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馬車を持ち上げただけなのに、危険人物として牢屋に入れられました  作者: momotarou


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3/3

第3話 花屋に戻ったら、お客さんが多すぎます

 花屋に戻った翌朝。


 私は、いつもより少し早く目を覚ました。


 ロゼッタ花店の裏部屋は、相変わらず狭い。


 天井には染みがある。

 壁のすきま風もある。

 床板も少し鳴る。


 でも、地下牢ではない。


 それだけで、私はほっとした。


 やっぱり、牢屋より花屋がいい。


 私は桶に水を汲み、店先の白百合の花瓶へそっと注いだ。


 白い花びらが、朝の光を受けてやわらかく光る。


 その光を見ていると、胸の奥が少し落ち着いた。


「ミリアちゃん、早いねえ」


 奥からロゼッタさんの声がした。


「おはようございます」


「おはよう。体は大丈夫かい?」


「はい。昨日、お肉を食べたので」


「肉で全部どうにかなると思ってるのかい」


「少しはどうにかなります」


「まあ、昨日より顔色はいいね」


 ロゼッタさんはそう言って、店の棚を見回した。


 昨日、王城からもらった褒美のおかげで、ロゼッタ花店は少しだけ息を吹き返した。


 家賃の心配が少し減った。

 仕入れもできる。

 壊れた棚も直せる。


 それから、今日のご飯も食べられる。


 すばらしい。


「ミリアちゃん」


「はい」


「あのお金は、ちゃんと返すからね」


「返さなくていいです」


「返すよ。あんたの給金でね」


 給金。


 なんて良い響きだろう。


「ありがとうございます」


「お礼を言うのはこっちだよ」


 ロゼッタさんは、少しだけ目元を赤くした。


 でも、すぐにいつもの顔に戻る。


「さあ、開店準備をするよ。昨日の騒ぎで花も減ったし、今日は忙しくなるかもしれないからね」


「はい」


 私は店先を掃いた。


 割れた鉢を片づける。

 折れた茎を分ける。

 まだ売れそうな花を選ぶ。


 花は弱い。


 でも、少し手を入れると、またきれいに立ち上がるものもある。


 それが、私は好きだった。


 だから今日も、普通に花屋をする。


 そう思っていた。


 開店前、店の扉を開けた瞬間、目が点になった。


 店の前に、人の列ができていた。


 一人や二人ではない。


 十人、二十人。

 それどころか、列はまだ後ろへ続いている。


「……ロゼッタさん」


「何だい」


「お客さんがいます」


「そりゃ花屋だからね」


「多いです」


「多い?」


 ロゼッタさんが店先に出てきた。


 そして、目を見開いた。


「……何だい、これは」


 私も知りたい。


 今まで、開店前から人が並んだことなどなかった。


 閉店前に売れ残りの花を値引きする時でも、多くて三人くらいだった。


 でも今日は違う。


 店の前に、列ができている。


 しかも、みんな花ではなく、私を見ている。


 少し嫌な予感がした。


 ロゼッタさんが、こほんと咳払いをする。


「お待たせしました。ロゼッタ花店、開店です」


 その瞬間、先頭にいた中年の男性が身を乗り出した。


「あの、馬車を持ち上げた娘さんはいますか?」


 やっぱり。


 私は静かに一歩下がった。


 でも遅かった。


 男性の目が私に向く。


「あっ、この子だ!」


 列がざわめいた。


「本当に細いな」


「あの腕で馬車を?」


「昨日は魔物も投げたって聞いたぞ」


「本物か?」


「いや、いくらなんでも作り話だろう」


 私は花束用の紙を手に取った。


「あの」


 全員の視線がこちらへ向く。


「見物だけでしたら困ります。でも、お花を買ってくださるなら、うれしいです」


 しん、とした。


 ロゼッタさんが横で額を押さえた。


「ミリアちゃん、あんたが見世物みたいに見られてるんだよ」


「でも、花屋なので。お花を見てくれるなら、それだけでもうれしいです」


「それはそうだけどねえ……」


 先頭の男性が、慌てたように咳をした。


「じゃ、じゃあ白百合を一本」


「ありがとうございます」


 私は白百合を一本選び、紙で包んだ。


 男性は花を受け取りながら、まだ私の腕を見ている。


「あの、本当に馬車を持ち上げたのかい?」


「はい」


「どうやって?」


「こう、持ち上げました」


「いや、そうじゃなくて」


「私もよく分かりません」


 男性は困った顔をした。


 私も困っている。


 もう牢屋には入りたくない。


 そのあとも、お客さんは次々に来た。


 花を買う人。

 私を見に来ただけの人。

 馬車の時に助けた男の子。

 西門で見ていた人。

