第1章 『衝撃のパーティー会場』
「なぁ、新しい主任だって、聞いたか?」
「えっ、聞いてないです。どこ情報っすか?」
「来週から……らしいよ……所轄から。みのりん情報」
「へぇー、……所轄から? 栄転かぁ……。急っすね」
「んーん、元々ここだったらしい。しばらく指揮とってて。で、所轄行き~の、で、また戻ってくるんだとか……」
「へぇ……、行ったり来たり? 訳アリ? いつまで(警視庁に)いたんですかねぇ? 西さん、知ってる方っすか?」
「いや、被ってないっぽい。なんか……数年前に奥さん亡くなってるらしい。(所轄に移動は)それが原因なのか分からないけど。この班が出来る前にいたらしいから……一昨年……それ以前にいたってことになるね。だから、みのさんだけだろうなぁ、知ってんの……」
「ほぉ、リアルデータベース(みのりん)w……」
警視庁捜査第一課・強行犯第一係・警部補神谷佳祐38歳の移動辞令が出された。移動の一週間前。
「……以上。では、本日の潜入捜査、くれぐれも油断することの無いよう宜しくお願いします」
有名小説家秋山拓海の執筆本・出版記念パーティーが都内で開催されることとなった。が、その数週間前に突然、秋山氏の事務所に脅迫文が送られてきた。
――出版を停止しろ。さもなければ、パーティー会場は違う意味で話題をさらうだろう。――
脅迫してきた犯人が会場に現れる可能性があるということで、万が一の事態に備え、厳戒態勢で秋山氏の警備が行われることとなり、署長がチームに声掛けをした。秋山氏は、政治家や大企業との繋がりもあり、ある党の派閥が主催した政治資金パーティーの裏金問題を追及されている人物との深い関わりから悪い噂が絶えなかった。
パーティー当日。潜入チームのメンバーの一人である二階堂愛美29歳が、出版社側が手配したスタッフという設定で秋山氏に付き添って関係者を装い、私服警備を担当していた。フェミニンな印象の黒いフレーム眼鏡に白と藍色とグレー柄の生地を貼り合わせたフレアスカートで黒トップス、そして、ローヒール。ロングでストレートの髪をハーフアップにし、無線機イヤホンが目立たぬよう、耳は隠れる程度に横髪を垂らしている。司会の者が秋山氏を壇上へ呼んだ。愛美は、秋山氏の先を歩いてエスコートし、一緒に壇上へ上がった。と、そこへ警備室でモニターチェックをしていた中下実52歳主任代理から捜査員全員の無線に連絡が入る。
『大広間を出て右手、女性専用トイレ出入口付近にて煙のようなものを確認……』
すると……、手洗いを済ませた女性が中から出て来て、煙を見るなり悲鳴を上げた。そして、大広間へと向かい「火事よ! 火事!」と大声で騒ぎ出した。その女性が火災だと騒ぎ立てている間に今度は爆発音がし、会場は一気にパニックとなった。捜査員の数名が先程の煙を確認しに行き、大広間の会場内で警備にあたっている残りの捜査員がパニックを起こしている来場客への対応に追われていた。壇上付近では仲間の西野孝幸36歳が待機していたのだが、持ち場を離れて爆発音の確認と逃げ惑う来場客の対応にあたった。主役の秋山氏が愚痴をこぼした。
「何なんだよ……チッ」
イラつき始めたその時、先程までドリンクを運んでいたホテル従業員と思われる男が急に表情を変えて壇上へと近付いてきた。目つきを変えた男の姿を確認した愛美はその一瞬で『この男が脅迫状の被疑者ではないか?』と感じ、 胸に下げていたIDカードをトップスの中に押し込み、腰に携帯しているスタッフ専用のウエストポーチに忍ばせていた警棒を背後から悟られぬよう取り出しながら無線で報告した。
「壇上の二階堂です、被疑者らしき男がこちらに向かっ……」
愛美の勘が的中した。警戒した男が、予想通りの様子で速度を変えて迷いもなく一直線に自分たちの元へ向かってくるのが分かった。応援を頼む無線の会話が間に合わず、男はトレンチで隠し持っていたナイフを右手に持ち、左手に握っていたそのトレンチを投げ捨て階段を登ってきた。愛美は、警棒を最大に伸ばした。そして身構えながら秋山氏の腕をグッと掴み、男が上がってきた階段とは逆方向へ誘導しながら引きずり、自分の後ろに回らせて『私が腕を押したら降りてください……』と伝えて身を守るよう促す。
「何だよ、こんなやつ守ってんじゃね~よ、どけよ! 秋山ぁぁぁ、お前さえいなけりゃ……うわぁぁぁ!」
男が激昂しながら秋山氏を保護し続ける彼女に向かってナイフを振りかざしてきた。愛美は秋山氏の腕を押した。
「あぁぁぁぁ――!」
邪魔された腹いせのように愛美を攻撃する被疑者であったが、警棒一突きで男の手からはナイフが吹っ飛び、それでも秋山氏への恨みから男は諦めきれずにまだ襲いかかろうとして制止する愛美に襲い掛かるが、空手で鍛えている彼女には敵わず。足払いをされて簡単に倒れ込んだ。そして彼女は倒した拍子に男の脇から背中へ一気に滑り込み、抵抗する被疑者の首周辺にスルッと足を絡ませて首をグッと固めた。マル被は身動きが取れない状態となった。が、愛美の捨てた警棒が近くにあるのを見つけて手を伸ばそうとした。彼女はそれを見て火が着き、男の首を絞めている自分の太ももを彼の腕に移して今度は腕で首を押さえ込み、力を更に強めて完全ロックオン状態となった。どんどん被疑者の首が締まっていく中、駆け付けたもう一人の仲間の先輩捜査員谷原凌34歳が彼女のまくれ上がったスカートの裾をサッと引き戻して手錠を取り出しながら被疑者の男に言う。
