九章 巡り
しかし妙だ。
とは、まるでヒバリの文句のようだったが、始はまさに、現状をそう表すのが的確だと判断したのだった。
突然現れた黒外套の男。恐らく魔導師だ。この男が、どうやら千歳を凶行に導いたようなのだ。
……千歳がこいつの顔色を窺ってるのが、いい証拠だ。
しかも、男には、千歳が見えているし、声も聞こえている。ヒバリ曰く、千歳の信用を買っている人間だけに見えるようだから、この男は千歳に少なかれ信用されている。間違いないのは、今ここで、初めて会ったのではない。
「障壁が消えるなあ?」
「っ」
思考を巡らせている間に、時間は矢のように過ぎる。
殺戮を心から愉しむような狂喜に満ちたその笑みは、男が千歳を唆した何よりの証拠に受け取れた。
始には障壁が見えないが、あと数秒で消えるだろうというときだ。千歳が男に炎の魔法をぶつけた(!)
「っ!何をする……千歳君」
火球が弾け、火の粉が舞い散る。男は五メートルほど飛ばされながらも、無傷で着地した。
「ハジメ君を殺すのは、わたしの役目のはずです」
……役目。
「君ができないようだったから、わたしがやるんじゃないか。勘違いは困るな」
男がおどけて、片手を左右に煽る。
「勘違いではありません」
と、千歳が言った。「あなたは……いったい何を考えてるんですか?」
「何をって、」
男がニヤリ――、オモチャでも見るような目で千歳を見下ろす。
「混乱、させたいんだよ。オマエ達をな」
「『!』」
始と千歳は、目を見張った。
「混乱、だって!」
「いったい、なんのためにです!」
二人の怒りの叫びに、男が高笑いで応えた。
「復讐だよ。お前らの親へのなぁ!ハッハッハッハッハッ!」
狂ったように笑う男だ。始も千歳も、ビクッと足が震えた。
「ビビってんのか?亡者の分際で」
千歳を愚弄するその口ぶりに、始は我慢できなかった。
「ふっざけんな!」
どこからともなく溢れる恐怖感を打ち払うと同時に、怒りの大声を吐き出した。
「お前は何様なんだよ。死にたくて死んだヤツがどこにいるってんだ!バカにすんなよ!」
「わーわーと煩いな……」
口角をグーッと吊り上げる気味の悪い男。次には始に掌を向け――。
「っぐ……!」
襲いかかる水色の輝きを、始は、両腕で顔を覆って防ぐ。意外に痛みはない。いや、そもそも衝撃もなければ、本当に傷もない。
恐る恐る腕を退けると、始の前に千歳が立ち塞がっていた。
「千歳……、守ってくれたのか」
「私はもう、死んでるから……」
千歳が苦苦しく笑む――。
始は気づく。千歳の腕に傷がある。
「千歳、お前それ!」
「霊体とはいえ、魔法的な力からはダメージを受けるのさ」
と、男が言った。
「魔法とは、物的素地、霊的素地を問わず、その存在に干渉し、侵害することができる力だ。つまりわたしの力なら千歳君を昇天させることが可能だ」
……そんな馬鹿な。確か、ヒバリの魔導では効かなかったぞ。
この男が使っているのは、要するに魔導ではなく、生粋の「魔法」なのか。ならば、叔母を相手にしたときのような、一方的な展開にすら成り得る。
「ハジメ君?」
「大丈夫なのか、千歳」
「まだ大丈夫。それより聞いて」
千歳が口早に、「わたしはハジメ君を殺す。それが、わたしの願いであり約束であり、幸福なの。でも……それは、わたしが直接しなくちゃ意味がない。だから……」
千歳が右手を振り翳して放った焔に、黒外套の男が巻かれる。
「今のうちに逃げて!」
「に、逃げろだって。千歳を置いていけるか!一緒に逃げるんだよ!」
始は千歳の手首を摑もうとして、
……な――っ!
