日本の実家にご挨拶2
レイカの両親は再び目を覚ましていた。
さすがに3度目ともなれば、キラめく視界にも多少は慣れてくる。
強張った表情で娘たちを見ていて、膝に置かれた拳はぎゅっと硬く握られていた。
ネル王子はそんな義両親たちに、真剣な目線を向けている。
こちらも正座だ。
背筋までしっかり伸ばされていた。
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む。
王子が、すぅっと息を吸い込んだ。
『ーー改めまして自己紹介をさせて頂きます。
初めまして、リィカさんのお義父さん、お義母さん。
私はヴィレア王国第四王子、ネルシェリアス・ヴィー・レアンスと申します。
今回は結婚の挨拶に参りました。
勝手な話ではありますが、異世界ティラーシュにある我が国で、リィカさんと私はこのたび結婚することとなりました。
もう婚儀も済んでおります…ご両親を挙式にお招きできず、大変申し訳ありません。
ここでお2人に誓います。
どうか聞いて下さいますか。
私はリィカさんを妻として生涯大切に愛し続けます。
誰よりも、何よりも一番に。
この気持ちを裏切ることはありえません。どうか信じてもらいたいと思います。
幸いな事に、彼女も私を深く愛して下さっております。
共に生きていきたいのです。
…私たちの結婚を、祝福していただけないでしょうか?』
ネル王子は青い宝石のような瞳で、じっ、と義両親を見つめていた。
しばし、座敷には重い沈黙が流れる。
レイカがハラハラと両親と愛しい旦那さまを交互に見ていた。
やがて、父がゆっくりと口を開き、低めの声を出した。
「ーーー麗華」
「! なぁに…お父さん?」
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったレイカはびくっと肩を跳ねさせた。
父と王子はお互いに冷や汗を流しながらも、今だ視線を逸らさない。
「あのな」
「うん」
何を言われるのか?
気が気では無かったが、左手に浮かぶ結びの刻印を見て心を勇気付けて、レイカは次の言葉を待った。
「彼は………。何と言ったのだ?」
「…はいっ?」
えっ。
…めちゃめちゃ真摯な、愛の告白でしたけどお父さん!
聞かなかった事にしちゃうの…?
「み、認められないの?」
じわっと、レイカのつぶらな瞳に涙が滲む。
母にスパンと頭をはたかれた父が、わたわたと慌てながら捕捉を入れた。
「いや、認める認めない以前にだなぁっ!?
…そこの彼は日本語で話していなかっただろう。
分からんぞ!
お前がいつの間に外国語をマスターしていたのかは知らんが、俺にはその…ネル君?の話した内容が分かってないんだ」
「えっ」
「そうよねぇ。
私ももちろん理解出来なかったし。
麗華、通訳してくれない?」
「ええっ!?」
ポカンとしたおマヌケな表情になってしまったレイカ。
心配そうにこちらを見る王子に「通訳されてないんだって…」と言ってみると、彼も大きな目をさらに丸くしていた。
でも「それでさっきからリィカのご両親の会話が理解できなかったのか…」なんて呟いていたので、早く教えて欲しかったよー!と小さく抗議する。
ごめんね、なんて可愛く言われて結局許した。
「なんかね?
…私にはお互いの言葉が自動翻訳されて聞こえてるんだけど、異世界と日本では元々の言語が違ってるみたい。
ネルも、お父さんたちの言葉分からないんだって」
「そうなのか!」
というわけで、レイカが先ほどの言葉を翻訳してみる。
はい。
……めっちゃくちゃ恥ずかしい!ーー!!
翻訳!
翻訳機能欲しかったよ女神様!
真っ赤になっている娘本人を挟んで、その後も「愛」だの「幸せに」だのという言葉が、父と王子から頻繁に飛び交う。
もうやめてやって欲しい。
レイカにしてみれば自分で「ネルは私を心の底から愛してて」なんて言うのは、もはや羞恥プレイだ。
肩がふるふると震えている。
ネル王子の主張を最後まで聞いた父が、むむっ、と難しい顔をして腕を組んだ。
眉間にシワが寄っている。
「…ネル君の真摯な気持ちはよく分かった。
君は、真剣なんだな」
「! お父さん、それじゃあ…」
「ただなぁ。
あと少しだけ、信用出来んのだ。
君はまだ若く美男子だから…これからも沢山の美しい女性と出会うだろう?
その時に気が変わってしまわないだろうか?」
あっ、容姿の美醜が反転してることを言ってない。
「うちの娘は美しく無いだろう?」
いや、分かりますけどねお父さん。
レイカさんが遠い目をしていますよ?
追加でその美の価値観の説明もしておいた。
あまりに突拍子もない内容に、またも両親は驚いているようだ。
都合が良すぎる説明に、さすがに信じられないような顔をしている。
ネル王子本人の口から聞けていないのも影響しているのだろう。
レイカは困ったように眉を下げた。
うーん…どうしたら自分たちの本気が上手く伝わるだろうか?
