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第11話 「まあ、少なくともやってはみた」



拒絶ではなかった。


受け入れたのだ。


ウィンドウが現れた。


> 《Divine affiliation protocol detected.》




エレシュが目を見開いた。


俺たちの手の間にあった黒い線が、紫色へ変わる。


> 《No overwrite attempt detected.》




俺は笑った。


「気に入ったみたいだ」


「何て書いてあるの?」


「何も上書きしようとしてないって」


エレシュが俺の手を少し強く握った。


「だって、してないもの」


次の文字が現れた。


> 《Affinity verification...》




部屋が完全に静まり返る。


> 《Death-aligned divinity detected.》




エレシュが息を呑んだ。


> 《Compatibility: ACCEPTED.》




その瞬間。


俺たちの足元にある魔法陣が光った。


黒。


紫。


そして俺の手の甲に、小さな紋章が現れた。


三日月を、小さな大鎌のような一本の線が貫いている。


二秒ほど。


それから消えた。


> 《Affiliation established.》


House: ERESH




エレシュが大きく目を見開いた。


「……成功した」


「みたいだね」


「成功した」


「今言ったよ」


「成功した!」


俺が反応するより早く。


エレシュが飛びついてきた。


そのまま抱きしめられる。


「私に眷属ができた!」


「おお」


彼女の顔は俺の胸に当たっていた。


両腕が俺の身体を囲んでいる。


およそ三秒間。


エレシュは自分が何をしているのか分かっていなかった。


そして。


気づいた。


完全に固まった。


俺は下を見る。


「どうも」


エレシュがゆっくり顔を上げる。


耳まで真っ赤だった。


「……」


「……」


勢いよく離れる。


「今のは神聖な祝福の抱擁よ!」


「もちろん」


「変な意味に取らないで!」


「何も言ってないけど」


「顔が言ってる!」


「また俺の顔か」


エレシュは背を向け、両手で顔を覆った。


俺は笑った。


でも。


それ以上はからかわなかった。


あの抱擁の中で。


一つだけ分かったことがあったからだ。


エレシュは。


嬉しかったのだ。


『交渉に勝った』


とか。


『必要なものを手に入れた』


とか。


そういう意味ではなく。


本当に。


嬉しそうだった。


四年。


マーラが言っていたことを思い出す。


四年間。


眷属が一人もいなかった。


もしかすると。


これは彼女が認めたがっている以上に。


ずっと大きな意味を持っているのかもしれない。


◇◆◇


カウンターへ戻ると。


マーラが俺たちを見た。


「それで?」


エレシュは両手をカウンターの上に置いた。


「登録して」


マーラが彼女の後ろを見る。


「刻印は成功したの?」


「してないわ」


「じゃあ……」


エレシュが古い本をカウンターへ落とした。


ドンッ。


マーラが表紙を見る。


それからエレシュを見る。


「……まさか」


エレシュが笑う。


「そのまさかよ」


「古代契約を使ったの?」


「ええ」


マーラが俺を見る。


「それで、成立したの?」


俺は手を上げた。


少し意識を集中させると。


先ほどの小さな紋章が一瞬だけ現れた。


マーラの目が大きく開く。


「なんてこと……」


「今回は天じゃなくて冥界の話ですけどね」


エレシュが俺の脇腹を肘でつついた。


「痛っ」


マーラは本を手に取る。


何ページか確認した。


「……法的には、今でも有効ね」


エレシュが腕を組む。


「知ってるわ」


「でも、あなたの神力を通してレベル更新はできない」


「知ってる」


「加護による成長もない」


「知ってる」


「神から与えられる技能も――」


「マーラ」


「確認してるだけよ」


女性はため息をついた。


金属製のプレートを取り出す。


水晶の上へ置いた。


「レン・クロガネ」


表面が光り始める。


「ここに手を置いて」


言われた通りにする。


水晶が輝いた。


数秒後。


文字が現れる。


まず。


> REN KUROGANE




次に。


> 種族:人間




そして。


> 所属:エレシュ神族




エレシュが笑った。


表示は続く。


> 加護:―




マーラが少し眉をひそめる。


最後に。


> レベル:未登録




プレートが小さな音を立てた。


マーラがそれを手に取る。


「はい。終わり」


俺へ差し出した。


カードほどの大きさ。


暗い色をしたプレートに。


銀色の文字。


眺める。


> REN KUROGANE


神族:Eresh


加護:―


レベル:未登録




「じゃあ……」


プレートを持ち上げる。


「これで正式に神族所属?」


マーラが頷いた。


「ええ」


エレシュを見る。


本人は。


何でもないような顔をしようとしていた。


全然できていない。


笑顔が何度も漏れている。


「それで、冒険者登録もできる?」


「あなたの場合は特殊だから、ギルド側で改めて審査は必要になるわ」


マーラが答えた。


「でも法的には神族への所属が認められている。それで一番大きな条件は満たしてる」


完璧。


一つ片づいた。


マーラがもう一度エレシュを見る。


「おめでとう」


エレシュが動きを止めた。


マーラは笑った。


「本当にね」


一瞬。


エレシュの表情が柔らかくなった。


「……ありがとう」


しかし。


すぐにいつもの誇らしげな顔へ戻る。


「当然の結果よ」


