平均年齢
メナスは散々文句を言ってから、据わった目つきでグレイを睨み言った。
「とにかく、詳しい話を聞くまで離れるつもりはないぞ。今度こそ逃げられると思うな」
「相変わらずしつこい奴め……」
いくら言っても聞かないし、暴力を振るうべき相手でもない。
グレイにとっては、人生の人間関係によって形成された、数少ない相性の悪い人物である。
「クルム王女殿下、見ての通り、私とグレイは古くからの知り合いです。グレイから聞かなければならぬ話が山ほどあります。突然現れて信用できぬかもしれませんが……」
「存じております。【清凛】メナス様でしょう。立派な人物とお聞きしておりますし、私はバミ大臣やスペルティア様の目も信頼しております。どうぞ心行くまでお話しください。歓迎いたします」
メナスは驚いた。
昔からハルシ王国の内情はなんとなく知っていたし、そうでなくとも、身分の高いものが冒険者を見下していることを知っている。
メナスがエルフであっても、名を知られている冒険者であってもなお、冒険者と聞けば顔をしかめるものだっていた。
当然だ。
冒険者というのは誰だってなることができる。
名を捨て、過去を捨て、それでも冒険者として生きているものだっている。
それこそグレイのように、プライドが残っているような輩ばかりではないのだ。
だから年若い王女が、自身のことを知っていたことにも、賓客を迎えるように丁寧に対応したことにも驚いた。
「グレイから、私の名前を?」
もしやと思って尋ねると、クルムは一瞬グレイのことを見上げにっこりと笑って首を横に振った。
「いいえ、先生からは昔のことはほとんど。知り合いの冒険者から聞いた名前です」
「知り合いに冒険者がいるのか」
「はい。〈サッシャー家〉という、一家で活動されている冒険者達に良くしていただきました。それから……、姉が冒険者を集めるのが好きなもので」
「ほう、姉君が……、さぞかし分け隔てなく公正な方なのだろうな」
「そうとも言える、かもしれません」
とてもとても前向きに曲解すれば、ファンファはある種公正だ。
顔が整っているか能力が高くてかつ、自分のことを持ち上げてくれるのであれば、身分など関係なく大満足である。
「そいつ……、連れて帰るのか?」
「ちゃんと話する」
「お前、国から離れている間、ずっと一人だったわけじゃなかったんだな」
グレイが嫌そうに漏らすと、メナスを庇うスペルティアが口出しし、グレイに知り合いがいたことに妙な感慨を覚えているバミが、ぼそりと言葉を漏らす。
バミはグレイの国外追放について、結構な責任を感じて生きてきた。
本人の失態ももちろんある。
だがバミはグレイや一緒に行動していたナックス王子や、グレイの兄であるブラック、それらすべてをうまくコントロールして、物事を良い方向に運ぶことこそ、かつての自分の役割であると思っていたのだ。
結果はナックスが殺され、怒り狂うグレイを制御できず、ブラックは死に、挙句そのグレイのことも庇いきれず三十年の国外追放。
すべて後手後手で、最後にちょっと後始末をしただけだった。
負け犬人生を取り戻すかのように奥歯を食いしばり、王宮に縋りついてがむしゃらに働き続けてきたバミからすれば、追放されたグレイに、その先で気の置けない友人がいたことは、ちょっとした救いでもあった。
「メナス殿。グレイと話がついたら、当時のことを聞かせてもらえないだろうか」
「もちろん構わない。かわりに、スペルティア様を救出した時のことを聞かせてはもらえないだろうか?」
「承知した。昔話をあてに酒でも飲もう」
美しい見た目をしているがメナスは冒険者だ。
冒険、報酬、酒がメナスの楽しみである。
グレイが昔馬鹿みたいに酒をがぶ飲みしていたのを注意できるような、模範的な生活を送っているわけではない。
「勝手に承知するな。勝手に話すな」
「俺が何を話そうが俺の勝手だ」
グレイが文句を言うと、バミも負けじと言い返す。
「死にぞこないの爺が」
「だからお前も同い年だと言っているだろうが」
「子供のように爺とか婆とか言うのはやめたらどうだ、みっともない」
「そうだ、みっともない」
メナスが眉を顰めると、スペルティアが子供のようにその後に続いた。
クルムは穏やかに微笑みながらその光景を見つめて思う。
今この場所、自分を含めても平均年齢が下手したら六十を超えるな、と。
とてもそんな高齢者たちの会話には思えない若々しさである。
人間って年取ってもあまり変わらないのだなぁという、新たな気付きを得ていたクルムが、この中では一番精神的に大人であったと言えるだろう。
「先生、メナス殿、そろそろ行きましょう。スペルティア様も、またお邪魔いたします。バミ大臣、ヒストル大臣との件、どうぞよろしくお願いいたします」
「日取りと場所が決まりしだいご連絡いたします」
クルムとバミの業務的なやり取りが間に入ったとたん、空気が少し引き締まった。
メナスも自分が少しばかり興奮していたことに気付いたのか、最初の頃の凛としたたたずまいに戻る。
めんどくさそうに小指で耳をかくという行儀の悪さを見せているのはグレイだけだ。
クルムはグレイとメナスを連れて、バミの仕事場を後にする。
知り合って以来、クルムはグレイに弱みばかりさらしてしまっている。
若くして途方もない挑戦をしているのだから、それは仕方のないことだと思っているが、何か言い争いになると、グレイにはその辺りのことでいつもやり込められている。
今回はもしかすると逆に、グレイの弱みを知ることができるかもしれない。
そう思うと、自然とクルムの足取りは軽くなっていた。




