家族
じゃあ話題を変えよう、と雪那が取り出したのは青バラの写真だ。裏面に達筆な文字で“命の代わりに”と書かかれた、例のアレ。
「この写真に見覚えは?」
少し距離はあるが、女王は写真がしっかり見えたらしい。「私の花ね」と認めた。
「清志が撮ったものじゃないかしら。あの人はよく、バラの写真を撮っていたわ」
文字については触れられなかったので、雪那はぴらりと写真を裏返す。
「この“命の代わりに”って意味は?」
「…………」
女王はその文字を見つめて黙り、考える様子を見せた。ひとつ小さくため息をつき、困った顔をする。
「意味は分かるのだけれど……。これも核心に触れることなの。最後にしてくれないかしら」
「それまで放っておいて危険になることはないか?」
「それは大丈夫よ」
「わかった」
命の代わりに何かをする、というのは危険性が高いかもしれないと雪那は話したことがある。もしそうした契約を結んでいるのなら、果たされなかった場合は死ぬかもしれないと。だからこその確認だったのだろう。危険性が高まることはないと聞いて、雪那は素直に写真をしまった。
「………清志は、何を思ってそれを書いたのかしら」
女王がぽつりとつぶやく。意味が分からず全員が女王の説明を待っていると、少し悲しそうな顔をしながら話し始めた。
「なぜ写真の裏に書いたのかしら、と思って。善かれと思ってやったことが、実はいらないお世話だったり、私を憎むほどの行為だったりしたのかしら。その想いを忘れないように書いたのかも。もしそうなら悲しいわ」
悲しそうな顔をしながら笑う女王に、なんと言葉をかけていいかわからない。そもそも詳細が分からないから「そんなことはない」と言ってやることもできないのだ。それに、その役目はそばにいる妖精が、目に涙をいっぱい溜めながら担ってくれた。
「ああ女王様、そんなことを仰らないで。清志は私たちを愛してくれたわ。死の直前まで私たちを気にかけてくれて。あの清志が女王様を憎むなんて、絶対にありえません」
「そうですわ、女王様。私たち、幸せに暮らしていたではありませんか。清志の家族は彼をないがしろにしていたけれど、私たちは決してそんなことはしなかったでしょう?」
おそらく、透の祖父が感じていた孤独を埋めていたのは妖精たちだったのだろう。それでも透の祖父は息子や孫を待っていたみたいだったが、賞味期限が近づいたお菓子を与えてやるたび嬉しそうにする妖精を見て、幾分かは気持ちが和らいでいたはずだ。事情はよく分からないけど、私も女王が憎まれていたなんて思えない。それは口に出さなかったが、妖精たちに慰められた女王が悲しみの色を消したことにほっとした。
「お前さんたち、どうやって暮らしてたんだぁ?」
興味本位か、縁が女王と妖精たちに問う。
「そこまで人間を信頼してる妖精ってぇのは、あんまり聞いたことがねぇよ。ただの契約関係じゃぁなかったんだろ?」
聞かれた妖精たちは大好きな人の話ができると目を輝かせて、マシンガンのように話し始めた。
「清志は美しい庭を、美しい想いで造る天才なのよ! 薔子を想いながらバラのお手入れをする清志が大好き。そうして育ったバラの香りの、なんて良いこと。ここは私たちにとって楽園なの。ここに住まわせてくれる清志は他の人間とは違うわ」
「でもよぉ、たぶんお前さんたち、キレイな庭にしてやるっつぅ契約で住んだんだろ? それじゃ住まわせてやんのは当たり前じゃねぇか」
縁の指摘を受けて、今度は別の妖精が勢いよく喋りだす。
「私たちを気にかけてくれる人間なんていないのよ。でも清志は私たちに『ありがとう』って言ってくれるの。お菓子もくれるし、一緒にお茶にしようって誘ってくれるのよ。私たちが喧嘩したらどっちの言い訳もきちんと聞いてくれて、時間があるときは本を読んでくれて、いっぱいお喋りしてくれて。私たちを愛してくれたの」
その話を聞くと、本当に家族のように過ごしていたことが分かる。そうして何十年も生活していたら、確かに特別な情がわくだろう。まったく会えない息子や孫の代わりにしていたのでは、という水を差すような考えも浮かんだが、さすがにそれを口にすることはしなかった。
女王も妖精の言葉を聞いて同意する。
「ええ、そうね。清志は私たちを愛してくれたわ。愛してくれたと信じている。だから彼が愛したこの庭を守るのよ。大切な透に託すの。ほかの人間の手に渡したりしないわ」
透の祖父への想いを再認識して、女王は自信に満ちた瞳を見せた。家族として愛された自信。血がつながっていなくても、家族としての確固たるつながりがあるのを感じて、少し羨ましく思ったのは内緒だ。