 噂を聞いて確かめに来た人。


 私はできるだけ普通に応対した。


「お見舞いでしたら、香りの強すぎない花がいいと思います」


「お母さまへの贈り物なら、明るい色を少し入れましょう」


「元気を出してほしい方には、黄色い花がおすすめです」


 最初は私を見に来ただけの人も、花を手に取ると少し顔が変わる。


「これはきれいだね」


「母に持っていくか」


「昨日は怖かったから、家に花でも飾ろうかな」


 そう言って、花を買ってくれる。


 花を抱えて帰る人の顔は、来た時より少し明るい。


 それを見ると、私は胸の奥がふわっと温かくなった。


 馬車を持ち上げたことより。

 魔物を放り投げたことより。


 花を買った人が笑ってくれることの方が、ずっとうれしい。


 昼前になると、店の前の列はさらに長くなっていた。


 ロゼッタさんは売上箱を見て、目を丸くしている。


「こんなに売れたの、いつ以来だろうねえ」


「よかったです」


「よかったけど、忙しすぎるよ」


「お水を替えますか?」


「その前に列をどうにかしないとねえ」


 その時、店の前に見慣れた人が立った。


 銀の鎧。

 黒に近い髪。

 灰色の瞳。


 レオンハルト様だ。


「レオンハルト様」


「ミリア・ノクス」


「今日は確認ですか、監視ですか?」


「花を買いに来た」


「本当ですか?」


「本当だ」


 私は少し驚いた。


 ロゼッタさんが奥で小さく笑っている。


「何のお花にしますか?」


「白百合を一束」


「昨日も白百合でした」


「今日も白百合でいい」


「お好きなんですか?」


 レオンハルト様は少しだけ黙った。


「落ち着く」


「そうですか」


 私は白百合を選ぼうとした。


 けれど、店の前から声が上がる。


「押さないでください!」


「こっちは先に並んでいたぞ!」


「花はまだあるのかい?」


 列が少し乱れていた。


 人が多すぎる。


 ロゼッタさんが慌てて店先へ出ようとする。


 でも、その前にレオンハルト様が動いた。


「列を二つに分けろ。花を選ぶ者はこちら、見物だけの者は通りをふさぐな」


 低く、よく通る声だった。


 お客さんたちが一斉に背筋を伸ばす。


「慌てることはない。花は逃げない」


 レオンハルト様が真面目な顔で言った。


 お客さんたちは一瞬だけ黙り、それから少し気まずそうに列へ戻った。


 私は思わず見つめた。


「レオンハルト様」


「何だ」


「ありがとうございます」


「……私はなぜ花屋の列を整理しているんだ」


「助かっています」


「ならいい」


 レオンハルト様は少しだけため息をついた。


 騎士団副団長が花屋の列を整理している。


 とても不思議な光景だ。


 でも、みんな落ち着いてくれた。


 おかげで私は、花束を作ることに集中できた。


 少しして、馬車の時の男の子と、その母親が来た。


 男の子は母親の後ろに隠れている。


「あの、あの時はありがとうございました」


 母親が深く頭を下げた。


「いえ。無事でよかったです」


「この子が、どうしてもお礼を言いたいと」


 母親に背中を押されて、男の子が前に出る。


 手には、小さな包みを持っていた。


「あ、ありがとう……」


「どういたしまして」


「これ……パン」


「パン?」


「うん。お母さんが焼いた」


 男の子が、小さなパンを差し出してくれた。


 私は両手で受け取った。


 温かい。


「ありがとうございます」


「お姉ちゃん、馬車より強いの?」


 私は少し考えた。


「馬車より強いかは分かりません」


「でも持ち上げた」


「はい」


「すごい」


「ありがとうございます」


 男の子は少し笑った。


 母親も笑った。


 私はその笑顔を見て、胸の奥がまた温かくなった。


 パンをもらったこともうれしい。


 でも、それより、男の子が笑っていることがうれしい。


「よければ、お花を一本どうですか」


 私は小さな黄色い花を選んだ。


「元気が出る色です」


 母親が代金を出そうとした。


 でも、私は首を横に振る。


「これは、パンのお礼です」


 男の子は黄色い花を持って、うれしそうに笑った。


 その様子を見ていた周りの人たちも、少しずつ笑い始めた。


「じゃあ、うちにもその黄色い花を」


「私は母に白い花を」


「昨日怖がっていた娘に、明るい花を買っていこう」


 花が売れていく。


 見物に来たはずの人たちが、いつの間にか花を選んでいる。


 私は忙しく手を動かした。


 紙を切る。

 茎をそろえる。

 リボンを結ぶ。


 馬車を持ち上げるより、ずっと細かい作業だ。


 でも、こちらの方が好きだ。


 昼過ぎになると、仕入れた花の半分以上がなくなっていた。


 ロゼッタさんは驚きすぎて、逆に無口になっている。


「ロゼッタさん」