そこを凝視した。いくら試みても空気を摑むようだった。引き寄せられないどころか、手首を摑めもしない。
「わたしは死んでるの。だから、一緒には行けない」
「そんな……」
思わぬときに千歳の死を自ら体感して、しかも逃げるか否かの選択を迫られ、対応しきれない始は思考停止に陥った。
……なんということか。
ヒバリは山林を抜けて社に辿りつき、内部を探査。人の手から離れて幾星霜を経ち廃れた拝殿は、壁や床、柱さえもボロボロだった。時間的余裕もない。急いで探査して千歳を倒す手段を無事に入手したが、――場に戻れば状況は一変していた。
始が襲われていた。
が、襲ったのは千歳ではない。
しかも、襲われた始を千歳が守った。
いったい何が起きたのか、と、状況を窺えば原因が判った。
……あれは……!
皐月京介。またの名をクレイグ。魔導師として、その世界では名の知れた男であった。
「逃げるかよ」
始は、無謀にも千歳の前に出た。ただ、無謀は無謀でも成長はしていた。
「逃げても無駄なんだよ。なら、戦って死ぬほうが、まだオレらしい」
「無茶をいわないで!早――」
「無駄だって!オレは頑固だぞ。お前の身に関わることならな」
始は千歳を振り返る。「な。千歳が死んだのをいまさら知ったオレなんだ。……逃げさせないでくれ」
「ハジメ君……」
千歳の表情が、一気に緩む。それは、始のよく見知った表情。凶行など決して起こさない彼女の表情だ。すると、
「何、してたの、わたし。ここは……どうして神社に?」
「千歳……、覚えてないのか」
驚いたことに、千歳はここまでの記憶が失くなってしまっていた。
「わたし、お掃除しようとしてたはずなの。どうして?」
どうしてと言われても、始にも意味が解らない。
そのとき、ゴッと炎が弾け、黒外套の男が姿を見せた。
「煩わしい炎だ。やはり亡霊の魔力はしつこいな」
「っ!」
「おやおや、逃げなかったのか?賢明だ。逃げても無駄だからなぁ」
ケラケラと笑う男。威圧感とともに気味の悪さが付き纏う。
「ん?どうやら、術が解けたらしいな」
「術」
「冥土の土産だ。教えてやろう」
得意げに語り出す。「わたしが仕掛けた精神魔法だよ。万能ではないから洗脳はできないがわたしの言葉に反応させるくらいならば容易。操られているときの記憶はなくなる。便利だろう?」
「お前……!まさかその術で千歳にオレを殺させようと!」
「そのまさかだよ。子ども同士、仲良く殺し合えばよかったのになぁ」
なんという男か。
……本当に、こいつ人間なのかよ!
始は疑わずにはいられなかった。
「千歳、聞いたか」
「う、うん……」
「お前は操られてた。解るよな」
「うん……」
千歳が男をキッと見据えた。全ての状況を把握できてはいないだろうが、この男が友好的な相手でないことは解ったはずだ。
「お~恐い恐い」
と、ちゃかす男。「だがもう魔法は使えないはずだ。凄んでも無駄なんだぞ?」
「……!」
千歳がはっとする。男が言うことは事実らしい。
「さぁ、お遊びは――」
「冥土の土産だっ!」
始は男を制した。「全部喋れよ!理由が解らないまま死ぬなんて、オレはゴメンだぞ!」
この男は、始にも判るくらい自慢家のきらいがある――。
「オレは馬鹿だからな。説明してくれなきゃ理解できないんだよ。どうせ、他人には話せないような算段だろ。話したくて仕方ないんだろうに……。どうせ殺すんだし、オレにくらいは話してもいいんじゃないか」
思いつきがペラペラと口をつく。土壇場での始の言葉が、翳された男の掌を下ろした。
「いいだろう!」
