新旧相棒
「勢いでお邪魔してしまったのだが、本当に良かったのだろうか?」
メナスはクルムの区画の入り口前に立ったとき、改めて尋ねてくる。
ハルシ王国と言えば近隣でも特別に大きな国であるし、国の王侯貴族の権力が非常に大きいことで有名だ。
地方都市ならばともかく、王都では冒険者の地位はそれほど高くなく、付き合い方によっては馬鹿にされる原因にもなりかねない。
「そう思うのならば帰れ」
グレイが勝手に区画内部を歩きながら、振り返りもせずにプラプラとあげた手を振った。本当に久々の再会だというのに、相変わらずそっけない態度にメナスは改めてイラっとする。
人の寿命は短い。
もしかしたらもう死んでいるのではないかとすら思っていたのだ。
それがぴんぴんして憎まれ口をたたいているのだから、嬉しい反面余計に腹が立つのである。
「グレイには言っていない。クルム王女殿下に伺っているのだ」
「お気になさらず。先生のご友人とあらば、私にとっては歓迎すべき相手に違いありません」
屈託なく微笑むクルム。
もちろんお得意の演技であるが、メナスはころりと騙された。
「……グレイ、どうやってこのかわいらしい王女をたぶらかしたのだ。私の美しさに転ばぬ堅い男と思っていたが、まさか年若い少女が好みだったわけではあるまいな?」
「ぶち殺すぞ婆。クルム、そいつを追い出せ」
「嫌です。さ、どうぞ」
穏やかな表情のまま、あのグレイの命令をさらりと断ったクルムを見て、メナスはあれっと首をかしげる。
どうも見た目通りの儚い美少女ではないのではないかと気が付いたのだ。
「メナス様には、色々とお聞きしたいことがあります。それはもう、色々と」
だんだんとそのニコニコ笑顔に不信感を抱き始めたメナスであったが、ちょっとだけワクワク、うずうずとしてきてもいた。好奇心に勝てないのはメナスの悪いところである。
このたおやかな少女のどこに、グレイと共に歩むだけの何かが潜んでいるのか、どうしても知りたくなってきてしまった。
「そこまで仰るのなら、お邪魔させていただこうかな」
二流の冒険者に言わせれば、危険に踏み込むことこそ一流の冒険者である。
一方で一流の冒険者に言わせれば、危険は避けて通るものだ。
そしてメナスのような超一流の冒険者に言わせるのなら、危険に踏み込んだうえで、何かを掴み取ってくる者こそが本物の冒険者なのであった。
というわけで、何かあるなと分かっていながらメナスは一歩踏み出してみることにした。
面白い、はそこにあるはずなのだ。
メナスは見た目こそ涼やかなエルフの美女であっても、心は間違いなく超一流の冒険者であった。
案内されたのはクルムの部屋。
当たり前のようにグレイも一緒に入って、勝手に茶を入れようと動き始める。
メナスのイメージでは、普通同性であっても王族の女性の部屋に入り浸ったりするものではないが、グレイの動きはあまりに自然であった。
「先生どいてください。どうせメナス様の分は準備してくださらないんですから」
「儂が先に始めたんじゃから待っとれ」
「私のお客様に失礼がないようにしたいのです。先生の分も入れてあげますから、そっちの引き出しからお菓子持っていって座っててください」
「茶葉はたくさん使うんじゃぞ」
「わかっていますから、邪魔しないでください」
クルムはぼそぼそと話をしているが、耳の良いメナスにはすべて聞こえている。
わざわざ王女手ずからお茶の準備をしてくれることは恐縮だが、あまりにグレイとのやり取りが自然であることに驚いた。
普通王族というのはどんなに人を近づけたとしても、相手を臣下として見るものだ。
グレイはそんな扱いを絶対に許容しないだろうと思っていたメナスだが、今のやり取り一つで、グレイとクルムの関係が少しわかってしまったのだ。
これならばグレイが一緒にいてもそれほど気にしないのが分かってしまう。
冒険者時代でも、ここまで気安くグレイと話せるものはいなかった。
グレイも年を取ったんだなぁと思うのと同時に、自分と共にいなかった時間を思うとメナスは少しだけ寂しくなる。
グレイはクルムより先にテーブルへ戻ると、茶菓子を自分の前に置いてバリバリと食べ始める。
「グレイ、お前本当に冒険者として活動していなかっただろう。ウィクトが困っていたぞ」
「あのガキ元気らしいのう。何でも冒険者ギルド長になったとか」
「それもこれも、グレイが姿をくらましたせいだ。権力を振りかざして行方を探ったのに見つからないと頭を抱えていた」
「知らん。儂は引退すると言ったじゃろうが」
「金はどうしてたんだ、金は。あの時ほとんど〈試練の塔〉に吐き出しただろうが」
「ガキどもにもの教えて暮らしとった」
「グレイが!? 子供に!?」
「なんじゃい! 儂が子供にもの教えたら悪いとでも言うのか!」
「あ、いや……、そういえばグレイは意外と物知りだったな……」
昔から若い冒険者に、毒づきながらもあれこれ教えていたことを思い出して、メナスは勝手に納得してひとりごちる。
「どうぞ」
クルムがメナスの前に茶を置き、ついでにグレイに茶を手渡したすきに、目の前に置いてあった茶菓子をテーブルの前に滑らせて移動させた。阻止しようと思えばいくらでも阻止できるのだろうが、グレイはクルムの動きをそのまま見逃す。
「さて……、ではメナス様も先生も、積もる話があるでしょう。どうぞ私のことはお気になさらずご歓談ください」
グレイに対して反論をするほどの強メンタルを持っているはずなのに、メナスから見たクルムの表情は、変わらず害がなさそうだ。メナスは少しばかり頭を混乱させながらも、クルムの言葉に甘え、グレイが姿をくらましたことに関して話を続けることにするのであった。




