誘ったもの
今日も妖精たちにお菓子を渡して、私たちは女王の東屋から距離をとった正面に陣取る。ピクニックシートを敷いてからお茶の準備をした。水筒のふたを使ってまずは縁にお茶をついで、正面に置いてあげる。後の面々は紙コップに注いでそれぞれ渡した。縁は顔を突っ込んでお茶を飲むから、紙コップでは飲みづらい。口の広い水筒のふたに用意したことで、縁は満足そうに礼を言ってくれた。次いでバスケットの中からロールパンのサンドウィッチを取り出し、蓮太郎に手渡す。こちらは礼もなく「ん」というリアクションを見せただけでむしゃむしゃ食べ始めた。あとは適当にクッキーを紙皿に乗せて、縁と蓮太郎のそばに置く。私は自分の手元にバスケットを置くので、取り分けることはせずそのままわしっとパンを掴んだ。私と蓮太郎はサンドウィッチとクッキーをがっつり食べるし、縁はお茶とクッキーをちまちま楽しむ。雪那は「なんで夕飯あとにそんな食べるんだ?」と信じられないものを見るように言ってきたので、最初からお茶しか出さなかった。
私たちが準備と飲食をしている間、妖精たちも同じことをしている。ハンカチやランチョンマットを敷いて、好きなお菓子を持って行き、数匹が協力しながらティーポットを抱えてお茶を配った。「お茶いるー?」「このチョコケーキもらっていいー?」などワイワイ言いながら、楽しそうに笑っている。女王のもとにもお菓子を見繕った妖精がやってきて、テーブルに丁寧に広げていった。そうして女王は魔力と糖分を補給する。彼女がスムーズに話せるよう体調を整えるまで、私たちもすることがないのだ。だから飲食と当たり障りのない会話をしながらその時を待つ。カップケーキを持った妖精が私の膝に乗り上げて話しかけてきた。
「あなたたちが来てくれて、本当によかったわ」
笑うと大きな目がくしゃっと細くなる、可愛い笑顔の妖精だ。
「噂のシークレットサービスの魔物たち。どうにか連絡を取れないかと思っていたの。まさかそっちから来てくれるなんて思わなかったわ」
そういえば、蜂の女王から私たちのことを聞いたと言っていたっけ。勇者に困っていたら、確かに私たちに依頼するだろう案件だ。勇者に捕まった妖精も、私たちの存在を頼りにしていたみたいだし。
私たちは探し回って見つかるものではない。人間がらみの問題を抱えて困っていると、ある日突然たどり着けるシステムになっている。なんとも不親切だが、そう簡単に見つけられては勇者をはじめとした人間に襲われてしまうから仕方ないのだ。
「私たちもこんな経緯で来るとは思わなかったよ」
人間が洋館へ来るとは思ってなかったから、私は苦笑しながら妖精に答える。
「あら、どんな経緯でもいいのよ。美味しいお菓子を持ってきてくれるし、女王様も元気になられて、また前みたいに笑ってくれるようになったわ」
妖精が目を細めて笑いながらカップケーキをかじって、頬が幸せな赤ん坊のようにぷくりと膨れる。そう言ってもらえると、危ない思いもしてきたけど純粋に嬉しい。
「………本当に、来てくれてよかった」
妖精のものとは違う、静かな大人の女性の声。突然会話に入ってきたのは女王だった。手の中のお皿から私へと目を移す。青いガラス玉のような瞳だ。
「実は、あなたたちと会うために、危険を承知でこの子たちを外に出したことがあったの。そして……あなたを見つけた」
「え」
思わず素で声が出る。女王に声をかけられたのは初めてだ。私が余計なこと言わないように、女王と話すのは雪那と縁が担っていたから、話していいものかも分からない。どうしよう、と思ってそろりと雪那を見てみると、可愛くきょとんとして私を見ていた。とりあえず女王の言葉に反応したことは怒ってないようだ。とりあえず先を話してもらえるように、私は女王に目線を戻した。再び私の目を見据えて、女王は口を開く。
「そうかもしれない、と連絡を受けた私は、あなたにどうにか気づいてほしくて幻術を使ったわ。あなたの一番好きな花が、どこからか流れてくるように」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中にある光景がひらめいた。まぶしいほどの光を降らせる楕円の月。1人でついた帰路の途中で、桜の花びらが頬をかすめる。舞い散るそれがどこから来るのか確かめたくて、風上をのぼって行った。誘われているかも、とも考えずに。
透に姿を見られた、あの日だ。
「あれ、女王様だったの?!」
思わず声が出てしまった私に、女王が頷く。
「妖精に話しかけてもらえばよかったのだろうけど、本物か分からなかったから、彼女を危険にさらしたくなかったの。今思えばバラ園に誘ったほうが良かったのかしら。その頃の私は、すでに朦朧としていたのかもしれないわ。あの子、透のもとへと行ってくれるように誘ったの」
それで見られたのか、と思うと謎が解けたすっきり感があったが、簡単に引っかかった自分にも情けなさを感じる。膝の上で妖精が「あら、そうだったのね」と気楽にカップケーキを食べた。妖精たちにも情報共有がされていないことがあるらしい。
「そこから依頼に、ということにはもちろんならなかったけれど」
女王が苦笑しながら言う。人間の透と会わせたところで、魔物を守る私たちが動くことはない。用心深く見られた人間を探しだして事情を探って……ということまですればバラ園までたどり着けたかもしれないが、私たちが透を見つける前に本人が洋館にやってきてしまった。と、そこまで考えたところで、もしかしてその一件も女王の仕業かと思い至る。
「あの、もしかして高橋君をうちに連れてきたのも女王様?」
「……いいえ。私たちには場所が分からなかったもの。でも、心当たりはあるわ」
その言葉に全員が反応した。当然、その続きを話してくれるものと思って注目するが、女王は期待に反して首を振る。
「それは、この件の核心に触れることよ」
話したがらない様子の女王に、縁が片眉を上げる。
「ほう、何か言えねぇ理由でもあんのかい? 事の次第をぜぇんぶ話すってぇ約束だったろ」
「ええ、もちろん話すわ。けれど、今は言えない。あなたたちを信じていないわけではないけれど、どうか最後に、透と引き換えに話させてちょうだい」
「俺たちが知りてぇことを全部知ったからってぇ、お前さんたちを放ったりしないぜぇ?」
「それでも、お願い」
じっと見つめてくる女王の瞳からは、お願いと言いながらも譲らない意志の強さを感じる。縁は雪那と目を合わせて、「まぁ、いいよな」と確認した。雪那も頷いて同意する。それを見て女王は、花のように可憐に笑った。ここに来てから一番の笑顔。最初は恐ろしくもあった女王は、実はよく笑う女性なのかもしれない。彼女の回復を喜ぶとともに、様々な謎が解けて終わりに近づいていることを、私は感じた。




