一緒に張り込み中である中下と
「聞いてよ、みのりん! この間、園から連絡あったでしょ!?」
「おう!」
「あれね、子どもが鼻水たらして熱が!って言われてさぁ。で、迎え行ったらさぁ『36.6度で……給食はしっかり食べて……お昼寝もしっかりして』って、これで迎えに来いとかさぁ……」
「36.6度ってw 平熱だよな!」
「でしょ~! 子どもなんてさ、ちょっと走り回っただけで37度くらい平気でいくじゃ~ん!」
「だよな! 俺がガキの頃なんか鼻水たらしたって平気で走り回ってたけどなw」
「でしょ~、もう、本当まいっちゃう……テレワ(在宅ワーク)で年収1本、子ども大好き王子でもつかまえないと」
「……だなw」
各班メンバーそれぞれ、会話しつつも張り込みは続いた。そして一時間近くが経った頃、C班の張り込み先に異変が起きた。予定外の人物神崎竜也が現れたのだ。佳祐が以前、この神崎を別件の捜査で取り調べをしていて顔バレしている。しかも、その神崎が何故か今回の容疑者の潜伏先とされるアパート付近に現れたのだ。今回の事件に関与しているかどうかは不明だが、いずれにしても神崎に張り込み中だということがバレてはいけない状況であることだけは確かだった。……と、神崎が佳祐たちの張り込み車両方面に向かって歩いていることを別地点で監視中のC班・B地点の者が気づいた。
「こちらC班・C地点、他事案の重要人物と思われる神崎竜也を確認。A地点へ向かって移動中」
「こちら本部、おい、C班・神谷! 面割れしてるだろ!? 見られるなよ!」
「……C班・A地点の車両に神崎が到達するまで……およそ15m………………10m………………」
「C班・A神谷、了解っ……」
佳祐がサイドミラーを確認すると神崎が小さく映り出した。完全に自分達の車両に向かって歩いて来てきていることが分かった佳祐は、助手席の愛美にシートを倒すように指示した。
「えぇ……、神崎……A地点車両到達まで……間もなく、要警戒」
念のため、佳祐が助手席に覆いかぶさり、更に愛美の右肩辺りから首の後ろ側に左手を少し差し込み、右手を彼女の左肩辺りに添えて顔を覗き込むような体勢でジッと見つめて固まり息を吞む。C地点メンバーが望遠レンズで神崎を再度確認すると、佳祐たちが乗った車両後部の“スモークの貼られたリアガラスを覗き込んだ”と無線で伝えた。それを聞いた佳祐は、愛美の目を見ながら声を出さずに申し訳なさそうな表情で口を動かし
「(すまんっ)……」
と口パクで謝ると、恋人同士の設定通りに装い…………唇から少し左にズレた辺りへkissをした。愛美は一瞬動揺した。が、直ぐに合わせて目をつぶった。そして、佳祐の面が割れるといけないと考え、顔を隠してあげるように両手で佳祐の頬を包んだ。
無線機イヤホンから聞こえてきたC班の仲間の話から神崎が去って行ったことが分かり、無事に難を逃れて場は収まった。佳祐が無線機を切って、今度はしっかりと声にして『すまんっ!』と愛美に謝った。愛美は内心凄くドキドキしていたのだが、平常心を必死に保ちながら、同じく無線機を切って
「…………本当はアウトですから……………………」
と言って釘を刺した。が、同情心もあった。佳祐が配属されたばかりでヘマするわけにはいかないという想いがあるだろうと察して、それ以上は何も言葉を口にしなかった。
張り込みでやむを得ないとは言え、愛美に対して不同意わいせつの罪を犯した佳祐。そして、この日の張り込みは空振りに終わった。西野たちのところには容疑者どころか“恋泥棒”の姿すら確認されなかった。唯一の収穫を得たのは、冷や汗ものではあったが、C班・A地点の佳祐だけだったのかもしれない……。




