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三章 追跡


「それが事実なんですね……」

 始が去り、部屋に一人となったヒバリは世界魔導師団の調査部に近況報告を入れ、新たな情報を受け取った。それは始が気づいていない事実。ヒバリは「もしか」と、思っていた情報だった。組織が裏づけを取った情報によって、ヒバリは不確かな憶測を、確信に変え、しかし、始に告げる気持が微塵も生まれなかった。

 組織との通話を切り、携帯端末を折り畳んでベルトのホルダに収め、溜息をつく。

 以前のヒバリは任務に忠実だった。関わった人間に特別な感情移入をすることがなかったと言って相違ない。

「酔狂、でしょうかね……」

 世界魔導師団の所属だと言えば、普通は大体の人間が権威に退き、構え、対面だけでも協力的に接する。だが、始は子どもだからか、そうではなかった。

 感情の赴くまま行動・発言する始に、自分や大多数の人間にはない人間性を垣間見て(かいまみ  )、ヒバリは深い関心を抱いたのだ。今し方に聞いた事実を、「守秘義務」とは別の観点から始にペラペラと話すまいと、ヒバリは自戒の如く決定したのだった。



 合流待ちの始は、旅館ロビの、こぢんまりとした紅いソファに座っていた。同じ色の絨緞(じゅうたん)がロビに敷かれているので、どうにも地味・単調な印象だが、素朴で落ちつけると言えば落ちつける。

 それに、大した観光地のない地方の一地域に過ぎず客が少ない。いろいろと考えさせられるこの頃においては高級ホテルよりこの旅館のほうが畏まる(かしこ      )こともなく、落ちつける。

 そんな思いで、ソファの背凭れ(せもた  )にふんぞり返る始である。

 確約通り一〇分ジャストでヒバリが現れると始はソファから立ち上がった。

 千歳の動向を、追跡開始である。

 旅館を出ると雲行きがわずか怪しい。日差が程良く遮られて涼しいので、このまま雨が降らなければロードワーク向きの天候だ。

「さて、どこへ行く」

 始はヒバリを窺う。ほぼ捜査と言える行動を執るので指示を仰ぐのが得策である。

「まずは千歳さんの行先(いきさき)ですね」

 ヒバリがそう言い、山道に歩を進める。始は、横に並んだ。

 舗装されていない土壌が剝き出しの山道は、大小・多角形の石が転がっていて、道がいいとはとても言えない。ちょくちょく石に足を取られ、(くるぶし)から下が左右にグキッと急旋回するので、たまったものではない。

 数十分の道程の先に、千歳の家があった。始の胸の高さの格子門(こうしもん)越しに庭を窺うと、似合わない軍手を装備して千歳が草を毟って(むし    )いるところだった。

 千歳が極度の人見知りなのは周知のこと。ヒバリには門柱(もんちゅう)の陰に隠れてもらい、始は一人で千歳に声を掛ける。

「千歳。大変そうだな」

「あ、ハジメ君、こんにちは」

 千歳が顔を上げる。

 雲が広がっているとは言え、体を動かせばまだまだ暑い。それなのに千歳ときたら麦藁帽子(むぎわらぼうし)一つで汗の一滴も浮かべていない。涼しい顔で庭の手入れをされていては外気がさほど暑くないように見えてしまうが。

「草がいつの間にか、こんなになっていたの。どうしてかな……?」

 と、千歳が不思議そうに庭を見渡す。

 彼女の疑問に対する解答は始の手の内。某がやったのだ。が、今は答えられない。

「さぁ、なんでだろ。誰かがイタズラで植物活性剤でも撒き散らしたんじゃないか」

 と、口から出任せにしてはなかなかの回答で千歳に呼応して首を捻った。

「ところでさっきはどこへ行ってたんだ」

 と、続けて自然な流れで訊く。確か、前述では、「朝の散歩」ということだったが、それが嘘だろうことも見えてきたところだ。千歳は本来、嘘がつけないタイプの人種だった。だから始は自然な流れであえて直球的に質問した。

 家が点在している山道。馬車の需要が大半を占める時世で車を持つ家庭が少なく、さらには出入りが少ない道なので状態がいいとは言えない。草が生い茂っていて、下手をすると隠れた崖から転落しかねない。山林なので一気に崖下へ滑落したりはしないだろうが危険だ。

 さらに登ると民家も見られなくなる。「石」が「岩」にランクアップして、行く手を阻むばかりか場所によっては壁の如し、崖側を歩くほかなくなる。そんな岩石と地面を覆う雑草を幾度となく越えて、始とヒバリが行きついたのは――。

