四話 力を取り戻す方法
横を見ると、レティシアがパソコンの画面に釘付けになりながら、から揚げをもぐもぐしている。
プレートメイルを着込んだ金髪碧眼の女騎士が、から揚げを爪楊枝に指し、上品に口に運んでいる様子はなんだか面白い。
あらかた部屋の掃除も終わった。なんとか押し入れのことはうやむやにできた。危ない危ない。
……さて、次にやるべきこと。
レティシアが元の世界に帰る方法を探し出すことだ。
パソコンのモニターが異世界へと繋がっているというのはレティシアの言葉だ。そのことは間違いないとして、どうすれば元の世界に返してやれることができるのか。レティシアは力が失われていると言った。その力はどうしたら戻るのか。わからないことだらけだ。
ネットの情報を調べてみても、ゲームキャラクターが現実の世界に来た事例などあるわけがなく、ただ怪しいオカルトサイトにたどり着いただけだった。
手がかりは一つ。
『敗北女騎士〜凌辱の果てに〜』を配布していたサイトを調べ上げることだ。
しかし、連絡用のメールアドレスが見当たらない。そもそも管理人の所在も記載してはなかった。
それならばと、情報を募るサイトで聞いてみても、どうやらこのパソコン以外ではサイトにたどり着くこともできないらしい。八方塞がりだ。
俺は見落とした箇所がないかと、穴が開くほどにモニターを睨みつけていた。
レティシアも諦め切れずに『敗北女騎士〜凌辱の果てに〜』のキャラクター紹介や、ゲームの説明を食い入るように読んでいる。途中、自分のイラストが載せてあるページを開くと、画面に顔を近づけ凝視している。
「こ、これは……! もしかして私、ですか?」
爪楊枝から、揚げが落ちても気がつかずに、レティシアは画面に向かい震える指を向けていた。
「そ、そんな……私は、こんな、まさか」
ショックだろうな。
自分がゲームのキャラクターとして、晒されているんだ。もしかしたら、自分は作られた存在。ただの記号。パソコンゲームをレティシアが理解しているとは思えないが、もて遊ばれているという気持ちを抱いていてもおかしくはない。俺もこんなことになるとは思わなかったとはいえ、レティシアを好機の目で見ていたのだ。ショックを受けているレティシアに対してかける言葉がない。
「うう……」
「レティシア……」
「わ、私はッ……!」
レティシアが俺に詰め寄る。
「なんですかっ! この不浄な説明は!」
レティシアがモニターに向かって、びしりと指を突きつける。
そこには、
『女騎士レティシアはオークに凌辱されるたび強くなっていく』
と、書かれていた。
あっ、そっちか。
レティシアは再び顔を覆い、不浄です、と何度もつぶやいている。
確かに今のレティシアは、有無を言わせず俺の宝物を捨てようとしたり、エロに対して嫌悪感を示している。いや、耐性がないだけだろう。
それでもレティシアは荒い呼吸を整えながらも、先へと読み進めていく。次の文言を見ていたときに、今度は貧血のように後ろに倒れてしまった。
「レティシア。大丈夫?」
こんなことを繰り返していたら、いくら時間があっても足りないぞ。
「ナ、ナオキ様」
レティシアはか細い声で俺の名を呼んだ。
「こ、これが元の世界に戻る手がかりだと思うのですが……」
指を伸ばした先にはこんな一文が書かれていた。
『清純な女騎士レティシアの奥底に眠る、淫乱な人格を呼び起こすことにより新たな力を得ていく』
このゲームの肝となる設定だ。
レティシアは力が失われていると言った。新たな力を得れば元の世界に帰ることができる、と考えているようだ。
「こ、これは……どうすればよいのですか?」
……どうすればいいって……どうすればいいんだろうか?
もうオークはいないし、いたとしてもレティシアを陵辱させるなんて思っただけでも吐き気がする。
俺が言葉を発することができずにいると、レティシアは自らの頬を思い切り叩いた。驚いた俺に活を入れるように、床を踏みしめレティシアは立ち上がった。
「ナオキ様もお立ちください! さぁ! 早く!」
「はっ、はい」
立ち上がると、レティシアは俺の手をとり胸の辺りまで持っていった。
「……わっ……私を! りょ、陵辱っ……してください!」
なんだか昨晩の雷が、今度は俺の脳天に直撃したみたいな衝撃を受けた。
俺は今、自分の部屋で正座をしてレティシアを待っている。これから起こることを考えていると、胃の中が逆流しそうで、「うおぇっ」と嗚咽を漏らしてしまうほどだ。
陽が落ちてから数時間たち、ようやく扇風機だけでも汗が出ないくらいには気温は落ち着いている。静寂の中、家の近くを車が通るだけで体がびくついてしまう。
レティシアは一階でシャワーを浴びている。なんとシャワーである。今から男女がアレやコレをする前の儀式である。うおぇっ。
目の前にはお布団ひとつと、枕が二つ。うおぇっ。
緊張しすぎてエロい気分など全く沸いてこない中、一階で風呂場の扉を閉める音が聞こえた。五分くらいすると、静かに階段を上がってくる音が聞こえる。うおぇっ。
俺の部屋の前で足音が止まる。俺の頭の中には風呂上がりの艶めかしいレティシアの姿が浮かんでいた。
突然、部屋の扉が勢いよく開かれる。
「さぁ! 凌辱してください!」
レティシアの頬は風呂上がりでピンク色に上気していたが、なぜか体にはプレートメイルが身につけられていた。
「さぁ! 私に新たな力を!」
レティシアは仁王立ちで俺に腕を差し伸べる。何? 今の俺、どんな立ち位置?