……よかった。時間を稼げば、ヒバリが来てくれるはずだ――。
始の小賢しい算段など知るよしもない男が、得意げに、淀みなく言葉を連ねる。
「まず、君達の両親……早瀬らのことだ。ヤツらはわたしの大事な研究過程と成果を奪い、我が物にした愚かな罪人だ」
「父さん達が……、なんのことだ」
始の父は心理学者、母は魔法研究員だが、父は勿論、魔法研究員の母も魔力を持たない。
「アンタは魔術師なんだろ。父さん達がなんの研究を奪ったっていうんだ」
「魔導機構開発学の研究経過と成果だよ」
と、男が言って、嘲笑した。「子どもの君には解らないか。魔導機構とはすなわち魔導を使うための機械のことだ。ほら、わたしはこの鎧だ」
そう言って、鞣し革のような柔軟性に優れた白銀の鎧を、指でトントンと示した。
「アンタは魔導師なのか……!」
驚いた。最初に予想していたが、あとでてっきり魔術師だと思わされ、そうだと疑わずにいた。
「魔導師さ。世界に誇れる世界三大魔導師の一人だ」
「そうなのか……」
始は全く知らなかった。
「致し方ない。我我は忙しい身ゆえに、表舞台を踏むことが稀だ。まあそのお蔭で動きやすいわけだ」
「それってなんか寂しいな」
「煩い子どもだな。わたしはそのほうが気楽でいいが?」
強がった風もなく心から言った様子。それはそれで、始から見たら随分と寂しげな男であった。
「あの両親から生まれただけはある。鬱陶しさ極まる」
「この、っ……」
イラッとした始だが、後ろに控えていた千歳に「今はダメ」と窘められ、なんとか我慢する。
「わたしが創ったんだよ、あの魔導の技術は。だがな、アイツら、君の両親が奪っていき、千歳君の両親がそれを形にした」
始が空覚えにしている社会の授業によれば、始の両親が魔導について研究成果を挙げたのは確かだが、誰から奪ったとは聞いていない。そんなことがあれば、とうの昔に発覚していただろう。それに、当時始の両親は十二分に自活できる職に就いていたとも聞く。他人から奪ってまで研究成果を挙げる利点はなかろう。
「経緯が飛んだからよく解らない。なんで父さん達が魔導の研究を奪う必要があるんだ」
「それは千歳君の両親が頼んだからだろう。技術完成に伴う利益を親戚同士分け合ったのだろう。うまい話に協力し合ったというわけだな」
「そんな……」
信ぜられない。この男の、口から出任せではないだろうか。両親はつい先日も始と顔を合わせて食事し、何恥じない笑顔を振り撒いていた。ただ、男の言い分を疑いはしたが否定する根拠がない。
「驚くことはないだろう。君も、その金で暮らしてきたはずだ」
……確かにそうかも知れないけど。
始には実感がなかったりする。衣食住に困った経験はないが、特段に贅沢した記憶もない。始の贅沢と言えば、少ないお小遣をちょこちょこ貯めて、お手頃な値段の漫画をワンタイトル纏めて買うことくらい。それも一年に一回あるかないかだ。
「ふっ、君はあやかれていなかったのか?利益を子に分け与えない、とんだ両親を持って苦労したな」
と、男があからさまに見下してケタケタと笑ってみせる。
何かが切れた――。
「うっるせぇっ!」
始の叫びに、男の嘲笑が止む。
「――お前なんかに笑われる親は、持ってねぇよ!」
「何も知らないガキが、意気がるなよ?」
男の手が翳される。すぐさま青い輝きが始に襲いかかった。
が、輝きは途中で吹き飛ぶ。
一瞬何が起きたか判らなかったが、どこからか声が響き、その人物が始の目の前に姿を現した――。
「そこまでですよ」
白亜のマント、艶やかな白い籠手を装備し、地に降り立った背中。
……ヒバリっ、来てくれたか!
