デートの予行練習6
ショピンモールの落ち着いた雰囲気のカフェに入り、珈琲を注文した。
まりんはチョコケーキも注文している。
珈琲は砂糖多めで飲むけど、今は苦いままで飲む気分だ。理由は特にない。
まりんに一通り、経緯を話し終えてた頃には、カップの珈琲は空になっていた。
モクモクと、モグモグとケーキを食べながら、まりんは話を聞いていた。
最後の口直しに、カップの中を飲み干し、まりんは俺を見る。
「奏が私の提案に乗った来た理由を聞けて、少しか安心したわ」
「安心した?」
「だって、失恋に協力してくれる理由がわからなかったから」
「今まで、不安にさせてたのか?」
そんな素振りをまりんは一度もしていない。そもそも、提案してきたのは彼女の方だ。
「不安というより、疑問ね。だって、奏はとっても優しいでしょ? 失恋したいなんて望みを、対価を用意したとはいえ、引き受けてくれた理由がわからなかった」
「理由って、青春を送りたいからだよ」
「それが対価だとしても、優しい人が、誰かを失恋させるなんて辛い選択を取れると思う?」
「それがまりんの望みだろ……」
「本気で好きになって、否定されたい。それが正しく私を評価した証明になる。そんな理由があったとしても、優しい人がそんな残酷な選択を取れるものかしら?」
「なら、俺は残酷な人ってことだよ。優しくない証拠だね」
その慈しむような笑みを直視できないでいた。
「私の気持ちを、否定しなかった。中身を見られず、否定されることの恐怖を知っていたから、私を見捨てられなかったんでしょ?」
別に責め立てられてるわけじゃない。
悪いことだと、文句を言われてるわけでもない。
同情したから、提案に乗って、変な契約を結んでくれた。
そう言われているようで、首を縦に振ることができないでいた。
「奏、話してくれて、ありがとう」
まりんは、優しく笑う。
「こちらこそ聞いてくれて、ありがとう」
覚悟を認められた気がした。
人に認めてもらえるというのは、自信に繋がるものだな。
「でも、これは詩子には話せないわね」
「俺の弱さだと思うけど」
「駄目よ。僕は過去にこんな大失恋をしました。今は君が好きですなんて聞かされて、奏はうれしい?」
「……少し考えさせられるな」
「でしょ、恋愛はパッションよ。勢いが大事なのよ。だから、詩子に触りたいとか、もっと、一緒にいたいとか、奏が甘えるのがベストだと思うわ」
シリアスムードを壊すように、まりんは明るく話題をすり替える。
「それ、詩にゃんに嫌われないか?」
「甘え方によるわ。そっと手を繋ぐとか、髪を撫でるとか、場の雰囲気が大事なのよ」
「雰囲気か、具体的には?」
「奏は私のこと好き? 私は奏が好きよ」
恋する乙女の満面の笑みをぶつけられ、俺の心臓が一瞬止まった気がした。
「これが雰囲気よ!」
いつもの小悪魔スマイルが、全てを台無しにする。
「なるほど、これが雰囲気か」
「雰囲気は作れるの、何気ない仕草や、期待を煽る。そうね、たとえば、今日大事な話があるんだとか、言って、モヤモヤさせてあげるとか」
「それは、可哀想だろ」
「可哀想だけど、それが戦略よ」
詩にゃんを、モヤモヤさせる。
果たして俺にそんなことができるだろうか。
もし、詩にゃんの様子がおかしくなるものなら、我慢できず言っちゃうかもしれない。
「我慢か……」
「我慢よ、私は我慢できずに、奏に好きって言っちゃったけど」
「そうなのか?」
「そうよ、本当は今日の帰り際に言おうと思ったんだけど、知らない女の子が、八木家のペットになったなんて言うじゃない」
まりんは言い終えると、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「今日は、予行練習といえど、私とのデートよ?」
普段から大胆不敵で、最近はエロティックな言動を多かったが、いじらしい態度が一番可愛いと思えてしまった。
「そうだよな。予行といえどデートだ」
プチプラショップの買い物袋に手を伸ばし、ピンクのリボンで結ばれた青い袋を取り出す。手のひらサイズの小さい袋だ。
まりんは不思議そうに俺を見ている。
「はい、今日デートに付き合ってくれた、まりんへのお礼だよ。受け取ってくれると、嬉しい……」
面と向かって、こんなことを言うのは、そこそこ恥ずかしい。
まりんは、まぶたをぱちぱちと瞬きさせた。
それから俺の顔とプレゼントを交互に見る。
「ありがとう……」
まりんは、そっと両手で贈り物を受け取った。
「まさか、私の分まで買っていたなんて、思わなかったわ」
「なら、サプライズ成功だな」
本当なら、ここで口説き文句も添えるのだろう。けど、これは予行練習だ。
それはやり過ぎだろう。
「袋を開けても、いいかしら?」
「お好きにどうぞ」
青い袋の中身は、紫色の花模様をした丸い鈴のストラップだ。
金のない学生から渡せるプレゼント、それでも、最近の小物はレベルが高い。綺麗なラッピングから出てくれば、それなりに良いものだと思わせてくれるはずだ。
「鈴の贈り物……これって、もう私は不要って意味かしら?」
「まりんに似合うと思って買っただよ。俺はそこまで性格悪くない」
「冗談よ。家宝にしちゃいたいくらい嬉しいわ」
「喜んでくれて、良かったよ」
まりんは余程気に入ったのか鈴を揺らしている。小さいな音が少し鳴っていた。
雰囲気作りが上手くできる自信は、まだ俺にはない。
嬉しそうなまりんの顔を見て、少しだけ自信が湧いた気がした。