「四年かかったけど」


「マーラ!」


俺は笑った。


◇◆◇


役所を出る。


すでに夜だった。


魔法の灯りが。


エレティスの通りを照らしている。


もう一度。


自分のプレートを見る。


エレシュ神族。


妙な感じだ。


この世界へ来たのは。


今朝のことなのに。


何も知らない。


本当に何も。


それなのにもう。


俺を勧誘した理由が。


『他の神族に断られすぎて、もう自分を断る余裕もないだろう』


だった冥界の女神の組織に。


正式所属している。


俺の第二の人生。


なかなか面白い選択をしているな。


「レン」


顔を上げる。


エレシュが目の前に立っていた。


「何?」


彼女は片手を胸へ置く。


また。


あの威厳のある姿勢を取ろうとした。


「エレシュ神族の女神として……」


わざとらしい間。


「正式に、あなたを歓迎するわ」


彼女を見る。


冗談は言わなかった。


少なくとも。


すぐには。


軽く頭を下げる。


「ありがとう」


エレシュが瞬きをした。


真面目に返されるとは思っていなかったらしい。


「あ……」


笑った。


「ええ」


少しの間。


どちらも何も言わなかった。


そのとき。


俺の腹が鳴った。


ぐううううう……。


沈黙。


エレシュが俺の腹を見る。


俺は彼女の腹を見る。


すると。


彼女の腹も返事をした。


ぐううう……。


見つめ合う。


「……」


「……」


「女神様」


「何?」


「最後に食べたの、いつ?」


「失礼な質問ね」


「つまり結構前なんだ」


「そうとは限らないわ」


「エレシュ」


「……朝」


「何食べた?」


「紅茶」


「それは飲み物」


「砂糖も入ってたわ」


「だからって食事にはならない」


「神族に入ったばかりのくせに、随分口うるさいわね」


ため息をつく。


残っている五枚の硬貨を取り出す。


見る。


それから。


エレシュを見る。


「本拠地までいくらかかる?」


「歩けば無料よ」


「素晴らしい」


硬貨をしまう。


「じゃあ、まず帰ろう」


エレシュが笑った。


「そうしましょう」


歩き始める。


俺もついていく。


「そういえば」


「何?」


「住む場所があるか聞いたの、覚えてる?」


エレシュの足が少しもつれた。


「覚えてるわ」


「屋根も」


「その話はもうしたでしょう」


「確認してるだけ」


「ちゃんとした家があるわよ!」


「ないとは言ってない」


「歴史ある本拠地よ」


「それも前に言ってたね」


「趣があるの」


「エレシュ」


「何よ」


「なんで汗かいてるの?」


「かいてないわ」


夜は寒かった。


「そう」


俺たちは通りを一本進む。


次の通り。


その次は。


もっと狭かった。


建物は。


進むにつれて古くなっていく。


エレシュを見る。


目を合わせようとしない。


「まだ遠い?」


「もう少しよ」


角を曲がる。


一匹のネズミが。


俺たちの前を横切った。


俺は止まる。


エレシュは歩き続ける。


「エレシュ」


「うちのじゃないわ」


「聞いてないけど」


「念のため言っただけ」


また歩く。


次の角。


街灯も少なくなってきた。


建物には亀裂が目立つ。


「エレシュ」


「何?」


「“歴史ある本拠地”って言ってたけど……」


「ええ」


「どれくらい歴史あるの?」


「年齢なんてただの数字よ」


「廃墟を売ろうとしてる人が言う台詞そのものなんだけど」


「廃墟じゃないわよ!」


ミシィィッ――。


遠くで。


何かが軋む音がした。


エレシュが歩く速度を上げた。


俺は笑った。


これは。


間違いなく面白くなりそうだ。


ポケットの中のプレートへ触れる。


エレシュ神族。


異世界で初めての所属先。


冒険者になるための。


初めての現実的な可能性。


そして。


どうやら。


神々ですら加護を与えられない人間を。


初めて受け入れた神族。


エレシュの背中を見る。


彼女が本当はどんな女神なのか。


まだ知らない。


どうして四年間も眷属がいなかったのか。


知らない。


俺の中にある権能が何を意味するのか。


それも知らない。


そして。


死に関わる女神が。


どうして破産寸前に見えるのかも。


当然。


分からない。


でも。


一つだけ。


分かっていることがあった。


あの森で目覚めてから。


初めて。


俺には。


帰る場所ができた。


その場所が。


どんな状態なのかは。


まだ知らないけど。


「レン」


「ん?」


エレシュが。


角の前で立ち止まっていた。


妙に緊張している。


「見る前に……」


「その前置きで良かったこと、一度もない気がする」


「最後まで聞きなさい!」


「どうぞ」


深く息を吸う。


「神族の価値は、本拠地の大きさで決まるものじゃないって覚えておいて」


「分かった」


「家具でもない」


「うん」


「一部の構造の状態でもない」


「エレシュ」


「一時的な経済事情でもないわ」


「エレシュ」


「それに、技術的には今でも完全に住めるの!」


彼女を見る。


エレシュは笑っている。


笑いすぎている。


そして。


振り返った。


「ようこそ……」


彼女の後ろから角を曲がる。


エレシュは両腕を広げた。


「……エレシュ神族へ」


前を見る。


「……」


笑顔が消えた。


「ああ」


エレシュが唾を飲み込む。


俺は。


これから自分の家になるらしいものを眺めた。


そして。


一つだけ思った。


なるほど。


だからあれほど。


「技術的には」


という言葉にこだわっていたのか。

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