始は一瞬安堵するも、まだ手に汗を握らずにはいられなかった。
「……ヒバリか」
と、男が言った。
始は千歳をチラッ――、自分と同じ怪訝な表情を確認、
「顔見知り、なのか」
と、ヒバリを窺う。
「ええ、残念ながら知っています」
と、ヒバリがニコニコと、これまでにない最上級の笑みを見せた。
「彼はボクの……、上司ですからね」
「なんだって!」と、口にすることも叶わないほどに、意表を衝かれて驚いた。
「ど、どういうことだ」
と、なんとか口にする始である。
「話したでしょう。亡くなった両親の代りに、ボクを引き取り育ててくれた人……。それが、この男の正体ですよ」
と、ヒバリが目を細めた。「ね、そうでしょう、世界魔導師団団長・皐月京介、またの名を『氷の魔術師クレイグ』」
謎の男こと皐月京介。クレイグともいう男が、薄気味悪く笑う。
「わたしが出てきて、さぞ驚いただろう?我が世界魔導師団の最高幹部にして『水の魔導師』と恐れられる天才、魔導師ヒバリ・アスカ」
……最高幹部。ヒバリが。
始の疑問は伝わらず、話が進む。
「お前はわたしの部下だろう。邪魔をするな」
「部下であり、義理の子でもありますが……、それとこれとは話が別ですよ」
ヒバリが、始にも判るほどの怒りを滲ませた。
「何をしようとしているんですか。まあ……、大方の見当はついているのですが」
「盗み聞きしていたのなら、そうだろうな」
クレイグが腹の内の悪意を抑えるようにクックッと笑った。
「わたしは、そこにいる二人に消えてもらいたいんだ。邪魔だからな」
「どういうことだよ。意味が解らない」
始はようやく口を挟む機会を見出した。「オレ達がお前の何を邪魔したっていうんだよ」
対するクレイグの回答は簡潔。
「生きているだけで邪魔なんだよ」
簡潔すぎる。ますます訳が解らない。
千歳を背中に庇い、始はクレイグを睨みつけた。
「話せよ。さっきもいっただろ、訳も解らず死ぬなんて嫌だ」
「それはならんな。ヒバリが現れた。君の話が『時間稼ぎ』だったと判った今、次に蛇が出るやも知れない選択をすると思うか?」
始は内心、舌打ちした。ただ、ヒバリ以外の伏兵などいない。窮地に立たされたのは、紛れもない事実だ。
……ヒバリ、どうするんだ。
始はヒバリの背中に問いかけた。伝わるはずもない心の声だった。
でも、まるで読心術者のようにヒバリが少し顔を見せ、ウィンクして見せた。
もしやと思って、始は心の中で問いかけた。
……何か秘策があるのか。
ヒバリがうなづいて、すぐにクレイグを見据えた――。始は、窮地の中にも、希望の光が見えた気がした。やはりヒバリはすごい。何かやってくれそうな気がする。
「クレイグ団長。あなたが始や千歳さんがいることで損をする原因、現情報を総合して推すると、それはたった一つでしょう」
ヒバリが微笑む。「魔導機構研究成果、魔導技術構築、及び販売権利です。今回の事件は、あなたにいわせれば『権利の奪回』が目的でしょう」
「ふっ。さすがは天才というところだ。わたしが育てただけはある」
クレイグが目を薄く閉じ、口許を歪ます。「そう。子どもが消えればあとは奴らが自滅するのを待つのみだ」
「自滅……、奴らって、」
始は感づいた。「父さん達のことか」
「そうだよ、君と、千歳君の両親のことだ。奴らはわたしの思う通りに事を運んでくれた。それがわたしの思惑とも知らずにな」
腹の底から湧き立つ歓喜を抑えるように、目を見開いて濁った声を漏らすクレイグ。
「だから千歳さんを殺したんですね」
と、ヒバリが腕を組んだ。
「千歳さんを殺し、現在の、亡霊のような存在に仕立てあげたあなたは、千歳さんを成仏させるための手段を、千歳さんのご両親に提案した。その方法こそ、『始を殺すこと』」
「それは本当か、ヒバリ!」
「まだ推測でしかありませんが、間違いないと思いますよ。君は、千歳さんを成仏させるために死に、両親の持つ魔導技術構築、及び販売権利の相続を不可能にさせられるところだったんですよ」
「……信じられない。そんなことのために、人の命を……!」
わなわなと怒りが噴き出す。