 二対の眼が捉えた一本の黄色いテープは〔keep out〕の黒字がよく目立つ。これは、サスペンスやミステリードラマによく出てくるアレだ、と、始は思った。

「キープアウトテープ……。こんなの去年はなかったんだけどな。なんか事件でもあったのか」

「組織によれば、つい最近、事故があった場所だそうですよ」

「なんだ。お前は知ってるのか」

「先程組織と情報をやり取りしたとき周辺の事件や事故の一覧をもらいましたから、一通りは把握していますよ」

 ヒバリがそう言い、〔keep out〕もとい規制線の奥のフェンスを観た。フェンスには規制線と同義の〔立入禁止〕と書かれた看板が針金で括り(くく  )つけられている。

「ここはもともと危ない場所だったようですね」

「ああ。この先は近所の人間でもあんまり近づかない断崖があるんだよ」

 生い茂った植物が崖を隠して地面と錯覚させる。だから人が入り込まず、だからこそ手つかずの自然が保たれ、立ち入りにくい危険地帯となっている。

 ヒバリが目を細めた。

「まるで観てきたような口ぶりですね」

「まあ、それは……」

 始が最初にここへ来たのは今よりもっと小さい頃で記憶もハッキリしない。「ここ」と言っても、正確にはこの先の崖だ。

「千歳と来たことがある。ほかにも誰かと来たことがある気がするけど……」

「なるほど、それで知っていたんですね。どんな用事があったんですか」

「用事なんかないよ。ただの冒険心だ」

 初等部低学年までは誰もが持っているであろう貪欲なまでの好奇心。始はそれに突き動かされて、「行きたくない」と泣く千歳を引き摺って(ひ ず  )この先へ行った。

「では、行きましょう」

 ヒバリが規制線を籠手で持ち上げ、奥へ入っていく。

「おい、いいのか、入って……」

「お忘れですか」

 呼び止めた始を振り向きニコリと笑った。

「世界魔導師団は担当事象が違うだけで一警察組織です」

「あ、そうか……」

 ヒバリは魔導師の目線から調査をするつもりのようだ。始はヒバリを見送らんとしてその場で佇んで(たたず     )いたが、

「何をしているんです」

 と、ヒバリが手招き。「君も来てください」

「オレは警察じゃないだろ」

「ボクが権限を与えます。調査の協力者にはそれくらい必要でしょう」

「お前にそんな権限があるのか。意外にやり手なんだな」

「意外は余計ですね。でも、確かにボクと同じ歳で、同じだけの権限が与えられている者は、いませんね。もともとボクくらいの歳の者が少ないんですが」

 嫌みな顔もせず言うのがことさら嫌みだが、嘘でもないだろう。

 ヒバリの権限で、規制線の奥へ侵入すると、始は彼のあとについて、崖ギリギリまで寄る。

 反り立つような断崖からの景色は壮観の一言だ。穏やかな碧瀾(へきらん)を眼下にして軽く顎を引けば、壮大な一本の線を望める。水平線と地平線が一連なり(ひとつら    )に天を分つ(わか  )さまはこの世の妙を思わすに事足りる(ことた   )

 始はそれを言葉で説明できないが、千歳とともに訪れたとき胸がドキドキしてしばらく景色を眺めていたのを憶えて(おぼ    )いる。初めは嫌がって泣いていた千歳も一発で泣きやんでいたか。

「……」

 なぜだか。

 この景色を眺めると、

 始は目に涙を溜めていた。

 ……なんだろう。この感じは……。

 絶景に心が震えているのは今も同じだった。けれど、何か、物悲しい雰囲気を湛えた景色にも感ぜられる。

 始の様子を横目にしながらもヒバリが声を掛けず、景色を眺めていた。

 数分後、ヒバリが崖の一帯を見回し、

「ここは、本当に人が入った跡が観られませんね」

 始は意味の解らない涙を手の甲で荒荒しく拭って応える。

「それはそうだろ、立入禁止なんだから。昔のオレみたいに無茶やってる奴や今のオレ達みたいな状況でもなければ一生こないよ。(おまけにキープアウトだ。入れやしないだろ)」

「無茶だという自覚が子どもの頃にはきっとなかったんでしょうね」

 ヒバリがくすくす。

「ああ、なかったよ。悪かったな」

 始は「フンッ」とそっぽを向いて、「あれ……」

 不意に見つけた。崖から飛び出したような枯れ木に、何かを。よく観ると、痩せ(や )細った(ほそ    )枝に布のようなものが突き刺さった状態でパタパタとはためいている。

「おい、ヒバリ。あれ、取ってきてくれ」

「はい」

 枯れ木のしだれた枝をヒバリが目にした。「危ないですね。ボクは遠慮します」

「ケチな魔術師だな」

「正確には、魔術師ではありませんよ」

「わ、かっ、て、る、よ。魔導師だろ、ケチはケチで変り(かわ  )ないんだからいいだろうに」

 勝手な文句を垂れながら始は崖っぷちへ慎重に躙り寄った(にじ  よ    )

 枯れ木の枝が、破れた赤い衣類(?)の切れ端を貫いている。

「どっかで見たことあるような……」

 磨けば数億にもなる原石を見つめるように、じっと切れ端を見つめる。

 そのときだった。

 ガサッガサガサッ!