「……何だい」


「白百合が足りません」


「足りないねえ」


「仕入れに行きますか?」


「今から行っても、いい花が残っているかどうか」


 その時、近くの花屋のおばさんが花を持ってきた。


「うちの花だけど、売れ残りそうだから、よかったら売ってくれないかい?」


 ロゼッタさんと顔を見合わせた。


 お願いしに行ったことはあったが、お願いされたことは初めてだ。


「ありがとうございます。売らせてください」


 私は、思わずおじぎをしてしまった。


「お礼を言うのはこちらだよ」


 花屋のおばさんに笑われてしまった。


 赤い花。

 淡い紫の花。

 小さな白い花。


 まだ十分きれいだ。


「よかった」


 私は花を整えながら言った。


「この子たちも売れます」


「花をこの子たちって言うのか」


 レオンハルト様が言った。


「はい。花なので」


「理由になっているようで、なっていないな」


「そうでしょうか」


 私は首をかしげた。


 花は花だ。


 でも、同じ花でも一本ずつ違う。


 少し曲がっているもの。

 つぼみが固いもの。

 もう開きかけているもの。


 ちゃんと見て、合う相手のところへ渡したい。


 それが花屋の仕事だと思う。


 夕方近く。


 店の前の列はようやく短くなってきた。


 ロゼッタさんは売上箱を抱えて、何度も中を見ている。


「夢じゃないよねえ」


「夢ではないと思います」


「こんなに売れたの、開店以来かもしれないよ」


「よかったです」


「本当に、よかったよ」


 ロゼッタさんの声が少し震えた。


 私は店先を見る。


 たくさんの人が、花を持って歩いている。


 白百合を抱えたおじいさん。

 黄色い花を持った子ども。

 赤い花束を照れくさそうに持つ若い男の人。


 みんな、少し笑っている。


 それが、うれしかった。


 王都を救ったと言われても、あまり実感はない。


 でも、花を買った人が笑っているのは、目で見て分かる。


 私はそれが、うれしい。


「ミリアちゃん」


 ロゼッタさんが言った。


「はい」


「あんた、本当に花屋が好きなんだね」


「はい」


「馬車を持ち上げたり、魔物を投げたりできるのに?」


「それより、花を包む方が好きです」


 ロゼッタさんは、ふっと笑った。


「変な子だねえ」


「すみません」


「褒めてるんだよ」


「そうですか?」


「そうだよ」


 その日の最後のお客さんは、レオンハルト様だった。


 ずっと店のそばで列を整えてくれていたのに、帰る前にまた店先へ来た。


「白百合を一束」


「今日、もう一束買いました」


「もう一束買う」


「そんなに白百合が必要ですか?」


「ああ」


「どなたに贈るんですか?」


 レオンハルト様は少しだけ目をそらした。


「王都を助けた花屋に」


「そんな花屋さんがあるのですか?」


「君だ!」


 私は瞬きをした。


「私に?」


「今日一日、よく働いていた」


「花屋なので」


「知っている」


 私は白百合を包んだ。


 今日、何度も包んだ花だ。


 でも、最後の一束は少しだけ丁寧にした。


 紙の角をそろえ、リボンを結ぶ。


「ありがとうございました」


 私は花束を差し出した。


 レオンハルト様は受け取って、少しだけ口元を緩めた。


「明日も来る」


「確認ですか?」


「花を買いに」


「本当ですか?」


「……確認も兼ねる」


「やっぱり」


 私がそう言うと、ロゼッタさんが奥で笑った。


 レオンハルト様は少し気まずそうに咳をした。


 閉店のころには、預かった花も売り切れてしまった。


 棚から花がなくなった。


 嬉しいけれど、少し寂しかった。


 でも、売上箱は今まで見たことがないくらい重かった。


 ロゼッタさんは何度も何度も数えて、最後には泣きそうな顔で笑った。


「明日は、もっと仕入れないとねえ」


「はい」


「忙しくなるよ」


「はい」


「ちゃんと食べて、ちゃんと寝るんだよ」


「はい」


 私は窓辺に残った小さな白い花を一輪飾った。


 売れ残りではない。


 少し茎が曲がっていて、花束には入れにくかっただけだ。


 でも、窓辺に置くと、とてもきれいだった。


 店の外を歩く人たちが、花を持って笑っている。


 私はそれを見て、胸の奥があたたかくなった。


 私は人間だ。


 でも、血の奥には魔王のものが混じっている。


 そのせいで、馬車を持ち上げたり、魔物を放り投げたりしてしまう。


 それでも。


 お花をみんなが買ってくれて。

 その花で、みんなが少し笑顔になってくれるなら。


 私は、それが一番うれしい。


 やっぱり私は、花屋が好きだ。

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