「無論、千歳さんを殺したのも同じ理由です。ただ、先に千歳さんを殺したのは、千歳さんのご両親が、千歳さんの為ならどんな非道もやるだろうと見越してのことでしょう。実行に移すだけの魔法の才もありますしね」
「それって――」
叔母が、始を殺しに掛かることも計算づくだった。
「ひどい……」
千歳が声にならない声を漏らした。「お母さん達を利用したなんて……」
「くそ……!」
始は、ヒバリに並んだ。
「おい、ヒバリ、こいつをとっちめろ。絶対許すな!」
「当然です。――が、君は下がってください」
と、冷静に窘められて、始は苦笑混りに後退した。なんの力もない始では足手纏いだ。
「さあ……、武具を交える前に、一つ聞きましょう」
ヒバリがクレイグに問う。「現時間軸において千歳さんのご両親は何も罪を犯していない。しかし、あなたは『思い通りに動いてくれた』といった。それは、あなたに一巡目の記憶があるからでは」
……何。
始は、「そういえば」と、思い出す。クレイグに会い、千歳宅が誰も住んでいないと聞いたのは、一巡目だけ。二巡目ではここで初めて会った。なのにクレイグは、千歳宅に誰も住んでいないと言ったことを覚えていた。それは、一巡目の記憶を有しているからにほかならない。
「だからなんだという?理由は判らないが時は戻った。だが、早瀬達は渡航した。いずれ犯行に及ぶだろう」
……なっ。こいつも時間が戻った原因を知らないのか。
某――この場合はクレイグと言うべきか――に不都合があって、やり直したものと始は思ったが、どうやら違うらしい。始の疑問は、ヒバリにも少なからずあっただろうが、表情には全く出ない。
「なるほど――、このままあなたを放置すれば悲劇が繰り返すわけですね……」
ヒバリが籠手をカチャッと鳴らして、
「クレイグ団長、覚悟はいいですか」
と、育ての親を睨みつけた。「ボクは彼にいわれたから戦うのではなく、あなたが罪人であり、本当の敵だと判ったから戦うのです」
「いいだろう。いい加減、お喋りにも飽きてきたところだ」
クレイグが口角を吊り上げ、みんなを見下ろすように顎を引いた。「役立たずの駒どもにも呆れ果てた。わたし自身が、直接手を下してやろう!」
と、右手を横に払う。瞬間、一面を氷の結晶が舞う。
ヒバリが身構える。
「わたしの取って置きだ。連絡・連携、あらゆる外部との干渉を遮断する結界だ。ついでに、お前の水の魔導を鈍らせる」
「なるほど」
ヒバリがくすりと笑む。「それは丁度いい具合ですよ」
籠手ではなく、肩に掛けた機関銃を両手で構えるヒバリ。次にはトリガを引き、ズダダダダダッと、無限数とも思える火球を銃口から噴射した(!)
「くッ……!」
一部火球がクレイグに直行するが、何かの力に防がれたのか、軌道が逸れる。だが、ほかの火球はヒバリが狙った通り四方八方に飛び交って各所で爆発、氷の結晶を余すことなく吹き飛ばした。
「……新開発させた〈属性充填式魔導銃〉か。厄介なものを――」
「あなたが秘密裏に開発した兵器が、あなたの野望を食い止める。因果応報でしょう」
クレイグに銃口を向けるヒバリ。「あなたのことだ。これを受けたくらいでは死にはしないでしょう」
そう言って容赦なくトリガを引いた。
ズダダダダダダダダダダダッ!
先程よりも遥かに長い時間、火球を吐き出す銃口。いや、正確に言えば、火球だけでなく、青い球や、緑の球も射出している。「属性充填式」というのはつまり、銃弾に、炎や水や雷といった属性が含まれており、装填された順に撃ち出すのだろう。それによってどんな利点があるのか始には解らないが。
……すごいな。
美しくさえある射出物の連打。辺りを爆発の煙で霞ませ、しかし、止むことなく鮮やかな光を放ち続ける。
不意に銃声が止む。
「弾切れですね」
と、言いつつ、ヒバリが次の銃弾をセットした。銃弾が何百と引っついたホルダの先端を銃身に嵌めてまた構える。
敵を気遣うつもりはないが、始は口を挟んだ。
「ヒバリ、もういいんじゃないか。これだけやったらさすがに死にかけだろう」
銃弾を五〇発以上浴びたクレイグなる犯罪者。許せる相手ではないが殺してはならない。
「いいえ、このくらいで死ぬ相手ではありませんからご安心を」
ヒバリがそう言うと再び銃弾を解き放つ。