その様子を見ていたネル王子が、トントン、と妻の肩を叩いた。
「ん? どうしたの、ネル?」
『先にリィカにも謝っておきますね、ごめんなさい』
「えっ」
ネル王子は正座姿勢のままバッと両手を床につくと、そのまま深く深く頭を下げた。
ちょっと勢いが付きすぎて「ガン」と頭が打ち付けられた音がしている。
しかしそんなのは些細な事だ。
こ、これは……
JAPANESE DO・GE・ZAーーー!!
両親たちもさっきしたばかりではあったが、初対面の西洋風イケメンがガッツリ土下座している光景は異様で、とても迫力のある物だった。
(どうして王子が正座やら土下座やらを知っているのか?
初代王妃サクラが伝えた文化だそうです。)
そして土下座したネル王子は体を起こすと、レイカの腰をぐいっと引き寄せる。
「きゃっ!?」と見た目に沿わない可愛らしい悲鳴があがった。
そのままくいっと顎を持ち上げてー、
ちゅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
両親たちは口をあんぐり開けながらもガン見している。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
……ぷはっ
「ネ、ネルぅ…?」
レイカさんが酸欠になっていますね。
背中をさすって落ち着かせてあげましょう。
『愛していますよ、リィカ・カグァム・レアンス』
夫は熱のこもった甘い眼差しで妻を見、うっとりとレイカの今の名前を呼んだ。
ペロリ、ともう一度、名残惜しげに舌先で唇を舐める。
両親の前で、というあまりの羞恥プレイにレイカの頭の中は真っ白になった。
王子がくるりと振り返り(レイカさんの腰には手を回したままです)キリッと両親を見る。
2人とも、顔がめっちゃ赤い。そうなりますよね。
そしてびくーーーっ!と体を跳ねさせていた。
『…リィカさんを通して"愛している"と伝えても、なかなか信じてもらえないかもしれません。
それでも、この気持ちが本物だとどうしても理解して頂きたく、このような形を取らせてもらいました。
目の前で娘さんにキスしてしまいすみません。
もう一度、いえ、何度でも言います。
リィカさんを愛しています。
彼女を絶対に幸せにしてみせますので、この結婚を認めて頂けませんか』
ネル王子は今度は、先ほどの柔らかい言い方ではなく、力強い言い方で両親に問いかけた。
もはや「問い」ではなく「念押し」ともとれる。
眼力がすごい。
レイカの両親はうっすらと涙を滲ませていた。
ーーーああ、本気なんだ。
と、ストンと彼の言葉が心に落ちてきていた。
彼の言ってる言葉は分からない。
でもここまで見せつけられて、理解しない人間はいないだろう。
わっ、と父が顔を片手で抑えて号泣し、母は娘に思いきり抱きついていた。
「お、おめでとぉぉッ、麗華ぁーー!!
お前本当に、こんなカッコイイ旦那さんの心捕まえてたんだなぁ!!
ううっ、今日は麗華も帰ってくるし息子はできるし、なんて良い日なんだ涙とまんねーわ…ぐすっ!」
「うわあぁーーー!!
麗華、麗華、おめでとうーー!
優しい貴方の良さを分かってくれる人がちゃんといたのね、よかったわね…!
こんなに情熱的な彼だもの、きっと貴方を誰よりも幸せにしてくれるわ!
うん、うんっ、おめでと!」
両親の喜びように、レイカも涙ぐみながら、とても幸せそうに微笑んでいた。
ぎゅーっと母を抱きしめ返して、心を込めてお礼を言う。
「ありがとう、お父さんお母さん!!
私、彼と幸せになるね。
今までたくさん愛情を注いで、大切に育ててくれて、本当にありがとうございました…
こんな素敵な彼と結ばれたのも、2人がお互いを愛する姿勢を、私に見せてくれていたからだと思う。
お父さんたちみたいな相思相愛な夫婦になりたいです。
…大好き!」
「「うわあーーーん麗華ぁーー!!」」
やかましいほどの大合唱だ。
とんでもないブスに生んでしまってはいたが、彼らにとっては目に入れても痛くないほど可愛い娘だったのである。
両親は2人共に泣き崩れていて、もはや話を続けられそうもない。
レイカは頬を赤く染めながら照れたように笑って、愛しの旦那さまを見つめた。
「ネルシェリアス。
…私たちの結婚は祝福されたみたい。
これからもよろしくね?
私、貴方の事いっぱい愛するから。
貴方も私のこと、たくさんたくさん愛して下さい…」
ネル王子も瞳をうるませていた。
その空色に、美しい妻の姿をしっかりと映している。
もちろん!と力強く頷き、ふふっと微笑んだ。
「はいっ!
貴方の事が大好きですよ。愛しのリィカ!」
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こうして、ネル王子とレイカさんの結婚は日本の両親にも認められました。
優しく美しい(地球視点)息子は彼らにとっても大歓迎で、訪問した際には毎度、あれもこれもと豪華なお食事が出されます。
あーん、して食べさせ合う娘夫婦の様子に大笑いし、両親までもが、新婚当時のようにラブラブモードになってきました。
ヴィレアの国民性は感染するのでしょうかね?
今日も、ニホンの鏡家の4人の周りは空気がとっても桃色です。
第四王子夫妻が新しい命の報告にくるまで、あと数年。
幸せは何代先までも、ずっと続いて行くのでした。
ラブラブーヾ(♡⌒ー⌒♡)ノ




