誇り
「エルロンド王国は、建国から何百年経っているか、知っているか、ミーシャ」
「!? なぜ、今、そんなことをお聞きになるのですか!? 論点を」「論点をずらすつもりはない」
きっぱり言い切ると、ハロルド王太子は話を続けた。
「エルロンド王国は、建国から約六百年が経つ。王家の宝物庫には、様々な秘宝が眠っている。ミーシャの水晶玉のように。精霊が住まう宝飾品もある。今、ミーシャの左手で輝いているピンクダイヤモンドにも、精霊が宿っていると言われ、ゆえに代々王族が婚約者に贈る習わしがあった。……ただ、この指輪は正直者だから、政略結婚では使われない」
「そ、それは……」
「この指輪を贈った相手のことを、贈られた相手も想っている時。精霊が祝福を与えてくれる。指輪はピッタリとその指にはまり、つけている人間に幸福を授けてくれる――と言われているんだ」
そう言ったハロルド王太子に額にキスをされたが、反応できていない。
本来「何をするのですか!」と言わなきゃいけないのに。
水晶玉を通じ、精霊の存在を私は信じていた。
それに呪いをかけられたハロルド王太子が目覚めることになったのも、偉大なる精霊使いであるマギアノスのおかげなのだ。
ハロルド王太子が指輪に関して嘘をついていない限り、私は、彼のことを――。
「指輪に関して、嘘はついていない。いくらミーシャのことを愛していても、一方通行な気持ちを押し付けるつもりはないからな。王族としての誇りもある。だからこそあの日。この指輪を持参していた。まずは指輪を試し、もし期待する反応がでなければ、婚約契約書を出すつもりはなかった」
「私を利用するために、婚約者にして結婚するつもりだったのではないのですか!?」
その瞬間。
ハロルド王太子がとても悲しそうな顔をするので、胸が痛む。
彼にこんな悲痛な表情をさせたことを強く後悔し「ごめんなさい」と自然に口にしていた。
「あやまる必要はない。勘違いされても仕方ないこと。父上はミーシャを、王室お抱えの占い師にしたいと思っていた。王太子であるわたしも同じ考えなのでは?――そう思われても仕方ない」
ハロルド王太子が、私を抱きしめる腕に力を込めた。
温かく大きな胸は、限りない安らぎを与えてくれる。
「呪いにかかっていることを見抜き、励ましの言葉をくれた。折れそうになる心を支えてくれたミーシャを、好きになったのだ、わたしは。何度も見た悪夢。それを乗り越えることができたのは、君の励ましの言葉のおかげだ。私にかけた言葉は、占い師として言ったことに過ぎない――といわれると、困ってしまうが……」
自信に溢れるハロルド王太子が見せる弱い一面。
そのギャップには、どうしても胸がときめいてしまう。
私だけが知る彼の特別な姿――というのは、とんでもない胸の高まりをもたらす。
「わたしは一人の異性として、既にミーシャを好きになってしまっている。わたしや王族のためにその力を君が使ってくれるなら、それはそれで嬉しい。だがそれを強要するつもりはない。父上がそう望んでも、それは、はねのける。これまで通り、多くの人を占いたい、助けたい、幸せにしたいというなら、そうすればいい」
「それは……どういうことですか?」
「ミーシャには、ミーシャにしかできないことがある。それを無理に止めさせるつもりはない。王太子妃、王妃の公務は、抑えることができる。他の王族で代われるものも多い。当然だが、わたしだってサポートする。だから君が望む、多くを幸せにするための時間も持つことができる――ということだ。まあ……王太子妃教育というものもあるが、ミーシャならなんとかなるだろう」
今言ったことを要約すると、私はこれまで通り、希望する人を占うことができるんだ。王族だけを占えとか、王族以外は占うとか、そんな風に強制されることはない。
ハロルド王太子は、私の力を利用するつもりではなかったんだ……。
純粋な気持ちで、私のことを……。
どうして、ちゃんと彼と向き合わなかったのだろう。
あの日、逃げ出さず、その指輪を試していたら……。
そこで思い出す。
私がハロルド王太子を拒んだ理由は、私の力を利用しようとしている――それだけではない。
ハロルド王太子は、王族の中で唯一、ザ・ワールドの正位置が出た。
それも一度や二度ではない。
常に、このカードだ。
そんなこと、通常ではあり得ないことだった。