だが、銃弾は狙いをことごとく逸れて、爆発で発生した霞みが晴れていく。やがては霞みが消え失せて、奥に佇むクレイグが不敵に笑んでいた。
「ヒバリ、お前なら知るところであろう。わたしは魔導師であり、『魔術師』だ。たかだか魔法を真似た魔導の力では、わたしには勝てん」
「ええ、まあ、そうでしょうね」
ヒバリがそれでも銃弾を放ち、やがては弾が切れると、銃を手放した。無策にも見える消費だったが、クレイグに利用されないためだ。
「いい判断だな」
「あなたに敵対するなら、これくらいは普通ですよ」
……なんてことだ。
二人のやり取りを窺っていた始は、身震いを抑えられなかった。同じ人間なのだから、魔導師と魔術師の違いなどせいぜい魔導を使うか否かという程度かと思っていたが、まったく違った。殊クレイグという男には、化物ではないか、と、いう疑いが湧きもした。
……あれだけの銃弾をどうやって逸らしたんだ。魔法っていったい……。
クレイグや操られていた千歳が使えて、ヒバリには使えない魔法という力には、始はとかく無知で漠然とした恐怖しかなく、「いつやられてもおかしくない」と、いう極論を導き出すのも止むなしだ。
「ヒバリ……大丈夫なのか」
と、訊いてしまうのもまた自然な流れであった。「正直、危ないかも知れませんね」とは、言わないが、ヒバリのこめかみにうっすらと汗が滲んでいるのを認める。余裕はない――。
「お前達に逃げ場はない」
クレイグが、両手から氷の結晶を放つ。一度は打ち崩した氷の結界が、場を包んだ。
「さぁ、誰にも知られることなく果てるがいい」
続けてクレイグが放ったのは、氷の刃。一つや二つではない。数えたら、きっとぞっとしない量。それが、全速力で人を轢き殺そうとするバイクが如き風切り音を立てて飛来する(!)
……もうダメだ!
始は触れもできない千歳を庇い、クレイグに背を向けた。
ギュッと目を絞り、すぐに訪れる死の痛みを覚悟した。
すぐには痛みが来ない。叔母に殺されたときのように実感は遅れて――、
……いや、来な、い。
恐る恐る目を開き、背を振り返ると、籠手から射出した鞭のような水撃で、全ての氷の刃をヒバリが撥ね退けていた。が、ヒバリの射出した水は、見る見る氷の結界に吞まれ、そして氷結していく。
「無駄だ、ヒバリ。お前の魔導の力は、わたしの力になる」
……なんだって。
「不思議そうな顔をしているな、早瀬の子よ。なぜヒバリの力が通用しないか、果てはわたしの力になるか、教えてやろう」
クレイグがなおも攻撃を止めず、得意げに語る。
「わたしの扱う氷属性は、基は水だ。つまり場に水が増えればわたしの氷属性は文字通り水を得た魚の如く活性する。ゆえに、ヒバリの攻撃の一切はわたしの力を高めるのみ。身を守るのもその場凌ぎに過ぎない」
「そんな……!」
ヒバリを窺う。「そうなのか……」
「ええ……、残念ながら、本当です」
「……どうにかならないのか!」
「ボクに水属性以外の素養があれば別ですが……」
ヒバリが苦笑。それがないと解っているからだ。
反して、クレイグが愉しげに高笑い。
「考えるまでもない!人間は一つの属性の素質しかない。ヒバリが水以外の属性を操ることなど、できない。決してな!」
氷の襲撃が激しさを増す。さすがのヒバリにも、表面上の余裕すらなくなってきた。
ヒバリの放つ水はことごとく氷の刃を弾き飛ばすがどんどん氷結して、操れる水の量が減少していく。そればかりか、徐徐に氷の刃が前進しているのが見て取れるのだ。――長くは持たない。いずれは、ヒバリの水が撃ち破られ、氷の刃が始達を斬り裂くだろう。
……どうすればいい!このままじゃ本当に死んじまう!
次に死を迎えれば、一巡目から現在へ来れたように、都合よく生き返れたりはしないかも知れない。あれは原因が不明なのだから、頼りにしては死を招く。
始の手許に残る手榴弾も、わずかに二つ。もっとあったと思ったが、激しく立ち回ったときに、どこかに落としてしまったのか。ヒバリはたくさん所持しているようだが、あれだけの攻撃を、長らく持ちこたえるには少少心細いのが事実だ。
……何にしても、あとがない。
――九章 終――




