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魔物たちの勇者撲滅記録  作者: 葛城獅朗
バラ園に残した愛
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 透の命を繋いだ妖精は、強盗が押し入った時に居合わせた者たちだった。

「ああ、泣かないで清志。愛してるわ」

「私たちは、透の一部となって生き続けるから」

「いつか透と一緒に戻ってくるわ」

「ずっとそばにいて支えるわ」

 話を聞き、すぐに透の命となることを決めた妖精たちを見て、清志は手のひらで目を覆った。薔子を亡くしてから、透が生まれるまでの孤独を埋めてくれた愛しい存在。それを失う悲しさと、透と天秤にかけて捨てた罪悪感。耐えられず目からあふれ出すそれらに、妖精はそっと手を当てた。

「笑って。清志の笑った顔が、一番好きよ」

 そうして小さな体を犠牲にするため、妖精たちは最後の空を駆けて行った。清志と女王はその後ろ姿が見えなくなるまで見つめる。切り捨てた命を忘れないよう脳裏に焼き付け、生涯苦しむことを、自らへ科す罰とした。

「…………契約を、清志」

 やがて女王が囁くような声で告げ、清志も静かに彼女へと視線を移して頷く。悲しみと罪悪感で疲労してはいたが、その瞳には自分の愛を助ける決意もまた、見て取れた。

「あなたが亡くなったら………考えたくもないけれど、亡くなったら自動的に透が契約者になるわ。あなたは今から、自分の後継を指名する手続きをしてもらう。透は庭を管理し、私たちをここに住まわせる。私たちは庭をさらに美しくして、透の命も繋ぐ。あなたの契約よりも少し重いから、破った際には重い罰が下るでしょう。ただ、それよりも怖いのは私たちを追い出したり、私たちが死んでしまった場合ね。透の命が尽きてしまう。それだけは避けなければいけないわ」

 再度契約の確認をする女王の言葉一つひとつに、清志は重い頷きを返す。透の命を救う代わりに将来を縛るなんて、自分たちのエゴかもしれない。透はこの先、一生この庭で生きていく。零れ落ちた命に妖精を詰めて、不履行の時に下る罰を背負いながら。透にはどう説明すればいい? どう納得してもらえばいい? 契約内容を聞いてその残酷さに改めて考えさせられた。しかし、後に引く選択肢はもう残されていない。

「透を私の後継に。契約しよう」




 そうして再び女王と清志の間で契約が交わされた直後、傷ついた透の胸は動画を逆再生するようにじわじわと治癒したそうだ。流れた血は一気にその量を増やし、内臓は再構築され、肉と皮膚は最初から欠損などなかったかのようにくっつく。やがて透は穏やかな寝息をたて、ストレッチャーの上で寝返りを打った。その光景を見ていた医師と両親は、しばらく事態が理解できず微動だにしなかったという。

 そんな中で先に思考力を取り戻したのは清志の息子だった。彼は自分の父の庭に『何か』あるのを、幼い頃から感じていた。そして今回、透を傷つけた強盗犯を締めあげていた蔓。人智を超えたものだということは、混乱の最中でも明らかだった。やはり父は、父の庭は、自分たちが立ち入ってはいけない場所だと感じる。孫の姿に相好を崩す父の姿に絆されるところだった。あの人は『何か』に取りつかれて、花とばかり会話をするような人間だったのに。

 一命をとりとめた透が再びバラ園を訪れ、祖父に駆け寄ることはなかった。透の両親が、とりわけ清志の息子がそれを許さず、写真の送付も途絶える。清志が作った透のアルバムは、それ以上の成長を記録することなく役目を終えた。まだ写真が収められていないページのほうが多いアルバムを見るたび、清志はあったはずの未来を思い浮かべては悲しみに沈む。来年には幼稚園の入園式の写真が入るはずだった。そしてあっという間に小学校に上がり、背はどんどん伸びて、きっと中学生や高校生になる頃には清志の背を越えただろう。そのすべてが夢と消えた絶望を感じる。しかし、透を傷つけ、勝手に契約者として生きる道を定めた罪悪感から、以前の様に写真を要求することはできなかった。どう説明すれば、と悩んでいたのが馬鹿らしい。まずは会わなければ、物事が分かる年齢になるまで成長を見守らなければ、説明などできない。

 加えて清志は大半の妖精が事情を知らない中で生きることにも罪の意識を感じていた。清志の決断で命を差し出すことになった仲間のことを、妖精たちは知らない。数匹がいなくなったことに関して女王がどう説明しているのかは知らないが、妖精たちは清志に変わらずの愛を持って接してくれていた。彼女たちは透が来なくなったことで再び感じるようになった孤独を埋めてくれる。しかし清志は、自分がその愛を受け取る資格はないと考えていた。それでも邪険にはできず、他愛のない会話をし、お菓子をあげ、一緒にお茶をする日々。癒しと苦しみの間で、清志は苦悩し続けた。


 いつかは話さなければ、透の将来にかかわることだ。そう思いながらも結局、清志は透に会う勇気も、説明する勇気も持てず、妖精たちに見守られながら死んだ。

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