「ところでさ……今から、その……凌辱、をするんでしょ? なんでしっかりとプレートメイルを着込んでるの?」
差し伸べられた腕が力なく、下ろされる。
「わ、私はですね! 新たな力を得るのは、それすなわち闘いだと! つまりですね……」
レティシアはしどろもどろになりながら必死に説明しているが、語尾は消え入りそうになっている。
俺が意味も分からずに、ぽかーんと口を開けていると、レティシアは糸の切れた人形のように、膝を床につけて潤んだ瞳で俺を見据える。
「だ、だって……恥ずかしい」
レティシアの顔は心配になるほど真っ赤に染めあがっている。風呂上りのためか、恥ずかしいからなのか、いくつもの汗の玉が額に浮かんでいた。
「で、でも……! 私は! 元の世界に帰らなければ!」
一つ、迷いを振り払うようにレティシアは声を張ると、肩や胸、腰回りなどのプレートメイルを丁寧に外していく。最後に、胸の部分を外すと、俺は全身が熱くなるのを感じた。
「あ、あまり見ないでくださいね」
下に着ていた服を脱いでいくと、最後には薄い麻で作られたシャツのようなものが残った。汗に濡れ、体に張り付いた服はレティシアの体系をしっかりと映し出していた。
そういえば会ってからというもの、がっちりとプレートメイルを着込んだ姿しか見ていない。今のレティシアは勇猛果敢な女騎士ではなく、どこにでもいる一人の少女のように見えた。
癖のない黄金色の髪の毛が、腰のあたりにまで流れ、レティシアが体を揺らすたびシャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。床に座り、投げ出された筋肉質の足は精巧な人形のように滑らかだ。
あまり見ないでくれ、と言われても、恥ずかしそうに自らの腕で体を抱き、腰をくねらせている姿は扇情的で、目を逸らすことのできる男など存在するとは思えない。
「……さあ、ナオキ様。新たな力を」
レティシアが、じりじりと俺に迫ってくる。俺の太ももに柔らかな手が置かれた瞬間、理性が吹き飛んだ。
俺は勢いよくレティシアの肩をつかんだ。
レティシアは小さく「きゃっ」と悲鳴を漏らすと、静かに目を閉じる。閉じられた瞼は震え、胸の前で組んだ手には力が入っている。
こんなに小さな肩だったのか。
国を守るために、一人でオークの森へと足を踏み入れたレティシア。度重なる危機にも逃げずに立ち向かっていく女騎士。
――くっ、殺せ!
オークに凌辱されそうになった時にレティシアが言った言葉だ。恥辱に塗れるくらいなら、命を絶つのがレティシアなのだろう。
しかし、目の前で震えているのは、一人の女の子だ。この子を安易な気持ちで傷つけてはいけない。
「レティシア」
「は、はい!」
「やめよう」
俺の言葉に、レティシアの閉じられた目が大きく見開かれた。疑問と不安が入り混じった瞳で俺を見つめている。
「レティシアを凌辱するなんて、俺にはできない」
「ナオキ様……」
「力を取り戻す方法。今は凌辱しかないのはわかってる。だけど、好きでもない男にこんなことをされるなんて……オークと変わらないじゃないか」
溢れ出してしまいそうな感情を無理やり押さえつける。俺はスクリーンショットを見た時からレティシアに心を奪われている。元の世界へ戻りたいという気持ちを利用すれば、良い思いができるのだろう。
でも、そんなことは俺にはできない。
「ナオキ様」
レティシアは目を細め、少しだけ微笑みを携えながら、俺の首に抱きついた。ふわりと柔らかい体の感触が伝わってくる。
「ナオキ様。ちょっと聞いていてくださいね」
レティシアが俺の耳元で、秘め事のように小さく漏らす。
「私だって、騎士である前に女です。嫌いな男になど触れられたくもありませんよ」
俺の首に回されたレティシアの腕に力が入る。密着している胸からは心音が伝わってきた。
「そりゃあ、ナオキ様はオークを見て腰抜かしちゃうほどには情けないですし」
「う……」
「私の剣を満足に振ることができないくらいには頼りないですが」
「うう……」
レティシアの言葉が俺の胸に突き刺さる。
「でも……それでも、あの時は私を助けようとしてくれました」
「レティシア……」
「この世界で初めて出会ったのが、ナオキ様で本当に良かった」
耳元でささやく声がなんとも愛おしい。声は小鳥がささやくように小さいものだったが、レティシアの思いが全身を駆け巡っていった。
レティシアは体を放すと、今度は俺の頬を両手で覆った。
「ここまで言えば、わかりますよね?」
俺の頬を挟んでいる両手が、燃えるように熱い。その腕をやさしくつかむと、レティシアは恥ずかしそうに少しだけ顎を引く。上目遣いで俺を見る目は、照れくさそうな色を見せていた。
そのまま、俺はレティシアの頭をやさしく撫でると、そっと自分の胸に引き寄せた。レティシアは身を任せるように俺に体を預けると、そのまま二人で布団に倒れこんだ。
辺りは静かで、かすかにお互いの鼓動が聞こえてくるだけだった。