「ギブしたほうが……。そのうち白い景色とか…………見えちゃうかもしれませんよ」
と半ば同情し、愛美から助けてやるように引き離して緊急逮捕した。太ももが露わになっていたところ、被疑者の男を谷原に託した愛美は『ありがとうございます』と苦笑いで礼を言いながら立ち上がり、乱れたスカートの裾や髪をサラッと直し、何事もなかったかのように振る舞い、清楚な格好のキャラに戻って壇上から降りて秋山氏の無事を確認した。騒ぎのせいで持ち場を離れた西野に向かって苛立ちが収まらず
「ここ、先輩の持ち場ですっ!」
と頬を膨らませて少し怒った。すると、西野が若干の笑みを浮かべてポケットから何かを取り出した。
「すまんw これ……やるからさぁ……ベイクドチーズケーキ味」
と、愛美のお気に入りのお菓子を目の前に出した。睨みながらも愛美が納得した感じで黙って頷き、お菓子を受け取ってしぶしぶ西野を許した。……その光景を腕組みしながら見守る男がいた。来週から正式に主任としてこのメンバーのまとめ役を担って配属を控えている佳祐がこっそり視察に来ていたのだ。
捜査員たちが被疑者にその場で軽く聞き取りをしたところ、どうやら小説家の秋山が懇意にしている政治家と後援会のメンバーの一人がトラブルとなり、その娘の縁談が破談となった。秋山はそれを知って小説のネタに使い、フィクションとしながらも誇張して出版してしまった。身近な読者からは“ノンフィクションなのでは?”と囁かれ、次第に誤解が生じて容疑者の娘は偏見により婚約まで済ませていた相手から突然別れを告げられて憔悴し、外も出歩けなくなってしまったのだという。飲食店を経営していた被疑者の店の客入りにも影響が出てしまい、破談のきっかけを作った秋山を逆恨みしての犯行だという“二次被害”による殺人未遂事件だった。
時間とともに現場が片付き出し、中下が警備室を出て人気のないところへ移動し、スマホを取り出して電話をかけ始めた。相手は……佳祐だった。
「お疲れでーす……、中下でーす」
「あっ、どうも、みのさん!」
「いかがでしたか? あんな感じで、まぁ……チームワーク……意外と高めですw」
「ハハッ、 仲良さそうっすね! あの……眼鏡姿からの警棒と足払いからバックチョークまでの……あのギャップ……最高~っすねww」
「愛美ですねw ステージかっさらってましたね~、パーティー奪取!」
「うんうん! 誰のパーティーなんだかw ……そうそう、あのお菓子……あれ何だったんすかっ?」
「あぁー、あれは……、まぁ西くんとのコミュニケーション・ツールですね」
「ほう……、(西野が)応戦せずに静観してたのを彼女が怒って、ご機嫌取りとか……そんな感じですか?」
「んーん、おしい。おそらく……『先輩が持ち場離れたからアタシがやるしかなくて、皆に……足見られたじゃないすかっ! もしかしたら、今日ここで新しい出逢いの1つくらいあったかもしれないのに。もう! 何してくれてんのよ!? ってか、わざとでしょ!?』みたいな感じかと思います。で、西くんが『黒帯だし、独りでいけるかなと思ってw すまん、これやるから機嫌直せよ!』みたいな。この二人、大体いつもこんな感じですw」
「なるほどねぇ~」
「愛美は現場の潜入女子が不足のため臨時招集です、八割方は事務職させてますんで……」
「ほぉ~、それはやっぱり彼女の父親の二階堂警視正の意向で?」
「はい、そうですね……暗黙のw でも、時々……今日みたいに彼女がベスポジ配置になることもあってw で、男性陣も彼女が意外と動けることを分かってるんで実は発散させてたり……ちょいと露出を狙ってたりw まぁ、本音はエリート娘の万年事務員に同情してるんですよ。でも、やり過ぎると色んな意味で皆も首が危ないんで絶妙なバランスで自由と制限を……。ということで、本日の“太もも”…………激レアですw」
「ほほぉ~、御開帳……ですかっ!?」
「はい~w 着任早々、吉兆ですなw」
「ハハハw いや~、久しぶりに本庁復帰で身構えてたところもあったんで、これで肩の力が一気に抜けましたわw いいもん見させてもらいました!」
「フフフw 令嬢菩薩の御利益・眼の保養と精神の救済……早速ですねw こりゃ前途洋洋ですな!」
「令嬢菩薩w 信仰始めますわw あぁ、あのトイレの女……怪しいっすね。レツ(共犯)かなぁ~。トイレ付近の防カメ・チェックバックと(俺だったら)念のため任意で聴取かなぁ~。じゃっ、来週よろしくお願いしまぁーす!」
「了解でーす! お会いできるのを楽しみに……お待ちしておりますぞ! お疲れでーす!」
「あぁーい!」
佳祐は思った。
『ふーん…………あれで(彼氏)…………いないのかぁ……………………』




