最終話 また会える日まで
あれから二か月が経った。
澄み切った空は高く見え、薄い雲がゆっくりと流れていた。まだまだ残暑も厳しく、うだるような昼間の暑さはレティシアのことを思い出してしまう。
俺のパソコンのモニターにはまだ、森の風景が映し出されている。
迷いの森を抜けた――ということは、ゲームはクリアしたのだろうけど、エンドロールも流れていないため、俺はどうするべきかわからなかった。いや、モニターを切ってしまうと、永遠にレティシアに会うことができなくなってしまう気がして怖かった。
レティシアは無事、国へと帰ることができたのだろうか? 国の危機は救うことができたのだろうか?
――――もう一度、会うことはできるのだろうか?
モニターに触れてみる。もう、異世界への扉は開かない。
レティシアは俺とは違う世界の人間なんだ。これ以上、お互いの世界に干渉することはできないのかもしれない。忘れた方がいいのかもしれない。
俺はシャットダウンをクリックしようとした――すると。
「ナオキ様」
なんだか、懐かしい。清流のような声が聞こえてきた。
画面の奥。人影がこちらに向かって近づいてくる。レティシアだ。ゆったりとして落ち着いた藍色のワンピース。腰のあたりを絞り、女性らしいシルエットを映し出していた。
女騎士としての凛とした表情はなりを潜め、少女のように大きな瞳で不安そうな視線を森の中へ向けていた。
レティシアに会えた。きっとこちらからは声は届かない。それでも再び姿を見られたことが何よりも嬉しい。
レティシアは腰が引けた様子で森の中を、覗き見ている。
「オ、オークは……いないよね」
か細い声が静かな森の中でささやかれる。
意を決したのか、胸の前で両手を握り、小走りでこちらへと近づいてくる。
レティシアからも俺の姿は見えていないはず。それでも、俺の方へと視線を向けると微笑を浮かべる。
「ナオキ様? 見ていますか? ヘタレのナオキ様ですからきっと私がいなくなった後でも、ずっと見ているのではないですか?」
ヘタレ、か。
そんな言葉も俺にとってはとても懐かしく思える。
「本当はもう少し早く戻ってくる予定でしたが、いろいろと忙しくて」
レティシアは尚も語り続ける。国が無事だったこと。迅速な危機管理により騎士隊長へと昇進したこと。その事が理由でなかなか休暇が取れなかったこと。言葉が途切れることはない。
レティシアの声を聞いていると、今まで溜まっていた感情があふれ出てしまいそうになる。
「レティシア」
画面をなでると。レティシアもこちらに向かい手を伸ばした。
「会いたい」「会いたい」
お互いの願いが重なる。
言葉は届いていないはずなのに、レティシアは俺の言葉を噛みしめるように目を閉じ頷いた。
ほんの少しの静寂の後、レティシアは腰に手をあて、ぷっくりと頬を膨らませた。
「そうそう、ナオキ様。ティアから聞きましたよ。あの押し入れの中。とんでもなく不浄なものが置いてあったそうじゃないですか」
え? なんで、あの押し入れの中をティアが知っているんだ?
「ティアはナオキ様の世界に転移したときには、すでに私から分かれていたようです。パニックになって押し入れにずっと隠れていたそうですよ……な、ナオキ様と一夜を共に……していないですけど、した時まで」
そ、そうだったんだ。ずっと……見られていたのか……はずかしい。
「次に会った時には、私がリードしてあげますからね。それまで、あの押し入れのものを使うのは禁止です。ナオキさま」
妖艶な表情を見せた……と、思うと、あわあわと唇は震え出し、レティシアは手のひらで顔を覆った。
「い、いま、私は何を……! こ、こんなことを言ってしまうなんて」
多分、今のはティアだな。仲良くやっているみたいじゃないか。
レティシアは恥ずかしさを消してしまうように、頭を激しく降ると、咳ばらいをして再び俺へと顔を向ける。
「だから、もう一度……必ずナオキ様に会いたい」
「ああ、俺も。必ず」
想いをはせる。
森の風景はいつまでも美しく、ただやさしい風が木々の枝葉を揺らしていた。