 背後に広がる茂みが、分厚い風圧で弾けるように揺れた。始は反射的に振り返る。

 目前、ほんの二メートル先に二つの牙が凶暴さを物語る、巨大な猪のような毛むくじゃらの生物が躍り出ていた。

「なっ!」

 不覚にも腰を抜かすしかない。崖を背に尻餅をついて茶色い巨獣を仰ぐ。

「グルォォォッ!」

 野太い雄叫びをあげるさまに、狼の如き野生のハンター然とした鋭さがあった。一瞬でも気を抜けば噛み殺されてしまうことは想像に難くない(かた      )

「おやおや、ありがちな魔物が現れましたね」

 と、一人冷静に言いくさる微笑の貴公子ことヒバリ。左右の籠手を手でカタカタと捻って鳴らし、泰然(たいぜん)としている。

「Bランクですね」

「何がだ!」

「この魔物の強さです」

「はっ!」

 一目で強さを洞察するのは凄いことだろうが、早く倒してもらいたいのが始の切なる願いである。

「いいからさっさと倒せ!」

「本分ですから、やりましょう」

 ヒバリが始の前に出ると、巨大な猪――魔物らしい――が、鬱蒼(うっそう)とした緑を右前脚で散らして、今にも突撃を掛けんという様相だ。

 この()に及んでもヒバリが悠長に籠手を右へ左へと捩らせて(よじ      )いる。

 そうするうちに準備運動を終えた巨大猪が二メートルなど距離もなく一瞬にして詰める。次の瞬間だ。籠手をつけた両腕を盾に巨大猪の顔を抑え突進を受けきったヒバリは直立不動。

 ……こいつ、ホントに強いのか。

 失礼な感想を抱きつつも、安心感を覚えていた。ヒバリは強い。自分の三倍もの巨体を軽軽と受け止め、

「ハッ!」

 と、張りのある声を発して、頭上へ投げ飛ばす。

 わけも解らず宙に浮いた四足型の魔物は、何もできずに崖の下へと落ちていく。しばらくして、ドタンッと地面が揺れるような轟音が耳に届き、実際に一部の岩壁が崩れ落ちるほど、地面が揺れていた。

 布切れが刺さった枯れ木も、地揺れで崩れた岩壁とともに断崖を転がり落ちていった。

 転がり落ちる枯れ木と布切れを点になるまで観ていたが、到頭、林に突っ込み見えなくなるまで始は目を離せなかった。

 ……なんだったっけな、あれは。

 見覚えがあるが、思い出すことができずに、首を垂れて数分をふいにした。

「妙ですね」

 ヒバリが、またそんなことを呟いた。

「今度は何が妙なんだ」

 と、始は呆れを体現した細目。「こんなとこに魔物がいたのが妙か。山なんだからいてもおかしくはないだろ」

「鋭いですね。ええ、それが妙です」

 ヒバリが神妙な微笑(?)でうなづいた。「ボクの持つ情報ではこの辺りの魔物の生息数は少ない。存在しても、DランクやEランクの低級です」

「稀に強いヤツもいるんじゃないか」

「ええ、あり得ないことはありません。ですが、こんな場所ですよ」

 と、ヒバリが周囲に手を広げてみせた。

 断崖絶壁を控えた緑の山頂である。

「こんな場所で生息するからには、危険な場所を粗方把握しているでしょう。魔物とはいえ、Bランクともなれば、それしきの知識が身についているはずです」

「それが、なんだ」

「妙でしょう。あの魔物は背中に崖を控えたボク達に全力で突進してきたんです。最悪、自分も落下してしまう危険を顧みず(かえり     )、突進を仕掛けたりするでしょうか」

「なるほど……」

 どこに住んでいるかより何をしたかが問題だった。ヒバリが指摘した通り、あの魔物は自分に取って危険な攻撃を仕掛けていた。始やヒバリをいくらか侮っていて全力で崖から突き落として自分はブレーキを掛けて助かる。そんな目算だったとも考えられるが、それならヒバリに突進を受け止められたあとに、いったん退かなかったのは戦闘慣れした魔物としては明らかな判断ミスだ。とは、ヒバリの説明だ。

「一つの推論が成り立ちます」

 ヒバリが崖から、天と地を分つ線を眺めて告げる。

「ボク達を、快く思わない人物がいるのではないか、とね」

 洒落(しゃれ)にはならなかった。

 始とヒバリは、まだ見ぬ高等な魔術師を追いつめようと調査をしている。命を狙われていても、おかしくない。

「でも、どうして自分で狙わないんだ。それに、魔物を操ることなんかできるのか。おまけに、嗾ける(けしか     )なんて……」

 始の疑問にヒバリがコクリとうなづいた。

「魔物を操るのは契約魔法や魔力などの代償により可能で、命令もしかり。自らが手を下さないのは、こちらを様子見するためでしょう」

 明答だ。疑問を差し挟む余地がない。

「じゃあ……」

 始は核心を衝く。

「オレ達は犯人である『某』に、迫ってるんだな」

「ええ」

 と、首肯(しゅこう)するヒバリ。「間違いないでしょう」

 長い沈黙が訪れた。

 千歳宅に魔法を掛けた某は、「何か」を探られることを警戒している。始とヒバリは知らず知らず、その何かに接触または接近した。だから魔物を嗾けられたのだ。

 ……某は、いったい何を警戒してるんだ。

 考えても始には判らないことだ。沈黙を切る。

「某は何を恐れてる」

 沈黙などなかったかのように、ヒバリが微笑を湛えてスラスラ応える。

「自分の関与が発覚しかねない、なんらかの物的証拠が見つかることでしょう。君も察した通り、ボク達はそれに限りなく接近もしくは接触した可能性があります」

「お前はその物的証拠が何か、想像がついてるのか」

「ボクは千里眼ではありませんからね」

 と、ヒバリが戯けて(おど    )笑って、「しかし」と、探偵が犯人を追いつめるような真剣な笑みを浮かべた。

「思い当たるとすれば、二つ」

 人差指と中指を立てる。「一つ目はやはり、千歳さんです」

「千歳は()に気づいてないだろ」

「いいえ、気づいていないだけで、『知っていた』のかも知れませんよ」

「『知っていた』。……どういうことだ」

 言葉を誤用していると思えた。気づいていないだけで「知っている」と言えば正しいのだ。要するに、千歳がソレを某に繋がる何かとは知らずに、記憶しているということだ。気づいていないだけで「知っている」とは、そういうことだが、ヒバリの考えは、違うようだった。

「言葉の誤用はしていません。無論、言違い(いいちが  )でもありません」

 と、ヒバリが笑む。「千歳さんは某の記憶を持っている。しかし某が魔術師であるなら、記憶の封印もできないことではないでしょう」

「じゃあ、千歳が危険じゃないか!」

 千歳が某について記憶を有しているなら、始達より先に命を狙われかねない。山道へ引き返す始を、ヒバリが追いつつ話す。

「大丈夫ですよ。某は自分が千歳さんに接触することで、彼女の記憶が回復しないとは限らないと考え、極力接触しないはず……。また、先の魔物の件から、ボク達が接触することで彼女が某の記憶を思い出すのを恐れたと推測できます」

 なだらかな坂道で、始は雑草を蹴散らして止まる。

「オレ達が千歳に接触するほうが、千歳を危険に曝す(さら  )ってことか」

「そういうことです」

 始の横につき、ヒバリが崖へと導く。始は、壮大な景色を前に気持を落ちつかせた。

「千歳さんが、何かを『知っていた』というのは推測の域を出ませんが、こちら……、崖は、そうではないかも知れません」

「解らん。解説してくれ」

 と、片手を挙げる。

 ヒバリがクスクス。

「簡単にいいましょう。魔物はボク達がここに来てそう経たないうちに現れました。崖なので排除が容易いと考えたに違いありません。ですが、ほかにも理由があったのですよ」

「理由」

「例えば、ボク達の目の前に物的証拠があったから、とは、思えませんか」

「おい、(それって、まさか!)」

 始は、ヒバリに目線で訴えた。

 回答は、ヒバリがうなづきでもって代えた。

 枯れ木に刺さっていた布の切れ端。あれが、某の犯行を裏づける物的証拠だった可能性が出てきた瞬間だった。

 枯れ木が根差していた辺りの断崖を、二人で見据える。

 自ずから、二人の考えは合致する。

「行くぞ、捜しに」

「そういうと、思っていました」

 期待した通りの答だったのか、ヒバリが大層、にこやかに応じた。




――三章 終――


 


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